2016年02月
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最近は地野菜がブームになっている。今までなら遠くてもブランドのある農業大国のものをありがたがって買っていたのだが、それでは鮮度に問題ありと料理人が思い始め、都市近郊の農家で産されるものを取り寄せて使いだした。兵庫県でも篠山を売り出し、次に神戸を目論んでいるし、食い倒れの町を少しでも支えたいと泉佐野市もPRに余念がない。今回は地野菜ブームを背景に動き始めた泉佐野市のプロジェクトに言及したい。題して“泉佐野産(もん)商品化プロジェクト”。この考えに多くの有名料理人が賛同しているのだ。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
地野菜ブームを背景に、
泉佐野市が市の野菜を商品化することを考えた

泉佐野産野菜の良さを知ってほしい

 地野菜がブームになっている。このところ話題の漁師めしといい、新鮮で旨いものは現場へ行って食べるべきだと皆が理解し始めた証拠だろう。これまでは北海道や信州・九州の、いわゆる農業大国のものをありがたがって使っていたが、素材に気を配る料理人にいわせると「名より鮮度の方が大切なのだ」とか。当然、感度のいい人達は、それを近郊の地野菜に求めて取り寄せている。名料理人ほどこの傾向が強く、彼らは口を揃えて鮮度に勝る美味しさはないと言う。
こういった動きを察知してか、泉佐野市が市で穫れる産物を“泉佐野産(もん)”と称してPRしようとしている。泉佐野は、土壌がよく、気候や環境の良さもあっていい野菜が穫れる。市内の山側にある日根荘大木は、いい米ができることで有名で、昔の農村風景を今に伝えるとして重要文化景観に選定されるという。

 ただ、いくら土地がよく、農業技術があるからといって市場に流れてしまえば、泉佐野の名が明記されずに売られてしまう。水茄子は流石にそうではないだろうが、他の野菜については十把一絡げ状態。他の産地のものと混ざって流通しているのが現状だ。
そんな状況下を打破し、泉佐野産(もん)の名を高めたいと動き出したのが同市の農林水産課。他産地のものと差別化するために有名料理人とコラボして彼らの知恵を使って広く伝播させたいと考えたのだ。昨年立ち上がった「泉佐野産(もん)商品化プロジェクト」は、有名料理人に同市の野菜を使ってレシピを書いてもらい、それを基に商品化を進めるという企画。前に神戸市や兵庫県が野菜をブランド化させるために町と組んで色んな催しをしたことを記したが、それとは違った切り口で面白い試みである。
実はあちらこちらで6次産業化の波が起こっており、素材を商品化する流れは多々ある。泉佐野市がそんな町と少し異なるのは、企画、即商品にせず、時間と手間を費やし、いずれ実現に漕ぎ着けたいと考える点。そのためには有名料理人に知恵と技術を借り、売る側のプロや見識者を交えてプロジェクトを行う。こうすることで、造ったは売れないというリスクを避けたいと思っている。

水茄子を浅漬けにせず、スイーツに

 泉佐野のこんな考えに賛同したのが「御所坊」の河上和成総料理長、「ビストロハシ」の橋村信治オーナーシェフ、「御所別墅」の村木伸也料理長、「アリオリオ」の松田朗オーナーシェフ、「農家厨房」の大仲一也オーナーシェフ、「紅宝石」の李順華シェフ、「レオニダス&ガトーエモア」の藤田博史パティシエ、「カフェドボウ」の竹田勝行・純也パティシエ、それに大阪府日本調理技能士会の室田大祐会長という面々。ともに凄腕の持ち主で、メディアでもよく取り挙げられる人達だ。
彼らがポスト商品化を目指して、泉佐野の水茄子・泉州玉ねぎ・ブロッコリー・春菊・松波キャベツを使って試作を繰り返した。そしてできあがったのが29品の料理もしくは調味料である。料理人ごとに個性があるように、できたレシピにも考え方の違いが見られる。室田さんや村木さんは、売れるものが調味料だと踏んで味噌やソースを考えているし、李さんは自店で出してウケるものを想定して作っている。但し、これも店で売るだけでなく、冷凍やレトルトで売れるようにと考えている所が面白い。大仲さんは自身が泉州の出身なので、地のことはよく理解している。そのため佐野漁港で揚がる渡り蟹やトビアラ、市内で産され人気が高い犬鳴ポークも具材候補にしているのだ。
もう一つ面白いのは、誰ひとりとして最大の産物である水茄子を漬物にしなかったこと。やはりそれでは面白みに欠けると考えたからだろう。「レオニダス&ガトーエモア」と「カフェドボウ」は、水茄子をうまくスイーツ素材にした。前者の「水茄子のタルト」は、水茄子を大きめの輪切りにし、バニラビーンズのさやを加えたシロップで煮ている。たっぷりのアーモンドクリームを絞ったタルト生地にそれを載せており、一見「これが水茄子?」と思ってしまいそうな一品だ。片や「カフェドボウ」の「水茄子のクリームチーズパイ」は、クリームチーズと淡泊な水茄子をスポンジ生地といっしょにパイ生地に閉じ込めて作っている。そしてもう一つ「水茄子のシロップ煮入りパイ」は、水茄子をシロップで柔らかくなるまで煮て、一晩寝かせてからスポンジ生地に載せてパイ生地を被せて焼いている。この三人は、十分に水茄子をスイーツ素材として扱えると考えており、目をつぶって食べたら果物を見紛いそうな感じだった。

泉佐野市農林水産課では、彼ら10人のシェフが知恵を絞って考えてくれたので各々の野菜に今までとは異なる可能性が出て来たと考えている。この先、彼らのレシピを加工業者に渡してから、いかに製品にするかの問題は残っているが、彼らが試作した上で、「泉佐野の野菜はいい」と明言したことだけでもやった甲斐はあったのだろう。
早速、自身の店でそれらの産物を使ってメニュー化する所も出てきている。「農家厨房」(北浜)の大仲さんがその一人で、今回出品した「トビアラの老酒漬け」「カニと豚のスープパイ包み焼き」「松波キャベツを使った餃子」「泉佐野野菜を用いたもろみ味噌」「春菊を用いた餅三種」を4月から提供すると言っている。但し、松波キャベツと春菊、ブロッコリーは冬食材。今あるもので作るのでそれがなくなった時点で終了する。
もう1ヵ所、神戸・元町の「紅宝石」でも出品した「水茄子のエビチリ丼」が春より登場する予定。泉佐野の農家から届いた瑞々しい水茄子を麻婆茄子に仕立てた一品だが、普通の茄子と違って食感や水分量が異なる。これを李さんは、瑞々しさを失わずに火を入れて調理している。これを食べると、なぜ今まで水茄子の麻婆茄子がなぜなかったのかとさえ思ってしまう。
店で食すにしろ、将来商品化するにしろ、泉佐野産(もん)商品化プロジェクトは、今後も注目していきたい。「遠くのA級ブランドより近くの新鮮野菜」とは大仲シェフが言った言葉だが、それを実践する所が増えてくるように思う。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい