79 2019年10月回転寿司が流行し、寿司を食べる人が増えたのはいいのだが、それによって弊害も出ている。寿司の価格が下落し、いいネタを用いた本格的なものとの区別がつきにくい人が多くなった。寿司屋はネタが命というけれど、きちんとした寿司屋がやっていけなければ、その文化自体が衰退してしまう。衰退といえば、箱寿司や押し寿司もそう。にぎり寿司一辺倒の世の中故にどうしてもそれらが安く思われてしまう。関西には古くから大阪寿司と呼ばれる文化があり、にぎりが江戸で流行するまでは箱寿司・押し寿司・杮(こけら)寿司の、いわゆる大阪寿司が主流だったのだ。実はそれを作るにはかなりの技術がいる。それをやらない職人は「箱が回せない」と言われ、技術も下に見られてしまうらしい。今回は大阪寿司の本流ともいうべき職人を取材した。今年の春、有馬温泉にお目見得した「有馬禅寿司」の店主・辻󠄀村昭紀さんは、いかに湯浅醤油の特徴をとらえ、大阪寿司に挑んでくれたのであろうか。とくとご覧あれ。

有馬禅寿司 辻󠄀村昭紀
(有馬禅寿司店主)
「「魯山人醤油は、一発目に辛さが
来るが、不思議とそれが残りません。
旨みの強いこの醤油は、造りで使え
ばその特徴がよくわかりますよ」」

有馬温泉に大阪寿司の本格派がオープン

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寿司といえばにぎり寿司_、いつのまにか人々の頭の中にそんな構図ができあがってしまった。ところがホンナレに端を発する寿司の系譜では、にぎり寿司の前に箱寿司ができており、江戸でにぎり寿司が流行するまでは箱寿司が一般的なものとして広まっていた。その箱寿司の類に押し寿司があったり、杮寿司(こけらずし)があったりする。それらは大坂で誕生したのか、大阪寿司と呼ばれることが多い。文献で大阪寿司と引いてみると、「江戸前のにぎりに対して木型を使った箱寿司を指す言葉」と書いており、ネタは生の魚ではなく、昆布締めにしたものや酢締め、焼いたものが主となっている。大阪寿司といいながらも関西での寿司屋は、大半がにぎり寿司で「や満祢」や「吉野寿司」などを除くと、大阪寿司をきちんと出している所が少ないのが現状だ。
有馬温泉に今春オープンした「有馬禅寿司」は、大阪寿司を主にした寿司屋。温泉街の需要を考えると鍋やにぎり寿司もあるが、店主・辻󠄀村昭紀さんは「本格的な大阪寿司を売りとしたい」と店を構えている。聞けば、北新地の「や満祢」で修業をしたらしく、山根昭二さんの薫陶を受けた歴とした大阪寿司の職人なのだ。有馬温泉では近年、外国人観光客が激増。和食の代表格でもある寿司を出す店がなかったことから有馬温泉観光協会の面々が辻󠄀村さんを誘い、路地の一画に「有馬禅寿司」を造った。建物の二階部分は、宿泊施設「小宿有楽」。芸妓の三味線が聞こえる古民家を改装したもので、三部屋だけのまさに"小宿"。欧米からのバックパッカーも含む素泊まりを目的とした観光客狙いの施設である。その一階部分がカフェの「チックタック」であり、この「有馬禅寿司」でもある店舗になっているのだ。

DSCF3467DSCF3470DSCF3510前述したように辻󠄀村さんは、「や満祢」での大阪寿司の修業を積んでいる。その後、コネチカット州の店や名古屋の店を経て再び「や満祢」に戻った。それから、神戸市北区八多町の「松しま」で雇われ、店を切り盛りしていたようだ。その時に常連客として訪れていたのが有馬温泉の面々。「今度、有馬千軒(素泊りの小宿)の第二弾を造るので、そこで寿司屋をやらないか」と誘われたのであろう、辻󠄀村さんは独立に踏み切っている。このような経緯を経て温泉街にこれまでなかったアイテムとして本格派の寿司店が誕生した。箱寿司というと、穴子の箱であったり、海老のそれであったりと思い浮かべ、どちらかというとにぎり寿司より格下のように思われがちだが、実はそうではない。単に活きのいい魚(生もの)を握るにぎり寿司より技術がいる。シャリに工夫を加えたり、ネタを焼いたり、昆布や酢で締めたりと、とにかく創意工夫が不可欠。その分、技術もいるし、経験も必要なのだ。例えば、「有馬禅寿司」の「高菜巻き(トロ・イクラ入り)」は、辻󠄀村さんの師匠・山根昭二さん譲りのもの。「や満祢」では高菜の親子巻き(鮭とイクラ)をしていたが、寿司屋らしい巻き物に変えようと、中をトロとイクラにしたそうだ。当然ながら師匠譲りの高菜巻も出している。加えて小袖寿司もこの店の特徴を表す一品だ。以前私が食べた時は鯖で作ってくれた。裏巻きにしたシャリに刻んだ大葉やガリを入れ、カリフォルニアロールを作るが如く仕上げていく。上には実山椒と鯖を載せ、形を整えて白板昆布を貼る。「今の寿司職人達は、小袖寿司を流行らないものだと思い込んでしまっているので作らないんです。でもこれも寿司文化を継承するもの。きちんと残して味わってもらう意味があるんですがね…」と辻󠄀村さんは言っている。辻󠄀村さんは、にぎり一辺倒になりつつある現在に一石を投じたくてこの店を始めた。「箱寿司をきちんと作っている所が少なくなりました。やらない寿司職人が増えたために箱が回せる人が少ないんですよ」と教えてくれた。辻󠄀村さんは、師匠の店「や満祢」でやっていた流れをこの店へ持ち込みたいのだ。ただ地域柄を考えると、大阪寿司ばかりとも言っていられない。なのでそれ以外も食せるようにメニュー組みをしており、殊に冬場は寒い地域なので鍋物も売れるだろうと期待した上でのメニュー構成になっている。「寿司屋は、お客様のわがままを具体化してなんぼ」というように客とのやりとりの中で寿司が出来ていく。ただ、常連にならないと、そのパターンもやりづらい。むしろ初めての人は三つあるコースを頼むのがいいかもしれない。ちなみに「禅」が5000円、「輝」は8000円、「雅」は12000円。このうち「禅」は、先付、にぎり4貫、茶碗蒸し、にぎり4貫、高菜巻、赤だしの順で出て来る。

魯山人醤油は造りとベストマッチ

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さて、この有馬の寿司屋に湯浅醤油の「魯山人」を持ち込んで、私用に料理を作ってもらった(取材用の依頼である)。作ってくれたのは「サンマの箱寿司」、そして「トロとイクラの高菜巻き」である。「有馬禅寿司」では普段、醤油に色んなものを加えて紫を作っているが、この日は「魯山人」でそれを味わった。辻󠄀村さんは、「この時期ならまだサンマがあるので(取材時点では9月下旬)」と言って箱寿司をサンマにしてくれたのだ。サンマは塩を振って酢を潜らせ、きずしのように作る。乾かせてから皮目を炙ってネタを仕上げるのだ。サンマとシャリの間には有馬らしく山椒が入っていて味のポイントになっているようだ。高菜巻きは師匠譲りの一品なので文句のつけようがない。こうして食べると、改めて大阪寿司には技術が必要だと実感する。

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辻󠄀村さんは「魯山人」を評価していて「一発目に辛さが来るが、不思議とそれが残らない」と感想を述べていた。旨みが強いのが第一の特徴で、それを体感するには造りがベストだそう。なのでこの日も初めにマグロ、鯛、タコの造りを出してくれたのだ。「造りを食べると、この醤油の良さがよくわかります。舌に醤油の味がいつまでも残らないのがいいですね」と述べている。
「魯山人」醤油を用いた料理が「牡蠣の有馬煮」と「鯛の荒煮」である。これらの料理は普段からあってその時は一般的な醤油を用いて作っているそう。いつもなら濃口と薄口の両方を使って調味するのだが、「魯山人」醤油なら薄口はいらず、「これ一つで十分」と話している。私の憶測ではそれだけ工夫いらずの良質醤油なのだろう。辻󠄀村さんは丸新本家の「金山寺味噌」にも目をつけているらしく、オリーブやわさび、ゆず、梅を用いたそれで料理を作ってもよかったと話してくれたぐらいだ。

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辻󠄀村さんは、現在、杮寿司(こけらずし)を試作中。11月5日に有馬で行われる「杮寿司復活のマスコミ発表会にそれを出す予定」だとか。杮寿司も大阪寿司の一種で、杮吹きの屋根のようにネタを重ねて作っていく。このプロジェクトには、私も旗振り役として参加しており、有馬の寿司_、いや兵庫県の寿司として復活劇がうまく運べば面白かろうと考えて有馬温泉観光協会やミツカン大阪支店と企画しているのだ。そのためには生粋の大阪寿司職人が必要で、辻󠄀村さんに白羽の矢を当てたことになる。杮寿司がどのような形で復活したかは、この取材の時点(9月下旬)ではわからない。むしろこの後の「食の現場から」に表現の場を移さねばならない。ただ言えることは、この復活劇には彼のような大阪寿司の職人技が不可欠ということだ。

  • <取材協力>
    有馬禅寿司

    住所/神戸市北区有馬町818 有馬禅寿司

    TEL/078-940-4561

    営業時間/12:00~22:00(21:30LO)
    ※なくなり次第終了

    メニューor料金/
    おまかせコース禅 5000円
    おまかせコース輝 8000円
    おまかせコース雅 12000円
    高菜巻き(トロ、イクラ入り)一本(3貫) 1000円
    鯖の小袖寿司 一本(6貫)850円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい