18 2014年07月芦屋に「METZGEREI KUSUDA(メツゲライクスダ)」なる店があり、グルメの間ではかなりの評判を呼んでいる。メツゲライやシャルキュトリは、まだまだ日本ではなじみのないジャンルで、一般人にはその呼称を聞いたことがない人も多いだろう。今回は自家製のハム・ソーセージ屋さんとでもいうべきメツゲライの評判店に、味噌と醤油を預け、それを用いた肉加工品を造ってもらうことにした。さてドイツやフランスで修行したという店主は、それをどのように使ったのであろうか。「メツゲライクスダ」の店主・楠田裕彦さんの紹介とともに記してみる。

METZGEREI KUSUDA(芦屋市) 加工肉職人/楠田裕彦
(メツゲライクスダ店主)
「外国人は、日本の食材に興味を
持つ人が多い。最近は和のものを
使ってとの依頼も増えてきていま
す。今回のようにスパイスを足し
ても味噌の香りが勝つんですよ。
まさにマスキングする力が
宿っているんですね」

芦屋の風景の一部になったナツゲライ

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 30年ほど前にヨーロッパを旅した時、ミネラルウォーターが売られていることに文化の違いを感じた。それから何年か経った後、日本でも「六甲のおいしい水」や「南アルプスの天然水」などミネラルウォーターが定着し、思わず私は「日本の水がまずくなったのか、はたまた文化が欧米に追いついたのか」とコラムで書いたものである。食の世界でも日本は欧米より文化を取り入れようとしてきた。それは日本古来の文化を蔑ろにするとの意見もあるが、いいことも沢山あることは間違いない。私が欧州との差を顕著に感じていたのは肉屋の違いである。肉屋といえば、日本では単に肉を販売するスタイルの店だと認知されているであろうが、欧州ではそうではない。肉も販売しているが、店独自でも食肉の加工製品を造っており、その二つを基軸に掲げて店を運営しているのだ。ドイツでは肉屋をフライシェライという。これは地域によって呼び名が異なるらしく、北部ではシュラハテライ、西部や南部ではメツゲライと称すようだ。これらの呼び名を持つ店では、精肉は勿論のこと、ハム・ソーセージ・ベーコンなどの肉加工も行っている。一概に肉屋といっても日本より格段に商品が多く、肉料理に必要なものなら何でも揃っていると思ってもらえばいい。おまけにドイツの肉屋は守備範囲が広く、ケータリング事業を兼務している所も多くあるのだ。

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 私がなぜこんな話をするのかというと、芦屋にある「METZGEREI KUSUDA(メツゲライクスダ)」がとても人気があり、ここの肉加工製品を求めて和歌山から車で飛ばして訪れる人も多いと聞いたからである。「メツゲライクスダ」は、その名の通りドイツでいう自家製のハム・ソーセージ屋さんである。この店を経営するのはドイツやフランスでの経験を積んだ肉加工職人の楠田裕彦さん。現在、42歳という脂が乗り始めた職人なのだ。この店の製品造りは、余計なものは加えず、素材の味を最大限に引き出すヨーロッパ伝統の製法を用いたもの。総アイテム数は500以上あり、四季に応じて常時50〜60種を店で売っている。この日、私が目についたのは、豚血、豚頭肉の黒いソーセージ「ブーダンノワール・ド・テット」(100g 430円)。それにプロヴァンス地方のハーブを使ったソーセージ「ソーシス・プロヴァンサル」(100g 324円)。その他にも実に美味しそうなものがショーケースに並んでいた。

