14 2014年03月以前このコーナーに出てもらった平塚孝さんに湯浅醤油の「生一本黒豆」を渡したところ、「醤油に丹波の黒豆が使われているなら篠山つながりで同市街地にある旅館を取材してみては…」と言われていた。平塚さんが紹介してくれたのは篠山では誰もが知っている「料理旅館 近又」である。関ヶ原の合戦から少し後の1609年に創業しており、なかなかの名門どころ。善は急げとばかりに、「魯山人」醤油などを手みやげに同旅館の料理長・鈴木弘和さんを訪ねてみた。今回は彼が作ってくれた篠山らしい春の4品を紹介したい。

料理旅館 近又(篠山) 料理人/鈴木弘和
(料理旅館 近又 料理長兼支配人)
「この醤油は素材を選ぶ。
素材次第では主役のお株を
醤油が奪いかねません。
それだけレベルが高いんですよ。」

篠山の幸を「魯山人」醤油と金山寺味噌で

十駕店主 竹氏清貴十駕店主 竹氏清貴

兵庫県民の私にとって、篠山は昔から親しみのある町だ。丹波黒(黒豆)やボタン鍋が有名で年に何回かはドライブがてらに訪れる。市街地に建つ「料理旅館 近又」は、篠山に来たことがある人なら一度はその名を耳にしたことがあるだろう。聞けば、創業は今から400年ほど前の慶長年間。江戸時代初期にあたり、篠山城築城と同時代に開いたといわれている。当時、この旅館は近江屋と名乗っていた。近江商人だった又兵衛が旅籠を営み、代々当主が近江屋又兵衛の名を継いでいる。「近又」になったのは明治の初め頃で、近江屋の又兵衛なので略してそう呼んだのだとか。

「近又」には幕末期に桂小五郎が泊まっている。彼が残した日記に「好きなお菊と丹波篠山郷近又に宿る」と記されている。昭和54年には、現皇太子にあたる浩宮徳仁親王殿下も宿泊され、ボタン鍋をご賞味されたという。この「近又」にはもうひとつ有名な話がある。それは料理屋としてボタン鍋を最初に出したことだ。ボタン鍋は篠山に駐屯していた陸軍歩兵第70連隊が訓練中に鉄砲で猪を撃ち、その肉を味噌汁に入れたのが始まりとされている。その後、篠山の店が将校用にきちんとした料理にして出したそうだが、その店こそが「近又」なのだろう。

十駕

篠山には、秋の黒豆、冬のボタン鍋と、グルメが食指を動かすネタが揃っている。私を含めて訪れる人の大半は決まって秋~冬、もしくは春までの期間ばかりである。「近又」の女将・森本初美さんの話によると、「春から夏にかけても美味しいものが沢山ありますよ」とのこと。さらにこの日は私のための特別料理を用意して待っていてくれると言うので、その甘~い誘惑に誘(いざな)われながら訪ねた次第である。行ってみると、篠山の香りがする春らしい4品を鈴木弘和料理長が考案していてくれていた。

十駕十駕十駕

「一品目に出て来た酒肴盛りは、その名からもわかるように酒のアテになりそうな前菜。篠山産天然なめこを焼いたものと、金山寺味噌を蕗(ふき)の薹(とう)に射込んで揚げたもの、丹波の黒豆を金山寺味噌で和えたものの三品が盛られている。勿論、前者の調理には「魯山人」醤油が使われ、残りの二品には「金山寺味噌具だくさん」が用いられている。一般的になめこは汁に入れたりするが、焼くことはあまりない。鈴木料理長は「魯山人」醤油の旨みに着目し、風味づけするよりも味わいにいかしたいと考えて焼くことにしたそうだ。フライパンに油を敷かず空煎りして仕上げに「魯山人」をかける。こうするとなめこは汁ほどねばりが出ない。本来なら塩でと言いたいところだが、どうしても酒のアテにしたかったので醤油炒めにしたと話していた。そして色合いをもたせる意味で一寸豆を添えて提供してくれた。

蕗の薹は開いて中を取り除き、金山寺味噌を射込んでいる。その時、包丁で味噌を潰してから中に埋め、葉で閉じて薄衣で揚げている。「丸新本家の『金山寺味噌具だくさん』は、食品としてはレベルの高い商品。何かの足しに用いるよりはそのまま使う方がいいと思い、このようにしたのです。いいものはいじくりたくない、それが料理人の本音でしょうね」と鈴木料理長は語っている。その言葉が示すように強い味同士を合わせると、ケンカしてしまい、せっかくの味が台無しになる。蕗の薹の風味と金山寺味噌の深い味わいは、まさにベストマッチ。素材の風味と味噌の旨みが口内で絡みあい、後から苦みが追いかけてくるとでも表現しておこう。「揚げてから金山寺味噌を載せたのではこうはいきません。中に射込んで加熱するからいいんですよ。眠っていた酵母がはじけて素材となじむんです」。一方、黒豆は甘さを控えめにし、柔らかくならないように炊いている。その黒豆に、金山寺味噌とクリームチーズを混ぜたものを和えているのだ。「一般的イメージでは、黒豆は甘さがないと違和感が生じるようですね。でも金山寺味噌が甘めなので、通常のように炊くと、かなり甘すぎて酒のアテに向かないんですよ。この一品は黒豆の味と金山寺味噌の味がうまく出ていると思いませんか。それにクリームチーズが加わり、まろやかな味になっているんです」と鈴木料理長は解説を加えている。

主役交代を強いりそうな地の野菜と醤油

大葉百合根の白煮大葉百合根の白煮

二皿目は春の恵みをしゃぶしゃぶして味わう温物。地の菜の花や、国産の筍、うるい、花弁大根、人参、本ミル貝と春らしい素材が並び、それを鍋感覚で味わう。本来なら貝が主役になりそうだが、この品ではむしろ野菜の方が主役に。他所より少し遅いという菜の花がその中でもメインになるようで、まさに苦みを食べる春らしい料理になっている。

まず昆布だしを沸騰させ、そこに塩抜きした桜の花を入れる。すると、桜の香が立ち登る。香りは一瞬だけかもしれないが、そのはかなさが桜らしくていい。桜の花弁が散ったかのような鍋の中に、菜の花や筍、うるいをくぐらせて食べる。漬けダレはポン酢ではなく、そばつゆ風に仕上げた醤油ベースのもの。みりんを煮切って、鰹と昆布のだしを少し多めにして「魯山人」醤油を注ぎ、追い鰹をして仕上げている。

十駕しゃぶしゃぶの場合、どうしてもポン酢になりがちだが、この一品はそんなイメージを覆しており、少し甘めに仕上げたつゆが春の野菜をうまく迎え入れている。まさに微妙な素材の味を邪魔することなく味つけてくれるのだ。

十駕「この醤油を初めて口にした時、何も足すべきではないと思ったんです。ゼリー寄せやポン酢にしても旨いでしょうが、もっとシンプルに勝負しようと考え、あえてこのようにしたんですよ。そばつゆ風に仕上げた方が、いかにもしゃぶしゃぶのタレという感じがしなくていいでしょ」と鈴木料理長はにこりと微笑みながら説明してくれた。鈴木料理長は「魯山人は素材を選ぶ醤油だ」と分析している。それはマグロのように合いにくい素材を使うと、調味料の個性が出にくいからだ。さらに悪い素材だと、調味料(醤油)の方が主役のお株を奪いかねない。「そのままなめて酒が飲めるほどレベルが高い」と絶賛しているのだ。

十駕春の魚介といえば桜鯛を思い浮かべるが、脂の乗った鯛よりは、貝の方がよく合うのではないだろうか。それもこの皿の主役ではなく、春野菜の脇役になっているのが面白い。

十駕十駕

向附は、桜鯛とこごみ、楤の芽、山独活、空豆、ラディッシュを鯛の白子醤油に漬けて食す。造りではなく、まるでバーニャカウダのようにして楽しむ料理だ。鈴木料理長は「造りとしてではなく、ディップ感覚で味わってほしい」と言っている。漬けダレは鯛の白子を裏漉して酒といっしょに練り、冷ましてから「魯山人」を垂らして作っている。漬け醤油にして残すと勿体ないと考えたために、いくら造り的な要素を持たす料理といえども「魯山人」をそのまま出す気にはならなかったようだ。白子は濃厚でコクがある。そこに「魯山人」がうまく風味づけを施しているとの印象を受けた。温物の時に鈴木料理長は、ミル貝をあえて脇役にしたと言ったが、「春の出会い」と題されたこの向附も鯛よりも春の野菜の方が主役のように感じた。それは醤油に漬けて食べる造りのスタイルより、バーニャカウダ的な食べ方をしたためかもしれない。こごみ、楤の芽、山独活などの山菜が独特の苦みを放ちながらも濃厚な白子醤油がそれを受け止め、さらに旨みを加えているからだろうか。温物といい、向附といい、鈴木料理長の頭の中はかなりユニークな発想が詰まっているのだろう。普通では面白くないと語るその料理手腕はなかなかのものである。

十駕最後の一品は強肴。「篠山の名残とボルジョミ」と献立表には書かれていた。流石にボタン鍋を料理屋で初めて出したと伝えられるだけに、やはりこの季節でもボタン鍋風の一品を提供してくるのかもしれない。昔からこの店で受け継がれてきた味噌ダレを使ったそうで、鍋物としてではなく、煮物風に作っている。具材は篠山らしく猪肉と山の芋。これに秘伝の味噌ダレがこってりとまとわりつく。

この料理を作ったのには少々理由(わけ)がある。それは私が「魯山人」醤油と「金山寺味噌具だくさん」を使ってとのテーマを出していたのと同じように、「近又」の事業統括総料理長を務める丸岡修二さんが「ボルジョミ」に合う料理を一品だけ作ってほしいと鈴木料理長に注文していたからだ。「ボルジョミ」とは、グルジア共和国で発売されているミネラルウォーターのこと。何でも「近又」の関連会社が日本での独占販売権を得ているとかで、少しでも多くの人に知ってもらいたいと今日の取材のテーマに加えたのだ。この「ボルジョミ」は中硬水で、天然の微炭酸を含んでいる。私が飲んだ印象では、ミネラル分が多いからだろう、若干の塩分を感じる。クセはあるものの、ありきたりのミネラルウォーターよりよっぽどよく、猛暑が襲う日本の夏には、熱中症対策の水としてウケそうな気がする。ロシアではかなりの量が飲まれているらしく、海外での認知度は高いそうだ。

十駕鈴木料理長は、本日のお題の中でこの水と合せるのが一番頭を悩ませたと言っていた。それは「ボルジョミ」の味がどうこうというわけではなく、軟水に慣れ親しんだ日本人には硬水を飲みながら料理を食べる習慣があまりないからだ。鈴木料理長は「ボルジョミ」の個性をいかすには、こってりとしてまとわりつく料理でないとダメだと考えた。そこでボタン鍋風の煮物を思いついたわけである。ロシア料理は煮込料理にそのよさを見出すことがある。ロシアでウケる「ボルジョミ」ならこの強肴にフィットするのは当然だろう。ボタン鍋だと気持ち薄めになる味噌味を煮込み料理にすることでよりこってりさせている。それを天然微炭酸の「ボルジョミ」が流し込み、口内をさっぱりさせてくれるのだ。山の芋もさることながら猪肉を食べた時の方が「ボルジョミ」がフィットする。やはりこの水は濃厚な味付けの料理に合うようだ。

十駕十駕

私が「近又」を訪れた3月は、ポカポカ陽気だった。それでも寒冷地のイメージが強い篠山には、名残のボタン鍋風煮込みがよく合う。丸岡さんは、「放っておいても秋~冬は観光客が沢山来るが、春~夏は料理イメージが薄くなってしまうためにどうしても需要が少なくなってしまう」とこぼしていた。だから鈴木料理長には春~夏に人を呼べる料理をいかに打ち出すかということだと指示しているらしい。鈴木料理長が「近又」の厨房を任されたのは昨年の夏から。見知らぬ地に足を踏み入れ、何とか自分のイメージで料理が出せるようになったら冬を迎えていたと話していた。冬はボタン鍋のシーズンで、これを目当てに来る顧客にひたすら作っていたので、まだ自分の色を出していないのだとか。だが、今日の4品を見る限り、なかなか面白いものを作り出す腕がある。これは春~夏にヒット作が誕生するかもしれない。

十駕鈴木料理長は一時期、海外で仕事をしていた実績がある。実家が旅館を営んでいたこともあり、ある時期は料理や旅館をテーマにした小説を書きたいと考えて、いったん料理の仕事から離れていたそうだ。それが縁あって「近又」から声がかかり、土地勘も何もなかった篠山にやって来た。丹波黒や丹波大納言小豆のイメージが強かったこの地だが、来てみたら以外にも野菜が旨いことにびっくりしたという。これから夏、秋に向けて色んな産物が顔を覗かせる。デカンショ節の一節のように「あとの半年は寝て暮らす」というわけにはいかないだろう。そう考えると、私は度々この地へ足を向けねばなるまい。

  • <取材協力>
    料理旅館 近又(篠山)

    住所/兵庫県篠山市二階町81番地

    TEL/079-552-2191

    営業時間/宿泊IN15:00 OUT10:00
    料理のみ 昼11:30~
    ※夜は時間が決まっていないので、ご相談ください。

    休み/無休

    メニューor料金/
    一泊二食(ボタン鍋付き) 18800円(税別)~
    会席料理 16000円(税別)~
    ※ボタン鍋は冬の名物だが、他のシーズンでも予約があれば提供可能

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい