21 2014年10月今月は久しぶりに再会した和食の料理人・春内学さんのことを書く。彼は学校を卒業後、勝浦の「越乃湯」の板場に入り、廣坂師に料理を学んだ。廣坂さんは、日本料理界に欠かすことのできない職人で、すでに国から黄綬褒章を授かっている。そんな和の達人を師に持つ職人だから私の依頼に応えないはずはない。そう思って彼が働く京都駅の「葵茶屋」に「魯山人」醤油や「もろみ味噌」「ゆず金山寺」を持って出かけてみた。久々の再会に春内さんは、どんな技で応じてくれたのか。彼が私だけに作った先付と温物を紹介しよう。

葵茶屋(京都市下京区) 料理人/春内学
(「葵茶屋」店長)
「完成された醤油や味噌に手を加え
るのは愚の骨頂。
それでもやってほしいと言うのだか
らまさに刺激的な仕事です。
そう思わせてくれるほどこの醤油と
金山寺味噌は面白い商品でした」

いざ和の職人が待つ京都駅へ__

らぱんらぱん

日本料理の職人・春内学さんに久方ぶりに会った。巷で駅中ブームが囁かれた折り、私もジェイアール西日本フードサービスネットの駅プロデュース企画に参加していて、三ノ宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の店々をオープンしていた。その時に「彩彩」(三ノ宮駅)や「凛」(大阪駅)で料理長を務めていてくれたのが春内さんなのだ。春内さんは勝浦の「越乃湯」を皮切りに北新地の「茂里」、宝塚の「ホテル若水」、明石の「人丸花壇」、信貴山の「みよし」、ミナミの「とり菊」などと日本料理の有名どころを歩いてきた和の職人だ。いわば日本料理界のサラブレッドといえよう。そんな春内さんが本社勤務から離れ、店舗に復帰したと聞き、いつもの如く醤油と味噌を持って訪れた次第である。
淡路島由良漁協で仲卸しを務める橋本一彦さん(海幸丸水産)が「あの人は凄い」と一目を置く存在の春内さんとは、面白いエピソードがある。彼がジェイアール西日本フードサービスネットに身を置いた最初の年に、私は当時辻学園の教授だった佐川進先生といっしょに同社の料理コンテストに審査員として招かれた。春内さんが作った料理は、見映えもよく、味もよかったのだが、何となく意外性やストーリー感が足らなくて私は厳しい評価を与えてしまった。それが災いしたのか、春内さんは社内の料理人達の中から優勝を勝ち取ることができず、確か次点に終わっている。余程それが悔しかったのだろう、春内さんは2位ではなく、明らかに1位を勝ち取ると宣言し、私達にチャレンジして来たのだ。翌年も同様に社内の料理コンテストが開かれた。この年は辻学園からは佐川先生ではなく、西洋料理教授の藤本喜寛先生が出席している。色んな料理が出てくる中で、1位を狙うと言った春内さんのものは、流石というほどの内容だった。採点をつける審査会の中で藤本先生は「春内さんの料理はズバ抜けている。他との差がありすぎるので審査対象にはならないのでは…。彼を特別賞扱いにして、その他大勢の中から1位を決めてはどうか」と言い出した。私は春内さんのリベンジにかける思いがわかっていたので、藤本先生にその経緯を説明し、「別格なのはわかるが、今年はその評価点通り優勝にしてあげてほしい。そのレベルの高さから毎年優勝をかっさらって行くと思うのであれば、次年度からの別格扱いでいいのではないだろうか」と懇願した。かくして2年目で春内さんは、見事1位の座を射止めたのである。

らぱん

 そんな春内さんが店長兼料理長を務める「葵茶屋」は、京都駅ジェイアール京都伊勢丹11階のレストランフロアにある。中央エスカレーターを上りきった右手の店がそれで、せいろ(蒸し料理)を名物として謳っている。この店がオープンしたのは平成9年の京都駅がリニューアルした時だ。その時からずっと和のスタイルで「葵茶屋」は運営してきた。ところが、昨春に春内さんが店長に就任するや、せいろ蒸しをメインに打ち出すようになった。和食激戦区といわれる京の町にあって何か特徴を持たねばやっていけないと思い、メインにせいろ蒸しを据え、京都の野菜に特化することで、店を目立たそうと考えたのである。その目論見は見事成功し、「葵茶屋」は徐々に評価されていった。京都駅という立地からか、外国人観光客もよく利用しており、リーズナブルに食せる価格帯も受けてリピーターを獲得している。前出の橋本さんに言わせれば、「やはり凄いと言われる職人は、何をやってもうまくいく」そうである。

秋茄子と萩南瓜で知る調味料の使い方

らぱん

 春内さんは、いつも前向きである。だから同じ仕事をやっていては刺激になりにくいとも言う。そこで私が完成された醤油と金山寺味噌を渡して「私だけのために何か面白いものを作ってよ」と注文しておいた。「葵茶屋」はJR西日本のグループ会社(ジェイアール西日本フードサービスネット)が運営しており、フレキシブルなことはしない店だ。でも春内さんは、昔からの誼と、私からの挑戦状ととらえ、承諾してくれたのだ。私が彼に託したのは、「ゆず金山寺」「もろみ味噌」「蔵匠白搾り」「生一本黒大豆」「魯山人」の5商品。その中から好きなものを使って二品だけメニューにないものを作ってほしいと頼んだ。春内さんが私用に特別に作ったのは、秋茄子を使用した先付と萩南瓜の温物。当然ながら即興メニューなので名前はない。前者は皿に茄子と金山寺味噌、鮑が載せてあり、茄子には「魯山人」を用いたとろみがかかっている。後者は南瓜に、海老、銀杏、小豆、黒枝豆を合わせて「ゆず金山寺」で味付けたものである。
私が完成された醤油と味噌を渡しておいたと書いたのは理由(わけ)がある。完成されたものはそれだけで美味しく、別にさわる必要がないからだ。それをあえて「さわってほしい」と渡している。春内さんにとっては、それは難問の出題だったのではなかろうか。腕のある人ほどそのことがわかっている。だから面白いし、挑戦意欲もかきたてるはずだ。先付として持って来た一皿は、酒のアテにもなりそうな料理だ。みりんを使わず、「白搾り」で煮た茄子にはおかいさん風のソースがかかっている。春内さんは、あんかけのようにどうしてもとろみをつけたいと思い、米でとろみを取って「魯山人」醤油を合わせた。片栗粉や吉野葛を使うとまっ白になるのが嫌で、米を用いておかいさん風に仕上げたらしい。粘り気だけを取って裏漉しし、「魯山人」を入れてソースを作っている。一方、鮑は、「もろみ味噌」に一晩漬けて味を入れている。それを酒と水で炒り、塩、旨味調味料ほんの少しを加え、さっと火を通して柔らかくしているのだ。春内さんは鮑を今回一晩浸したが、半日でもよかったと思っているようだ。一晩漬けたことで鮑が少々堅くなってしまったと後悔していたようだ。

らぱん

 「魯山人醤油を初めて口にした時、他の醤油とはまろやかさや香りが全く違うなと思ったんです。すでに完成されているので、だしで割っても仕方ないと考えたんですよ。ベストは刺身の漬け醤油ですが、そうして出したのでは曽我さんにダメ出しされそうでしょ(笑)。かといって醤油が主役の料理なんてないので、どうしようかと頭をひねったんです。そこで秋のイメージで茄子の料理をし、醤油を使っておかいさん風のソースをかけることにしたんですよ」と話してくれた。

らぱん

 春内さんは、和の職人らしく季節感を大事にする。二品目の温物では、萩の花のイメージを持たせたかったと語っている。だが、いざ萩の花といってもなかなか頭にその絵が浮かんで来にくい。インターネットだとどうしてもわかりにくいので、わざわざ見に行って創作したのだという。萩の花は黄色いので、まず南瓜が素材に決まった。そこにさっと炊いて旨みを出した海老と、戻して吸地に漬け込んだ小豆、ボイルして薄皮を取った黒枝豆、それに缶詰の銀杏を合わせていっしょに炊くことにした。最後の仕上げとして「ゆず金山寺」を入れ、火を止める。一見、南瓜だけに見えるが、食べると海老や豆の味が加わり、複雑な味になっている。まさに素材のいいとこ取りといったところか。

らぱんらぱん

「醤油も難しいが、金山寺味噌はもっと難しいですよ。それだけで十分おかずになっていますもの。『ゆず金山寺』は、柚子の味がしっかりし、甘みも適度にある。辛さも丁度いいくらいです。どうしようかと思案したあげくに手を加えず、そのまま使おうとの結論に達したんですよ。だから最後の仕上げにそれを入れて火を止めてしまったんです。この方が『ゆず金山寺』の良さが出ると思ったからです」。春内さんは当初、店の特性を考えてせいろ蒸しを作り、ゴマだれとポン酢に湯浅醤油の商品を用いようかと思ったらしい。でも、それでは面白くないとやめにし、あえて熟考することを楽しんだ。その結果として生まれたのが茄子と鮑の料理だし、萩の花をイメージした南瓜だった。そして「せいろ」は、そんなことをさせずに、ただ単にそのまま味わってくださいと言っていた。「葵茶屋」は、特製せいろ蒸しが、三種類(「松風」2880円、「梅花」2160円、「竹林」2592円)ある。そして箱せいろ蒸し膳が1620円と1728円(葵、琴、橘、凛とあり、各々内容が異なる)。獅子谷南瓜や加茂茄子、九条ネギといった京野菜も使うことがあるが、大半は大豆もやし、玉ねぎ、茄子、オクラ、大黒しめじ、ペディトマトといった京都産の野菜で構成されており、それが季節によって替わっていく。シンプルなものは、シンプルに味わう__、それが春内流なのだろう。それがわかっていても時折り刺激を求めたい。これが職人気質なのだ。だから「たまには挑戦状を突きつけて」と彼は言う。それに応えるのが私の役目かもしれないと思ってしまう。夜は30cmぐらいの大きさの大せいろが人気で、それを目的に来る人も少なくないという。次はそれえをシンプルに味わうことにしようと思いながら席を立った。

  • <取材協力>
    葵茶屋(京都市下京区)

    住所/京都府京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町 ジェイアール京都伊勢丹11F

    TEL/075-352-6233

    営業時間/11:00~22:00(21:15LO)

    休み/無休

    メニューor料金/
    特製せいろ蒸し    松風  2880円
       〃       梅花  2160円
       〃       竹林  2592円
    箱せいろ蒸し膳    葵   1728円
       〃       琴   1620円
       〃       橘   1620円
       〃       凛   1620円
    牛めし膳       音羽   2052円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい