2015年10月
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日本酒カクテルなんて珍しくもない!そう思っている人に今回は面白いコラボを紹介しよう。これまでなぜか交わることがなかった灘の酒蔵と神戸の名門系バーが、いっしょになって神戸らしい日本酒カクテルを創作したのである。9月末に記者発表をし、ABCラジオやラジオ関西、神戸新聞、産経新聞などのメディアがこぞって報じたので、既にご存知の方も多いかもしれない。今回はそんな取り組みの裏話を加えながら書くことにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
これぞ149年目の開港!
灘の酒蔵と神戸のバーがコラボして
神戸らしいカクテルを創った

もしやこれは攘夷運動のようなものだろうか?

 10月1日の日本酒の日を前に神戸で画期的な試みが発表された。それは灘の老舗酒蔵・神戸酒心館(清酒「福寿」を製造)と、神戸で売り出し中のバーテンダー・森崎和哉さんとが手を組んで、オリジナルの日本酒カクテルを創作したことだ。  日本酒カクテルというと、これが初ではなく、巷に多くのものが存在する。サケティーニやサムライロックは、すでにスタンダードといってもよく、海外のバーなどでも提供されている。では、何が画期的かというと、灘の酒蔵と神戸のバーがコラボしたという点だ。私は様々な取材で神戸のバーへ行くことがある。色んなバーテンダーと酒談義をする中で彼らが口にするのが「灘の蔵と全くつきあいがない」という言葉。神戸のバーには外国人もよく来るので、彼らからなぜ日本酒を置いていないのか?と問われることもあるらしい。せっかく地元なので何かいいコラボができたらと思っているらしいが、「実際コネもないのでどうしたらいいかわからない」とのことだった。そういえば日本酒メーカーとバーがうまく融合していない。殊に日本一の日本酒生産量を誇る灘と、横浜に次ぐバー文化発祥の地である神戸のバーがなぜかしらいっしょに物事をやって来ていないのだ。
私はこれはある意味での攘夷ではないかと思った。日本酒メーカーは、酒はそのまま飲むべきと頑なに日本酒カクテルを拒否して来た嫌いがある。片やバーの方も明治期に洋酒を紹介することに端を発した以上、日本酒がバーの棚に置いてあるのはおかしいとばかりに拒否し続けた。神戸において二大酒シーンであったにも関わらず、いっしょにカクテルを創作するなんてありえないとばかりにタッグを組まなかったのだ。
 神戸は1868年に開港した。あと少しで開港150年目を迎えることになる。それまでにお互いが攘夷をやめて開港すべきだと私は論じていたのだ。そんな声に耳を貸してくれたのが神戸酒心館の久保田博信さんだった。同蔵はノーベル賞の公式行事で提供される「福寿 純米吟醸」を製造しており、海外でも人気の高い酒として知られている。久保田常務が営業で海外に赴いた時に、ドイツのバイヤーから「どうして日本酒カクテルに取り組まないのか」と問われた経験があったそうだ。ドイツのバイヤー曰く「日本人はそのまま飲むのがいいと言っているが、日本酒の味を知らない欧州の人はストレートで味わうなんてないと思う。もしカクテルでいいのがあれば、入口になるだろうし、それが旨ければ、ストレートで飲ってみようと思うはず」との意見だった。そんな声を耳にした経験から「福寿」で取り組んでみたいと、神戸酒心館では思ったようである。
149年目の開港を目指すなら神戸のバーが相方を務めなくてはならない。多くのバーテンダーを知っているが、一番適任は「サヴォイ・オマージュ」の森崎さんではないだろうか。そんな思いが頭を掠めた。神戸で「サヴォイ」といえば名門系。その店をつくった小林省三さんはすでに引退しているが、彼のDNAを継ぐ店は何軒かある。その中でも森崎さんは、若い方の部類に属し、それだけに野心もやる気も漲っている。何しろユニークさがいい。その上、技術の高さは折り紙つきで、数々のカクテルコンペで受賞歴もあり、NBA(日本バーテンダー協会)・神戸支部の技術教育部長を務めているほどだ。  「サヴォイ・オマージュ」へ足を運び、その旨を伝えたところ、彼は二つ返事でOKを出してくれた。森崎さんにとって日本酒は未知なる世界で、そこを勉強することでもうワンステップ上に行けると考えたようだ。「うちの店にも海外からのお客様は訪れます。彼らは口を揃えてなぜバーに日本酒が置いていないのか?と言うんです。よく考えればそうですよね。バーに日本酒がないのは、日本人の論理で、彼らから見れば奇異に映るんですよ」。森崎さんも久保田常務同様、以前からどうにかしたいとの思いが募っていたようである。

日本酒なのにクリーミーなイメージが湧く

 同じ思いを持つ二者ならコラボは簡単。これで薩長同盟よろしく、149年目の開港へ向けて船出することができた。構想から一年近くかけて灘の酒蔵×神戸のバーによる日本酒カクテルが完成した。神戸酒心館では、この酒は高いからダメ、あの酒は人気があるから無理と言わず、全ての酒で試してほしいと願い出ている。この点が森崎さんを感動させた。「どの酒でも好きなようにアレンジしてくださいと言った心意気がいいですね。全てを信頼して託してくれているようで、バーテンダー冥利につきます。それならこちらも精一杯頑張りましょうということになったんです」。互いが垣根を設けず、取り組んだことが面白い結果を生むに至った。
森崎さんは、「福寿 純米吟醸」を味わった時に「乳酸菌ができるようなイメージで、クリーミーな感じがした」と独特の感想を述べている。そこから出て来たのが、フレッシュパイナップルの搾り汁(ジュース)と合わせること。神戸の海をモチーフに、これまで日本酒カクテルになかったトロピカルなものを創作したのだ。森崎さんのプロの勘は見事当たり、「福寿 純米吟醸」とパイナップルが好相性なのがわかった。そこにブルーキュラソーを加えて日本酒カクテル「こうべの波音」が誕生した。カクテルの色は青ではなく、碧。ブルーキュラソーを多く入れれば青くはなるが、それだと日本酒の味を消してしまいかねない。そこで量を控えめにし、碧い色のカクテルを作った。久保田常務が「こうべの波音」と命名したように、表面には波の如く、白い泡が立っている。森崎さんによると、これが生のパイナップルジュースと合わせた効果だそうで、不思議にも飲んでいく間にそれが消えない。実に口当たりのいい味で、これならグビグビ行けるとばかりに飲んだが、カクテルだけに後が怖く、飲りすぎると千鳥足になってしまいそうだった。
森崎さんは、サケティーニをヒントに「福寿」版のマティーニも作っている。これはドライな味で、「甘ったるいものは、飲みたくない」と拒否しそうな人にこそ飲んでもらいたい大人のカクテル。ただ、森崎さんがよく考えているなと感心するのは、日本酒らしさを醸していること。マティーニの場合、強い酒なので喉を通る時にカーッと熱くなるが、これは日本酒ベースなのでそうならず飲みやすい。横で試飲していた女性がいみじくも「これならマティーニも気軽に飲れるね」と言っていた。

 森崎さんは、今回の取り組みであることを発見した。それは、これまで日本酒は繊細すぎてカクテルには合いにくいとの定説を否定するもの。「従来からバーテンダーの間では、繊細な酒よりも粗さがあってどちらかというと大味な酒の方がカクテルには合うとされてきたのですが、『福寿』のいい酒を試しているうちにそうじゃなかったのがわかったんです。『福寿』の大吟醸や純米吟醸は、繊細な味ながらも副材料(リキュール類)に負けてしまわずにきちんと芯が残っているんですよ」。これはバーテンダーの中での定説を覆す発見だったみたいで、繊細なものでも副材料の使い方次第で生きてくるのだとわかったようだ。  はっきりいってこれまで日本酒カクテルの取り組みは、何度もあった。日本名門酒会でも日本酒カクテルは紹介しているし、消費下げ止まりを狙って若い女性にアピールした企画もあった。だが、今回のチャレンジが他と違うのは、灘の老舗酒蔵と神戸の名門系バーがタッグを組んで創作したことである。技術力のあるプロが関与し、単にソーダやトニックなどで割った単純なものではなく、複雑な作り方ながらも、シンプルにその持ち味(日本酒の味)を表現したことが凄いのだ。森崎さんのチャレンジに賛同して神戸のバー「ロゼ・パピヨン」や「バー・ソノラ」でも彼のレシピを使った日本酒カクテルを提供していると聞く。このようにお互いが壁を取り払って新しいことを行うことで、次なる文化が生まれてくる。「神戸酒心館」×「サヴォイ・オマージュ」の取り組みは、単なるカクテルの創作メニューの域を飛び越えて日本酒の新たな世界を予感させる出来事だったのである。

<日本酒カクテルをこの店でどうぞ>
●サヴォイ・オマージュ
神戸市中央区下山手通5-8-14
☎078-341-1208

●バー・ソノラ
神戸市中央区下山手通2-4-13 永都ビル神戸一番館3F-E
☎078-392-6715

●ロゼ・パピヨン
神戸市中央区中山手通1-7-20 第3天成ビル3F
☎078-333-1226

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