6 2013年07月旨い魚が食べたければ、漁港へ行くべし!だが、その港町でどこへ入ってもいいものが食せるかといえば、そうではない。今回は淡路島・由良漁協で仕事をする人の所へ行き、夏場の鱧を味わった。そこで見つけたさらに旨いもの__、なんと、それは「魯山人」醤油を用いた特別な一夜干しだったのである。

海幸旅館(兵庫県・洲本市) 漁協仲卸し 橋本一彦
(淡路島由良漁協「海幸丸水産」代表、民宿「海幸旅館」主人)
「一般の醤油だと、辛すぎて
醤油干しなんて作れません。
この柔らかな味があってこそ
初めてできるんです」

一番美味しい魚は、家のおかずにしたい

セッティモ・アンジュ

こんな仕事をしていると、色んなところから食事の誘いを受ける。ある時、京都の食通と呼ばれる人から「うんと旨い鱧を食べさせてあげる」と声がかかった。私はその誘いに魅力を感じず、思わず「他のものなら行きますよ」と返してしまった。なぜ気持ちが高ぶらなかったのか?それは多分、その人より美味しい鱧を私は常々食べているからである。

十駕淡路島の南にある由良漁港は、鱧のメッカともいわれる場所。兵庫県下では香住港に次ぐ水揚げ量で、この港に揚がる魚は、全国的にブランド品になっており、高値で流通されると聞く。殊に鱧の評価は高い。大阪で有名な割烹の主人によれば、「対岸の泉州とはものが違う」らしく、由良付近に棲む鱧は骨が細く、味もいいのだとか。私は仕事の関係上、由良漁協で働く橋本一彦さんと知己がある。橋本さんは「海幸丸水産」という仲卸しを営んでいる。我々が想像するような一般的な卸しではなく、漁師が獲った魚を最初に値入れする仕事と思ってもらえばいい。漁協で橋本さんらがセリ落とした魚は、始めて流通に乗り、築地など全国の中央卸し売り市場へと運ばれるのである。こんな人と親しいのであるから、飛びっきり旨い鱧が味わえるのも当然。だから京都の食通が誘おうが食指が動かなかった次第である。

セッティモ・アンジュセッティモ・アンジュ

橋本さんと知り合ったのは10年ほど前。JR三ノ宮駅の店を私がプロデュースすることになり、いい魚が手に入れられないかと伝手を頼ったところ、元漁業関係者で現在、炭火焼の店「えびす丸」を営む田中さんから紹介してもらったのがきっかけだ。私が橋本さんに感銘したのは、「一番美味しい魚は、売らずに家のおかずにする人です」と話したこと。何と正直な人なのかと思った。確かにいいモノは売りたくない。それは陶芸家がよく口にする台詞(せりふ)。それを食の関係者が言うのだから凄い。そんな言葉を平気で発せるのが実力の証しだろうと感じた。現に橋本さんの名は、あちらこちらに轟いている。ある時、神戸の店へ商社の人が魚を売りに来た。仕入れ担当者が「うちは海幸丸水産で買っているんです」と言うと、商社の人は「それなら太刀打ちできませんね」とあっさり帰ったそうだ。そんな橋本さんだから、どこにでも簡単に魚を売るわけはない。私はよく「売らないので有名」と皮肉ってしまうが、きちんと扱ってくれない所には売りたくはないと思う心理はよく理解できる。それで十分商売が成り立つほど、橋本さんは目利きがよく、扱いが丁寧だと業界で評価されているのだ。
橋本さんといえば、こんなエピソードもある。橋本さんは仲卸しとは別に由良の町で民宿「海幸旅館」を営んでいる。そこで漁港に揚がった魚を食べさせるのだが、ある時、クルーザーで洲本まで来たという客に舌平目の一夜干しを出した。珍しかったのと、あまりの美味しさのために客は「今ある干物を全て買いたい」と申し出たそうだ。それが橋本さんには気に入らない。旨いものを一人占めするとは何たることか!とばかりに、奥さんにこう伝えろと指示したそうだ。「生憎この干物は、これが最後の品で、もう手に入らないんです」と__。干物は橋本さんが作っている。だから手に入らないわけではない。けれど、金に物言わす人には売りたくはない。この話を聞いて私は余計に傾倒するようになった。それくらいこの人は凄いのだ。

大物鱧の淡白な旨さをポン酢が引き立てる

穴子のきぬた巻き橋本さんのエピソードを書き出すと切りがないので、ここらで本論に移ることにする。前述のように橋本さんは、自宅で民宿を営んでいる。料理は奥さんの三起子さんが担当し、橋本さんが由良漁協でセリ落とした魚を提供する。これほど鮮度の高い店があろうか、しかも橋本さんは目利きが人一倍いいのだから…。港から近いといっても鱧などは釣りたてを出すわけではない。水揚げしてすぐのものは、ストレスもあって旨い条件が揃っていない。いったん生け簀に入れ、胃の中のものを排出させ、ストレスを緩和させてから調理をする。こんなところにも橋本さんのこだわりが隠れている。 一般的に料理屋で出される鱧は、800gぐらいのものが多い。和食の職人はよく「鱧は800gが旨い」と言うが、そんなことはない。橋本さんが「海幸旅館」で出すのは、2~3㎏の大物。それぐらい大きなものは、大味で美味しくないと言う人もいるが、そんな人はこの大物を味わったことがないのだろう。島の漁師達は「都会の人は、本当の旨いもんを知らない」と話す。多分、大きいと骨切りが大変なので敬遠するのではないだろうか。それといつしか植えつけられた固定概念が邪魔をし、端(はな)からそれを味わおうとしないのかもしれない。だから本当に旨いとされる大きな鱧は都会には出ず、淡路島内で消費されてしまう。ここに私が由良まで行って鱧を食べる理由がある。

セッティモ・アンジュセッティモ・アンジュ

橋本三起子さんにより、丁寧に骨切りされた鱧は夏だというのに鍋で味わう。造りや湯引き、鱧の子の煮物、焼物、揚物と、鱧づくしのメインがこの鱧しゃぶに当たる。鱧のアラや肝などでだしを摂った鍋の中へ、鱧を入れてしゃぶしゃぶと__。すると、パッと花が咲いたようになる。皮が堅いと思う時は少し長めにしゃぶしゃぶをするといい。それをポン酢に漬けて口の中へ運ぶ。淡白であるはずの鱧が実に甘く感じられる。この甘さが「海幸旅館」へ来て味わう醍醐味なのだ。この味は漁場でないと、不思議と味わえない。多分、送っているうちにその旨さは軽減されてしまうのであろう。 いつもなら一般的な醤油をベースに作っているポン酢を、この日は「魯山人」醤油で作ってもらった。醤油が替わったからか、いつもより舌ざわりが優しい。醤油のとがった所がないからか、淡白な鱧の味を素直に感じることができる。グルメの楽しみのひとつは比較対照にあると思っている。そこで私は、橋本さんに大手メーカーの醤油を持ってきてもらい、先程のポン酢と同じように配合してもらった。なぜこんなことをしたのか?それは「海幸旅館」でいつも出しているポン酢と、この日のものは味が違っていたからである(「海幸旅館」のそれは酸味が抑えられつつも、もう少し酸味があり、甘みもある)。「魯山人」醤油を用いたものと、一般的(大手メーカーのもの)とでは、やはり全然味が違う。後者は醤油の重さ(味の点での)が、勝ちすぎているからか、鱧の甘さは少しかき消される。それに対し「魯山人」醤油を使ったポン酢は、柚子を入れているとはいえ、かなりマイルド。かといって醤油の味はきちんとし、淡白な鱧にフィットする。やはり鱧のような淡白なものや、白身の魚には抜群の効果を発揮するのだなと改めて実感した。

穴子のきぬた巻き文章とは悲しいもので、こう書いたところで、私の持つ舌の実感を読んだ人が確実にイメージできるはずもない。由良の鱧でしかも2~3㎏の大物と、一般的に飲食店で出されるものとが、どれだけ味に違いがあるのかは、やはりここを訪れて食さなければわかるまい。書くことを生業にしている人間がそんなことを言うべきではないとわかっているが、そう書かざるをえない性(さが)が「海幸旅館」の鱧しゃぶにある。これまで何人も私の書いたものを読み、その後、これを味わった人が「想像以上に美味しかった」と感想を述べていることからして、私は文章の限界を感じずにはおれないのだ。百聞は一見にしかずとは、よく言ったもので、やはり味あわなければその良さはわからない。「では、食べたい!」。そう思ってもダメで、少なくとも一週間前には予約を入れておかなくては「海幸旅館」ではそれを出してはくれない。さらに9月になると、鱧は子を放すので味が落ちる。いい鱧が入らない限り、「海幸旅館」では鱧のコースは提供しない。8月が無理なら晩秋まで待つべし。そうすれば私が食べたレベルのものが味わえるのだ。。

初めて食した鯛と鯵の「魯山人」醤油干し

十駕ところで橋本さんは、この「魯山人」醤油が届いた時に酔狂なことを始めている。それは「魯山人」を使っての一夜干し作りである。元来、干物は塩気がないと成立しない。塩をすることで保存が効くようになるからだ。それを橋本さんは、この醤油の塩分で保存食にしようと考えた。まず、かなりのレベルの魚(普通の干物は、余った魚で作るのだが、これは高値で出荷できる鮮度の高い魚で作っている)をかなり薄めの塩水に漬ける。そしてしばらく待ち、それに「魯山人」を塗る。中にも醤油の味が浸透するように少し切り込みを入れ、片面に「魯山人」をかけて一時間置く。さらにもう片面にも同様の作業(この面は切り込みはいれない)を行ってから火山灰で灰干しするのだ。
みりん干しは聞いたことがあるが、これは醤油干し。橋本さんに言わせると、そんな作り方があるそうだが、とても一般的な醤油では辛くなりすぎて美味しくないらしい。「魯山人」醤油で味付けたこの一夜干しを味わったが、ほどよく醤油の風味が効き、美味しく食せる。「魯山人」の柔らかな味があるから、これほどまでに上品な味の干物になるのだろう。橋本さんによれば、一本の「魯山人」で10枚の干物ができるのだとか。切り込みを入れた所に「魯山人」を流し、中にうまく染み込ませるようにわざと漏らして塗っていく。漏れた醤油は下にたまり、魚の下面につく。一時間置くうちにそれが皮に染み入り、ちょうどいい辛さになっていくらしい。
十駕十駕

橋本三起子さんは、初めて「魯山人」を用いた一夜干しを食べた時に「これならいくつでも食べられる」と言ったそうだ。しかし、橋本さんはこう返した。「こんな高級な醤油だと、そんなに食べられたらこちらの身(懐ろ)が持ちません!」と__。それならこんな考えはどうだろう。湯浅醤油で消費者は、この特別な一夜干しを作ってもらうために「魯山人」を一本キープする。その醤油を湯浅醤油から「海幸丸水産」へ送り、橋本さんにオーダーメイドの干物を作ってもらう。こうすれば、橋本さんは醤油の値段を気にせずに干物作りに専念することができる。橋本さんは、そのオーダーメイド干物のために、由良漁協で揚がった魚を買いつける。但し、魚の種類は指定できない。漁協でその日水揚げされた「コレは!」と思ういい魚のみで作ってもらうからだ。そして魚をセリ落とした橋本さんは、先程の要領で時間をかけて「魯山人」醤油干しを作っていく。勿論、その時用いられるのは湯浅醤油で顧客がキープした「魯山人」である。一本の醤油でできるのは10枚の干物。それが干し終わったら、由良の港から顧客のもとへと届く。このようにすれば、日本にひとつしかないオーダーメイドの「魯山人」醤油干しが味わえる。支払いは湯浅醤油で「魯山人」をキープする時に、醤油代金(一本1400円)と魚代・加工賃を払っておけばいい。魚は卸しを通っていない浜値のものだから、町場で買うより数段安い(但し良質のものしか使わないのでそれなりの値段はするが…)。刺身になるような魚を干すのだから悪いはずはなく、さらに凝り性の橋本さんがその人のためだけに作ってくれるというのもまたいい。まさに特別感のある取り寄せ品である。これも百聞は一見にしかず、湯浅醤油で早速、企画してみよう。旨い物と旨い物、こだわりの人と凝り性の人が合わされば、かなりレベルの高い商品ができる!そんなことをこの「海幸旅館」で考えてみた。

  • <取材協力>
    海幸旅館(兵庫県・洲本市)

    住所/兵庫県洲本市由良4-2-30

    TEL/0799-27-0412

    営業時間/宿泊in15:00~out10:00まで
    食事のみ 12:00~15:00
    (但し必ず事前に予約が必要)

    メニューor料金/
    一泊二食付13800円~
    (食事の内容によって料金は変わる。食事のみの時は問い合わせを)

    アクセス/神戸・JR舞子駅から高速バスで洲本へ。
    洲本バスターミナルから淡路交通バス由良行きで
    由良4丁目まで。バス下車徒歩約5分

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい