4 2013年05月名料理人と、彼らが作り出す極上の逸品を紹介するこのコーナー。今回は私のお気に入りのホテルに出かけてみた。三方を海に囲まれた、絶景ホテルで堪能した3つの料理。私だけのスペシャリテと思いきや、実は6月からメニュー化するそう。醤油と金山寺味噌を駆使した料理を、誰よりも先に味わえたことにまず感謝したい。

ステーキハウス オリエンタル
(神戸・中央区)
料理人/平塚孝
(神戸メリケンパークオリエンタルホテル
「ステーキハウス オリエンタル」料理長)
「フォアグラのパンチ力に
負けないものはないかと
探していたんです。
金山寺味噌が届いた時、
思わずコレだ!と思いました」

名料理かく語りき

こだわりがないのが、シェフのこだわり

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神戸で暮らしているのに、なぜか泊ってしまいたくなるホテルがある。中突堤の先端に建つ「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」がそれだ。友人は「そんな近くで泊らなくても…」と言うが、彼には本当の贅沢というものがわかっていないのだろう。私は日常に近い環境で、非日常を味わうことこそが贅沢だと思っている。そう考えると、神戸に住みながら何の目的も持たず、神戸のホテルに泊まることは贅沢だし、ましてや270度を海に囲まれている同ホテルは、神戸にいながらにしてリゾート感覚を味わえる場所。だから平日の空いた日にぶらっと出かけチェックインするのだ。

神戸っ子にとって“オリエンタルホテル”という名は特別な響きがある。明治3年にブリスが開業したそのホテルは、その後、ベグーやグルームの手に渡りながら神戸の西洋文化の発信的な役目を果たしてきた。かつては関西一の洋館ホテルとまで称えられ、戦後にはマリリン・モンローも泊ったほど有名だったが、悲しいかな阪神淡路大震災で倒壊し、その輝かしい歴史を閉じてしまった。昔のオリエンタルホテルはなくなってしまったが、その名残りは今も「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」で見ることができる。同ホテル14階の「ステーキハウス オリエンタル」の南側のバルコニーには、その昔、オリエンタルホテルの屋上にあった灯台が設置されている。海上保安庁許可のそれを見るために、灯台マニアが「ステーキハウス オリエンタル」に訪れるそうだ。海からせり上がる波をイメージした外観のホテルには、その伝統的風景がフィットしている。だからこのホテルは、神戸っ子に強く愛されているのかもしれない。

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私の贅沢論はこのくらいにして、本論に入ろう。「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」にある「ステーキハウス オリエンタル」で料理長を務める平塚孝さんは、個人的にもつきあいがある名シェフだ。「こだわりのないのが、私のこだわりです」と言うだけあって色んなことにチャレンジする人である。鉄板を調理器具のひとつととらえ、ステーキを焼くのは勿論のこと、色んな料理を鉄板上で生み出している。変わったところでは、ステーキの鉄板を使って眼前でパンを焼くこと。「鉄板で調理するので、通称“鉄パン”。来月はメロンパンを焼くんですよ。表面をカリカリに焼き、中はもっちり。なかなか好評ですよ」と話している。このように何にでもチャレンジする平塚さんを“鉄板の魔術師”と呼ぶ人もいる。晴れた日には海を眺めながら、鉄板の魔術師が作り出す一品一品を食していく。まさに神戸ならではの贅沢といえよう。

実に神戸らしいシェフのように思えるが、経歴を聞くと、なんと東京出身。しかも料理長としてこのホテルに来るまでは、一歩も関西へ足を踏み入れたことがなかったらしい。平塚さんは調理専門学校を卒業して、東京の「ロイヤルパークホテル」に就職した。そのホテルではフュージョン的なレストランで働いていたようだ。「フレンチベースの店でしたが、エスニックがブームになれば、外国からその手のシェフを呼んでフェアをやったりと、とにかくボーダレスなコンセプトを持っていましたね。その環境で育ったからか、興味のあるものはどんどん取り入れるという精神が宿ってしまいました」と言う。

そんな経歴を持つ平塚さんは、「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」へ入社して以来、どっぷり神戸の水に浸っている。「関西は水がいいですね。関東に比べると柔らかくて料理に向いています。魚介系のスープを摂るとよくわかります。関東だと、だしが澄むまでに時間がかかるんですが、こっちはそんな心配がなく、煮出してすぐに出せますからね」。こんな言葉を聞くと、まさに水を得た魚といおうか。殊に兵庫県は、魚あり、肉あり、野菜ありという食材の宝庫。こんな環境下で料理を楽しまなくては損とばかりに、色んなものに挑戦している。そんな姿を見て、私はドラマ「ディナー」に出てくる江崎究シェフを思い出した。ドラマの主人公のように唯我独尊ではないが、そのチャレンジ精神たるや、彼と重なる部分は確かにあるようだ。

鉄板焼に、エッ!サイフォン?!

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平塚さんの探究心旺盛さをいいことに、私は課題として3つの調味料を与えることにした。それは湯浅醤油で産した「魯山人」と「生一本黒豆」の各醤油と「金山寺味噌」である。この和素材を、鉄板上でいかに使うか、それを見たくて某日「ステーキハウス オリエンタル」まで出かけた。

私の宿題に応えるべく、平塚さんが用意したメニューは「ビーフシチューのクレープ包み」「フォアグラとリードヴォー 金山寺味噌を添えて」「真鯛のガーリックライス サイフォンスープ」の3つ。前者は今もアラカルトにあるもので、いつもの醤油を「生一本黒豆」に代えて作っている。残りの2つは6月からコース内に入れる新作。「フォアグラ――」には「具だくさん金山寺味噌」を用い、「真鯛の――」には「魯山人」醤油を使用している。

「ビーフシチューのクレープ包み」は、単品でも出しているが、コースでは前菜的役目の一皿だ。「神戸は洋食の町、そしてスイーツも有名。そこに関西の粉もん文化をミックスさせたらどうなるのかと考え、2年前にメニュー化したんです。ワサビなどが入ったりして進化し続けており、今日『生一本黒豆』を使ったことで、またまた進化しましたよ」と笑いながら披露してくれた。この料理は簡単にいえば、ビーフシチューを作り、それを具にしてクレープで包いたもの。神戸洋食を印象づけるデミグラスソースは、トマトなど野菜を多めに用いることで重たくない味わいにしている。「デミグラスソースを作る際に『生一本黒豆』を用いることにしました。いつもならどろソースでアクセントづけするんですが、この醤油だと味が締まるので、あえてどろソースは使わないことにしたんですよ」。いつもの醤油を「生一本黒豆」に代えたからといって味は変わったりしていないと言う。だが、確実に味が締まったと実感したそうだ。さらにデミグラスソースの仕上げに「魯山人」醤油を少しだけ垂らした。すると、味が際立ち、より美味しくなったと話していた。

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次に「フォアグラとリードヴォー 金山寺味噌を添えて」では、フォアグラと金山寺味噌がいかに好相性なのかを教えてくれた。この料理は、まず鉄板でフォアグラとリードヴォーを焼く。前者はソテーにし、後者はムニエルにする。焼いたフォアグラに、ペースト状にした「具だくさん金山寺味噌」を塗り、その上にリードヴォーを載せ、ワサビ菜や紫キャベツのスプラウトなどサラダの材料といっしょに皿へと盛り付ける。味はごくシンプル。金山寺味噌をペーストにしただけで、他には何も施していない。ただ、この甘みだけでは面白くないと考えたのであろう。パッションフルーツを用いることで酸味をつけている。

実はこの金山寺味噌に出合うまで、平塚さんは、この味噌のことを知ってはいてもなじみがなかったと話していた。「金山寺味噌をなめた時、即フォアグラと合うなと思ったんです。フォアグラ自体は脂っぽく、独特のパンチ力があるので、それに負けないものはないかと常々考えていたんです。『具だくさんの金山寺味噌』が届いた時、『探していたのはコレだ!』と思いましたね」。一昨年ぐらいから塩麹がブームとなり、物珍しさも手伝って洋食のシェフ達はこぞってそれを使い始めた。そんな面白さを平塚さんは「金山寺味噌」に見出している。平塚さんは、使いやすさも兼ねてあえてペースト状にしたという。しかし、「完全なペーストよりも粗めに粒々感を残した方がいい」と考えたようだ。フォアグラとリードヴォーという組み合わせは、脂っぽく感じるはずなのに、「金山寺味噌」の甘さとパッションフルーツの酸味が口内で混ざるためか、不思議と脂っこくは感じない。この料理を味わうと、鉄板の魔術師たる所以がわかった気がした。

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最後に出てきた「真鯛のガーリックライス サイフォンスープ」は、色んなものを食べ歩いてきた私をも驚かせる調理法だった。なんと鉄板上にコーヒーのサイフォンが登場してきたのである。まず、サイフォンの上のグラス部分に鯛のアラを入れる。そして下のグラス部分には昆布と鰹で摂っただしを入れておく。火でだしを沸騰させると、コーヒーを作る時と同じようにだしが上のグラスまで上がっていく。すると、鯛のアラとうまく混ざり合い、次第に下のグラスへと落ちていく仕組みになっている。このようにしてスープを作る。このスープはそのまま飲んでもいいし、ガーリックライスにかけて茶漬け風に味わってもいい。このユニークなアイデアに私は言葉をなくした。オーケストラの交響曲に感激した客のように「ブラボー」と言うしか、なかったのである。

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食べた感想を言う前に、ガーリックライスの方も説明しておこう。こちらはごはん、鯛の身、にんにく、煎りゴマ、青のりを鉄板上で炒めてガーリックソースを作る。横で「魯山人」醤油を鉄板に垂らし、火を入れたらガーリックライスに加えて仕上げる。すると、醤油の香りがパッと広がる。「魯山人」特有の香りが立ち上がるのだ。同店マネージャーの吉良彰啓さんは「醤油が代わると、こんなに香りの広がりが違うのかと実感しました。ガーリックの匂いで食欲が増し、そこへ醤油の焦げる香りがプラスされる。そして醤油香の余韻がいつまでも残っている。これはたまりませんよ」と言っていた。そして極めつけは、この醤油で作るおこげ。ガーリックライスを作った所へサイフォンのだしをかけておこげを作る。まさに鯛めし煎餅。これが茶碗に盛られたガーリックライスの上に載せられ、前述のスープとともに供される。

ガーリックライスは「魯山人」醤油特有の柔らかい味がし、全体的に淡い味わいになっている。これまでステーキなど味の強いものを食した後には、この淡い味が実に心地よく感じるのだろう。お碗のごはんとスープを別々に味わい、半分ぐらいになったら、スープをかけて茶漬けのように食す。まるで日本料理のいい締めでも味わっているかのようだ。これが洋のシェフが作り、しかも鉄板焼きの場で出されるのだから驚いてしまう。食したのは確かにガーリックライス。洋であるはずなのに、このスープと「魯山人」醤油が和の方へ和の方へと誘(いざな)っている。ドラマ「ガリレオ」ではないが、その演出といい、味わいといい「実に面白い!」と発してしまいそうな出来映えだ。

「サイフォンは、以前に婚礼のメニューで用いたことがあったんです。その時は伊勢海老の頭とコンソメで作ったんですが、今回は淡白な味わいの真鯛で。本来なら鯛のアラとブイヨン、日本酒、みりん、醤油でスープを作るんですが、『魯山人』醤油だと、日本酒もみりんも必要ないですね。スープは鯛のすまし汁のように魚の味だけのシンプルなもの。この微妙な味わいを表現するには『魯山人』醤油は不可欠ですね」。平塚さんは「魯山人」醤油をボルドー系の赤にも似た雰囲気だと表現する。そして厚みのある香りが、食欲をかきたてると言う。

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鉄板焼きというステージを有すこの店で、平塚さんは「まず、どうしたら素材の味がいかせるんだろうか」と考えている。そのためには但馬牛や神戸牛、明石や淡路島の魚介類といった最上の素材が必要だし、それに見合う調味料も必要だ。いい選手は好敵手(ライバル)を選ぶという言葉があるように、食材と調味料もいいものを選び合う。お互いがうまく絡まるから納得のいくものができる。そんな答えを平塚さんはこの3品で示してくれた。「料理人は決して自己満足に陥ったらダメ。お客様の嗜好に合わせて作っていかないと…」と平塚さんは常々話している。一見、シンプルに見える鉄板焼きというステージ。しかし、演じ手がよければ、複雑なドラマが展開する。今日、平塚さんの料理を味わい、そんなことをふと思った。

●フォアグラとリードヴォー 金山寺味噌を添えて
材料/フォアグラ 40g、リードヴォー30g 、具だくさん金山寺味噌10g〔サラダ〕
ワサビ菜
紫キャベツのスプラウト
パンデビス
フランボワーズ
パッションフルーツ
セロリラヴのピューレ
ヴィネグレットソース
アーモンド(ダイス)
作り方/
① フォアグラはソテーにし、リードヴォーはムニエルにする。
② 焼けたフォアグラにペースト状にした「具だくさん金山寺味噌」を塗り、その上に焼いたリードヴォを載せ、サラダの材料といっしょに盛り付ける。
  • <取材協力>
    ステーキハウス オリエンタル
    (神戸・中央区)

    住所/兵庫県神戸市中央区波止場町5-6

    TEL/078-325-8111(代表)

    営業時間/ランチ:11:30〜15:00(14:30LO)
    ディナー:平日17:30〜22:00(21:00LO)
    土日祝17:00~22:00(21:00LO)

    休み/無休

    メニューor料金/
    コースは11000円、14000円、16000円、25000円。
    通常は但馬牛だが、プラス3000円すれば神戸牛に替えることができる。
    料理はアラカルトもあり、昼には3000円台のステーキランチもある。

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい