42 2016年09月先日、ラジオパーソナリティの谷五郎さんの紹介で面白い店を見つけた。やっているのは谷さんのラジオ番組のスタッフ・25歳の藤田和宏さんである。藤田さんは、本業の傍ら寺の境内に住み込み、5時30分から茶屋を運営している。阪急六甲(神戸)から徒歩20分、住宅街の先で、神戸大学の裏側という立地だが、寺の裏手は夜になると、闇で光さえ射し込まず、おまけに猪まで出る始末。そんな茶屋が朝6時から盛況ぶりを見せ、寺のラジオ体操に100人もの人が集まるという。今回は、ユニークな茶屋とともにマスコミ人でありながら朝から午後まで茶屋で働く藤田さんについて記したい。当然ながら、そんな茶屋でもいつものアレは、しっかりとやって来た。さて、十善寺の「もみじ茶屋」とはどんな所やら…。

十善寺・もみじ茶屋
ラジオ制作兼茶屋運営スタッフ/藤田和宏
(もみじ茶屋担当者)
「金山寺味噌は、口に入れた瞬
間にご飯が欲しいと思いました。
このままでも美味ですが、ご飯
といっしょならさらに美味しい。
だから今回はこだわりの『農樹』
の米と合わせたんですよ。」

毎日登山で賑わう寺の茶屋

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神戸・灘区の一王山。聞くところによると、神戸で一番低い山とされ、歴史ある十善寺がその中心となっている。同寺は、天喜5年(1057)に信覚大師によって創建。かつては73の僧房と七堂伽藍があり、かなり壮観だったと伝えられている。ただ天正期に織田信長の兵火で焼失。その後、紆余曲折を経て江戸時代の宝暦年間に今の形の寺として整ったそうだ。

この十善寺に毎朝沢山の人が登って来る。登山とはいっても山門の下は住宅街。阪急六甲駅からも徒歩20分、高羽の交差点からなら7分程で行けるため、本 格的山登りとは言い難いが、境内には、一王山登山会の会館まであり、60~90代の約400人がそれに入っている。境内で「もみじ茶屋」の運営を担当する 藤田和宏さんによれば、「朝6時と7時にラジオ体操が行われ、それに参加する目的で約100人が登って来る」とのこと。大半は子供と年配者、「60歳でも まだまだひよっ子」と言われるくらいで、お年寄りが朝にここで顔を合わせ、ラジオ体操に勤しむ様が昔から定着している。私もこの取材で訪れた際に、たまた ま来ていた老人と遭遇。話を聞くと、29歳から42年間欠かさず来ているとのことで、「あと少しで1万回になるんです」と言っていた。「もみじ茶屋」の床 几には「一王山登山会」の毎日登山名簿が置かれていて、回数ごとに名前を記せるようになっている。中には8000回以上のものがあり、その中にぎっしり書 かれている。単純計算で21年以上、まさに気の遠くなりそうな登山回数である。

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「十善寺」にはラジオ体操などで訪れる人の休憩施設として境内に茶屋を設置している。一時期、運営する人がおらず休んでいたそうだが、2年ぐらい前からラジオ番組の制作会社である「デスカルガ」が縁あって引き継ぎ、同社のスタッフである藤田和宏さんが派遣されて運営をするようになった。藤田さんは、ラジオ番組のディレクターや構成などを手がけるマスコミ人で、茶屋運営とは全く不似合いなはず。それが、昔とった杵柄(学生時代に喫茶店でアルバイトをしていた)とばかりに、うまく営んでいるから面白い。朝5時半から店を開け、14時に閉めて、それから仕事場であるラジオ関西に向かう。「デスカルガ」の勤め人ながら二足の草鞋を履いたような格好なのだ。藤田さん自身も「どちらも違う面白さがある。面白くないと到底できる業ではないですよ」と言っており、好きこそものの上手なれといった雰囲気でこなしていると思われる。

ところで、ラジオ関係者が営むだけあって寺の中の茶屋とはいってもなかなかユニーク。「三人寄ればもみじヨガ」と題して茶屋の2階でルーシーダットン(タイのヨガ)の先生・「さくら美和」の桜子さんがヨガ教室を行ったり、2カ月に一度の割りで噺家が来て落語会を行ったりと企画ものがいっぱい。藤田さんは「笑福亭枝鶴さんらが噺す落語会は朝7時10分と8時10分の二回。ラジオ体操後に聴きに来てくれるので毎回盛況です。多分、日本で一番朝早い落語会じゃないでしょうか」と話している。誰でも参加できるが、聴いた後の投げ銭が噺家達のギャラになっているというから実に面白い企画である。

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朝から賑わいを見せる「もみじ茶屋」だが、プロの調理人はおらずとも藤田さんの手作り料理がこれまた評判を呼んでいる。メニューは、サンドイッチ類にカレー、オムライス、焼飯など。中でも「ガーリックチャーハン」(味噌汁・漬物が付いて600円)は、藤田さんが関わっているラジオ番組(谷五郎のこころにきくラジオ)で紹介した食べるラー油を使っており、なかなか人気があるという。東北で居酒屋を営む息子を支援するために父親が造ったという逸品で、青森のにんにくをふんだんに使用しているためか、匂いが強い。にんにくの風味が利いているわりに辛さは控えめ。そのせいか、老人からも評判がいいのだそう。「チャーハンは『なかむラー油』を和える形で入れていくのですが、中にはそれ以上に掛けながら食べる人もいます。辛みのあるのは、年配者は苦手かと思いきやそうでもないようです」と教えてくれた。
この他、ベーコン、レタス、トマト、玉子が入った「BLTサンド」(ドリンクが付いたセットで600円)も名物。通は150円プラスして「ちょっとええ珈琲」(通常価格は400円)に替えて注文するという。その方が朝から少しリッチな気分が味わえるからだろう。ドリンクは、コーヒー、紅茶、ジュース、カフェオレ、カルピス、牛乳が250円と安価だが、やはり香り高い「ちょっとええ珈琲」を注文するところが神戸の人らしくていい。まさに朝から“ちょっとええ感じ”なのだ。

いい素材には、いいものを合わさないと…

 

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ところでこの「もみじ茶屋」でも湯浅醤油(丸新本家)の商品を用いて作ってもらうことにした。言っておくが、これは私だけの特別バージョン。あらかじめ藤田さんに金山寺味噌などを送っておき、「これをうまく使ってみて」と頼んでおいた。くどいようだが、藤田さんは、いつものようにプロの調理師ではない。だから常にあるメニューにうまく合わせた形にしている。
「もみじ茶屋」で丸新本家の「もろみ味噌」「金山寺味噌」「勢粋梅」に合わせるとしたら、やはり「おにぎり」である。このおにぎりは、綾部の「農樹」の米(特別栽培米こしひかり)を炊いて作っている。「農樹」も「谷五郎のこころにきくラジオ」で紹介したことのある米だ。中津隈一樹さんという26歳の農業家が作るこだわり米で、①丈夫で健全な苗を育てること②水管理を徹底すること③稲の周辺環境をよくすることの三つに注意して育てたもの。番組内で“若社長を取り挙げよう”との企画があり、綾部からスタジオまで来てもらい、そのこだわりを話してもらったのが縁で、藤田さんや谷五郎さんがその味に惚れ込み、日常でも使うようになった。「先程の『なかむラー油』もそうですが、『農樹』も料理(おにぎり)に使うだけではなく、この茶屋でも販売しているんですよ。当初はこんな場所で米が売れるのかなと疑問を抱きましたが、蓋を開ければ、取り越し苦労だとわかりました。買って行く人が多く、今では歴としたうちの定番商品になっています」

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藤田さんは、「もろみ味噌」「金山寺味噌」「勢粋梅」を味見した時に、「農樹」で炊いたご飯に合うとピンと来た。おにぎりの中に具として入れる手もあったが、やはり旨いものは別々に味わってほしいと、「農樹」の味を表現するために、いつもの如くおにぎりを握り、その横に「もろみ味噌」「金山寺味噌」「勢粋梅」を添えることにした。
「勢粋梅」は、昔からある紫蘇づけの梅干ですっぱい味が印象的。近年は甘い梅干が幅をきかせるようになったが、従来からのそれはやはりすっぱいもの。ご飯の上に載せるイメージで昔ながらの味を表現している。「金山寺味噌は、口に入れた瞬間にご飯が欲しい!と思いました。このままでも美味ですが、ご飯といっしょならさらに美味しい」とは藤田さんの弁。片や「もろみ味噌」は、きちんとしたもろみで、やはり上々の評価。最近は水飴を半分ぐらい入れて作っているのがあって甘々になっている嫌いがあるが、これは全く違う。「丸新本家」が味噌のスペックとして売ろうとしているのが窺える正統派の味である。この「おにぎり」セットは、具にしたり、調理したりせずにそのまま表現したいという藤田さんの考え方がよく表れている。いい素材(農樹)には、いい素材がフィットすると改めて教えてくれた一品であった。

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藤田さんは、14時まで「もみじ茶屋」を運営し、午後からはラジオ番組作りを行う日々を過ごしている。担当番組は土曜の「谷五郎の笑って暮らそう」と競馬中継、日曜の「王様ラジオキッズ」。流石に土日は担当番組があるので茶屋をやるわけにはいかず、アルバイトに店を任せているという。ラジオはラジオ、店は店と分けて考えないと、こんがらがってしまうので、その仕事の時はそれに集中することを心掛けているそうだ。「でも茶屋をやっていて、毎日登山で訪れる年配者からラジオのネタをもらうことがあります。『王様ラジオキッズ』は子供達が楽しめるための番組なので、ここに来る子供達に出演してもらうことも多々ありますし、その年代の子とルートをつける役目も果たしてくれます。子供が『十善寺』のラジオ体操に来てくれるから繋がるんですよ」。ここでのラジオ体操は、音楽はなく、今は中学生が朝礼台に立って先導しながら行っている。ラジオ体操をし、神戸体操(もしくはラジオ体操第二)に移り、最後はなぜか櫓漕き唄で締める。そんなスタイルで一日がスタートするのだ。その後、茶屋の床几に腰掛け、ノートに記帳し、一服する。それでも時計は6時を少し回ったところ。ここから10時までが「もみじ茶屋」の繁忙時間だ。これほど朝から充実ぶりを見せる店が他にあるだろうか。最後にもう一度言っておく。この時間帯に忙しく働く藤田さんは、ラジオ番組の制作スタッフなのだ。

  • <取材協力>
    十善寺・もみじ茶屋


    住所/神戸市灘区一王山町12-48 十善寺内

    TEL/078-202-7241

    営業時間/営業時間/5:30~14:00(月曜日は~11:00)
    ※店主がラジオ番組の仕事をしているので急な休みや営業時間を変更する時がある


    休み/水曜日

    メニューor料金/
    メニュー/ドリンク         250円
         ちょっとええ珈琲    400円
         たまごサンドセット   400円
         野菜ハムサンドセット 500円
         トーストセット       400円
         フレンチトーストセット 500円
         カレーライスセット   650円
         オムライスセット    700円
         ガーリックチャーハンセット 600円
         BLTサンドセット    600円
         おにぎりセット     450円
         
         ※販売品
         なかむラー油     650円(150g)
         農樹・特別栽培米こしひかり 1300円(2㎏)


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい