20 2014年09月今回は私が行きつけの中華料理店を紹介しよう。神戸・元町にある「紅宝石」は、横浜からやって来た李松林さんが38年前に始めた広東料理店である。広東といっても酢豚に代表されるスタンダードなものではなく、どちらかというと、広東の田舎で味わう家庭料理を主としたもの。そう書くと、素朴なもののように思えるが、そうではなく、かなり手のこんだものをいつも提供してくれる。そんな「紅宝石」の二代目・李順華さんに「丸新本家」の味噌ともろみ、「湯浅醤油」の甘口醤油を託してみた。さて和の調味料は、いかなる技で中華へと変貌したのか。本文を読んで確認してほしい。

紅宝石(こうほうせき)(神戸・元町) 料理人/李松林・李順華
(紅宝石店主・二代目)
「しょうゆもろみを口に入れると、
甘みや旨みがほんのり伝わってく
る。それがいきなりではなく、
ゆっくりゆっくり舌に伝わってくる
のが面白い」

時には熊の手も調理する中華の名店

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意外に思うかもしれないが、私は行きつけの店をあまり持っていない。取材では店主と親しくなることはあるが、だからといってその店をしょっちゅう利用するわけではない。つまりどこへ行っても店からは「久しぶりですね」と挨拶されるが関の山なのだ。行きつけをあえて持たないのが私の主義と言ってしまうと、ちょっと格好つけすぎだろうか。そんな私が唯一としっていいくらい通っている店がある。神戸・元町で李松林さん一家が営む広東料理店「紅宝石」がそれ。李松林さんは、「曽我さんは30年ぐらい前から来ている」」と言うが、それは大袈裟としてもそれに近い年数は通っているように思う。
神戸はいわずと知れた中華料理の街。その歴史は古く、開港の頃に清国人が長崎からランタンを持って来たのが住みつくきっかけになっている。日本の三大チャイナタウンのひとつ、南京町はそんな彼ら(清国人)が居を構えた場所である。南京町にも中華料理店は多いが、こちらはどちらかというと観光地的要素が濃いため、神戸の人はその辺りの店へはあまり足を向けない。むしろかつて中華同文があったとされるトアウエスト周辺の店を好む傾向にある。今回紹介する「紅宝石」もその一劃にあり、古くからの中華料理ファンには名が轟いている店だ。「お前は身内のようなものだ」と冗談めかしに李松林さんは言って歓待してくれるが、この店と客とも何ともつかない間柄が我が知人にはウケているようで、「曽我さんが行く時は、必ず声をかけてほしい」と言って待つ人が沢山いる。そのうちのひとりが前回このコーナーに出てくれた佐川進先生であり、もうひとりがこれまたこのコーナーで取り上げたことのある有馬温泉「御所坊」の河上和成総料理長なのだ。この和食の巨匠二人が、「紅宝石の料理は旨いし、李さん親子の腕はかなりのレベル」と言うのだから、その味たるや推して知るべしだろう。

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「紅宝石」は決して気取った中華ではなく、神戸に古くから根づく家族経営的な料理店。李松林さんのキャラクターが濃いためか、我々常連はいつも彼のおしゃべりに翻弄される。その会話を聞きながら食べるのがいいと、我が友人達は話している。味わうものは、常にスタンダードな一品ではない。「僕ほど料理が好きな人はいないよ」と李松林さんが言うだけあって出てくる一品一品には色んな工夫が施されている。某年の冬、この店で熊の手を食べた。熊の手は処理が大変で、毛を抜いて炙ってもまた生えてくるそうだ。それを何度も抜いてようやく食材にし、下処理に2週間ばかりかける。他店で熊肉を食べた人によると、かなり臭くてクセがあったそうだが、我々がここで食べたものは全くそんなことがなく、ビーフシチューでも味わうかのようだった。それほど李さん親子は、上手く調理したということだろう。以前から李松林さんは、私に「熊の手を食べないか」と薦めていた。しかし、聞くところでは材料費は高価で、なかなか手の出せるものではなく、「遠慮しておくわ」と断るばかりだった。ある時、「キャンペーンをやってるから安く提供する」と言う。聞けば以前より少し安くなっていた。「それなら人数を集めるよ」と承諾し、帰りに「ところで何のキャンペーンなの?」と尋ねてみた。すると、李松林さんは「曽我さんが食べるためのキャンペーンだよ!」と乱暴に言い放つ。そう、こんな仕事をしているのだから熊の手も経験しておけとの愛情たっぷりのサービスだったのである。
李松林さんは、「紅宝石」を営んで38年になる。今は息子の李順華さんが育ち、時々愛息に厨房を任せながら客との会話に興じている。今では立派なコックに成長した李順華さんだが、それでも親としては、珍しい料理を作ることで経験値を増やしたいと考えているようだ。それには、色んなものを取材し、口うるさい私が適任者なのだろう。食べた10人が全員が、熊の手の味とコースの凄さにびっくりしたと感想を述べた某年冬の宴会は、食べ手の私と作り手の息子への李松林さんからの贈り物だと思っている。そして出されたもの一品一品は、「料理とは奥が深い」と物語っていた。

和の調味料が見事に中華料理に融合する

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 さて、そんな「紅宝石」へ、いつもの如く湯浅醤油から商品を送り、私だけの一品を作ってもらうことにした。味わったのは、私と新古敏朗さん、そして同蔵で働く味噌マイスターの宮本さん。そこになぜかしら私の事務所へ顔を出した梅花女子大の中村さんも加わっていた。本日の料理を担当するのは、店主・李松林さんではなく、「紅宝石」二代目の李順華さんだ。父譲りの腕前の李順華さんは、そろそろ料理が面白くなって来た頃なのだろう、何にでも興味津々で、今回のように和の調味料を与えたとて動じる気配はない。ただ、「柚子梅つゆ」だけは、和食の色が濃くなるからか、使用するものの中からはずしていた。李順華さんが用いたのは、甘口の醤油である「萬醤」と、「しょうゆもろみ」「黒豆みそ」の三商品である。
まず、出て来たのは、「しょうゆもろみ」を使った料理。湯がいた鶏を半日干し、皮目をパリッとさせてから油で揚げる。それに「しょうゆもろみ」、にんにく、生姜、ネギの芯と豆板醤と合わせて作ったタレをかけて食す。このタレは、豚と鶏から摂っただしで延ばしてとろみをつけている。李順華さんによると、塩は入れておらず、「しょうゆもろみ」の味だけで食べさせているそうだ。そして、「しょうゆもろみ」は、口に入れると、ほんのりした甘みが出る。いきなり甘みや旨みが来ず、ゆっくりゆっくり舌に残ってくると話している。その甘みをほんのちょっと抑えたくて豆板醤を用いたらしい。だからほんの少しだけピリ辛味が舌に残る設計になっている。

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 この取材より一週間前に佐川先生や河上総料理長ら10人と「紅宝石」を訪れた時に、この「しょうゆもろみ」を北京ダックのお腹に詰めて調理していた。李松林さんが「今回の北京ダックは、皮だけじゃなく、肉も食べて」と言って出して来たように、実に「しょうゆもろみ」が合っていた。ちなみにこの時は、ネギとにんにく、ハチミツに漬けた梅を「しょうゆもろみ」と混ぜて炒めたそうである。それを北京ダックの腹に詰め、手術をするかのように、腹を縫い合わせる。醤油をかけて一日乾かし、ぶらさげて焼いたのだとか。この時の料理しかり、今日の鶏にかけたタレしかり、和のもろみが李順華さんの手にかかると、きちんとした広東料理になるのだから不思議だ。

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続いて出てきたのはホタテ料理。「萬醤」に刻んだ青唐辛子の汁と沙姜粉(サーキョンフォン)、サラダ油、塩を合わせて、ネギとホタテに和えたものである。醤油の味が上手く出たあっさりした感じの一皿だったが、新古敏朗さんはなぜか出てきたとたん、「松茸の香りがする」と感想を述べていた。その秘密は、どうやら沙姜粉にあるようだ。李松林さんの説明では、沙姜粉は粉生姜の一種だそう。ここで使っているのは日本で売っているものではなく、香港で買って来たもの。李順華さんも香港に行くと、バリエーションがあり、いいモノが手に入ると話していた。半生のホタテだと、松茸まがいの香りになったのだが、ミンチ肉だとまた違った香りになるらしい。李順華さん曰く「色んな匂いに化けるのが面白い」との評だった。「外国へ行くと、その土地土地の独特の匂いってあるじゃないですか。香港で嗅ぐ匂いの元は、ハッカクじゃないかって思ってたんですが、それは間違いで、沙姜粉の匂いだったんですよ」と李順華さんは教えてくれた。

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 三つめは、「黒豆みそ」とにんにく、生姜、紹興酒で作ったものを、明石鯛に載せて味わう料理。鯛にかかっているタレは、「萬醤」小さじ1とサラダ油適量で作ったもの。あとは色あいをつけるためにネギとピーマン、赤ピーマンを用いている。この料理にも塩は使われておらず、「黒豆みそ」と「萬醤」、サラダ油だけのシンプルな味付けになっている。蒸しているうちに魚の繊維が潰れて旨みが出、「黒豆みそ」や生姜、にんにくと混ざって丁度いい味になるのだそう。李順華さんは「黒豆みそは塩分が強い。うまく延ばせるかどうかが料理のポイントでした」と話している。失敗すると、ベチャベチャになって美味しく仕上がらないのだそうだ。この料理は、上に載った調味料は濃いが、鯛は淡白。このバランスがうまく口内で融合することで、「旨い!」と思える味になると言う。「僕らがよく使うトウチの発想ですよ。それをアレンジして黒豆みそで表現したんです」。
李松林さん曰く「30年も通っている(?)」のだから私は「紅宝石」の料理を熟知している。だから流石と思うだけだが、あとの三人は初めての味。新古敏朗さんが言うように「ここの味は、他の中華料理にないもの。スタンダードな料理も食べてみたいと思う」は、お世辞ではなく、驚きから来るものだったのだろう。

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ところで私は、ホタテの時に使っていた沙姜粉が気になって仕方がない。そこで「紅宝石」名物の焼売に、沙姜粉を使った醤油ダレを試してみたくなった。李松林さんに我が儘をいい、タレを作ってもらった。「紅宝石」の焼売は、肉がぎっしり詰っており、私の大好物だ。李松林さんは、お父さんがやっていた横浜の店の味を出したくて、今でもこの焼売を作っている。焼売というと、色んな具材を入れて作る店がよくあるが、李松林さんに言わせれば「あれは邪道。そもそも焼売は肉がメインとなる料理で、肉の甘みで味わうのが筋。だから肉が詰まっているのは当たり前」なのだそう。さて、この肉が詰まった一品を、沙姜粉を入れた醤油で味わうと__。「う~ん、旨い!!」。さっき松茸の匂いがしたものとは、全く違っており、李順華さんの「色んなものの中に入って香りを変えていく」の言葉の一端を見た気がした。「いや~、感心、感心。また次に来た時もこれを作ってよ」と感想を言うと、「もう作ってあげねえよ」と李松林さんらしい言葉が返って来た。

  • <取材協力>
    紅宝石(こうほうせき)(神戸・元町)

    住所/兵庫県神戸市中央区下山手通3-5-9

    TEL/078-331-6162

    営業時間/11:30~14:00 17:00~21:00

    休み/火曜

    メニューor料金/
    スペアリブの梅肉蒸し    1512円
    平目の鮮魚巻き       1620円
    鶏と椎茸のチンピ蒸し    1296円
    紅焼き豆腐          864円
    大海老の鬼殻焼き      2160円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい