2013年02月
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今、食の最前線では何が起きているのだろう。そして食の理論はどんなものが語られているのか。食に関しての執筆を20年以上続けるフードジャーナリストが食事情をレポートする「食の現場から…」。第1回は有害鳥獣問題に取り組む兵庫県小代地区の話をしながら鹿肉について考えてみる。実は鹿肉のローストを金山寺味噌で食すと、えもいわれぬ美味しさがあるですよ~。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
今こそ見直したい鹿肉の需要価値”

なぜか冬素材の印象が強かった鹿肉

神戸産の野菜先日、有馬温泉の老舗旅館「御所坊」で鹿肉を食した。兵庫県の小代(おじろ)で獲れる鹿肉をうまく処理し、「かくも鹿肉は旨い」とPRする試食会だった。この会で食したことにより、素材的に優れた鹿肉は独特の匂いもなく、柔らかいということが実感できたのである。私が印象に残っているのは、同旅館の河上和成総料理長が作ったもの。鹿肉のしぐれ煮を入れて俵型のおにぎりを作り、それに鹿肉のローストと金山寺味噌を添えてあった。前者はこのように書くと、ただのおにぎりに映ってしまいがちだが、さにあらず。三温糖を用い、甘めに味付けしたもの。おにぎりなのに甘いという意外性が衝撃だった。肉と甘めの味噌は相性がいいのはわかっていたが、それを裏付けるように後者では金山寺味噌の味がうまく鹿肉にフィット。素材と調味料がかみ合えば、かくも味のハーモニーを奏でるものだと、しみじみ思った次第である。鹿というと、フレンチと相場は決まっていたが、和食でも使い方を考えれば十分食材として使える。改めて考えれば、十津川村の「神湯荘」で出していた鹿肉のユッケも和食だったし、その地の名物料理になっていたなと思い出したのである。

…ということで今回は鹿肉のことを書くことにする。鹿というと、フレンチでは秋から冬場にかけての食材とされている。猪、鹿、野うさぎ、キジ、真鴨などはジビエといわれ、この時季持て囃される。ちなみにジビエとはフレンチ用語で、狩猟によって食材として捕獲された野生の鳥獣をいう。野生の鳥獣は冬に備えて身体に栄養を蓄えるために秋が旬とされている。ただ、冬場にならないとハンターによる狩猟が解禁にならないために、どうしても冬素材であるとの誤解が生まれていた。

鹿肉に限っていうと、最も旨いのは8月。この一ヵ月間だけ脂が乗るからだ。しかし、鉄砲での猟が禁じられているために、旨いにも関わらず肉が出回らない。なので我々は最も旨い時期を逃していたといえる。

うまくいけば、幻の食材・夏鹿が食べられるかも…

先日、兵庫県北部にある「峰鹿谷(ほうろくや)」の理事長・田淵覺男さんに話を聞く機会を得た。「峰鹿谷」とは、兵庫県香美町小代地区で鹿肉を提供しているNPO法人。実はこの地域が有害鳥獣問題で悩んでおり、農作物を喰い荒らす鹿の処分として、小代で獲れた鹿肉をブランド化することを決めたようである。今までコスト的にうまくいかなかった鹿肉の流通を整備し、美味なる素材(鹿肉)を届けるのが同団体の役目なのだ。

鹿肉は「硬くて匂いが強い」という評価が多いが、それはいいものにあたっていない証拠。臭い肉は血抜きの処理が悪いためにそうなるようだ。田淵さんに言わすと、弾の入り所が悪く、もがき苦しんだ鹿は、肉が臭いそうだ。頭や首の急所を撃って一発で即死させ、即座に血抜きしたものは、匂いが穏やかだという。

「峰鹿谷」では、罠を仕掛け、それにかかったものをうまく処理している。捕獲したら2時間以内に処理場へ持ち込み、内臓を出して血抜きする。そして冷蔵庫で吊り下げるのだ。このように処理法をきちんと守ると、「臭みもなく、肉が縮まって美味しくなる」と田淵さんは説明してくれた。

有害鳥獣に頭を悩ませ、「峰鹿谷」を立ち上げたのだから農作物の育っていない冬場の鹿を捕獲したのではあまり意味をなさない。それに罠を仕掛けるのだから雪のある冬場は不向きであろう。「ハンティングが冬場と決まっていたので、冬素材と考えがちですが、実は年中獲れるんですよ」と田淵さんは言う。そうして考えると、幻の食材として知られていた夏鹿も十分供給が可能なわけだ。

鹿肉はフランス産のイメージが強い。フレンチのシェフがそれを使いたがるからかと思いきや、実はイタリア、ベルギー、オーストリア、ドイツなど欧州諸国で獲れたものが、いったんフランスを介し、日本に入ってくるからそんな印象が持たれているにすぎない。ドイツやハンガリーでは狩猟野生動物の肉は高級レストランで供される最上の肉として扱われており、中でもドイツでは40000トン以上を消費。しかもその半数を輸入ものが占めるという現状がある。日本ではエゾ鹿をジンギスカンの食材として利用しているとも聞く。だが、その数はごく少量で、日本はジビエに関してはまだまだ後進国といえるだろう。

牛肉や豚肉に比べ、低カロリーで、しかも高タンパクなのだから、そのヘルシー要素が受けて少しは普及しないだろうか。そのブームが来た時に乗り遅れないようにと、小代鹿はブランド力をつけたいのかもしれない。

苺ハウスジビエの一種・猪肉は、丹波篠山でボタン鍋が開発された明治期以降に十分認知され、冬の食材として輝きを放っている。猪ほど需要がなく、どこか可愛いイメージがつく鹿はどうしても食材対象にはなりにくかった。その上、香美町のような山のある地区ではハンターや処理する人の賃金も出ず、撃ってもコストがかかるだけと消極的であったと耳にする。システム整備をうまくし、ブランド化に乗り出した「峰鹿谷」にかかる期待は、県でも大きいようだ。

獣害転じて、食素材となる”、そんな言葉がいつしか聞かれることを私は待っている。そうすれば、あの旨い夏鹿があたり前のように味わえる時代となるはずだから。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい