81 2019年12月先月「食の現場から」で紹介した有馬温泉の「温泉寺」をこのコーナーでも取り挙げることにする。有馬では、温泉と宿泊以外の楽しみ方をと、第三の魅力を開発。そこで"お寺で遊ぼ"と銘打って歴史ある寺院の別の顔を紹介している。「念仏寺」がカフェなら、こちらは普茶料理。たまたま「温泉寺」の住職である浅野英俊さんが宇治の「萬福寺」で典座長に長年就き、普茶料理の調理経験があったことからそれを打ち出し、新しい有馬の魅力に据えたのである。浅野英俊さんは、僧侶なので法事や葬儀など寺の主たる仏事の暇を見つけて普茶料理を出すことになる。なので必ず予約を入れねば、それを食べることができない。今回は、そんな浅野英俊さんが作る普茶料理に湯浅醤油の「生一本黒豆」と丸新本家の「白みそ」「赤みそ」を使ってもらった。料理歴のある和尚さんは、いかにそれらを使いこなしたのだろうか。

温泉寺 浅野英俊
(温泉寺住職)
「この味噌は、香りがけっこう
あって上等品。一般的なものだと、
ここまで香らないが、これは指で
ちょっと味見しただけでいい
匂いを発しています。
今回は粟麩の色も考慮して
白と赤を合わせ、田楽味噌を
作ってみました。」

有馬最古の寺で精進料理を

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有馬温泉には、寺町と呼ばれる一角があってそこに歴史ある三つの寺が隣接している。黄檗宗の「温泉寺」、浄土宗の「念仏寺」「極楽寺」がその三つで、「念仏寺」は太閤秀吉の政所・ねねの別荘跡に建ち、「極楽寺」は蒋介石の書が残る寺として知られている。もう一つの「温泉寺」は、有馬では最古の寺といわれ、歴史ファン垂涎の的でもあるのだ。「温泉寺」は、聖武天皇の治世だった元亀元年(724)に行基によって開かれている。万病の薬ともいわれた温泉が湧くことから、その湧き口に薬師如来像を祀るためのお堂を設けたのが寺の始まりだそう。住職の浅野英俊さんの話では、もともとは真言宗の寺だったそうだが、明治の初め頃に禅寺となり、黄檗宗の寺院として今日まで来ているとのことだった。歴史的に価値があるのだろう、本堂前には平清盛が建立したと伝えられる石造五輪塔が見られるし、本堂には重要文化財の薬師如来像と十二神将像がある。
ところで黄檗宗というと、その大本山は宇治の「萬福寺」にあたる。この寺は歴史的価値もさることながら普茶料理が食せることでも有名だ。普茶料理とは、普(あまね)く大衆と茶を供にするの意味から名づけられた料理で、いわば精進料理の一種。隠元が長崎の寺にやって来た時に中国の精進料理に日本や南蛮のエッセンスが加わって生まれたものだ。そう説明すると、「卓袱(しっぽく)とどう違うの?」と聞く人がいるが、普茶料理はなまぐさを使わない点でかなり異なるとでも言っておこう。

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「萬福寺」では、婦人方を中心に普茶料理に人気があり、それを目的に訪れる人も多い。コースで出しており、「麻腐(まふ)」や「箏羹(しゅんかん)」、「油茲(ゆじ)」、「雲片(うんぺん)」と普茶ならではの料理が順に出て来て、基本四人一卓で食べることになっている。「温泉寺」は、「萬福寺」の末寺にあたるため、普茶料理を提供してもおかしくなかろうと言う声が有馬温泉内にあり、昨秋からそれを出すようになった。昨春、自身の寺に本格的に戻って来た浅野英俊さんが「萬福寺」で典座長を務めていたこともあって普茶料理には「腕に覚えあり」だったこともその要因だ。久しぶりに腕を振るおうとばかりにそれを出し始めたのだ。ちなみに、この話は前回(第79回)の「食の現場から」に書いているのでそちらを読んでほしい。
昨年10月に"お寺で遊ぼ"と題し、有馬温泉で記者発表を開き、そこから各媒体に載ったので普茶料理と座禅体験を楽しみたい向きが連日のように訪れているらしい。浅野英俊さんの仕事はお坊さんなので、当然仏事が主。だが、このサブ的な仕事(普茶料理の提供)の申し込みが多く来ており、「なかなか休む暇がない」と嬉しい悲鳴をあげていた。ちなみに「温泉寺」では、四人一卓から一人5000円で普茶料理の予約を受け付けている。三人一組でもやってくれるが、一人でとか二人でとかは不可。要予約で11:30~13:30の2時間が対応可能な時間帯である。

 