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ところで私は、無謀にも「メツゲライクスダ」に湯浅醤油の醤油と、丸新本家の味噌を持ち込み、私だけの肉加工製品を造ってもらおうとしている。和の調味料でドイツらしい一品もないであろうが、楠田さんは意外にも承諾してくれた。「こんな仕事をしていると、和のものを使うことがなくて…。以前イベントで赤紫蘇を練り込んだ薫製サラミをつくったことがあるんですが、もっと和の面も勉強したいと思ってたんです」と言ってくれたのだ。これは渡りに船とばかりに取材と称して図々しくも「生一本黒豆」と「蔵匠 樽仕込み」の両醤油、それに「白みそ」「黒豆みそ」「金山寺味噌」などを置いて帰ったのである。
数日後に楠田さんが造り上げたという商品を紹介する前に彼の経歴について記しておこう。楠田さんのお父さんもハム職人だそうで、かつては神戸の古いハム屋で工場長を務めていた。それが楠田さんが10歳になった折りに会社を辞し、故郷の鹿児島へ移って独自の肉加工品を手がけるようになったという。そんな父親の影響もあったのだろう、楠田さんは学校から帰ると肉と戯れ、いつの間にか家業を手伝うようになっていた。学校を卒業すると、かつて暮らした神戸や大阪へ。ドイツに行き、肉加工品製造をしたかったのだが、その資金を貯める意味でもイタリアンやフレンチの店で働いていた。資金も少し貯まり、いよいよドイツへと思った矢先に阪神淡路大震災が神戸を襲う。あてにしていたドイツ人と連絡が取れなくなり、渡欧を断念。ワインの輸入業者で、北野町にドイツ料理店を持つ「ローテローゼ」で調理担当として働くことになった。その後、ドイツに渡るのもこの「ローテローゼ」が縁。肉の加工を学ぶなら南部の方が盛んと、バードザウルガウのメツゲライを紹介してくれた。  楠田さんの欧州での修業は、ドイツで三年とフランスで一年。ドイツでの休日はアルザスまで足を延ばし、テリーヌやジビエの勉強もしていたらしい。バードザウルガウのメツゲライとパリやアルザスのシャルキュトリで色んなことを学び、2000年に帰国。一時は鹿児島の父親の下で働いていたが、すぐに独立して神戸市灘区の六甲道で「メツゲライクスダ」を立ち上げている。六甲道店は今もあるが、店が手狭。加工をしていても狭いスペースではいいものができないと物件を模索していたところに芦屋店の話が舞い込んだ。阪神打出駅から程近い芦屋店は、元はコンビニがあったところ。バックヤードも広く取れたので今では本拠地をここに置いて製造している。芦屋という環境は、日本ではまだ認知度が高くないメツゲライには実に寛容的。外国人客も多く訪れ、いつしか街の風景の一部になっていったようだ。

モノと造り方によって味噌が変化していく

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 さて、醤油や味噌を渡してから数日後に完成した肉加工品だが、楠田さんはレバーペーストと豚のローストを造っている。黒と赤の容器に分けられた前者は、黒が「生一本黒豆」と「黒豆みそ」を使い、赤が「蔵匠 樽仕込み」と「白みそ」を用いて造っていた。楠田さんに造り方を聞くと、黒はレバーと豚の脂をいっしょに炒め、フードプロセッサーにかけるそうだ。それから豚肉から摂っただしと生クリーム、マデラ酒を入れてさらにフードプロセッサーを回す。そして「生一本黒豆」と「黒豆みそ」、スパイス(ナツメグとクローブ)を入れてピューレ状になるまで回すのだという。それを型へ入れてオーブンで1時間強蒸し焼きにする。焼き上がったら上に黒豆茶をかけて完成する。赤も同様の造り方なのだが、こちらは調味料が「蔵匠 樽仕込」と「白みそ」で、スパイスは生姜とカルダモン、そして酒がコニャックに替わっている。黒がマデラ酒で、赤がコニャックになっているのは、前者がパンチの利いた味になっていることにもよる。マデラ酒は甘ったるいので、「黒豆みそ」の甘いのと合うのだと話していた。一方、赤にコニャックを用いたのは、レバーの風味を引き立てるからのようだ。

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そんな話を聞きながら試食してみると、赤はレバーの風味が勝っている。黒に比べるとかなりライトな印象を受ける。味付けは当然、醤油と味噌のみ。こちらは味噌の味がして後からスパイスが追いかけてくる感じだ。片や黒は、赤と比較すると、かなりパンチの利いた味で、コクもある。バゲットやクラッカーに載せて食すと、味が濃い分、酒が進みそうな気がする。「和の調味料だけに山うにのように仕上がればと思ったんです。赤の方は白みその繊細な部分が出てライトな風味になっているでしょ。黒の方が若干味噌が多いのですが、両方とも使っている分量はそんなに変わらないですよ。でも醤油、スパイス、酒の違いだけでこんなに変わってしまうんです」と話していた。楠田さんは丸新本家の味噌を手にした時にまず何に合うだろうかと思考を巡らせたらしい。レバーを始め内臓肉は、調和する感じが前からしていたので、レバーペーストを造ってみたのだとか。「スパイスを加えても味噌の香りが勝つんですよ。味噌にはマスキングする力があるんです」と言っていた。
楠田さんに湯浅醤油と丸新本家の調味料について聞いてみた。すると、「黒豆みそは、『赤みそ』に比べると少し大人しいイメージでしたが、味が奥深く、コクがありました」と評している。メツゲライにおいても使いやすい味噌だとか。一方、「白みそ」は、一般的な白みそより上品な味。この風味を引き立たせるためには余計なスパイスは入れないでおこうと決めたようである。「生一本黒豆」に関しては、黒のレバーペーストに「黒豆みそ」を用いたので黒豆つながりで使ったという。「この醤油はコクがあって味が深い」と表現している。「生一本」よりキレがあると評した「蔵匠 樽仕込」は、赤のレバーペーストを仕上げる際に最後の味の調整に用いたかったようだ。内臓肉を使った時、塩分がないとどうしても味に締りがなくなり臭みが出る。それが口内で残ると旨く感じないので、キレのある醤油が必要だったのだろう。

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残りの一品である豚のローストは、「金山寺味噌」を使用して造っている。まず豚のロース部分の塊を平らに開いて「金山寺味噌」とバジルペーストを混ぜる。ブラックペッパーを入れて敷き詰め、甘辛唐辛子を刻んで間に挟むのだ。それを塊肉の形に戻して紐で縛り、表面に「金山寺味噌」を塗ってオーブンで3時間弱ほど焼き上げる。できあがった豚のローストからは甘い香りが漂う。香りのあるものはバジルくらいなので、これが「金山寺味噌」の香りだとわかった。肉の表面には豆が黒くなって金山寺味噌の風味がついているが、中はそれがあまり出ていない。楠田さんは「今朝造ったのであまりしないが、一晩置くと変わってくるだろう」と話していた。肉と金山寺味噌、甘辛唐辛子が調和した味は、どちらかというと抑えられたもの。主張が強くない分、パンチはないかといえば、そうではなく、一口目より二口目の方が、さらに三口目の方が旨く感じていく。つまみ出すとやめられなくなって、ついつい手が伸びてしまうのだ。「他のものを入れてないから、いやらしさがないんですよ。じわっと来る上品な味になりましたね」と楠田さん。「メツゲライクスダ」が造っているので、この三品とも洋に合う加工肉だが、ご飯にも合うように思えた。そう楠田さんに告げると、ご飯が進むシャルキュトリとして考えたのだと教えてくれた。「豚のローストは、あえて味を強くしていないから、いくらでも食べられるでしょ。物凄く主張するわけではないが、最終的に全てのものが調味する味でないといけないんです。私はいつも想像しながら新しい商品を作っていくんですよ」。

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 今回は特別に和の調味料を使ったものだったが、これを欧州へ持って行けば面白いのではないかと思った。近年、フランスではやたらと和食志向が強くなっており、新進気鋭のフレンチは、創作和食に似ているものもあるともいわれている。そんな欧州にあって、日本の醤油や味噌は、新たな価値を見出すかもしれない。「メツゲライクスダ」の今日の三品を味見しながら、私はそんなことを思っていた。

  • <取材協力>
    METZGEREI KUSUDA(芦屋市)

    住所/兵庫県芦屋市宮塚町12-19

    TEL/0797-35-8001

    営業時間/10:00~19:00

    休み/水曜日、第3火曜日

    メニューor料金/
    ブーダンノワール・ド・テット 100g430円
    ソーシス・プロヴァンサル 100g324円
    ジャンボンド・バイヨンヌ 100g1830円 etc
    ※芦屋店のみイートイン(11:00~17:00)あり。

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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