44 2016年11月シンプル・イズ・ベストとはよく言ったもので単純なものほど味の良さが如実に表れる。今回はシンプルさを追求しようと、だし茶漬けを味わいに出かけた。使用するのは「魯山人」醤油のみ。この醤油の特徴をいかしてだし茶漬けを作って欲しいと注文を出したのだ。受けて立つのは、太鼓亭が営む「だし蔵」。マイだしが作れる煮出し場を設置して店舗を運営するというユニークな展開が話題の店である。ここの煮出し師・福本康利さんは、私の我がままをいかに形にしたのだろうか。薄めに作ってもしっかり風味が出ているスペシャルだし茶漬けの話を書くことにする。

だし蔵 せんちゅうパル店
福本康利
(太鼓亭・だし蔵 煮出し師)
「魯山人は優しい味わいの醤
油。だしを引き立てる特性が
あってすっきりした味が印象
的。今回はこの醤油との相
性を考えて昆布を抑えて鰹
を強調させただしを作って
みました。」

だし蔵へ出した我がままな注文

 

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シンプルなものほど味の優劣がつきやすい。ごまかす所がなく、飾れないから答えがストレートに出てしまう。贅をつくした人は、よくシンプルな料理を評価することがある。以前取材した某有名芸術家は、江戸時代にあった究極の茶漬けの話をしていた。それは昔、文人が江戸の屋形船で一両二分の茶漬けを喰ったというもの。正確には思い出せないが、炊きたての冷や飯と言っていたと思う。炊きたてだから冷や飯にはならないはずだが、氏の話でうろ覚えしたものを記すと、いったん炊いたものを富士の雪どけ水に浸け、それを茶漬けにしたとのことであった。なんともはや金持ちの道楽のような感じで、我々庶民には理解できない。そういえば、かの北大路魯山人も海苔茶漬けについてこう書いている。
「いい海苔をうまく焼いたものか、焼き海苔のうんと上等のを、熱いご飯の上に揉みかけ、その上に醤油をたらし、適当にわさびを入れて茶を注げばよろしい。熱いご飯を海苔で巻いて食べる人は沢山いるが、焼いた海苔を茶漬けにする人はあまり見受けぬ。一椀について海苔の分量は、せいぜい一枚か一枚半を使う。これは朝によく、酒の後によく、くどいものを食った後には、ことさらいい。多忙の時の美食として効果がある。こんな茶漬けを喜ぶ者は、通行中の通人に属するだろう。茶の代わりに、鰹節と昆布のだしをかけて食べるのもよい。これらは副菜の漬け物を一切要しない」(「魯山人味道」より引用)

 

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こんな文章を読んでいたらふと「だし蔵」のことを思い出した。以前「食の現場から」でも書いたそれは、昨秋オープン以来、ウケにウケている。関西だしの家庭での復権を叫びつつ、千里中央駅と川西能勢口でショップを出し、自慢の「関西おだし」を販売しているのだ。湯浅醤油もコラボし、「だし蔵」のラベルで「生一本黒豆」や「柚子梅つゆ」をラインナップさせている。一号店となる「せんちゅうパル店」では、販売コーナー横にだし茶漬けのイートインを設けており、これがテレビの情報番組で挙げられている。あまりの繁昌ぶりに阪急三番街から声がかかり、その専門店を梅田で立ち上げた。

今回の「名料理、かく語りき」は、茶漬けの話を書こうと思い、早速、太鼓亭の「だし蔵」担当者・稲田敦士さんに話を持ちかけた。こちらが出した条件は、湯浅醤油の「魯山人」を使ってだし茶漬けを作って欲しいという一点のみ。シンプルなものなら尚更OKと言っておいた。数日して太鼓亭から連絡があり、煮出し師の福本康利さんが協力して私だけのためのスペシャルだし茶漬けを完成させたという。その話を聞けば、早速伺わねばならぬとばかりに千里中央へ足を向けた。

醤油の優しい味を考慮したら、だしの調合バランスが難しくなった

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「だし蔵 せんちゅうパル店」は、千里中央駅改札口すぐの場所にある。パパッと食せて便利なのか、常に満席状態が続いており、昼には行列ができる人気スポットだ。私を迎えてくれたのは、太鼓亭の執行役員で商品部長を務める稲田敦士さんと日本初の煮出し師・福本康利さんだ。ちなみに福本さんは、同社の店舗運営部長兼店舗開発部長で、執行役員の肩書きを有している。ともにえら~い人なのである。こんな役員二人が私に酔狂につきあってくれるのだから、名を馳すとはいかにありがたいことか。物を書いたり、講演をしたり、プロデュースをも手がけているのがこんなつきあいに広がっている。

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稲田さんがこのだし茶漬けのために用いてくれたのが素干し海苔。豊中のこだわりの通販「いただきますねっと」の杉森史明さんを介して購入した稀少価値のあるものだ。従来、海苔は摘み採ったものを潰してから板状にして乾かす。だが、この海苔は摘み採ったまま乾燥するので干したままの海苔の自然な香りや甘みが味わえる。おまけに繊維がしっかりして歯応えもあって噛みしめると、磯の風味が口内に広がる。「普通、海苔に茶をかけると、じゅるじゅるになるもんですよ。でもこれは繊維がしっかりしているから残っているんですよね。かといって食べにくいわけではなく、海苔の風味は十分以上発揮しているのですから凄いですよ」。稲田さんは、杉森さんに薦められた素干し海苔をこんな風に表現していた。

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今回のスペシャリテ(だし茶漬け)の具材は、この素干し海苔とあられだけ。まさにシンプルで、だしの味がかなり左右しているはず。肝心のだしは、煮出し師の担当。任命以来、あらゆる所でもセミナーや講演を行う福本さんは、だしのスペシャリスト。彼が「魯山人」醤油がうまくいきるようアレンジしたというから面白い。
「今回のだし茶漬けは、鰹節と昆布の合わせだしですが、鰹が主。1対7の割り合いで合わせました」。福本さんの話では、「魯山人」醤油との相性を考えると、鰹の風味をしっかりさせて優しい味にした方が生きるとのことだった。「魯山人」は、醤油独特の匂いが残らず、すっきりした味。まさにだしを引き立てる醤油です。優しい味わいなので、昆布を多用し、醤油角を取る必要が全くなかったんですよ」。福本さんは、この醤油を「優しい味」と表現しているが、別段パンチがないといっているのではない。舌に残らぬ、独特の個性があえてその言葉をもたらせているのだ。
このだし茶漬けは、「上品な味に仕上げた」そうだ。だしが強すぎると、バランスが崩れてもいけないのであえて薄めにしたと話していた。「昆布のバランスが難しいんですよ。入れすぎると醤油との相性が崩れてしまう。本来なら昆布を強くすると、しっかりするはずが、逆に薄く感じてしまいました。頼りないように思えますが、食べだすとうまくはまっていく。これが今回のだしの特徴でもありますね」と福本さんは説明していた。
こと醤油だけでいえば、関東風のだしの方が合わせやすい。関西は昆布が主となるので濃口醤油は合わせにくいのだ。関東は水が硬いので昆布だけでだしを摂ると、沸騰する前に濁り出してしまう。だから鰹節を多用する。そういった理由から関東の醤油は、鰹との相性で造られたものが多いのである。一方、関西だしは昆布がキーポイント。濃い味の醤油を入れてしまうとだしの風味が死んでしまう。なので薄口醤油が生まれたのだと思われる。
ご飯を椀に盛り、その上に素干し海苔とあられをまぶす。その上から福本さんが合わせただしをかけていくのだ。素干し海苔は風味が豊かで、磯の香漂う。だしは薄めで、昆布1に鰹7の割合い。そこに「魯山人」醤油を少し加えて調味している。福本さんが指摘するようにまさに上品な味で、優しいからか口にすっと入っていく。「魯山人」で調味しているので、あの個性的切れ味はいかされており、喉に入れたとたんに舌に味が残らない。たかがだし茶漬けだが、されどだし茶漬けという味なのだ。

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「だし蔵」では、10月29日から12月25日まで土日に限って「名人達のだし茶漬け」なるスペシャルメニューを販売する。これは太鼓亭が印南町と連携して日本記念日協会に「だしの日」を申請し、それが認められたことに起因するもので、初のだしの日(2016年10月28日)を祝って販売する商品である。北海道南茅部白口浜の真昆布と手火山づくりの鰹節でだしを摂り、無農薬農法で名を馳せる丹波の婦木克則さん(婦木農場)の米で炊いたごはんにそれをかける。具はこのコーナーでも取り挙げた淡路島由良漁港・海幸丸水産の橋本さんがセリ落とした天然ふぐ。勿論、私が食した素干し海苔もここに加わっている。1800円で売るらしいが、実は素材がよすぎて材料費だけで売値をオーバーしたのだという。それでも稲田さんは「だしの日制定のイベント事なので」と赤字承知で販売すると話している。但し土日で各10食限定。こうしなければ成り立たないのであろう。私は「魯山人」醤油に合わせたスペシャルだし茶漬けを我がまま言って作ってもらったが、流石にそれは食せないにせよ、読者諸氏は、「名人達のだし茶漬け」を味わうべきかもしれない。これもこの期間だけのスペシャル。私のと同様に素材を重視した赤字覚悟の一品なのだ。最後に一つ触れておきたい。今回の素干し海苔は、飛騨牛より値段が高い。一般には出回らないのは、これを聞いて理解できた。

  • <取材協力>
    だし蔵 せんちゅうパル店


    住所/大阪府豊中市新千里東町1-3-5 せんちゅうパルB1

    TEL/06-6831-0190

    営業時間/営業時間/11:00~21:00

    休み/無休

    メニューor料金/
    だし茶漬けコーナーメニュー/
     愛媛県産真鯛のおだし茶漬けセット    980円
     炙り鮭といくらのおだし茶漬けセット   850円
     紀州南高梅と野沢菜のおだし茶漬けセット 700円
     北海生たこのおだし茶漬けセット     950円
     宮崎郷土料理冷や汁セット        780円
    ※全品だし茶漬けと小鉢2品・漬物がセットになっている。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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