味噌と醤油を普茶料理に用いる

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さて私は、この多忙な和尚さん相手に、いつものように湯浅醤油と丸新本家の商品を使って料理を作ってくださいと申し入れた。普段ならそんな無茶振りは聞いてくれないのだろうが、私が"お寺で遊ぼ"の企画を行ったこともあって知己もあったので取材用にと二品のみをその要望として取り入れてくれたのだ(これはあくまで取材用なので普段は行ってくれない)。
浅野英俊さんが私のわがままを取り入れて特別に調理したのが「粟麩」と「柚子釜」の二つ。「粟麩」は箏羹(しゅんかん)にあたる一品で、上に載せた田楽味噌を丸新本家の「白みそ」と「赤みそ」を合わせて作っていた。浅野英俊さんによれば、「白みそ」と「赤みそ」を合わせ、酒・砂糖・あたりゴマ・みりんを加えて田楽みそに仕上げたそうだ。味噌は同割ではなく、「赤みそ」を多めにし、濃さや辛さを取るのに湯煎したと話していた。「この味噌は香りが強くて上等品。一般の味噌ならここまで香らないでしょう。指でちょっと味見しても香るくらいで、舌にも十分旨みが残りますね」と使った印象を語ってくれた。甘みのある「白みそ」でやってもよかったが、粟麩が白いので映えないと思い、「赤みそ」を混ぜて田楽みそにしようと思ったようだ。生麩なので少し硬めにして載せたのだという。

一方、「柚子釜」の方は、湯浅醤油の「生一本黒豆」を使ってポン酢を作り、具材を調味している。柚子釜の中には、ホウレン草・菊菜・しめじ・生湯葉・柚子皮が入っている。「生一本黒豆」とたまり醤油、利尻昆布、梅干、米酢、柚子でポン酢を作り、それで具材を和えてから柚子釜に入れて提供する。この料理は普茶の中では浸菜(しゅんつぁい)にあたる一品。器に見立てた柚子の色がきれいで、うまくこれらの和え物がいきている。偶然だが、浅野英俊さんはお寺で「生一本黒豆」を以前から使って料理をしていたそう。なのでこの醤油の味を知っており、ポン酢は何なく完成したという。「生一本黒豆は、味が濃く、香りが立っています。自家でポン酢を作るなら味が濃い方がいいですからね。私達はどうしても京都で修業をしていたせいか、薄口醤油を多用することがよくあって濃口はあまり使わないんですよ。だからこの濃口醤油(生一本黒豆)が届いた時には、ポン酢にしようと決め、柚子釜で使用することにしたんです」。

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今回は二品だけという約束だったので、「温泉寺」では「生一本黒豆」と「白みそ」「赤みそ」の三商品しか使わなかったが、浅野英俊さんが「あの金山寺は旨い!」と感心していたのが「具だくさん金山寺味噌」だった。「文字通り具が沢山入っていていい味になっていました。あっさりしていて甘みも深くない。だから食べ飽きないんですよね」。本来はこれを用いようかと思ったそうだが、あまりの完成度にあれこれさわるのが勿体なく思い、結句、自身のおかずに食べてしまったのだと笑っていた。
前述したが、普茶料理は精進なので動物性のものがない。なので作り手の知恵としてそれに似せたもどき料理がある。もどきには、鰻の蒲焼を思わせるうなぎもどきや、紅生姜を天ぷらにして沢蟹に見せた沢蟹もどき、茶素麺で栗のいがいがを表すいが栗いがもどきなどがある。「雲水はなまぐさを食べることができないからこのようにして調理をし、それを味わったかの如く凌いだのです」と話すように単なる料理を食べるだけではない楽しみが普茶料理にはあるのだ。やはり献立の主になるのは普茶料理の代表格である麻腐(ゴマ豆腐)で、これも東西で作り方が異なるという。「関東は強めにゴマを煎る。京都は薄くゴマを煎るので麻腐はまっ白に仕上がるのだ」そう。浅野英俊さんは、飛龍頭(ひろうす)をお玉を曲げて長く細くし、そこにタネを入れて作っていくという。飛龍頭の中身は、裏漉した豆腐に、芋でつなぎをし、人参、ゴボウ、きくらげをみじんに叩いて入れる。この形のお玉でないと、うまく飛龍頭ができないそうで、その理由を尋ねると、「その漢字の通り丸かったら飛ぶ龍の頭にみえないでしょ」と答えてくれた。一つの料理ジャンルだけでこれほど「なるほど」と頷くことが一杯ある。食べるだけに終わらず文化的なことも味わえる_、それが普茶料理のいいところだ。

 

 

 

 

 

 

  • <取材協力>
    温泉寺

    住所/神戸市北区有馬町1643 有馬山 温泉寺

    TEL/078-904-0650

    営業時間/普茶料理提供時間/11:30~13:30、要予約

    メニューor料金/
    普茶料理コース 一人5000円(四名一卓で申し込みを)

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい