97 2021年09月湯浅に「ドリーム」なるカフェレストランがある。湯浅醤油の蔵からも程近いので、時折り新古敏朗さんに昼食がてら連れて行ってもらっている。この店は、どう見ても喫茶店風なのだが、実は地元でも有名な魚自慢の店。聞けば、店主・辻本啓司さんが湯浅の漁師で、毎日釣り上げた魚をこの店用に持って帰るのだとか。漁師が営むなら、その味は折紙付き。釣った魚を湾内のハリ玉で生け越し、朝水揚げして来て店に出すのだから、まさに新鮮。その噂が大阪辺りまで轟いてもおかしくはない。以前、昼に食べた「日替り定食」に驚き、私が作った「漁師めし」という本でも取り挙げたことがある。今回は、湯浅醤油のHP用なので、例のアレもお願いして取材を試みた次第である。さて、「ドリーム」の店主は、湯浅醤油・丸新本家の商品で、新鮮な魚をどう料理するのであろうか。とくとご覧あれ…。

ドリーム 辻本ひとみ
(「ドリーム」スタッフ)
「鯛の煮付けを作ろうと思って
初めて『煮つけ濃口湯浅醤油』を
使ってみました。
濃口なので辛いのかと思いきや、舐めたら少し甘く、
煮付にはぴったり。
これなら他の調味料はあまりいらないですね」

釣り専門の料理が営む魚自慢の店

 

  和歌山県有田郡湯浅町は、日本の醤油の故郷。鎌倉時代に僧・覚心が中国の径山寺よりなめ味噌の製造法を持ち帰り、由良町の興国寺で金山寺味噌を造った。その味噌桶に溜まった汁に工夫を重ねてできたのが日本の醤油とされている。湯浅は、醤油発祥の地として知られているのだが、実は海の恵みがつむぐ町。眼前は紀伊水道にあたり、広い湾には広川が流れ込み、天然の良港として漁業で盛えている。私も度々、湯浅醤油の蔵へ訪れているが、海の幸が旨いといって新古敏朗さんが湯浅湾で獲れる魚をごちそうしてくれる。これが何よりも嬉しいのだ。

  湯浅の町中にある「ドリーム」は、その一軒で、喫茶店風の店舗にも関わらず新鮮な魚が味わえる。中でも「日替り定食」は、活魚の刺身が味わえる豪華版。桶風の大きな器に刺身や焼肉、煮物などが載って出て来る。ちなみにこの取材日は、活魚の刺身(アジの姿造り)に魚フライ、玉子豆腐といった内容であった。これが喫茶店風の店には似つかわしくないほどの新鮮素材で、あまりのギャップに私が編集したMook本「漁師めし関西版」(プレジデント社刊)に載せてしまったほどである。

1000円の「日替り定食」なのに、これほど新鮮な刺身が出る理由は、店主の話を聞いたら納得がいった。「ドリーム」を営むのは、辻本啓司さん・ひとみさん夫妻。辻本啓司さんは、現役の湯浅の漁師で、その釣った魚を「ドリーム」に持ち込み、奥さんのひとみさんが調理をするという寸法だ。トレトレピチピチの魚が出るわけだから、筆者が「日替り定食」を食べて感動するのもわかってもらえるだろう。

 そもそも「ドリーム」は、魚を出す店ではなかった。剣道の達人だった辻本啓司さん(国体にも出場したほどの腕前)は、ひとみさんと結婚して東京へ。30歳の時に独立して埼玉で店を開いた。その店は甘味喫茶やステーキを出す飲食店だったそうだが、調整区域になって立ち退きを迫られた。そこで43歳の折りに故郷の湯浅へ帰って来たのである。埼玉の店よろしく喫茶店風の「ドリーム」を立ち上げたのは、そんな経緯があったから。なので当初の「ドリーム」は、ステーキなど肉料理をメインにしていた。

辻本啓司さんは、故郷に帰って来て「船に乗らないか」と声をかけられたそう。小さな船で湾内での漁業だが、それが性に合っていたのだろう、今まで続いている。毎朝5時半に船を出し、13時頃戻って来るのが日課だとか。夫が釣りに行くから時折り「ドリーム」でサービスとして魚を出していた。あまりの新鮮さにその魚が評判を呼び、いつしか旨い魚を出す店として噂が広まった。辻本ひとみさんは、「なるべく獲れた姿のまま客に見せてあげたい」と言い、アジやチャリコ(小さめの鯛)なら姿造りにして「日替り定食」に出す。何とも大サービスで、漁師だからできる内容なのだ。

  港となる湯浅湾は魚種が多い。アジに、イサギ、ハマチ、ブリ、鯛、カンパチなどが釣れる。辻本啓司さんは、底曳き網はやらないそうで、もっぱら一本釣り専門。釣った魚は、一旦海にあるハリ玉と呼ばれる網に入れ、そこで泳がせてストレスを緩和する。そしてヌメりを取ってから水揚げするという。「水槽だと魚は痩せてしまいますが、ハリ玉は海中にあるので微生物の影響もあってか痩せません」と辻本ひとみさんが教えてくれた。そして翌朝、ハリ玉から水揚げし、「ドリーム」に持って来る。港と「ドリーム」の距離は車でわずか5分。締めてすぐの魚を出すわけだから、その味たるや想像がつくはずだ。「ドリーム」が魚の旨い店といわれる所以は、そんな背景にある。「昨日はアジを40匹釣りましたよ」と辻本啓司さん。「ドリーム」で料理するために釣っており、漁協にも売らないらしい。

  ある日、100匹魚を釣って来た。帰りに知人宅を10軒寄って、それぞれに魚をあげたのだとか。すると、「家に帰ると5匹しか残ってなかったんですよ」と笑う。そんな大らかさがいい。アジなどは姿造りにするが、鯛やハマチなど大きな魚が釣れた時は、切り身にして「日替り定食」の器に入れるそうだ。辻本啓司さんの話では、流石に湯浅でも一本釣り漁をする人は少ないらしい。一本釣りと網では三倍ほど値が違うそうで、スーパーで売っている切り身の魚に一本釣りのものはないだろうと話していた。「魚は締めてからの扱い方で味が変わります」と辻本啓司さん。直接氷をあてて冷やしてはダメで、氷を用いても海水で冷やすならいいそうだ。そして「釣ってすぐよりも翌日水から揚げる方がいい」と言っていた。まさに漁師ならではの言葉で、それが「ドリーム」で連日具現化しているのだから恐れ入る。

天然真鯛を柔しい味で煮付けに

 

さて、私はこの店でも例のアレをやろうとしている。辻本さんに取材を申し込んだ時に「湯浅醤油・丸新本家の商品を使って何か料理を作ってほしい」と頼んでいた。そこで「ドリーム」のスタッフ・森本ひとみさんらが、湯浅醤油の蔵のショップに商品を買いに行ってくれたのだ。彼女が買ったのは、「煮つけ濃口湯浅醤油」と「うす塩味紀州金山寺みそ」。この二つを用いて「天然真鯛の煮付」「真鯛の金山寺味噌焼」「茄子の和え物」を作ってくれた。

 まず登場したのは、大きな鯛。45cmほどあろうか、目方にして1.2kgぐらいはある。辻本ひとみさんは、「煮つけ濃口湯浅醤油」と酒、砂糖少しを合わせて鍋で煮立て、そこに鯛を丸まま入れて強火にて10分ほど煮込むと教えてくれた。

「煮上がってすぐにでも出せますが、少し味を染み込ませたいので寝かせます」。鯛はハリ玉から出して3時間前に締めたものを使っている。新鮮だから煮付けると身がはげてくる。「実は、この醤油を初めて使ったんですよ。ショップで『煮付用の醤油ありますか?』と聞いたらこれを薦めてくれたそうです。普通の醤油より甘味があって煮物には向いていそう。これなら他の調味料はいりませんね」と言っていた。「ドリーム」では、煮付をするのに酒をよく使うそうだ。「なめたら甘みがあったので、砂糖は気持ち程度しか使いませんでした」。辻本ひとみさんは、ラベルに濃口とあったので、もっと辛いのかと思ったそうだ。「でも、使ったらそうでもなく、丁度いいくらいの味だった」と話していた。

  湯浅を少しでも感じられるものをと、二品目は、「うす塩味紀州金山寺みそ」を用いた焼物を作ってくれた。前夜、味噌漬けの要領で鯛の切り身の両面に「金山寺味噌」を塗っておき、一晩寝かした。それを今、焼いて出してくれたのだ。鯛は淡泊なので薄味の方が合うと思って「うす塩味紀州金山寺みそ」にしたのだという。それを薄く延ばして塗って味を染み込ませて焼いている。前出の煮付といい、この金山寺味噌焼といい、味自体はきつくはなく、柔らかな味付け。極力魚の味をいかそうとして調味したと思われる。さすがは漁師の奥さんなのだ。

  茄子の和え物は、茹でて絞った茄子に「金山寺味噌」を絡めて作ってある。「ドリーム」では、この手の料理をよく出すのだとか。「今の時季は茄子がよく穫れるので『日替り定食』内の三品目に入れることが多いですね。冷やしておいたらあっさり食べられていいんですよ」。

  辻本ひとみさんに「ドリーム」のメニューを改めて見せてもらった。「サーロインステーキセット」に、「和風ハンバーグセット」、魚フライに、ナポリタン、カツカレー、エビフライとやはりカフェメニューが主体。でも昼は「日替り定食」が一番人気で、コレを求めて大阪から来る人までいるそうだ。「コロナ禍で宴会需要が減りましたが、本来なら魚目あてに宴会でここを使う人が多いのです」と辻本啓司さん。「漁師に知り合いがいないと、こんな魚をまず食べられない」とばかりに、宴会ではなくても夜は金額を伝えて予約する人も多いという。

  魚は全て天然物なので、その時、釣られたものがごちそうだと客もよく知っているのだろう。「スーパーの魚は食べられない」と言い、週に34回、「ドリーム」に刺身を取りに来る人がいたり、一週間に一度は必ず大阪から訪れる人までいたりと色々だ。高速代やガソリン代を遣っても十分値打ちがあると彼らは知っている。なので「ドリーム」まで車を走らせるのだ。「アラは炊いておき、時折り遠方から来てくれる人にあげるのです」と笑いながら話す辻本夫妻。この大らかさが「ドリーム」らしさである。

  • <取材協力>
    ドリーム

    住所/和歌山県有田郡湯浅町湯浅1838-8

    TEL/TEL/0737-62-4611

    営業時間/営業時間/9:00~21:00

    休み/月曜日

    メニューor料金/
    メニュー/
    日替り定食 1000円
    ドリームステーキセット 1500円
    ドリームハンバーグセット 1000円
    魚フライ 600円
    ポークカツ 800円
    スパゲティ ミートソース 700円
    エビピラフ 800円
    コーヒー 300円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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