2015年01月
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粕汁はどうやら関西の味で、東国の人は冬だというのにそれをすする習慣がない―、そんなコラムを書いたら各所で反響を呼んでいる。それならばいっそ関西の郷土料理に名乗りをあげてもいいだろうと、酒粕プロジェクトなる企画をぶちあげることにした。1月23日にマスコミ向け発表会・試食会を行ったらラジオで流してくれるは、新聞で取りあげてくれるは、おまけに私は鍋の達人と称して読売テレビ「特盛吉本」にまで出演してしまったのだ。今回は巷で話題を集めつつある灘の酒蔵と有馬の老舗旅館がコラボしたプロジェクトについて書くことにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
粕汁の郷土料理化を目指して、
酒粕プロジェクト始動!

関西で酒粕文化の火を絶やさぬために…

神戸産の野菜

あるコラムを書いていてふと気づいたことがある。それは粕汁が当然のようにすすられている地域のことだ。柏崎では鱈を入れたり、美作では牛すじを入れたりしているものの、ほとんど例外的なことのようで、関西以外では冬のおなじみの椀ではないみたいだ。某所で粕汁の話を滔々と語っていると、東京の人から「曽我さんが話しているものが、どんな料理なのかわからない」と指摘された。おまけに静岡に住む我が従姉に酒粕を送っても、「どのようにして粕汁を作ったらいいのか知らない」と言っていたのだ。こんな話を総合すると、もしかしたら粕汁は、関西のものではないかと思うようになった。日本料理界の巨匠で、名古屋文化短期大学客員教授の佐川進先生に尋ねてみると、「今でこそ東京で板粕(酒粕)が売られていますが、昔は全くありませんでした。だから酒粕なんて料理に用いないでしょうし、使ったところで、こんな酒の香りが強いものは食べられないと言う人までいたくらい。愛知県が関の山で、それより東は粕汁なんてなじみがないでしょうね」と話していた。では、東北など酒の産地で出る酒粕はどうしているのかというと、漬物に使ったりするくらいで、関西のように板粕にして売られることはまずないそうだ。ある文章には、東は具材に鮭を入れ、西は鰤を使うと書いてあったが、我が家では当たり前のように塩鮭を用いているし、鰤、鮭ともに入れるという声も関西で耳にする。ちなみに京都はなぜかしら豚肉が多いというのも面白い点である。周りの声をもとに考えていくと、東国の人はどうやら酒粕をすする習慣すらないという答えが導き出された。

神戸産の野菜 それなら、いっそのこと粕汁を関西の郷土料理として宣言するのも面白いのではないか。そんなことを言っていたら、宝暦元年(1751年)創業の灘の蔵元・神戸酒心館が「酒粕プロジェクトをやりましょう」と乗ってきてくれた。同蔵は清酒「福寿」でおなじみで、低コストと量産が当り前のこの時世に似合わず「質を求めるが故に量は造らない」としている真摯な酒造りを行っている。その質の良さを評価してか、ストックホルムで行われるノーベル賞晩餐会では日本人が受賞した年に限って「福寿」の純米吟醸が供されている。大手ではなく、そんな真面目な蔵が音頭をとってくれれば、質のいい粕汁と酒粕料理が広くアピールできるはずであると、二つ返事でプランニングすることにした。「大手ではなく」と書いたのには理由がある。このところ大手日本酒メーカーは、効率よく酒を産するために高熱液化仕込み(高温糖化法)とやらを採用しており、酒粕が出ない造り方になっている。出たところで絞りに絞っているためにビスケットのような堅さになっていて粕汁には使いにくい。酒蔵からバラ粕を仕入れ、板粕にして売る、俗にいう酒粕屋も市場に酒粕が少なくなっているために東奔西走して集めているようだ。こんなことをしていると、そのうち関西の冬の風物詩である粕汁や酒粕文化が消えてしまいかねない。そう思っての郷土料理化プロジェクトなのだ。

神戸産の野菜

神戸酒心館と酒粕プロジェクトを立ち上げようとしていたら、なんと有馬温泉の老舗旅館「御所坊」も参戦してくれた。これは強い味方を得たとばかりに意気揚々で1月21日にマスコミ発表会兼試食会を開催したのだ。

歴史のあるもの同士のコラボが面白い

神戸産の野菜

酒粕プロジェクトとは、酒粕を料理に使うことを主として訴えている。神戸酒心館内の日本料理店「さかばやし」でもこれまで粕汁は冬場のメニューとして出していた。それをこのプロジェクトを機にメニュー数を増やそうというのだ。昼間に提供している「粕汁膳」(1950円)は、まさに粕汁をメインに打ち出した品。普通の店で仮りに味噌汁をメインディッシュにしたら怒られるだろうが、ここは酒蔵、主要商品として十分やっていける。昼間の具沢山の粕汁と違って夜は小鍋スタイルで粕汁を提供している。酒蔵なのだから個性的な粕汁を出すべきと、自分の好みで酒粕の濃度を調整するタイプのメニューを作った。「福寿」の酒粕に味噌をブレンドし、オリジナルの粕汁の素をまず厨房で作る。それを添えて小鍋といっしょに提供するのだ。注文した人は、そのままですすってもいいし、酒粕の素を加えながら濃厚な味にしてもいい。沢山入れると、普段の粕汁と違ってポタージュスープをすすっているような雰囲気になってしまうから不思議だ。この試作をやっている最中に粕汁の素がディップとして使えることがわかった。生野菜に漬けてバーニャカウダー的に味わうのもよし、クラッカーや煎餅に塗って酒のつまみにするのもいい。「さかばやし」では、この発見に気をよくして、どうやら酒粕ディップとして商品化し、カップに入れて販売するそうだ。

神戸産の野菜 ところで「御所坊」とのコラボだが、神戸酒心館「さかばやし」と「御所坊」で鍋対決を行うことが決まっている。期間は2~3月の2カ月間。「御所坊」では、河上総料理長が酒粕を使ってオリジナルの鍋料理を考案。それを2カ月間6000円ぐらい(この原稿を書いた時点で価格は未定だった)で販売する。この料理は「ぽかぽか鍋」と命名されており、酒粕とさつまいもでとろみをつけているのが特徴だ。酒粕、玉ネギ、さつまいも、鰹だしをミキサーにかけてペースト状にし、それを鍋のベースにする。麹がそのまま残る酒粕には薬効があるのに、さらに生姜が加わり、両方で身体を温めてくれる。身も心も温まることから「ぽかぽか鍋」とは、うまく言ったものである。

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一方、「さかばやし」は「へんげ鍋」(価格は「御所坊」と同じになる予定)で対峙する。以前から酒粕を使った「酒屋鍋」はあったのだが、それでは相手に失礼と、こちらも新しいタイプの鍋料理をアレンジした。但し、こちらは昆布と鰹でだしを摂り、純米酒と三種類の具で旨みを出す。広島のものより酒が抑えられ、旨みが増したタイプの鍋と考えてもらえればいい。まず美酒鍋を味わい、それが飽きた頃に酒粕と味噌をブレンドした例の粕汁の素を加えて酒粕鍋にする。一回の鍋料理で二つの味が楽しめるというもので、今流行のチェンジ鍋を彷彿させる。酒粕プロジェクトの‟鍋対決”と銘打ったこの企画では、一方の施設へ行き、食べたという証明書をもらい、それをもう一方へ持って行けば特典が得られるサービスもある。

神戸産の野菜 創業1191年で800年以上の歴史を有す旅館と、江戸中期創業で264年の歴史の酒蔵がタッグを組んだ、まさに歴史的検証(⁈)といえるかもしれない。何はともあれ、放っておくと、酒粕文化がなくなりかねないこのご時世、神戸の北と南で酒粕にフィーチャーした取り組みを行うことはいいことだ。互いの酒粕鍋に舌鼓を打ちながらこの冬は、粕汁や酒粕を用いた鍋料理が、関西の味であることを再確認してもらいたい。
(文/曽我和弘)

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