87 2020年06月関西の玄関口というべき関西空港に直結して建つのが「ホテル日航関西空港」だ。このホテルは、海外渡航などの前後泊に利用したり、海外からのビジネス及び観光客の持てなしに使われることが多い。ただ、そればかりではなく、堺以南の人達がレストランをよく利用するので、料理内容も充実。地元食材をうまく使いながら地産地消を謳っているのだ。同ホテルで、厨房全体を司るのが総料理長の肩書を持つ井口晃一さん。一つの皿の中でいかに飽きさせず、料理に変化を持たせるかをテーマに研究しながらメニューづくりに勤しんでいる人物だ。井口総料理長の発想がユニークだとの評判は風の便りに聞こえていた。そこで個性あふれる料理を一度、きちんと味わってみたい_、そんな風に常々考えていたのである。ところが彼は、料理長の上に立つ総料理長で、なかなか現場(私達の前)で腕をふるう機会が少ないのでは…と、邪推していたのも事実。泉佐野産(もん)企画でたまたま予約・販売部の高橋直樹さんと知己を得たので、井口総料理長を引っ張り出すべく、取材をお願いしてみた。関空、いや泉州の雄と呼ぶべき井口総料理長は、私の我がままにいかに応えてくれたのか。とくとご覧あれ。

オールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」(ホテル日航関西空港) 井口晃一
(ホテル日航関西空港総料理長)
「あま酒を初めて仏料理に使い
ましたが、味だけではなく、
もっと違う効果が得られたのに
はびっくり。
ナイフの入りといい、肉質の
柔らかさといい、まさにあま酒
パワーが出ましたね。
状態が変化していく様を見ながら、
もっと他のものにも試してみたいと
思いましたよ」

関西の玄関口のホテルで、料理を統括する人物

 

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長年飲食店を取材していると、料理人は明らかに二つのタイプに分類されることがわかる。一つは全てに前向きでチャレンジ精神が旺盛なタイプ、そしてもう一つは決められたことを淡々とこなし、変化を求めないタイプ。私はこれまで世になかった料理を創出したり、色んな素材や調味料でユニークなものを求めたりするので、前者のようなタイプが好きで、そのような料理人と深くつきあうことが多い。今回取材した「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長も前者タイプだと想像がつく。「ホテル日航関西空港」は、その名称からもわかるように関空と直結したホテルだ。館内は、ゆとりある空間を持って設計されており、シティホテルの風情を存分に有している。客室は柔らかな色調で統一され、寛ぎある雰囲気が印象的だ。同ホテルは、空港と徒歩直結されているために旅行の前後泊は勿論のこと、海外からの旅行者のもてないにも適している。ホテル内のレストランも充実。オールデイダイニングの「ザ・ブラッスリー」を始め、中華料理「桃季」、和食「花ざと」、鉄板焼「銀杏」とバラエティに富んでいる。販売グループの高橋直樹マネージャーによると、レストランは地元・泉佐野の人達に人気だそう。堺以南の泉州地区住民の利用も多いらしい。なので「ホテル日航関西空港」では地元生産者とのパイプを大事にし、泉州地域で産される野菜などを多用している。何を隠そう私もそんな縁から高橋さんや井口総料理長と知り合った。私は5年ほど前から泉佐野市役所の農林水産課と一緒に仕事をし、同地域の野菜のブランド化にも取り組んでいる。泉佐野といえば、やはりメジャーな施設は「ホテル日航関西空港」となり、このホテルの「ザ・ブラッスリー」で泉佐野産(もん)野菜を使ってメニュー化を図ってもらったりもしている。そんな縁もあって高橋さんらは、「名料理、かく語りき」の取材を心よく引き受けてくれたのだ。

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予め湯浅醤油・丸新本家の商品を「ホテル日航関西空港」に送っておいたので、その中から面白そうなものを井口総料理長がチェックし、彼なりのアイデアを駆使して仕上げてくれた。某日、ホテル側から「興味深い使い方の料理ができましたからお越し下さい」との報があり、6月の上旬に出かけた次第である。ここで断っておくが、このコーナーで紹介する料理は、あくまで「名料理、かく語りき」の取材用。つまり私へのスペシャリテである。なので、読者諸氏が食べに行ってもメニュー化されていない。ただ、このような料理を考える思考力が存在するわけだから、他の料理にせよ同等のレベルが食せると理解してもらいたい。それほど井口総料理長の料理は面白いのだ。
井口晃一さんは、昨年11月に総料理長のポストに就いている。現在、42歳というから料理長ならともかく総料理長には若くして抜擢されたことになる。料理人としてはこの日航ホテルからスタート。その後東京や大阪など街場の仏料理店を渡り歩き、10年前に古巣へ戻って来た。11階にかつてあった「ジェットストリーム」や、現在の「銀杏」(鉄板焼)で料理の腕をふるい、2019年11月からホテル全体の料理を監督する総料理長の立場になった。「作っているのが楽しいので、厨房に入る時間が減って少し寂しいですが…」とポロリ本音をもらしながらも「一皿の中で飽きさせないような変化をつける」をモットーに日夜メニューを考案しているそうだ。同ホテルは、数年前から近隣の素材を使おうと、地産地消に取り組んでいる。なので地元の農家も見学し、いいものがあれば仕入れたいと積極的な姿勢を見せている。素材感をいかし、ソースは色んな手法を用いながら作っていく。そんな料理が「ホテル日航関西空港」で、井口総料理長の下、展開されているのだ。

あま酒パワーで素材が変わる

 

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今回は、井口総料理長がホテル2階にあるオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」にて湯浅醤油・丸新本家の商品を用いたスペシャルメニューを披露してくれるという。料理は、「ビシノワーズスープ 熟成トマトのジュレ」「タスマニアサーモンのマリネとポーチドエッグのオランデーズソース」「鴨胸肉の低温調理 熟成パプリカソース」の三点で、発酵をテーマに企画したものだそう。しかも"優しい発酵"を心がけて調理したと話していた。
一品目の「ビシソワーズスープ 熟成トマトのジュレ」だが、これは夏に合わせた冷製スープ。井口総料理長は色使いがきれいで、見ただけで爽快感が伝わって来る。このメニューには、「白搾り」と「オリーブ金山寺」が使われている。乳酸発酵させたトマト(こうすることで昆布だしのような感じで旨みが乗っていくらしい)に「白搾り」を混ぜて旨みを足し、ゼリー状にしてビシソワーズ(じゃがいもの冷製スープ)に入れている。「湯浅醤油の『白搾り』は、一般の醤油のように加えても色が黒くならないから色鮮やかな一品に仕上がるんです」と井口総料理長。しっかりした旨みを有すので少し入れても味の引き立て役になるとのこと。旨みという点では、トマトだけでもいいのだが、「白搾り」を少し加えることでさらに旨みが増すことがわかったと話していた。「トマトの風味を残しながら『白搾り』の風味も出ます。両方のいい所どりとも言うんでしょうか」。
ビシソワーズスープに添えたグリッシーニには「オリーブ金山寺」が使われている。グリッシーニは、低温で転がしながら焼いていくようだが、金山寺味噌が練り込まれているからだろう。噛むときちんとその味が舌に伝わって来る。金山寺味噌の香りもほのかにし、まるで名古屋の土産品・八丁味噌プリッツを食べたかのような錯覚に陥りそうだった。井口総料理長は、金山寺味噌を入れて作ったパンもいいと話していた。「そこまで量は入れずとも十分その風味は伝わります。特に焼き立ては旨いですよ」と言う。

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二品目の「タスマニアサーモンのマリネとポーチドエッグのオランデーズソース」は、サーモンの柔らかさと透明感を持ち、鮮やかな色が印象的。井口総料理長によると、サーモンは、「あま酒」と塩を振って二日間風に当てて乾かすことで水分を抜きながらじわっと味を入れていくそう。その後、皮ごとフライパンでパリッと焼き、身だけは低温のオーブンで熱を加えていく。こうすると、皮目と身の間が白くなっていくという。サーモンは、焼いたというより生っぽさが残っているような透明感を持っている。これは「あま酒」の作用で、「酵素が生きている状態だからそのような雰囲気を有すのだ」と聞いてびっくり。ナイフがすっと入るのも「あま酒」効果らしい。火が入るとボロボロになるのに、これはすんなりナイフが入って身が柔らかい。井口総料理長も実は、甘酒を初めて仏料理に使ったそうだが、「ナイフがきれいに入り、身がグニャグニャにならないのは『あま酒』のパワーです」と言っていた。サーモンをこの柔らかさで食べることがないから、いかに「あま酒」が効果的に威力を発揮したのかわかる。ちなみにソースは、フランボワーズと「白搾り」、トマトを絡めて作ったもの。片や卵黄に「金山寺味噌」、バター、フランボワーズビネガーを加え作っており、温かいマヨネーズソースみたいで、ポーチドエッグにそれがうまくかかっている。こちらのソースは、卵がうまく残り、フランボワーズの酸味や爽やかさ、軽さがうまく融合したものになっている。「玉子ソースとフランボワーズソースは、決してケンカしない。逆に合わさることさらに旨みがアップします」と教えてくれた。これが井口総料理長の言う「一皿での味の変化を楽しむ」ものだと思われる。「同じ味ばかりでもいいですが、お客様が飽きてしまえば我々料理人は敗北を示したことになります。それよりはむしろ味を変化させることで面白く感じさせる_、そのように楽しんでもらえたら料理人冥利に尽きるんですよ」。

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三品目の「鴨胸肉の低温調理 熟成パプリカソース」には、「金山寺味噌」と「カカオ醤油」が使われていた。この料理は、鴨の胸肉に「金山寺味噌」を塗って真空パックで冷蔵庫に三日間寝かす。つまり自然に味噌漬けにするのである。新古敏朗さんによれば「一晩漬けた人は聞いたことがあるが、三日は初耳だ」とか。それを低温調理し、仕上げに加熱する。「丸新本家の『金山寺味噌』は間違いない味。一緒に寝かせることで肉質が柔らかくなる利点も得られます」と井口総料理長は説明する。
鴨肉の周りにあるパプリカソースがアクセント的になっている。下に敷いた大麦も「白搾り」とトマトで炒めたそうだ。この料理は「カカオ醤油」と鴨だし汁で合わせたソースがかかっている。「カカオ醤油」とは、文字通りカカオから造った醤油。カカオの風味を持っているからだろう、なめるとチョコレートの甘さがなぜか漂う。別に砂糖が入ってるわけではなく、塩分のあるものなのに甘さが脳裏を走るのは、カカオ=チョコレート=甘さの構図を誰しも持っているからかもしれない。このチョコレート風味漂う醤油を湯浅醤油ではまだ商品化しておらず、現在、同社で研究中、いずれ商品になると思われる。今回は、商品化模索中としながらも新古敏朗さんが試しに他の商品に交えて「ホテル日航関西空港」へ送っていた。それを井口総料理長が見つけて面白がってソース用に使ったのだ。「カカオ醤油は、ジビエなどクセの強いものに合わすといいでしょうね。鉄板焼で出せるなら驚きのある味として常連客に面白がってもらえるかもしれません。私は、今回、鴨肉のソースに使用しましたが、もう少しカカオの香味をいかした方がよかったかもしれませんね」と言っていた。私としては、十分よかったのだが、やはり職人はさらなる上を目指すからそう話したのに違いない。「もし商品化するなら、来年のバレンタインデーの企画に使ってみたい」と心ときめかせていた。

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「ザ・ブラッスリー」は、「ホテル日航関西空港」の2階に位置し、関空とも連結しているので使いやすい。空港利用者、ホテル利用者はもとより、泉州地区の人にも人気店として認知されている。和洋中の料理が集まっているのが特徴で、朝食・ランチ・ディナー・ナイトタイムとまさにオールデイダイニングとして利用されている。今回、井口総料理長は、この店のメニューを想定して私へのスペシャリテを考えてくれたのではなかろうか。「本取材の依頼を受けた時、金山寺味噌やあま酒を使い、旨みを乗せて加工した食材をいかに表現でるかと考えたんです。そこに発酵を利用し作成したソースやジュレを用いて調理してみました」井口総料理長は旨み(発酵)+旨み(熟成)の相乗効果で、食材の個性を追求できたと説明していた。食材の個性もさることながら「一つの皿の中で飽きさせない」という井口総料理長の個性がよく出て、かくも面白い三つの料理ができあがったと私は思っている。

  • <取材協力>
    オールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」(ホテル日航関西空港)

    住所/大阪府泉佐野市泉州空港北1 ホテル日航関西空

    TEL/072-455-1120(レストラン予約は9:00~17:30の間で)

    営業時間/オールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」
    営業時間/朝食5:30~10:00
         ランチ 平日11:30~14:30
             土日祝日11:30~15:00
         ディナー 平日17:30~21:30
              土日祝日17:00~21:30
         ナイトタイム 21:00~23:00
    ※新型コロナウイルス禍の影響によって営業形態や時間が変わっている可能性もあるので利用時は店に確認を。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい