8 2013年09月イタリアンといえば誰もがイメージするのがピザとパスタ。どちらも粉もんで、特に日本人好みの料理である。とはいっても、本場のピッツァ、パスタで醤油や味噌を使うことはない。使ったものがあるとすれば、それはまぎれもなく和製イタリアンであろう。今回は神戸・岡本の人気店で、無理やりそれらを使用してピザ、パスタを作ってもらった。本来なら伊料理にないはずなのだが、すごくしっくり来たのは店主の腕と日本人的嗜好であろうか…。

(休業中)アリオリオ(神戸・岡本) 料理人/松田朗
(アリオリオ店主)
「金山寺味噌ももろみ味噌も単体で
食せば同系統の味なのに、熱を
加えることで違いが生じてくる」

ピザ、パスタがともに60種類もある店

セッティモ・アンジュセッティモ・アンジュ

先月「食の現場から…」で、全国的に注目を集める元気な商店街のことを書いた。
今回の「美食体験記」は、その岡本商店街で先導的役割を果たす松田朗さんの店の話をしたい。
神戸市東灘区の岡本商店街にある松田さんの店「アリオリオ」は、1999年4月にオープンしている。
岡本というと、甲南大学や甲南女子大学があるせいか、img学生街的イメージが強い。
一方で高級住宅街ということももあり、セレブな婦人層が集まる地としても知られている。
そんな街にあって阪急岡本駅からすぐの「アリオリオ」は、ピザ、パスタ中心のイタリアン。
肩肘張らない雰囲気で、大人のたまり場として連日活況を呈している。
今でこそイタリアンの店主をしているが、実は松田さんは音大の出身。作曲家を志し、声楽を学んで、卒業後はピアノの先生をしていた。
その頃はまだだるま(サントリーオールド)が主流の時代で、一般的に輸入酒もまだ高かった。
そんな時代に松田さんは比較的安価なジンを手に入れ、酒屋でもらったサントリージンブックをベースに色んなカクテルを作っていたそうだ。本人はその頃を振り返って「安い酒に手を加えて飲むのにはまった」と言っているが、いつの間にか松田さん宅は人が集まるバーのような雰囲気になっていたという。そんな松田さんに声をかけたのが、当時岡本にあった「ポポロ」のオーナー。
酒が苦手だったその人は、松田さんにアルバイトをさせて酒の面の充実を図ろうとした。
かくして松田さんは昼はピアノの先生、夜は「ポポロ」のアルバイトという二毛作的生活を始める。

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そうこうしているうちに1995年1月17日に阪神淡路大震災が神戸を襲う。交通は寸断、建物は崩壊という現状に我が子をピアノ教室へ通わせておく余裕はなかったのであろう。離散した生徒は戻っては来ず、あえなくピアノ教室は閉鎖してしまった。その後の松田さんはもうひとつの仕事場「ポポロ」に力を注ぎ、六甲アイランドにできた支店のマスターにまでなっていた。その「ポポロ」が拡張路線でつまずき、またもや松田さんは職を失うはめに。そして導き出した答えは、独立して「ポポロ」のあった岡本で自身の店を始めようとのことだった。1999年のオープン後は店も順調に推移、いつのまにか、岡本の有名店にまでなっていった。
「アリオリオ」は、60種もあるパスタと、これまた60種あるピザが売りの店。スパゲッティとペンネは乾燥麵だが、ラザニア、タリアテッレは自家製手打ち麺。それも一時期讃岐うどんにはまったことから、その作り方を踏襲し、手でこねず、足踏みで手打ち麺を作っている。「粘り気が強い粉で作っているために手ではなかなかその旨さが出ない。コシを出すためには讃岐うどんのように足で踏むしかない」と話している。このパスタを好む人は多い。それに一本1800円~5500円と安価なワインが揃っているため、2~3人で行けば一人2000円ぐらいで食事ができる。だから岡本の人達は足げく通うのだろう。ヨーロッパでは日常的にワインを飲むスタイルが定着している。それを松田さんは「アリオリオ」でそれをやろうとしているのかもしれない。

醤油と味噌で伊料理がこれだけ変化する

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そんな松田さんの店に「魯山人」「生一本黒豆」の2つの醤油と「もろみ味噌」「金山寺味噌具だくさん」を置いて帰った。後日、これを使って特別料理を作ってもらうためである。この4つをもとに作ってくれたのが①牛肉のタタキ②「魯山人」醤油を用いたサラダ③「金山寺味噌具だくさん」と茄子を使用したピザ④「もろみ味噌」を使った野菜ミックスのピザ⑤「魯山人」醤油を用いたきのこのペペロンチーノの5品である。ともに普段はメニュー化していない品で、私個人が楽しむだけに作られたスペシャリテだ。
まず一品目の「牛肉のタタキ」は、赤ワインと「生一本黒豆」醤油、ニンニクを合わせたタレに肉を4~5時間漬けたもの。肉はヒウチ(ももの部肉)が使われている。ヒウチはもも肉より刺しが入っており、タタキには向いている。松田さんはこのシンプルな料理の仕上げに「魯山人」醤油をかけた。「普通の醤油だと頼りないので上からポン酢をかけるのですが、『生一本黒豆』にしても『魯山人』にしても味が決めやすいからポン酢なんて使う必要もないですね」と松田さんは言う。食すと、かなり醤油の味が利いている。しかし「そんなに辛く感じないのが不思議」と松田さんも言うように丁度いい味に仕上がっている。

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2品目のサラダは、レタス、キャベツ、サニーレタスに鯛を加え、オリーブ油とレモン、「魯山人」醤油で作ったドレッシングをかけている。イタリアでは日本のように市販されたドレッシングがあまりなく、レモン汁やオリーブ油、塩を適当にかけていって調味することが多々ある。今回のサラダはそのスタイルになぞったもので、醤油が塩の役目を果たしている。松田さんは「一般的な塩を使うと、味がまとまり切らずに何か足すものがいる。でも美味しい塩を使うと、そんな必要はなく、きちんと調味できるんですよ。今回の『魯山人』醤油はその論理と同じ。醤油辛さが全くなく、柔らかな味なので、シンプルなのにうまくまとまりました」と話している。醤油は少し垂らす程度で十分。「まさにだしが入っているような感じを受ける。今回は普通のオリーブ油で作りましたが、毎年11月にイタリアから入荷するノベッロオイル(絞りたてのオリーブ油)でやると、さらに旨くなるでしょうね」。

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私が今回最も驚いたのは、ピザの味の違い。「金山寺味噌具だくさん」と「もろみ味噌」というベースは同じような味噌なのに、全く味が異なっていたからだ。③のピザは茄子と「金山寺味噌具だくさん」のみで作っている。
後者には具材が沢山入っているから別に他の素材を足す必要がないと考え、シンプルに焼いたそうだ。
松田さんが「名古屋味噌と同じ発想」と言うように甘さがあって旨い。味噌に含まれた生姜がアクセントのようになっている。
「トマトとチーズが合うのと同じで、イノシン酸(味噌)とグルタミン酸(チーズ)は合うに決まっています。
発酵食品同士が互いの旨みをいかしながら味を形成していくんですよ」と言う。片や④のピザは玉ネギ、ピーマン、マッシュルームをピザ生地に載せ、「もろみ味噌」を塗って焼き上げている。
③も④も塗った味噌の量は変わらないのに味は全く違っている。単体で食べれば差異はないのに、こうも趣が異なるのは「熱を加えることで味に違いが出るのかも…」とその理由を説明してくれた。

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⑤のパスタは「アリオリオ」の名物でもあるペペロンチーノをアレンジしたものだ。松田さんは、この一皿を作る時、そんなに多くの醤油を使用していないのに仕上がりが色濃くなったので慌てて味見をしたらしい。しかし味わってみると、そんなに強い醤油味ではなく程良い具合に――。「普通の醤油だと角が出てしまうので、なかなか味が決まりにくい。でも『魯山人』は、まろやかさがあるので量の加減がしやすいですね。多くかけても少なくかけても不思議とピタッとはまる。味に幅があるんでしょうね」と感想を述べている。

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松田さんが湯浅醤油の商品を使った印象は、「魯山人」は旨みが強く、幅がある感じがある。一方「生一本黒豆」は、味が強く、刺身に向くイメージだと言う。
「両者とも味が異なるのが面白い。『魯山人』を初めて口にした時に相撲にたとえれば正面から寄り切られたって感じがしましたね。両醤油ともストレートで真っ向勝負にしたという雰囲気。
決して変化球で打ち取られたんじゃない。一般の醤油はまさに完敗ですね」。

今回、ピザでは味噌をソースのように塗って使っているが、「金山寺味噌具だくさん」は、その名の通りあらかじめ具材が沢山入っているので、「他の食材はいらない」と話していた。「もろみ味噌」の方は「これで和風ミートソースを作ってみたいとの思いにかられる味噌でした」と使った感想を述べている。伊語で「アリオ」はニンニク、「オリオ」は油を意味する。「こんな店名をつけたのだからこの店ではあえてバターは使わないんです」と話している。ペペロンチーノを作る時は、ニンニクと唐辛子をオリーブ油で茹でるかのように作るのがコツらしい。
フライパンを熱くする前にそれらを入れ、弱火で炒めていく――、そんな細かなこだわりが松田さんにはある。
さて、今回の醤油と味噌は、松田さんの料理に変革を与えたのか。もし与えたとすれば、いつの日か、それらのエッセンスが加わったメニューが登場しているかもしれない。しばしその日を待ちたいものだ。

  • <取材協力>
    (休業中)アリオリオ(神戸・岡本)

    住所/兵庫県神戸市東灘区岡本1-14-9 2階

    TEL/078-436-3866

    HP/ facebookはこちら


    営業時間/18:00~24:00

    休み/日曜日

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい