56 2017年11月 以前から新古敏朗さんに湯浅まで来てフレンチを食べて欲しいと言われていた。いつも京阪神の街中で取材している当方もたまには湯浅醤油に覗きに行くかと軽い気持ちで出かけてみた。だが、有田ICすぐ近くにある仏料理店は、繁華街顔負けの料理レベル。聞くと、リーガロイヤルホテルや広島のアンデルセン本店で腕を磨き上げた名シェフが地元に戻って営んでいるという。流石に名門フレンチを歩いた腕は一級品。そこに和歌山のいい素材が加わるとあってレベルの高いフレンチを提供していた。今回は地元で4年前に独立を果たした前川和宏シェフの料理について書いてみる。

ナチュラルガーデン 前川和宏
(ナチュラルガーデン オーナーシェフ)
「地元のおばちゃん達がこぞって買
いに行くという『塩麹』は他社
製品とは違ったもの。パンに用
いると、色づきは同じでも出来
上がりのコクも甘さも違って
来る。流石に地元で評判の
高い品だけあります」

和歌山の食材に惚れて地元に帰って来たシェフ

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和歌山県有田郡有田川町水尻_、この地は湯浅醤油から車で5分程の場所である。同地に建つ一軒家レストラン「ナチュラルガーデン」は、湯浅地区出身のシェフ・前川和宏さんが営む仏料理店だ。新古敏朗さんが「よくぞ地元に戻って開業してくれた」と絶賛するほどレベルの高いレストランなのだ。前川さんがこの店を開いたのは2014年のこと。和歌山の食材に惚れ込んで地元に帰り、一軒家レストランができる地を探してこの場所に落ち着いた。店は瀟洒(しょうしゃ)な建物でオープンキッチンを挟み、テーブル席と座敷に分かれている。フレンチで座敷?と不思議に思うかもしれないが、店奥には20名を収容する座敷があってそこで寛ぐかのようにして前川さんの仏料理を食べるようになっている。「店を開く時、この辺りに多い現役リタイヤ組や、子供を持つお母さん達が寛げるようにしたいとコンセプトを立てました。なので彼ら(彼女ら)が来やすいように畳敷きの部屋を設け、お箸でフレンチ、座布団でフレンチをそこでは実践しています」と話す。前川さんの目論見通りにファミリー層需要が多く、時には法事を、結婚前の両家の顔合わせをこの部屋で行うことがあるらしい。

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前川さんは、長年王道フレンチを歩んで来た職人。大阪のリーガロイヤルホテルで25年勤め、広島のアンデルセン本店では総料理長を務めたまでの腕の持ち主である。店名の「ナチュラルガーデン」は、その仕様もさることながら彼がリーガロイヤルホテル時代にいた「レストランガーデン」に由来する。ここでの松本シェフとの出会いが、彼の料理人人生に刺激を与え、師ともいい時間を過ごしたそう。その意味での「ガーデン」の引用。それにありきたりなものを使わず自然派でいこうとの「ナチュラル」を冠した。
前川さんが地位も名声も投げ打って地元に戻って独立したのは、野菜・魚・果物と“超”が付くほどの一流素材が和歌山にあったから。それを用いて前川流のフレンチを作りたいと考えての帰郷である。ファミリー層の欲する仏料理店もコンセプトの一つだが、地産地消も同店のテーマ。近くの由良の魚を求めたり、勝浦のマグロを求めたりしながらメニューを作っている。「和歌山はミカンとリンゴが穫れる全国唯一の県。農家によっては熱心に野菜づくりに興じている人もおり、そんな名素材が料理心をかきたててくれます」と言う。例えば、海南の奥に位置する別院では、岡本さんというファーマーがいい芋を作っている。そこで産されたパープルスイートロード(紫薩摩芋)とシャドウクィーン(紫じゃが芋)が実に旨いとの話であった。「この人の作るブロッコリーもよくて、柔らかいんです。沸く前にあげないとダメになってしまうくらい。里芋も20分でねっとりして一般的なそれとはかなりの差がありますね」。

付き出し感覚で常に出る「トマトの詰め物てんとう虫仕立て」は、地元で栽培する「華小町」なるトマトで作った料理。トマトの中に地の野菜とスモークサーモンか、スモークした鴨を入れて作ったそれは、可愛らしいと好評。前川さんも「てんとう虫は幸せの象徴で縁起のいいもの。お客様に小さな幸せが訪れますようにとの思いをこめて提供しています」と語っていた。付け合わせ野菜はういきょうやイタリアンパセリ、ルッコラなど。店の庭にできるハーブ類を使ってソースを作るという。

和歌山の食材に惚れて地元に帰って来たシェフ

 

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さて新古敏朗さんイチ押しの地元の名店が私に作ってくれたのは、スープと魚料理、そして塩麴で作ったパンであった。初めに出て来たのは、「バターナッツかぼちゃのポタージュスープ」。素材になっているバターナッツかぼちゃとは瓢箪形の異形なかぼちゃ。南米原産のものでアメリカではポピュラーだという(日本でも色んな農家が作り出した)。その名のような風味でねっとりした果肉が特徴。繊維質が少ないからポタージュにすると、とても滑らかに仕上がる。この異形のかぼちゃを皮のまま、水と丸新本家の「白あえみそ」とともにミキサーにかけて作る。提供時にクリームと牛乳で味をつけている。「この『白あえみそ』がバターナッツかぼちゃの甘みと合うんです。今日使ったのは7月末に穫ったもの。熟成しておくと甘みが強くなるんです」。前川さんの「白あえみそ」評は、コクがあって香りもある味噌とのこと。他の白味噌と全く違った香りがすると話していた。今回のスープは塩での調整がいらないようで、バターナッツかぼちゃの味と「白あえみそ」で十分調味できるらしい。

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「丸新本家」の「塩麴」を用いて焼いたパンは、焦げ茶色の丸い型をしたもの。「塩麴」を加えて捏ね、15分程焼く。「こんなに入れて大丈夫かなと思うぐらい『塩麴』を入れて作るんですが、それでこの味が出るんです。『塩麴』がけっこう入っているパンですよ」と話す。パンが焦げ茶色になるのは塩麴の要素が大きい。「それ自体に糖分があるから焼けやすい」と前川さんは説明していた。「地元の年配者がこぞって『丸新本家』に買いに行くんです。この『塩麴』じゃなきゃダメと言ってね。私もよく使いますが、パンの色づきは同じでも他社のものとでは甘さが違って来ます。普段なら砂糖や塩を加えるのですが、これを用いると何もしなくていい。それくらい存在感があるんです」。

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メインの魚料理は、「勢粋梅」をソースに用いた一皿。この梅も湯浅醤油の品で、南高梅を紫蘇の葉と梅酢だけで漬け込んだ昔ながらのすっぱい梅干だ。「これはウエットで使いやすい梅干。出て来る汁も多く、私がイメージする梅干にぴったり」とこちらも高評価。真鯛は塩コショウとオリーブ油でシンプルに焼いたものだが、そこに「勢粋梅」を使ったソースがかかる。玉ネギ、にんにくを炒めて白ワインを入れ、煮詰めてトマトを加える。さらに煮詰めてフレッシュクリームを加え、「勢粋梅」を入れて作るのだという。「梅干だけだととがってしまうので中和させる意味で貝汁を足します。アサリのコクと香りが梅肉に合うんですよ」。料理の仕上げは醤油パウダーで。これは湯浅醤油で出た醤油かすをパウダー状にしたオリジナルで、前川さんの話だと95℃で4時間熱を加えて仕上げるようだ。「もともと苦みはあるが、熱を加えることでそれが増してくる。焼いたら余計に香りも出ます」。酸味のあるソースに香ばしいパウダーがかかり、食欲は増す。そんな狙いが彼にはあるのだろう。

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「ナチュラルガーデン」は、コースのみの仏料理店。昼は2000円と3000円、それにおまかせの5000円が加わる。夜は3500円と5800円のコースで、前川さんの話では5800円が主とのことだった。値段を聞くと、かなり安い。「これでやっていけますか」の質問に「4年間やっているので大丈夫なのでしょう」と笑って話していた。内容を見れば、8000円くらいでも高いとは思わない。「でも、これ以上はいただけないんです」とは、地方の価格ということか。大阪や神戸から車で1時間半ほどかかるが、この手のコースがこれだけの値段で味わえるなら、飛ばして来る価値もあろう。素材にしろ、価格にしろ、地方はとにかく強い_、そんなことを物語るフレンチレストランであった。

  • <取材協力>
    ナチュラルガーデン

    住所/和歌山県有田郡有田川町水尻1289-4

    TEL/0737-23-7021

    営業時間/11:30~14:00 17:30~21:00

    休み/水・木曜日

    メニューor料金/
    ランチコース 2000円、3000円、5000円
    ディナーコース 3500円、5800円



筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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