31 2015年08月最近は昔と違って若い人が厨房を仕切ったり、店を持ったりするようになった。古い職人は、年齢のことだの、修業期間だのを問題にするが、チャンスは早くから与えた方がその後の展望に期待が持てるというものだ。
南青山にある「アビス」は、目黒浩太郎さんが29歳の時に立ち上げたフランス料理店。彼自身、30歳で独立しようと考えて修行を積んで来た。
魚に特化したフレンチをと旗揚げした店は、どんな料理を出しているのか、興味津々で出かけてみた。

アビス (東京・南青山) 料理人/目黒浩太郎
(アビス店主)
「当然の事ですが、醤油と魚は
合います。ただ他社のものだと、
塩分も強く、いかにもという感じ
が出てしまう。『白搾り』は、色
もなく、隠せるので、我々のよう
なフレンチの職人には使いやすい
ですね」

珍しくも魚介類に特化したフレンチ

アビスアビスアビス

青山の閑静な住宅街の中に注目のフレンチがあるという。土地勘のあまりない私には、文章での案内は少々苦しいが、表参道駅からも近く、外苑西通りの南青山3丁目の交差点の次の信号を折れ、さらに住宅街に入って行った所に位置するとでも書いておこう。教えてもらった人に聞くと、某有名フレンチが以前あった場所らしい。その店が移転した後に「アビス」が入っている。「シェフはまだ若く、今年の3月にオープンしたばかりですが、きっとメジャーになりますよ」と話していたので、興味を持って出かけたのだ。

店の名前は「Abysse(アビス)」。目黒浩太郎さんという30歳になったばかり(取材は6月に行っている)の人がやっているフレンチだ。当初目黒さんは、「プティバトー」などで修業を始めたのだが、彼曰く「若いころはまじめに考えていなかった」そうで、その後にゲストハウスで働き始めてから料理の面白さに気づいたのだという。そしてその頃有名になりつつあった「フロリレージュ」に研修に入った。しかし、川手シェフは、すでに目黒さんの才能をわかっていたのだろう、「今のポジションで働くべきではない。二番手ぐらいの腕なので、別の店へ行くべきだ」とアドバイスしてくれた。そこで改めて蜂須賀シェフの「グラース」を見つけて働かせてもらうことになった。目黒さんは「グラース」で当分働いていたそうだが、ここでいい出会いがあった。今、「アビス」へ魚を送ってくれている和歌山の中井さんと知り合ったからだ。もともと目黒さんは、魚料理が得意。目利きがきちんとし、いい魚を湯浅から送ってくれる中井さんを得たことは、洒落のようだが水を得た魚だったのかもしれない。
フレンチの料理人が、誰でもそうであるように目黒さんもフランスへの憧れを抱き、いつかは本場へ行き、修行しなければとの思いがあったようだ。フランスへ行ったのは、26歳の頃。マルセイユにある三ツ星レストラン「ル・プティース・パセダ」の厨房に入った。目黒さんがこの店を選んだのは、やはり魚繋がり。魚料理で評判をとる店だけに、ここで修業すれば自分の武器になると考えたからだ。目黒さんは「ル・プティース・パセダ」で料理などの勉強をし、帰ってから日本の魚でやったらもっと面白いことができると思い、一年間マルセイユのその店に籍を置き、その後に帰国している。
27歳で東京へ戻った目黒さんは、独立したいとの思いが募っていた。だが、自店を持つには資金もいるし、まだまだ年齢も若い。そこで前出の川手さんに相談し、目黒さんが日本一だと思っていた「カンデサンス」で働くことにした。

アビス

 前述したように目黒さんが独立したのは、今年の3月。16席の小ぶりなこの「アビス」に個性をつけようと思ったそうだ。それは和食と違ってフレンチを食べ歩く人達は限られている。同じ人達がぐるぐると回って食べ歩いていると思っていた。それなら魚に特化することで個性を打ち出せるし、食通でフレンチ好きの感度が高い顧客にアピールできると考えたのだ。「今はこれだけ飲食店が乱立している時代です。東京ではオリジナリティがなければ選ばれません。うちの店がオシャレなフレンチを打ち出しても埋没してしまうだけです。だから得意だった魚料理をやろうと思ったんです。魚介類だけを出すフレンチって変わっているし、面白いと思うでしょ」と目黒さんは話していた。
流石に魚だけでやると聞いた知人は、「やめておけ」と忠告したらしいが、目黒さんの信念は固く、30歳になる年に青山で魚に特化したフランス料理店をオープンした。春先はまばらだった客も口コミで噂が流れ、今ではいっぱいになっているという。これが単なるフレンチではそうなっただろうか。目黒さんの読みは当たったわけだ。

