2017年12月
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 神戸牛は世界的なブランドで、神戸に訪れる外国人客が「これを食べて帰りたい」と必ず口にする。神戸ビーフを始め、三田牛、淡路牛、篠山牛と兵庫県にはいい牛肉が多い。これらは全て但馬牛が素牛で、それを自分たちの地域で飼い、土地の名前を付けているにすぎない(神戸ビーフは別だが…)。三田で飼われている牛は、三田牛と名乗り、これまた神戸牛にも属するくらいレベルが高い。しかも400頭を切る稀少性があるのだ。この三田牛の中からより高みを目指そうと「廻」なるブランドが誕生した。これは三田牛の中でA4の7以上に付けるもの。つまりいい肉がそれに当たるというわけだ。今回はそんな取り組みを行っている「パスカルさんだ」の精肉部・廣岡誠道さん(三田食肉公社三田食肉センターの社長も務めている)に話を聞いて来た。



  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
三田牛の中に「廻」なるブランドができた!
三田牛をさらなる高みへ押し出す地元の
取り組みや、いかに。

なぜ「廻」というブランドを作ったのか

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先日、神戸牛の偽装問題が発覚した。神戸市内の某店で価格の安い但馬牛を神戸牛として提供していたのである。しかもその店がJAの直営店だったことがさらに問題で、襟を正さねばならぬところがやっていたことに偽装問題の根深さが感じられた。ニュースで報じられ、問題化はするものの、この点に関してはなかなか難しいことがある。それは神戸牛は、但馬牛を素牛としているからだ。なのでやっている方もそれくらいはいいだろうとの意識があったのかもしれない。
全国に色んなブランド牛があるが、その中でも神戸ビーフの定義は最も厳しいとさえいわれている。細かいことは書かないが、兵庫県産の牛で、生後28カ月以上から60カ月の雌牛・去勢牛がそれに該当。さらに歩留・肉質等級がA・Bの4以上(№6~)を神戸ビーフと呼んでいいことになっている。よく牛肉を表す時にAとか、Bとか付いてその後に数字が来る。前のアルファベットは歩留等級といい、一本の枝肉から骨や余分な脂肪を取り除き、食用として使える赤身の量を表している。標準より多く取れるものがA、標準的なのがB、それを下回るのがCとなる。後の数字は肉質等級で、脂肪交雑や肉の色沢、肉の締まりやきめ、脂肪の光沢と質で判定されている。この4項目の中で最も低い数字を書くことになっているのだ。等級は1から5まであり、脂肪交雑基準が№1~№12と分かれている。だから神戸ビーフはA・Bのうち4以上、しかも№6以上と書いたのである。
神戸ビーフは、兵庫県産の但馬牛と書いた。だから三田牛や淡路牛もそれに類する。ただ三田牛は三田市内で飼われている牛で生後28カ月以上を指す。なら神戸牛より三田牛の方が稀少性があるという人もいるが、実は悲しいかな三田牛には神戸ビーフのような等級制限が存在しない。つまり1であっても三田牛と称すことができる。

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「ブランドを作らないと、なかなかよくなっていかない」と言うのは、三田食肉公社で代表取締役を務める廣岡誠道さんだ。彼は一所懸命飼育してA4やA5が出る牛を育てている農家と、適当に行い品質が下回るA・Bの1の牛を育てている農家が一緒のブランド(三田牛)を名乗るのはおかしいとの意見を持っている。「神戸牛のように全国津々浦々にまたがる販売網を持っていればいいが、三田の人だけを相手に商売しているとそのうちに頭打ちになる」と言って三田牛の中味を分けてブランド化するシステムを設けた。11月の地元農業祭で発表された「廻(かい)」がそれで、三田牛のうちA4の7以上でないと、この称号を付けない決まりにしたのだ。
「ランク付けして『廻』を付けると提案したら、今まで通りでいいのではとの声があったのは事実。でもいつまでも三田牛の名にぶら下がった肉を出されてもダメで、我々はいい料理を食べてそれが美味しいと思ったら、三田牛を使っていたとわかるようなものにしないといけない。三田牛の中味を正していくことでさらなる進化をしていきたいんです」と廣岡さんは熱い思いを語ってくれた。
そのためには、「廻」という名を浸透させ、指定した店(肉屋や飲食店)にもきちんと指導していかねばならない。そこで廣岡さんはユニークなプランを打ち出して来た。「もし偽装があった場合、それを発見した人や告発者に報奨金を出してもいいとさえ思っているんです。それほど厳しいブランドだということを周知徹底させていきたいと考えている最中です」。くしくもJAの直営店で神戸ビーフの偽装提供が発覚した。それを廣岡さんらはチャンスととらえているようだった。

三田牛は脂に特徴がある

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ところで三田牛は現在400頭を切っている。20年前は1600頭ほどいたそうだが、農家が年齢的なことで引退したりして減って来た。三田市内で数多くの飲食店を営む「福助グループ」の福西文彦さんは、「仔牛が高すぎて導入できないからだ」と分析している。変に三田牛の稀少価値が通っていて肉の価格も高くなっており、その元をたどれば仔牛の値の高さに反映されているのだと福西さんは言う。三田牛は但馬牛を素牛とし、多くは32~35カ月ぐらいして出荷している(一般的な和牛は28カ月)。長く飼う分、値も高くなるわけで、それでもいい肉質のものはそれなりの価値を出せるが、等級の低いものは値段と質がアンバランスになってしまう。なので地元では「廻」なるブランドを誕生させて差別化を図ろうとしているのである。

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三田牛は、他県の牛と違って肉のきめが細かい。加えて脂に特徴があって空気に接すると溶け始めるという個性を有している。つまり融点が低いのだ。一般的にピンク色した肉は派手さがあっていいとは思うが、三田牛はそれとは異なり肥育を長くしている分、赤く濃い。他県のものはスライスしてフィルムを巻くときれいに立つけど、三田牛はその脂の特性からベタっと寝てしまう。こういった状況から三田牛は肉屋泣かせとも言われている。ただ肉を扱う人に聞くと、他県産の肉は手の油分が取られてしまうそうで、それに対して三田牛は常にさわっていても手荒れしない。脂肪融点が低いからだろう、霜降りでもあっさり食せるらしい。ぜひともこんな利点を「廻」に感じ取ってほしいものだ。

「廻」とは、努力の結晶を示す意味で付けられた言葉で、やり甲斐と本来は書きたいのだろう。でもそれでは「甲斐」になり、甲府のイメージがついてしまう。そこで後世に亘って回る意味で「廻」の文字にしたようだ。「極(きわみ)や頂(いただき)といった候補もありましたが、三田牛を扱う者達が一丸となって廻して行きたいとの思いも込めて『廻』と決めました。これがブランドとして伝わっていけば、ブランド牛を扱う人の気持ちも変わっていくでしょう。そうなるように我々は色んな企画を行ってアピールしていくべきなのです」と語る廣岡さん。「廻」のよさが消費者にわかってもらえ、いつまでも語り続ける牛肉になるようにしていってもらいたい。

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