10 2013年11月先日、某雑誌の取材で久しぶりに湯木尚二さんに会った。彼はあの「吉兆」を創業した湯木貞一さんの孫にあたり、2000年に福岡で開催された九州・沖縄サミットの蔵相会議でも宮沢喜一さんらG8の面々に料理を作った実績を持っている。そんな湯木尚二さんに後日、食事に来るとの約束を残し、「魯山人」醤油を用いた私だけの特別料理を作ってもらうことにした。そして出来上がった3品を味わってみると…。

日本料理 北新地湯木 本店
(大阪・北新地)
料理人/湯木尚二
(北新地湯木店主)
「品のある香りが印象的。
旨みがあって塩角がないので、
何にでも使えそうですね」

「吉兆」を有名にした鯛茶漬け

セッティモ・アンジュセッティモ・アンジュセッティモ・アンジュ

時代を彩る顔がある。北大路魯山人もそのひとりで、大正期から昭和中期にかけて芸術や料理の分野で名を残した。一方、「吉兆」の創業者で知られる湯木貞一さんも昭和の偉人のひとり。昭和5年に大阪・新町で店を出し、その後、階段を駆け上がるようにして日本一の料亭とも呼ばれる「吉兆」を作り上げた。その時代、その時代で人が交わるように、この二人も当然、友好的関係にある。先日、北新地にある「日本料理 北新地湯木」の店主・湯木尚二さんに、この二人の交友について話を聞いた。湯木尚二さんは、その名からもわかるように湯木貞一さんの孫にあたる。2000年の九州・沖縄サミットの蔵相会議でG8の面々に料理を作った経歴を持つ。自身の店としては、2010年秋に難波の新歌舞伎座(ミナミの新歌舞伎座はすでになく、今は上六に新築移転している)近くに「南地ゆきや」をオープンさせたのを皮切りに、その後、「肥後橋ゆきや」「北新地湯木本店」「北新地湯木新店」と順調に割烹料理店を開いている。その湯木尚二さんが、「魯山人」醤油を味見しながら「昭和20年代後半から祖父と北大路魯山人は交流を重ねていた」と証言している。
湯木尚二さんによると、湯木貞一さんは神戸の料理屋の息子だったそう。28歳頃、北大路魯山人に憧れを抱き、たまたま人伝手に「星岡茶寮」の煮方が退職するとの話もあったので、彼の下で働きたい一心で上京した。2ヵ月ほど就職の機会を待ったが、期待したように話は進まず、「星岡茶寮」の厨房に立つことを断念している。その後、湯木貞一さんは「箱根花壇」で働いていたそうだが、父親に見つかり、親戚の湯木文太郎さんが心配して神戸へ連れ戻している。湯木貞一さんは、それからまもなく(昭和5年)大阪の新町で鯛茶漬け屋を構えた。当時、新町といえば花街で、芸者も沢山いた。そんな華やいだ場所で鯛茶漬けとちょっとした一品を出す「吉兆」なる店を始めたのである。鯛茶漬けといっても決して安いものではない。一杯が80銭だったというからまさに高級品。当時は9~10円あれば宴会できたようで、それから換算すると、鯛茶漬けが3000円ぐらいしたことになる。花街に遊びに来た客が「吉兆」にふらっと入り、鯛茶漬けを食した。それがあまりに旨かったのだろう、口伝手で伝わり、いつしか評判店となっていった。それがかの料亭「吉兆」の始まりである。
湯木貞一さんは、高麗橋に料亭「吉兆」をオープンさせた後に、この店や嵐山の店でよく魯山人と会い、語り合っていたらしい。「当時、祖父は50代、魯山人さんは70代だったと思います。祖父が魯山人さんに初めて会った時に、若き日のことを話したのでしょう、そうしたら魯山人さんは『それは大変残念なことをした。その頃に君と出会っていたら、どんなにか面白かったろうに。君の若さと僕の経験を戦わせてみたかった』と残念がったそうです」と湯木尚二さんはひとつのエピソードを披露してくれた。湯木貞一さんが魯山人に出会っていたら、その才能からいずれは「星岡茶寮」の料理長になっていたであろう。だが、そうなると「吉兆」は存在しなかったかもしれない。グルメからすると、やはり会わなかったのが正解だったのでは…と思ってしまう。運命の神様は、それを知ってわざと20代の湯木貞一さんを魯山人から遠ざけたのかもしれない。

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ところで戦前、新町で話題だった「吉兆」の鯛茶漬けと同じようなものが「北新地湯木」で食すことができる。ごはんの上に鯛の切り身を載せ、濃厚なゴマダレをかけたそれは、熱々の鰹だしをかけて味わう。添付された紙の袋には、海苔とあられが入っており、それを振りかけてから食すのだ。湯木尚二さんがこの店を出そうと考えた時に、原点回帰の思いもこめて鯛茶漬けをメニュー化した。生憎、本店は懐石コース料理のみなので、単品で味わうわけにはいかないが(但し懐石コースの締めには登場する)、新店の方では昼のみ「鯛茶漬け御膳」(1890円)なるメニューがあるので興味のある人は食べに行ってみてはどうだろうか。
ちなみに本店では、コースの中に野趣的な一皿を入れて供している。私が某雑誌取材の際に食べた「魚介類ときのこの石焼き」がその代表例。海老、イカ、貝柱、しめじ、椎茸などを鰹の酒盗に漬け、その味を染み込ませた具材を焼けた石の上に載せて、熱を入れる。酒盗の旨みと素材の甘みがマッチし、さらに焼くことで香味がつく。流石、湯木貞一さんの孫だけに、その安心感ある味は、かの「吉兆」をも彷彿させる。新店はスペースがあるのだが、本店の方は北新地本通りに面した好立地の分、スペースは小さい。けれどこのくらいの大きさが美味しいものを食す条件であると私は常々言っている。一部カウンターを除けば、オール個室対応になっているのも北新地らしくていい。顔がささないのは接待用や商談用にはもって来いだ。湯木尚二さんは、「北新地湯木」で五感に与える料理を提供したいと考えているようだ。八寸では見ためがよく、彩りのいい品を揃え、コースの中に動きが出るようにと石焼きのような一品を挟んでいる。そして締めは原点回帰した鯛茶漬け。「料理のデザイン性も考えて作っているんですよ。素材感や季節感は当たり前ですが、食器にもかなり気を遣っています」と話していた。

かくも上品な味がする三品

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さて、本題へと話を進めよう。このコーナーで紹介した店がいつも行ってきたように、湯木尚二さんに「魯山人」醤油を味見させた上で、「これを使って特別に何か作ってくださいよ」と注文した。湯木尚二さんが私のリクエストに応えて、この日、出してきたのは三品。「鰆(サワラ)の柚庵焼き」と「蕪蒸し」「魯山人醤油を使ったすき焼き」である。柚庵焼きは、鰆の切り身に「魯山人」醤油、清酒、みりんで照りをつけて焼いたもの。翡翠銀杏、栗、鳴門金時を素揚げして添え、皿に盛っている。湯木尚二さんは、これに仕上げとしてレモン香をつけた。「刻んだ柚子を散らしてもいいのですが、今回は醤油の味をメインに出したかったので、あえてそうせず、控えめにレモン香をつけただけです」と言う。角がない「魯山人」を使っているせいだろう、一般の醤油のようなパンチはないが、その味がうまく素材に染み込んでおり、上品な味わいに仕上がっている。この醤油の風味が効いた鰆を味わい、そして素揚げの野菜を食べる。素材もいいのだろうが、栗の甘さが秋の味覚を思い出させてくれる。
二品目の「蕪蒸し」は、中に塩焼きした鯛とキングサーモンが射込んである。湯木尚二さんによると、本来ならイクラのだし漬けを載せるのだが、今回は私のリクエストに応じ、「魯山人」醤油の味を際立たせたいがために用いなかったそうだ。薄味の蕪を箸で潰すと、中から塩味がついた具材が出てくるという演出と、その味の絡み合い具合いが、「流石だ!」と思ってしまう。シンプルな一品なのに奥が深い味で、「この醤油は塩角がなく、やさしい味だ」と表現する調味料の特徴をうまく出しているように感じる。

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三品目の「すき焼き」は、秋らしく松茸が入っていた。霜降りの牛肉と松茸という、何とも贅沢感の漂う鍋である。湯木尚二さんは、「魯山人」醤油1、酒1、みりん2、昆布だし1という割り合いで割下を作っている。いつもなら砂糖も用いるのだが、醤油の旨みを強調したいために今回は使用していない。グツグツ煮えた牛肉、松茸などの具材を取り出し、溶き卵で食べるのだが、この卵がなんとまた濃厚なことか。箸を入れても潰れないほどである。

割下に「魯山人」が使われているからだろう、食べた後に醤油独特の味が残らない。煮込んでもしつこく感じないのも、その特徴からか…。「この醤油は香りがいいですね。その香りも品のいいものです。醤油にありがちな塩角がなく、とがっていないので万能に使える調味料ですね」とは、湯木尚二さんの「魯山人」醤油評だ。

「この『魯山人』は、薄口の配合で造ったんですが、素材の良さ(無農薬・無肥料の大豆・小麦・米)も手伝ってか、濃口になってしまったんです。それに旨みはたまり以上。だからスペックは醤油とか記していないんですよ」と私が言うと、「色の濃さも丁度いい。旨みもあるし、ぜひ卵かけごはんに試したいですね」と湯木尚二さんは言っていた。腕と素材、こだわりの調味料、それと伝統を受け継ぐ血筋…、こんな贅沢なラインナップが揃えば、かくも料理は上品な味となり、美味しく食せるのかということを改めて知った日であった。

  • <取材協力>
    日本料理 北新地湯木 本店
    (大阪・北新地)

    住所/大阪市北区曽根崎新地1-7-12 ダーリンビル1F

    TEL/06-6348-2000

    営業時間/11:30~13:30LO
    17:30~21:00LO

    休み/日曜日

    メニューor料金/
    <昼>
    風流御膳  2100円   
    昼の特撰懐石コース  5250円   
    松花堂  3150円
    <夜>
    本格懐石コース  12600円   
    特別懐石コース  16800円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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