醤油を押出した料理だが、きちんとフランス料理の良さが出ている

アビス

さて、この特異なフランス料理店でも私はいつものように湯浅醤油や丸新本家の商品を渡し、私だけのスペシャリテを作ってもらおうとしている。取材を兼ねたこの食事に目黒さんが作ったのは三品。メヌケを使った皿と、金目鯛とクエコの皿、そして白味噌とパルミジャーノのアイスクリームである。
メヌケとは、アコウ鯛のことで、赤魚と呼ぶ所もある。海底200m~1000mの深い所に棲んでおり、深海から釣りあげられた時に目が飛び出ることがあるのでメヌケといわれるそう。目黒さんはこの魚をバプールという調理法でいわば蒸し焼きにしている。低温でやるのがコツだそうで、やりすぎると虹色が飛んでしまうのだとか。生の感覚が残るぎりぎりで仕上げるようだ。かけるのは、メヌケに合った肉のソースを。肉のだしに「生一本黒豆」を入れて作ったようで、割合は1対1だと話してくれた。メヌケの味と調理法を考えれば、さっぱりめのソースより、強く感じる肉のソースの方が合っているのかもしれない。そう思ってソースのことを尋ねると、「フレンチなので醤油は用いないですからね。今回、初めて醤油のことを考えたぐらいです。用いても前菜などに隠し味として使うくらい。それでは面白くないでしょうから食べるとすぐに醤油を使ったんだなとわかるぐらいのソースに仕上げたんです」。

アビス

金目鯛とクエコの方は、魚をローストしたものに「白搾り」とレモンのコンフィチュールのソースをかけている。金目鯛はおなじみの魚だが、クエコとは聞き慣れぬ魚名。そこで目黒さんにこの魚のことについて聞くと、あっさり小さなクエだと指摘された。クエの子のように見えるのでクエコ、考えてみればわかりやすい。萩ではそう呼ぶらしく、ハタ科の魚である。
目黒さんは、いつも二種類の魚を皿に載せて出すのだとか。今回は脂のある二つの魚に塩をせず醤油を用いたという。但し醤油でも白醤油(白搾り)。普通の醤油だと色がついてしまうために白醤油を選んだと思われる。「これは醤油の塩分だけで調味しました。『湯浅醤油』から送られて来た箱を開いた時、『白搾り』を見つけ、これを使おうと真っ先に思ったんです。同じ調味料でも塩や砂糖、酢は色がつきません。でも一般的な醤油は茶色く色づいてしまい、美しくないのです。『白搾り』なら色を隠せるし、『湯浅醤油』のそれは他社のものに比べて味は濃いが、塩分は少ない。私は強い醤油だと、その味に頼ってしまうのが嫌だったんです」。
今回の二皿は、あえて醤油を使ったとわからせたいとの思いから創作したもの。せっかくだから醤油の良さを最大限に引き出したかったのだと説明してくれた。「詰めたり薄めたりするより何かと合わせる方がいいとの結論に達しました。だから前者は肉のだしと合わせていますし、後者はレモンを用い、酸味のあるソースを作ったんですよ」。
確かに魚をテーマにフレンチを作っているだけにその特性をよくとらえている。魚も2/3は前出の中井さん(和歌山の魚屋)から、残りは北海道、石川、築地からいいものを仕入れており、素材の良さは食べるより前に出てきたものを見ればすでに理解できる。今回の料理で使われた金目鯛とクエコは中井さんが送って来たもので、メヌケは北海道からだと教えてくれた。

アビス デザートは、白味噌を使ったもので、アイスクリームの上にもパルミジャーノチーズはかかっているが、中にもそれが使われている。目黒さんは、白味噌が甘く感じられ、それだけだと強いと思ってパルミジャーノを入れたのだという。「発酵食品同士なので味噌とチーズは合うんです。このアイスクリームには、けっこう白味噌が入っているんですよ。味噌を入れることでコクと深みが出るんです。味噌を抜くとチーズが主張しすぎてダメだし、味噌だけだと味噌臭くなって旨くない。発酵食品同士がうまく溶け込んだからこそ、この味になるんですよ」と目黒さんは話している。

アビス 今回は取材を兼ねた食事だったので、本来の「アビス」の料理ではなかったが、目黒さんの実力がわかったことは確かで、わざわざ来てもいいとさえ思った。目黒さんは「魚といえば、『アビス』と思われたい」そうで、夢は満席の店を続けることだという。今の評判ではあながちそれも夢ではあるまい。そして彼はさらに高みを目指しており、将来はブランド化したいと語っている。「アビス」は、旬の魚をうまく調理して出すことに定評があるが、殊に「スープ・ドゥ・ポワソン」をスペシャリテとして提供していることに驚く。この手間のかかる料理を、じっくり作って出すことが自慢なのだ。「二回漉して作るんですが、そうすることで微妙な濃度が出るんです。粗いのと細かいのと、この二回の漉す行程が大事なんですよ」。スープ・ドゥ・ポワソンは面倒だからやらないというのが大半の店の本音で、きちんとしたものになかなかお目にかかれない。この丁寧な仕事と、魚に特化するというコンセプトが「アビス」の真骨頂で、それを味わった人が口伝手でこの店を宣伝しているのだろう。目黒さんはまだ30歳。私がその歳にこれだけ明確な将来設計を思っていただろうか。そう考えると、目黒シェフ、恐るべしである。

  • <取材協力>
    アビス (東京・南青山)

    住所/東京都港区青山4-9-9 AOYAMA TMI 1F アビス

    TEL/03-6804-3846

    営業時間/12:00~13:30LO、18:30~20:30LO

    休み/水曜日

    メニューor料金/
    おまかせコース 昼4500円(税・サ別)
    夜9000円(税・サ別)

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい