29 2015年06月日頃、関西圏でうろうろしている私だが、ちょっとした用事や仕事で首都圏へ赴くことがある。いつもなら仕事が済むと、さっさと新幹線に飛び乗って帰阪するのだが、今回はついでに「名料理、かく語りき」の取材も兼ね、評判のフレンチを覗くことにした。目的地は浅草。それも浅草寺を抜けていく、俗にいうウラ浅草だ。「ミシュラン」で一ツ星を獲得している荒井昇シェフの店がこの地にある。さて東京の名打てのシェフは、フレンチに和の調味料をどういかすのだろうか。興味津々で訪れてみた。

レストランオマージュ店主
(東京・浅草)
料理人/荒井昇
(オマージュ店主)
「しょうゆもろみを小さく潰して
フォアグラと一体感を持たせました。
強烈というわけじゃないが、この味
噌がないと、こんなに完成した味に
はならないでしょう。そのまま使っ
てもいいようですし、隠し味にも
使えますね」

おまかせコースで勝負するウラ浅草のフレンチ

らぱん

今日は珍しく東京にいる。仕事柄、クライアントもあり、珍しい土地ではないが、当方、このところ二日と空く日がなく、なかなか出張できない。なので冒頭の表現となってしまった。今、私がいる場所は、浅草・浅草寺の裏あたり、俗にウラ浅草と呼ばれる地域だ。浅草寺門前は観光客でごった返しているが、ここまで来ると人通りは少なく、どうやら地元民や浅草通の人が遊ぶ場所となっているようだ。私が訪問するのは、浅草4丁目にあるフレンチ。荒井昇シェフが営む「レストラン オマージュ」である。日本の「ミシュラン」はフランスのそれとは違い、賛否両論あるが、とにかくその本で一ツ星を獲得した店だ。

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 同店の荒井シェフは、根っからの浅草っ子。現在の店の近くで育ち、麻布の「ピアジェ」で料理人人生をスタートさせた。「ピアジェ」の他、九段下の「二葉亭」などで修業した後に渡仏。三ツ星「ル・クロ・デ・シーム」や一ツ星「オーベルジュ・ラ・フニエール」で働いた経験を持つ。星付きレストランで本場のフレンチを学んだものの、荒井さんは、それより向うは家族の繋がり方に、興味を見い出したらしく、ファミリーを大切に考える愛情表現にむしろ感銘を受けたと話している。フランスにいた一年は、料理もさることながら自分の将来のことを考えた一年であったようだ。  帰国後、荒井さんは、念願の独立を果たすわけだが、とにもかくにもフランスでの料理のイメージを持って帰り、それを具現化しようと努めていた。「店を始めた頃は、はっきり言ってしんどかったですね」と振り返る荒井さんだが、独立時は26歳とまだ若く、気負いもあったのか、それともウラ浅草でのフレンチが根づきにくかったのか、思っていたより不振を極めた。それが好転したのは、3年目を迎えた頃。来た人がネットに評判を書き込み始め、それを読んだ人が食べに来出した。そして口コミで「レストラン オマージュ」の評価が高まって行った。この時に料理評論で有名な山本益博さんと繋がったのも大きい。山本益博さんが紹介してくれた関係で雑誌に載ったり、テレビに取り上げられたりと、ウラ浅草にこんな面白いフレンチがあると巷で広まった。

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荒井さんは、オープン当初の不振時を振り返り、「あの苦労がかえってよかった」と話している。世間で、いきなり流行る店を見ていると、流行に乗ってしまうのは簡単かもしれないが、逆に飽きられるのも早いことがわかる。あの人気店がいつのまに閉店なんていう現象はざらなのだ。そうならなかっただけでもよかったとしみじみ思っているのだろう。「すぐに流行ってしまうと、マスコミが取材に来ても『テレビなんて…』とお高く止まっていた可能性があったかも。でも発信しないと、他人はうちのことなんてわからないんですよ。知ってもらってお客様が訪れた時にきちんとした料理を出す。それが私達料理人の役目なんです」。  ところで「レストラン オマージュ」は、おまかせのコース料理を出す店である。食材の仕入れ具合でその日によってメニューが替わるのだが、値段は平日の夜が6000円から。土日が10000円と15000円の二種になっている(昼は平日が3600円~、土日は6000円と10000円)。荒井さんは、来てくれた人のデータを取っているそうで、料理が重なることのないよう、予約表を見ながら内容を替えている。

チョコレートと「生姜のもろみちゃん」の融合にびっくり!

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まず「生姜のもろみちゃん」を使ったと言ってチョコレートが出て来たことに驚いた。普通に食べただけでは、まさかそれが入っているとは思うまい。けれど、口に入れると、どこかで食べた味だなと思ってしまう。荒井さんによると、周りはグアナラ(70%カカオのチョコレート)で、中にホワイトチョコのガナッシュと「生姜のもろみちゃん」を入れているとのこと。どおりで食べたら見覚えのある味だと思ったわけだ。ほんのり生姜の風味が口に残っている。荒井さんは、こんな取材の時は、成功するかどうかより、その一歩先を進んでみたいと挑戦的な意欲を見せてくる。それがチョコレートともろみのマリアージュ。荒井さん自身、「合わないものはない」との考えを持っており、微調整としていけばうまく行くとも思っている。ガナッシュ、もろみ、それぞれの量と塩分量を調整していきながらうまくチョコレート仕立ての一品にした。「まかないを作らせると、よくわかるんですが、経験がなくても旨いものを造る奴がいるんですよね。今まで何を食べて来たかの経験と、その人自身が持つセンスが合わさり、そうなるんでしょう。私はとりあえずやって食べてみるという姿勢で、自分の感覚にそれが合っていれば、追求する価値があると考えます。この一品もそんな挑戦的なもの。きっちり生姜が利いているし、チョコの味を壊していないでしょ」。

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二品目は荒井さんが現在、試行錯誤しながらいずれメニューに組み込みたいと考えているものらしい。前にこの店で働いていた料理人がフォアグラに西京味噌をつけて焼いたことがあったそう。今回はそれがヒントになっている。荒井さんはかねてより、フォアグラだけだと味がくどくなってしまうので、一口でそのインパクトを残すよりも何かを加えることでいいイメージを持たせたいと思っていた。その何かが「しょうゆもろみ」だったわけだ。パッションフルーツと「しょうゆもろみ」を使うことによって浮き立つようになり、自然とフォアグラのくどさを抑えてくれる。つまりこの二つでフォアグラのいい部分だけを残した。フォアグラはペースト状にして卵で寄せており、「しょうゆもろみ」は小さく潰すことでそれと一体感を持たせるようにしている。「しょうゆもろみは、使いやすい調味料ですね。隠し味に使ってもいいし、勿論、このままでも使えます。例えばソースの中に入れてもいいし、アイスクリームにも使えそうです。味はそんなに強くないのが、使いやすい理由かもしれません。今回の一皿も、この味噌がないと、違った味になっていたでしょうね。強烈というわけじゃないが、十分調味役を果してくれました」と荒井さんは話していた。タルト地には竹炭を使って黒くし、「しょうゆもろみ」を敷いてパッションフルーツとフォアグラをその上に載せる。上には飴のシートがかかり、ナスタチムの花とアルペンシスの葉が添えてある。

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味噌とフォアグラのコラボという点では、次の一皿も見逃せない。この料理ではウズラ肉の中にフォアグラを忍ばせている。これは赤座海老のだしの中に「黒豆みそ」を溶き、仏版海老の味噌汁を作ったもの。時にはブイヤベースに味噌を入れて作ることがあるそうだが、それの延長のようなもので、こうすることでコクを出すとともに日本人に親しみやすさを覚えるようにしたそうだ。荒井さんは鶏肉だとどうしても淡白になるとの理由で素材にウズラを詰めて円錐状に形を整え、蒸し焼きにする。その周りにおからを乾燥させたものを置き、イタリアンパセリとエストラゴンをまぶす。ソースは前述したように赤座海老のだしの中に「黒豆みそ」を溶いて入れ、伊勢海老の味噌汁のようなイメージで仕上げている。付け合わせにはサフランライスのおこげのような感じにアスペルジュソバージュを。こうして「黒豆みそ」が見事に調和したフランス料理が完成した。

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「当店は浅草という地もあるのか、意外に海外からのお客様が多く、特に最近ではアジア圏の方が目立ちます。我々日本人もアジアの人も味噌は身近なもの。フレンチといえど、この要素が入っていれば喜んでくれるんですよ」。荒井さんは「丸新本家」の「黒豆みそ」をコクがあると評している。「このコクがあることで料理の奥行きが違ってくる」と絶賛しているのだ。本来は赤座海老の味だけでもいいのだろうが、「黒豆みそ」が入ることによって味が締まる。これを荒井さんは‟感覚的な部分“と表現する。この‟感覚”を加えることで日本人は無条件に美味しいと思ってしまうようだ。体験したことのある味は、いきなり安心感を覚えさせる。そしてフレンチに親近感を持たせるのだと荒井さんは解説している。「黒豆みそ」や八丁味噌は個性があるから余計にフレンチでは使いやすいのかもしれない。旨みの強い赤座海老にパンチのある味(黒豆みそ)が交わり、主張するメインディッシュができあがった。
ともあれ、ウラ浅草のフレンチは、なかなかのレベル。殊、洋食でいうなら東高西低の勢力図がよく描かれているが、荒井さんの一皿一皿を味わっていくうちに、それもあながち間違いではないことがわかる。荒井さんは、できるだけ頭を硬くせず、柔軟な姿勢で臨みたいのだと話していた。いい材料や調味料、面白い手法があれば取り入れていくつもりだという。そしてそれが自分の料理に反映できれば、来店する顧客も納得するコースができるのではと思っている。「レストラン オマージュ」には、アラカルトがない。以前はあったそうだが、ある時になくなってしまい、おまかせコースのみに絞った。アラカルトは、客自身が組み立てるために、どうしても食べる人の力量が必要となる。メニュー名を見てわからなければ、同じような調理法の料理や、同系のソースが連続する危険性を孕(はら)んでいるからだ。その意味では、今日はこれがオススメですよと提示してくれるコースの方が安心であろう。その意味もあって「レストラン オマージュ」は、アラカルトをなくしているのだろう。そんな所まで深く考えさせられた三皿であったが、荒井シェフ恐るべし!ウラ浅草まで足を伸ばして来た甲斐があったというものだ。

  • <取材協力>
    レストランオマージュ店主
    (東京・浅草)

    住所/東京都台東区浅草4-10-5

    TEL/03-3874-1552

    営業時間/11:30~15:00(LO13:00)
    18:00~22:00(LO20:00)

    休み/月曜日

    メニューor料金/
    ランチ 平日3600円~
    土日6000円、10000円
    ディナー 平日6000円~
    土日10000円、15000円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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