2015年06月
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観光立国を目指す日本だが、ムスリム(イスラム教徒)にとっては、まだまだ門戸が開いておらず、彼らは宗教上の理由から安心して食を楽しめない状況なのだ。6月1日、大阪のハグミュージアムで開かれたイベントは、彼らを受け入れる上で画期的な試みであった。今回はハラール問題について言及したい。真の国際化を目指すべく設立された日本料理国際化協会と、室田大祐さんら和の職人が取り組もうとしているハラール調理師認定制度について書くことにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
イスラム教徒が安心して食すためには、
ハラール和食の制度化が急がれる

豚由来、アルコール由来のものが使えぬもどかしさ

イスラム

連日、報道で中国人観光客が爆買いする模様が報じられている。鳥取県境港では、大型客船が来港。それに乗っていた観光客が一気にイオンに押し寄せ、ひとり何十万円とう予算で買い物をし、去って行った。地元では、経済効果を見込んで観光客誘致に躍起になっており、「宝船が来港する」と喜んでいるようだ。色んな面で批判を浴びている安倍政権だが、インバウンド政策は当たっており、彼ら海外からの観光客が日本経済の一端を担っているともいえよう。
このように欧米のみならず、アジアからの観光客がどっと押し寄せているのだが、まだまだ手つかずの地域もある。それはイスラム教徒が多く住む国々だ。流石に中東の紛争国はそれには当たらないが、イスラム教徒は全世界人口の1/3に迫る勢い。マレーシアを始め、インドネシア、サウジアラビア、ドバイなどめっきり裕福になって来た国々が、イスラム教を主として信仰しており、これから日本にとっていい観光客になり得る。しかし、この分野がまだ手づかず。ならば、呼ばぬ手はないはずだ。

イスラム ムスリム(イスラム教徒)が日本へ来ることを躊躇している最大の理由は食にある。彼らは宗教上の理由から豚やアルコールを口にできない。マレーシア政府ハラール認証機関(JAKIM)の承認団体である日本ハラール協会のレモン史視理事長の話では、「食に対する不安があり、日本に来ても観光やビジネスの後はホテルに籠って缶詰やカップラーメンを食べている」そうだ。食は旅の楽しみのひとつ、そこに不安を覚えさせて、どうして彼らを呼ぶことができるのだろうか。

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そもそも牛鍋とは、味噌で牛肉を煮込んだもので、醤油と砂糖で作る今のすき焼きとは別物になる。当時の牛肉は、農耕用の牛を捌いたものなので硬くて、獣臭ささがあった。それをごまかすために味噌を使ったと思われる。今でも雑食である猪の肉を味噌で煮るぼたん鍋があるが、味噌を用いるには、それと同じ理由であったと思ってほしい。この時分は、肉を薄く切る考えもなかっただろうからブツ切り風にして供していたと思われる。

イスラムイスラムそんな話を聞いて料理研究家の田中愛子先生(大阪樟蔭女子大学特任教授)が「何とかせねば」と立ち上がった。田中先生の目論見は、イスラム教徒が安心して食せる和食を提供すること。そこで白羽の矢が立ったのが、大阪府日本調理技能士会の室田大祐会長だった。田中先生は室田さんと組んでハラール和食なる分野を作り出すことにした。ちなみにハラールとは、イスラム教で合法的なを意味する言葉。逆に非合法なものはハラームという。宗教が違うのだから色んな決まりごとがあるのはわかる。その中でも食の上で顕著なのが豚・アルコールを口にすることが禁じられていることだ。これだけ聞けば、じゃあ、それを出さなければいいじゃないかと思うかもしれないが、話はそんな単純なことでは済まされない。豚や酒そのものは勿論だが、それが少しでも入っているものも使えないからだ。例えば、豚由来のものにはラードやそれが含まれている油、ショートニング、ゼラチンがある。乳化剤も豚の脂肪を原料とするものが多いし、豚皮を原料とするコラーゲンもそれにあたる。一般的な砂糖も白く精製させるために豚骨粉が使われているものが多いらしく、そうなって来ると和三盆や三温糖で甘みをつけるしか方法がなくなってしまう。アルコールについてはもっと厄介で、和食に必要とされる、みりんや料理酒は一切不可で、おまけに酢も醸造用アルコールを添加して造るのが一般的なので、これまた使えない。さらに多くの醤油や味噌もアルコールで発酵を止めるとかで、こうなると大半の調味料が使えなくなってしまう。イスラム圏で販売されている調味料は、アルコールが添加されていないので、それを用いればいいかというと、これが国内流通に乗っていないのが現状で、そう考えると八方ふさがりなのだ。
それでも室田さんは、「真の国際化を目指すには、大阪の職人が口火を切らねば」とハラール和食に取り組んだ。それが先月(vol.28)の「名料理、かく語りき」の話である。その辺りの苦労は前月のものを読んでもらえればわかると思うが、実は室田さん達は、これを調理師認定制度にしようと考え、大阪府日本調理技能士会の上部団体である全国日本調理技能士連合会に働きかけて、日本料理業界全体で取り組もうと動いている。

6月1日の催しは、ムスリム達に朗報

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6月1日にその先駆けとなるハラール調理師認定・発足記念講習会が大正区(大阪)のハグミュージアムで行われた。当初うちうちでやろうと考え、あまり告知もしていなかったのだが、企画してみると、あまりの反響に驚き、定員40名のホールを急遽250名収容の大ホールへと替えたくらいだ。室田さんの声がけで多くの料理人が集まり、京阪神のみならず、三重や鳥取、福井からも駆けつけていた。それに加え、食品メーカー、食品関係、観光関係、それに府や市、国の行政担当までも興味を抱いたのか、多く訪れていた。

イスラム 講習会では、まず田中愛子先生がこの認定制度の必要性を説き、日本ハラール協会のレモン史視理事長がイスラム教について話した。休憩を挟んで第二部は、室田さんのハラール和食の講義。料理人が対象なので、料理教室というよりは、むしろ実践に則した料理手法を伝授。殊、和食は調味料が主の料理といわれるだけにその調味料が使えねば、どうして味を出していったらいいのか。特にコクや照り、味に深みを出すには、みりんや料理酒が不可欠で、それを使えないならどうすればいいのかを滔々と述べていた。来ていた料理人からは「全く知識がなかったので勉強になった」「漠然とは知っていたものの、これほど大変とは思ってもみなかった」などの声が聞かれ、解決とまでは行かなくとも一歩前に踏み出したことがわかったイベントであったろう。

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田中愛子先生と室田さんらは、ハラール和食を推進すべく、日本料理国際化協会を設立し、和の職人達へ一層の働きかけを行う予定だ。そのために同協会では、大阪府日本調理技能士会といっしょにハラール調理師認定を行っていくという。まず、日本ハラール協会が開いているハラール接遇主任講習を受けてもらい、そこでハラールについての一般知識を修得する。その後で、ハラール調理師講習会を受講。食にまつわる専門知識や工夫などを習得し、晴れて認定される仕組みになっている。まずは秋に大阪で実施。それを少しずつ広めながら最終的には各都道府県でそれが開催できるようにしていく計画である。

イスラム 2010年には東京でオリンピック、パラリンピックが開かれる。その頃にはもっと国際化が進んでおり、イスラム教の信者も沢山訪れているに違いない。その日を目指してハラール和食の制度化が急がれる。オリンピックを開いたは、彼らが安心して食べる土壌が培っていないでは話にならないからだ。そのための第一歩が、大阪から踏み出した。6月1日はその記念すべき日だったのだ。

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