72 2019年03月今回はこれまでと少し趣が違って丸新本家が中心となって行った和歌山産鱧と鰆の加工品発表会について記す。これに関連するものは、今月の「食の現場から」にも記しているので、そちらを読んでからこのコーナーに戻って来るのが本来の順かもしれない。要は和歌山で水揚げされる鱧と鰆をどうにかすべく考えられたのが「紀州の地魚はもフライ」と「紀州の地魚さわらの金山寺味噌漬け」だ。この二作品誕生を機に東京・神保町のキッチンでマスコミ発表会が催されたわけだが、ここで名料理人二人がキッチンスタジオに集い、この商品をうまく用いた料理を披露することになった。関西を代理して和の大御所・河上和成さんが、東京からはフレンチの異才・長谷川幸太郎さんがその料理を会場となった「Studio BULK」で披露している。和と洋の巨匠は、この加工品をどんなメニューに仕上げたのか。とくとご覧あれ。

Studio BULK&Sonorite40HALL 河上和成(左)・長谷川幸太郎(右)
(「御所坊」総料理長&「KOTARO Hasegawa」のオーナーシェフ)
「シンプルに調理しても美味しい加
工品ですが、少しプロの技を加え
ることで十分通用するメニューに
なりました。関西らしい素材かも
しれませんが、東上する可能性を
秘めています」

和とフレンチの巨匠が加工品に挑戦

 

DSCF1267DSCF1201

2月20日の夜、神保町(東京)のキッチンスタジオに約30名のマスコミ関係者が集まった。この日は、丸新本家が声がけしたイベントで、和歌山県の漁業プロジェクトから生まれた水産加工品をお披露目するのが目的。この二年間取り組んで来たもの(加工品)を使って料理仕様を見せ、味わってもらうことに主眼が置かれている。昨今、漁業は不漁に喘ぎ、地球温暖化も加わって深刻な状態に陥っているとよく報じられているが、それとは裏腹にある時季に獲れすぎて困る魚種もあるのは事実。和歌山県では、その代表が鱧と鰆なのだそう。この獲れすぎる魚種をうまく処理できないかと考えた末に誕生したのが今回発表した「紀州の地魚はもフライ」と「紀州の地魚さわらの金山寺味噌漬け」だった。前者は骨切りが大変な鱧をあらかじめ骨切りし、パン粉をつけてフライ前の商品にしたもので、後者は鰆をよく目にする西京漬けではなく、金山寺味噌で漬けたものだ。片方は揚物にすればよく、もう片方は家庭で簡単に焼ける。いわば、料理屋や家庭での鱧と鰆の調理提案として開発された加工品というわけだ。

DSCF1255DSCF1196DSCF1215

この発表会には「紀州沖の鱧と鰆、お江戸に上る」とのタイトルが付けられ、その利便性や味の良さをマスコミ人に試食会を通じて体験してもらおうという主旨だった。せっかく名だたるゲスト(マスコミ人)を招くのだから、その使い方提案も一流の料理人にやってもらいたい_、そんな声から白羽の矢が当てられたのは、河上和成さんと長谷川幸太郎さんの二人である。河上さんは、このコーナーでも登場している関西の和食の大御所で、現在、有馬温泉「御所坊」の総料理長を務めている。同旅館は1191年に創業した日本でも五指に入るほどの歴史を有している。河上さんは、そんな老舗の味を長年築いて来た。素材の良さを引き出すのには定評があり、飾らない料理を高級旅館でうまく表現した実績がある。日本料理ということで鱧は使い慣れた存在だし、骨切り技術の鮮やかさをマスコミの人達に見てもらうのに格好の人選といえる。一方、長谷川さんは、最近、新御徒町で仏料理店「KOTARO Hasegawa」を開いた。高級レストランで知られる「ひらまつ」で総料理長を務めていて独立したスターシェフで、ボキューズドール国際料理コンクールで、2007年と2017年に日本代表として参加した実績を持つ。そのうち後年の大会では日本人で初めて入賞を果たし、アイデンティ賞を獲得している。新御徒町は自身の生まれ育った町_、そこでフレンチの店を開いたことになる。この新店をジャンル分けすれば、長谷川さん曰く「ダウンタウンキュイジーヌ」だとか。鱧は仏料理ではほとんど使わない素材だが、長谷川さんは大阪の「ひらまつ」にもいたことがあるので、その時に使った経験があり、全く縁のないものではなかったらしい。

シンプルに調理しつつもこだわりと技が表現できるように

 

DSCF1354

さて、和歌山の二つの魚種と、その加工を施した食材をPRすべく、彼らがふるまったのは以下の五品である。河上さんが和のジャンルで「鱧おこわ 熊笹包み」「鱧の金山寺味噌漬け 大根甘酢添え」「鱧フライ 梅肉添え」を作り、それに続いて長谷川さんが「ハモのフリット自家製タルタルソース 季節のハーブと共に」と「サワラ金山寺味噌漬けのグラタン仕立」を披露した。

DSCF1219

まず一品目としては、あらかじめテーブルに設置した取り皿代わりの器に「鱧おこわ」と「蘇二種」が置かれていた。蘇については今回の漁業プロジェクトとは無縁だが、河上さんが珍しかろうと考えて牛乳を煮詰めて作って来た。古代のチーズと称されるもの(但し、発酵はしていない)で、大和朝廷や奈良時代に貴族が栄養補給を目的に食べていた。河上さんの話では「鱧おこわ」は、関西でよく食す鱧の押し寿司をイメージして作ったもの。鱧をタレで漬け焼きのようにして箱寿司の如く型押しして仕上げる。そして切ったものに和歌山らしく実山椒を載せて熊笹で包んで蒸している。タレは、「蔵匠樽仕込み」とみりん、酒、鱧の粉(乾燥させて潰し、粉末にしたもの)と鰻の骨を用いて作ったもの。単に鱧を漬け焼きにするだけではなく、餅米とうるち米で炊いたご飯の中にだるま山椒を混ぜると同時にタレをまぶしているのだ。

DSCF1226

一方、二皿目の「鰆金山寺味噌漬け」は、今回加工された鰆を袋のままボイルし、温まったら取り出してバーナーで焼き色をつけた。この料理の一つのポイントは、漬けだれに用いるポン酢にある。ここでは、「蔵匠樽仕込み」、鰹節、みりん、みかんジュースに山口県の橙と徳島県のすだちの絞り汁を加えて10日程寝かせたポン酢を使用しているのだ。このポン酢が絶妙であらかじめ金山寺味噌で味付けている(素材自体に味があるもの)にも関わらずうまくフィットする。そこに大根の甘酢が添えられ、口内をさっぱりさせてくれる。

DSCF1190DSCF1229

河上さんが「もっとべチャッとした感じかと思っていたが、うまくパン粉がまぶされ、ふんわり揚がった」と感想を述べていた「鱧フライ」は、骨切り技術がない人でも調理できるようにあらかじめ包丁が入れられ、細かい骨が切断されている。パン粉がついているので商品を揚げるだけでよく、利便性に優れ、家庭でも用いることが可能な品だ。ここでも河上さんは、シンプルに揚げて、漬けだれの方に趣向を凝らしていた。漬けるのは、モンゴルの岩塩と梅肉の二種。南高梅と山吉國澤百馬商店(指宿・山川)の鰹節、「蔵匠樽仕込み」、みりんで梅肉を作るという凝りようで、当日レポーターを務めていたはうともこさんなどは、「凄く美味しい」との声を連発してお世辞ではなく本根の感想を述べていたくらいだ。
鱧フライにせよ、鰆の金山寺味噌漬けにせよ、家庭ではそのまま使えば十分美味しく食せるものだが、プロはそうはいかない。何が何でも技術を見せなければならず、こちらもある程度の仕事は期待してしまう。ただ普段から食材をあまり  さわらずシンプルに良さを表現している河上さんは、むしろこの二品も端的に表現することを選び、漬けだれの方に凝ったものを作った。これとて「蔵匠樽仕込み」のようにいい調味料を選ばないと、こうはうまくいかない。そんな点に和の大御所の巧みの技が垣間見られた。

DSCF1308DSCF1306

フレンチが専門の長谷川さんは、この二品が使いにくかったかもしれない。鱧は和素材の印象が強いし、鰆に至っては金山寺味噌が施されているために和食の域から出にくい。長谷川さんは、「ハモのフリット」と「サワラ金山寺味噌漬けのグラタン仕立て」を調理する時にこんな印象を語っている。「鱧についていたパン粉が思った以上によかったので、それをさらに美味しくするにはソースが決め手だと思いました。マヨネーズにホイップクリームを加えてコクを出し、白ワインビネガーとレモン汁を加えて酸味の際立つソースに仕上げたんです。単調な味になることを嫌ってアクセントとして季節のハーブを散りばめました。時折り鼻に抜けるハーブが飽きのこない役割を務めてくれています」。長谷川さんは、まず「鱧のフライ」を口にした時、中にしっかり味もついているので何もしなくてもいいと思ったようだ。ところがプロの仕事としてはそのまま出すわけにもいかず、自家製のタルタルソースで食べることで、食材の良さを訴求しようとしている。

DSCF1333DSCF1319

片や鰆の方は、新古さんから「家庭料理をイメージして作ってほしい」と依頼があったので誰もが親しめるグラタンを提案したそう。新古さんからの注文がなかったら、その身を用いてパイ包みにしたり、岩塩包みにしたり、はたまた柔らかくしっとり揚げるのもいいかと思ったようだ。この鰆は、あらかじめ金山寺味噌に漬けられて加工がなされているので、仏料理としては使いにくくなってしまう。そこで中和される要素が必要になり、ベシャメルソースを作った。「焼くことより醤油を焦がした時のメーラード反応によって生じるコクが、存在感を発揮するんですよ」と長谷川さん。中立的な立場のオニオンソテーを間にし、ベシャメルソースとじゃがいものピューレ、焼いてほぐした鰆を二層に重ねてからグリエールチーズのアクセントをつけて仕上げている。長谷川さんによると、仏郷土料理・鴨のコンフィとじゃがいものアッシュパルマンティエからヒントを得て作ったものだとか。和食ならそのまま焼いて食べるのがいいだろうが、仏料理なら中和する要素が必要なのでこのようにしたと語っていた。

DSCF1353

料理人の質がいいのもさることながら紀州沖の鱧と鰆を加工した二つの商品は、参加者(マスコミの人)からの反応がすこぶるよく、「金山寺味噌漬けは完成度が高い」、「鱧フライの肉厚にはとても驚いた」「自分で調理する手間が少しでも省け、手軽に食せるのが嬉しい」「ギフト商品でも売れそうだし、和歌山のアンテナショップに置いてもいい」などの声が寄せられていた。一同に商品化の可能性があるとの意見もあり、このような加工品計画に自信が持てそうな発表会であった。

  • <取材協力>
    Studio BULK&Sonorite40HALL

    住所/東京都千代田区神田猿楽町2-1-14 A&Xビル

    TEL/03-3518-6477

    営業時間/※同施設はレンタルスペースなので
    飲食店営業は行っていない。使用に
    ついては問い合わせを。

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい