32 2015年09月豊中に「ビストロ・ハシ」というフレンチレストランがある。地元に根ざした店で、堅苦しさがなく、晩ご飯代わりに使えるのがいい。実はこの店のオーナーシェフ・橋村信治さんは私とも少々縁がある。以前、辻クッキングで私がフードコーディネーターの授業を持っていた折りに取材実習として使わせてもらったことがあるからだ。シェフ自身も辻学園の出身者。しかも西洋料理の廻戸教授のもとで教壇にも立って教えていた。そして34歳の時に調理師学校の先生を辞めて出したのが「ビストロ・ハシ」なのである。そんな経歴の持ち主は、醤油や金山寺味噌をどのように使ってフレンチを表現するのであろう。いつもの無茶振りよろしく出かけてみた。

ビストロ・ハシ (大阪・豊中) 料理人/橋村信治
(ビストロ・ハシ店主)
「どの商品も完成された味。ここま
で完成された調味料を持って来られ
ると、逆に悩みますね。だから変に
触らず、このままの味で表現してみ
ようと調理したんです。今回は醤油・
味噌がわかるものが、私の料理テー
マなんです。」

豊中らしさ漂うカジュアルなフレンチ

ビストロ・ハシビストロ・ハシ

豊中に地元に根ざしたフランス料理店がある。阪急豊中駅から歩いて3分程、駅近ながらも場所柄、住宅地にある店で豊中らしいと表現してもいいだろう。何が豊中らしいのか、そうつっこまれても困るが、私にはそう映るのだから仕方がない。「ビストロ・ハシ」は、元辻学園TEC日調の先生だった橋村信治さんが営んでいる。橋村さんは吹田の出身、だからわりあい地元に近い地域で店を構えたことになる。辻学園TEC日調を辞し、豊中に候補地を見つけて店を開いた時、近隣の人から「ようこんな所で店やったなぁ」と言われたそうだ。それもそのはず駅前といえど、この場所は住宅地。駅前の商業施設の中ならともかく、ここまで人が流れて来ないだろうというのが地元民の見方だった。近隣の人達は、そんな橋村さんを応援しようと思ったのだろう、店を開いてすぐにやって来た。しかもその多くは、近所の年配者。「だからうちは初めから年配者向けのフレンチなんですよ」と笑いながら話してくれた。

ビストロ・ハシビストロ・ハシビストロ・ハシ

前述したように橋村さんは、かつて辻学園TEC日調で教壇に立っていた。学生の時に枇瑯(びろう)先生から教員として残るように言われ、自分の意志とは違った道を歩いた。20歳で西洋料理教授だった廻戸先生に出会ったのも大きい。色んな意味でいい師と巡り合うことで腕も上達して行ったのだという。「廻戸先生の料理は凄くて、こんな素晴らしい人に習っているのに、なぜ他の人は、店をやるんだった現場で働くべきだと言うんだろうと当時は単純に思っていたんですよ。だから私も学校を出たらすぐに店を開こうと考えていたんです」。結局、辻学園には15年間籍を置いていた。34歳の時にこの豊中の地に店を開き、今に至っている。昔は全席セットアップされたフレンチコースだったそうだが、二年前にスタイルを変更した。一階はビストロタイプで「旨そうやなぁ」と思わず発してしまいそうなカジュアルな料理で、そして二階は誕生日など記念日に使いたいコース料理という風に分けている。土地柄、夕食代わりに気軽に訪れる客が増えたのであえて分けたのだと説明してくれた。
橋村さんは、以前から食べやすい料理をと心がけている。だから「これがフランス料理ですよ」と押しつけがましくするのではなく、気軽に食せるものを作り続けたいと思っている。別に枠や形はない。仮りに橋村さんが名店出身だとしたなら、師匠のスタイルを継承しただろう。生憎(あいにく)、調理師学校出身なので継承すべきものやしがらみもない。だから自由に表現できるのだ。この店のテーマは‟わがままシェフの気まぐれフレンチ”。それがまた民度の高い豊中に合っているように思えてならない。「豊中は大阪のベッドタウンで、これといった娯楽も見つかりません。フランス料理店も3~4軒しかなく少ないのですが、裕福な人や文化を尊ぶ人が多いためか、うちのようなフレンチでも十分やって行けるんです」と言う。料理にルールはなく、素人が始めた居酒屋でも繁盛すればそれが正解なのだ。突き詰めれば美味しいものを出している限り廃れはしない。「ビストロ・ハシ」は、「こんな所でよう商売やるわ」と言われた場所で長年フレンチレストランとして看板を掲げている。そしていつのまにか地元に根ざした店になっていた。それが冒頭の‟豊中らしい”の答えだと私は思っている。

和の調味料をシンプルに使い、フレンチを表現する

ビストロ・ハシビストロ・ハシ

ところで、この地元で愛されたフレンチレストランで私はいつものヤツを始めようとしているのだ。醤油や味噌といった一見、フレンチとは無関係な調味料を橋村さんに渡し、私だけのスペシャリテを作ってもらおうと頼んだ。こんな無茶振りにも橋村さんは心良く迎えてくれる。ジャンルやスタイルを問わずに何でもやって来た調理師学校の経験から受け入れやすかったのだろう。
あらかじめ橋村さんに渡していたのは、湯浅醤油と丸新本家の「柚子梅つゆ」「白搾り」「魯山人」醤油、「ひしおもろみ」「オリーブ金山寺」「もろみ味噌」である。橋村さんは、これらの和の調味料を用いて見事なフレンチに仕上げてくれた。
まず、一品目はカンパチを用いた料理。カンパチは塩をせず、「もろみ味噌」を軽く塗って香草をまぶし、ラップに包んで半日寝かせておく。この半日ぐらいが丁度いいそうで、漬け込みすぎると、色も出て味も濃くなるのだとか。これがサーモンだとむしろ漬け込んだ方がいいと教えてくれた。このカンパチを切って葡萄といっしょに合わせたのがこの料理で、カンパチの上にはちょっとだけ「もろみ味噌」が載せてある。橋村さんは、それをソースと合わせて食べてほしいと言う。ソースは、ブルーテ(小麦粉とバターをだしで延ばしたもの)の手法に「柚子梅つゆ」を合わせたものだ。「初めはドレッシングにしようかと思ったんですが、この『柚子梅つゆ』を味わいながら考えていると、すでに完成した味だからあえて創作しない方がいいものができると思ったんです。だから今回は下味もつけず(塩をせず)、『柚子梅つゆ』と 『もろみ味噌』の味だけであえて調味したんですよ」。
「柚子梅つゆ」は、橋村さんの好きな味でさわってどうにかする方が失礼になると思ったようだ。かといって何もせずに魚にかけるだけでは私が面白がらないと考え、ブルーテの手法にそれを加えたようである。この料理は、葡萄がいいアクセントになっている。その甘みが口内で加わり、丁度いい塩梅(あんばい)になる。橋村さんはこのソースをもっと載せて濃厚にしても面白いと言っていたが、私はこの量で十分いけると踏んでいる。なぜなら多く載せるであれば、橋村さんが先にそうして出して来ただろうから。やはり答えは、この皿の中にある。

ビストロ・ハシ

二つ目は鯛を使ったものだ。あらかじめ「白搾り」で鯛に下味をつけ、野菜のブイヨンにこれまた「白搾り」を加えたものの中で63℃にして焚いていく。この時の「白搾り」は塗るぐらいの量でいい。塩コショウの代わりにそれを用いているのだ。ソースは鯛の茹で汁と卵黄、バター、そして「魯山人」醤油で作る。泡立てながらとろみが出るまで火にかけて作っていく。橋村さん曰く「これがオランデーズのアレンジ版」だとか。本来は茹で汁に卵黄、白ワイン、塩コショウして泡立てながら火にかけ、たっぷりのすましバターを加えるのだが、今回はバターは少しだけにし、まろやかさが出るようにしたそうだ。「オランデーズというよりサバイヨンに似ているかもしれませんね。サバイヨンだと軽すぎるのでバターと醤油を加えて重みを持たせているんです。なのでその中間ぐらいとでも言っておきましょう」。
橋村さんは、最初ムール貝の煮汁を使おうとしたのだが、考えていくうちに「もっとシンプルにすべき」との答えに達し、ソースをあっさりめにした。「凝りまくると、物自体が死んでしまう。テーマは醤油の味がわかるものなので、あえてこうしたんですよ。でもこれに醤油を足していくと、卵かけご飯のような味になっていくから面白いですよ」。私が「魯山人」醤油の一番美味しい食べ方は、卵かけご飯だと言ったものだから、こんな風に仕上げてくれたのかもしれない。ちょっとした所に橋村さんの遊び心が隠れている。

ビストロ・ハシ

三品目は橋村さん自身も気に入っているという自信作。フォアグラの上に「オリーブ金山寺」を載せ、さっと表面を焼いてから豚バラ肉で包み、オーブンで10分ぐらい熱を入れる。ソースは純粋なマデラソース。付け合わせに焼きリゾットが添えてある。「フォアグラは、甘いソースとよく合うんです。だから『オリーブ金山寺』を載せて表面をさっと炙ったんです。こうすることでフォアグラの香りも残りますし、『金山寺味噌』の甘みも出て来ます。これが先の「もろみ味噌」では味が強すぎてそうはいきません。『オリーブ金山寺』の控えめな主張具合がいいんですよ」と橋村さんは説明してくれた。豚バラ肉は食感を出すために巻いたそうだ。噛んでいくと、脂がうまく合って口内で各々の味が融合する。まさに食べる交響曲だ。香りと旨みが合わさりながら口内を巡って行く。ある時は主張し、ある時はそんなに出しゃばらず。マデラソースは甘みと酸味がいい。これがなくても十分味わえるが、あることによって味噌が前面に出て来ない。計算しつくした味なのだ。

ビストロ・ハシ

「料理人はね、実は完成されたものはあまり使いたくないんです。どちらかというと、未完成の調味料に技を加えながら自分の味に変えていくんですよ。今回はどの調味料も出来映えがよく、完成されたものだったから逆に困りました。さわれば本来の味を崩してしまうし、かといってそのまま使ったのでは面白くない。悩んだ末にストレートに味を表現しようと考えたわけです。テーマは、その調味料がわかるもの。お気に召しましたでしょうか?」。料理人は因果な商売である。個性は出したいし、技も披露したい。だからといって素材の味を崩したのでは何をしていることかわからない。そんな葛藤の中で常にもがいているのだろう。橋村さんが私だけに作ってくれた三皿は、まさに橋村ワールドに満ちたフレンチだった。橋村さんが最初に「仮りに有名店で修業したのなら、師のスタイルの中で表現していた」との言葉が私の脳裏を擦めた。そうだ橋村シェフは、いつも自由なんだ。だから醤油を使おうが、金山寺味噌を使おうが、手を変え、品を変えて表現できる。こんな所にも辻学園TEC日調の先生だった経験がいかされているのだと思った。わがままシェフの気まぐれフレンチを、これまたわがままな客が食した。今回はその出会いと対決だったのかもしれない。くしくも橋村さんは「調味料や素材において、どっちも勝たずに手をつながすのが料理人の役目だ」と話していた。この言葉につきる食事であった。

  • <取材協力>
    ビストロ・ハシ (大阪・豊中)

    住所/大阪府豊中市玉井町2-2-32

    TEL/06-4865-7177

    営業時間/11:30~14:00LO 18:00~21:00LO

    休み/水曜日と第三火曜日

    メニューor料金/
    <1階ビストロフレンチ>
    少しボリュームのある料理
    (前菜・スープ・主菜・デザート・コーヒー) 3980円
    <その他単品>
    田舎風テリーヌと季節野菜
    トリッパと豆のトマト煮
    鮮魚のムニエルと焼き野菜焦がしバター
    仔羊のもも肉の煮込みナバラン
    白身魚とじゃがいものガレット
    <2階わがままシェフのわがままフレンチ>
    おまかせコース      6000円
    ※価格は全て税別、2階は税・サ別

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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