5 2013年06月マスコミ関係者から「いつも旨いものを食べていいなぁ」と言われるが、これも仕事のうち。食べるからこそ、書けるのであり、評することもできるのだ。そんなグルメ評論家的な私が、今回は心斎橋大丸内にある「セッティモ・アンジュ」の湯浅醤油フェアに行ってみた。和の調味料である醤油とイタリアンの融合――、まさに醤油がソイソースとなる瞬間を目にし、味わった。

セッティモ・アンジュ(大阪・心斎橋) 店長/山村慎介
(セッティモ・アンジュ)
「味噌、醤油は毎日口にするもの。
米と同じで、いいものを味わうと
すぐにわかる」

いい醤油でもさわってもいいんだ!

セッティモ・アンジュセッティモ・アンジュ

4~5月の2カ月間、心斎橋大丸の8階にあるイタリアン「セッティモ・アンジュ」で湯浅醤油フェアが行われていた。同催しは今年で3回目、毎年この時期に実施している。同店が20周年を迎えた記念に始めたそうで、毎回「セッティモ・アンジュ」のスタッフが、湯浅醤油で産した醤油をうまくイタリア料理に使用し、メニュー組みをしている。

私がこのフェアを知ったのは、5月も終盤にさしかかる頃。湯浅醤油の新古敏朗さんから情報をもらい、イタリア料理にいかに醤油が使われているのか興味津々だったために「それならぜひ行ってみたい」と出かけた次第である。なぜ興味があったのか?それはイタリア料理と醤油が縁遠い存在だからだ。フランス料理は、最近の流行として醤油を用いることが多くなった。けれどイタリア料理でではまだそれが受け入れにくい存在である。一見、醤油を使ったものがあるように思えるのは、醤油ベースのパスタを始めとする和製イタリアンがあるから。まだまだフレンチと違って、イタリアンはその域まで進出していない。それはフランスとイタリアを見比べれば一目瞭然。こと現地(本国)に限っていえば、フレンチの方が進化し続けているようだ。

心斎橋大丸の8階レストランフロアにある「セッティモ・アンジュ」は、大阪・奈良で17店舗を持つ「かめいあんじゅ」の経営である。オーナーの杉山さんと新古さんが某社を介して知り合い、以後色んな意味で情報交換を重ねている。なので昨年、「北新地むろ多」で行われた「北大路魯山人の復刻料理会」や今年3月の「魯山人醤油発表会」(Fujimotoキッチンスタジオ)にもこの店の山村慎介店長らは参加していた。

十駕十駕

山村店長に聞くと、4月と5月では料理内容が異なるらしいが、私が行った5月の終わりには「皐月」(2940円)と「早苗月」(3500円)に湯浅醤油が使われていた。私が注文した「早苗月コース」のメニューを列記しておこう。まず「魯山人醤油といろいろ野菜のゼリー寄せ」が出てきて、「皐月の前菜5種盛り合わせ」「生ウニたっぷりのクリームスパゲティ」と続く。
メインは次の5品からひとつを選ぶ。そのラインナップは①牛サーロインの備長炭焼き 玉ねぎの甘みたっぷりソース②北海道産ホタテの備長炭焼き 季節の野菜を添えて③オーストラリア産仔羊の備長炭焼き 燻製の香りをまとって④シャラン鴨の赤ワイン醤油風味 備長炭の香り⑤九州産黒毛和牛の備長炭焼き 天草の天日塩と共に、である。
メインディッシュの後には「具材たっぷり金山寺みそを載せたごはん」(もしくはクルミパン)に、デザート1品とドリンクが付く。メインが備長炭焼きのオンパレードなのは、この店のコンセプトが“旬菜炭焼きイタリアン”だから。厨房には炭焼き場が設けられており、その煙で燻された香りは、独特の旨さになっている。

店内焚き合わせ 蕪の含め煮、鱈(たら)の子の旨煮、菜の花

この5品のうちで私が選んだのは「牛サーロインの備長炭焼き 玉ねぎの甘みたっぷりソース」。山村店長によると、この玉ねぎソースがポイントで、飴色になるまで玉ねぎを炒め、日本酒、砂糖、みりん、湯浅醤油の「生一本黒豆」醤油を入れ、さらにフォンドボウを足して煮つめて作っているそうだ。「醤油を入れることでソースがまろやかになるんです。やはり日本人に醤油の味は合うんでしょう。濃いめのソースなんですが、慣れ親しんだ味(醤油)が入っていることで、洋のソースも受け入れやすくなります。途中まで和風に作っていながら、仕上げは洋風(フォンドボウ)というのが、面白いでしょ」と山村店長は言う。このソースはシャリアピンソースをアレンジしたもの。玉ねぎがガツッと入ったステーキソースに、うまく和のエッセンスを取り入れている。

「実は『生一本黒豆』や『魯山人』は完成度が高いために、これまであまりさわらずに使っていたんですよ。ところが昨年、『北新地むろ多』で催された魯山人の復刻料理会に行った時、店主の室田大祐さんが『魯山人』と『九曜むらさき』を割って土佐醤油を作っていましたよね。それを味わった時にピン!と来たんです。やはり醤油は、どんないいものでも醤油なんです。遠慮せずに我々がいつも使っているやり方をすればいいのだと…」。だから今回は完成度の高い「生一本黒豆」や「魯山人」もさわることにした。「でも『生一本黒豆』は、さわってもいい醤油だと実感しましたね。調理時に火を入れても美味しいんですから」。

山村店長の「今回は思い切ってさわることにした」の代表例が醤油パウダーだろう。醤油の絞った後の残りがいい香りがしたので、どうにかできないかと考えたそうだ。これには発酵した匂いと木樽の香りがする。しかし発酵後のものなので塩味を感じない。料理に使うなら塩気がほしいと思い、塩を足して混ぜたのだとか。粉状にすると、少し湿り気が出たのでオーブンに入れて水気を飛ばし、それをミキサーにかけて作ったのだという。最近はスプレーで醤油をかける様をたまに目にするが、醤油の粉というのは珍しい。まさに遊びから生まれた産物といえよう。

和食のヒントによって、洋の一皿ができた

穴子のきぬた巻き最初に出てきた一品を味わった時、私はこれに似たものを食べたなと思った。彩りのある野菜を醤油を使ってうまくゼリー寄せにしているが、その味は実に優しい。舌を刺すことがない「魯山人」醤油をうまく用いた料理だ。この感想を山村店長に伝えると、「実はね、『魯山人』醤油発表会の時に作っていた『御所坊』の河上和成さんの料理がヒントになっているんですよ」とあっさりと種明かしをしてくれた。同発表会は「魯山人」醤油の2013年版発売に際して行われたもの。名古屋文化短大の佐川進教授や、元辻学園TEC日調西洋料理教授だった藤本喜寛先生、有馬温泉の老舗旅館「御所坊」の河上和成総料理長が「魯山人」醤油を共通テーマにして味の饗宴をした。その時、河上さんが作った「蛸のゼリー寄せ」を山村さんは指している(料理の詳細はこのコーナーの第3回目を読んでほしい)。同会には山村店長と、この店の料理長である原さんも参加している。

十駕河上さんの「蛸のゼリー寄せ」を食べた時に、二人して面白いと感じ、どうにかこれを洋の一品にできないかと考えたらしい。すると、ひょんなことから「魯山人」醤油の発表会で河上さんといっしょに料理を作っていた藤本先生と会う機会を得た。所用で藤本先生が心斎橋大丸に来た折りに、偶然この店の前を通りかかったのである。そこで山村店長は自分たちの思いをダイレクトに藤本先生にぶつけた。そして3月の発表会での作り方を教えてもらい、それを「セッティモ・アンジュ」風にアレンジしたのである。「今年のフェアは『魯山人』醤油をメインに持っていきたかったので、だしを『魯山人』で作りました。女性が好むといわれる芋、蛸、南瓜をそのだしでゼリー寄せにしたんです。

穴子のきぬた巻き一番インパクトのある料理を初めに出したいと思ったので、コースはまず『魯山人醤油といろいろ野菜のゼリー寄せ』からスタートすることにしたんです」。河上さんが行った和の作り方を発表会の仲間である藤本先生から伝授してもらい、原料理長がうまく洋へと仕上げたこの一皿は、現代フレンチが本国で挑戦する和への誘(いざな)いにも似た料理になっている。前述のメインディッシュといい、この一品といい、和のエッセンスをうまく洋へと取り入れたものだ。今回のコースを食べた時に、料理人を始め店に関わるスタッフは、常に遊び心と探究心を持っていないといけないと教えられたような気がした。

十駕山村店長は、「かめいあんじゅ」に入社して13年目になる。入った時は調理師だったそうだが、店の都合でサービススタッフに回り、入社2年目からずっと「セッティモ・アンジュ」のホールで働いている。今でこそ本職はホールスタッフだが、日ハムの大谷投手よろしく、厨房とホールの両面で働く二刀流と表現してもおかしくはない。だから原料理長がいない日などは料理を作る。こうすることで店の隅々まで理解できるのだという。

十駕そんな山村店長が湯浅醤油の製品を比べて面白いことを言っていた。「生一本黒豆」は、湯浅醤油のコンセプトを具現化したもの。王道的な味わいで、濃口醤油では最高峰のものになる。それに対して「魯山人」はこれまでの湯浅醤油のコンセプトとは少し異なるもの。品質は抜群にいいのが、湯浅醤油としての王道ではなく、新たなジャンルに挑戦したものだと――。「昨年できた『魯山人』を味わった時、バリエーションが、またひとつ増えたなと思いました。でもこの完成度は湯浅醤油ならではですね。私は『生一本黒豆』が好きで、例えば魚の煮付けを家にある普通の醤油で作っても、仕上げにはこの『生一本』を用いるんですよ。すると、味が全然変わって、実に美味しくなるんです。薄口を使ったものなら『魯山人』がいいでしょうね。これほど高い香りは他では得られません」。

十駕「セッティモ・アンジュ」では、20周年を迎えた一昨年から湯浅醤油フェアを年に一度実施している。店先を醤油樽で飾り、ポップなどで商品紹介をしながら行っている。客層は、百貨店なので40~50代の女性が多いらしい。その年代に特にこのフェアは好評なのだとか。「味噌、醤油は日頃から使い慣れた調味料。米と同じで毎日口にする味です。だからいいものを口にするとすぐにわかるのでしょう。そう考えると、このフェアは、やる価値があると思っているんです」。山村店長はコストがかかるが、その味の良さは、ダイレクトに顧客に伝わると語る。

大葉百合根の白煮その効果として店先に並べた醤油や金山寺味噌を求める人も少なくないそうだ。フランスでは“ソイソース”と呼び、特別な調味料として日本の醤油が大事に扱われていると聞く。今回の「セッティモ・アンジュ」の料理を食べながら、「ヨーロッパにもたらされた和食ブームもあながち一過性には終わらないなと思ってしまった。湯浅で生まれ、日本中に広まった醤油という調味料は、すでに世界に誇れるものになっていることを我々は理解しておかねばならない。

  • <取材協力>
    セッティモ・アンジュ(大阪・心斎橋)

    住所/大阪市中央区心斎橋筋1-7-1 大丸心斎橋店本館8F

    TEL/06-6241-5131

    営業時間/11:00~22:00(21:30LO)

    休み/無休

    メニューor料金/
    メインが選べる炭焼きセット 1980円~2940円
    パスタセット 1580円
    シャラン鴨の赤ワイン醤油風味 1980円
    茶美豚の備長炭火焼 1980円
    薄切り牛モモ肉のステーキ「タリアータ」 2100円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい