83 2020年02月世のオフィス街には、昼食難民が溢れている。そう書くと、こんなに店があるのにと思う人がいるだろう。でもいずこも決まって唐揚げやとんかつ、焼き肉を主とした定食ばかりで、いくら野菜やバランスのいい定食が食べたくてもそれがままならぬのが現状である。三宮のオフィス街にある「iro-hanaかふぇ食堂」は、店主の吉川哲雄さんが和食の技法を用いながらも色々な食材を使ってバランスのいい定食を提供している。なので周辺のOLなどがどっと押し寄せ、昼は常に満席状態になっているそうだ。飲食店にも関わらず、なぜか店内にランニングシューズを陳列し、店で売っているのもユニークな点。取材するとその理由と定食の関係が上手く結びついた。今回はそんな不思議な店で、「魯山人」や「白あえみそ」などを使って私だけのスペシャリテを作ってもらった。

iro-hanaかふぇ食堂 吉川哲雄
(iro-hanaかふぇ食堂マネージャー)
「柚子梅つゆは、ありそうで
なかった調味料で、まさに斬新。
使ってみたいとのワクワク感に
かられました。アレンジも利くので
色んな料理に対応できそうです」

アスリートでもある、和の職人がバランスのいい定食を出す

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昼食を提供する店は数あれど、どこへ行っても唐揚げ定食だの、とんかつ定食だのと、同じようなものばかり。巷では、あれだけ野菜を摂りなさいと言っておきながらそれに準じた店は少ない。出て来るのは、皿にドンととんかつが載り、千切りキャベツが添えられているのが関の山。食事のバランスなんて考えておらず、食べる側としては昼食に栄養バランスを求めてはいけないのかとさえも思ってしまうくらいだ。まさに世は別の意味での昼食難民を輩出しているとも言えなくはない。
神戸・三宮にある「iro-hanaかふぇ食堂」は、バランスのいい食事を提供している店として注目を集めている。特にランチは秀でており、20品目以上の食材を使ったバランスのいい定食が地域のビジネスパーソンから評判を呼んでいるのだ。「iro-hanaかふぇ食堂」は、国際会館の通りを少し東に行った磯上通にある。店に入ると、なぜかシューズが陳列されている。マネージャーの吉川哲雄さんに聞くと、これらは、スイスのランニングシューズ「On」の商品らしい。「On」
は、ナイキやニューバランスに挑む新興勢力で、足に優しい点からこの店のコンセプトに合っていると思い、販売することにしたのだと吉川さんは説明していた。「履き心地のいいシューズで、安定感があります。普段使いからレースまで、どんなシーンにでも適応するんですよ」と吉川さんも薦めている。「iro-hanaかふぇ食堂」を営む吉川さんは、歴とした日本料理の職人だが、アスリートの経験もある。高校時代は、ホークスやジャイアンツで活躍した杉内俊哉投手とともに甲子園に出場しているのだ。吉川さんは、徳之島の出身で鹿児島実業を卒業し、調理師を志して、大阪へやって来た。20歳で一念発起し、東京へ転出したのもこのままでは料理人としての将来像が見えなかったからだ。東京でいい師匠に出会い、本格的日本料理の職人として邁進。高い技術も習得し、このまま進んだらある程度の出世は見えて来たらしい。ところがそれ以上に自分のしたいことが見つかり、独立を決めた。仕事をしながら身体を鍛えるべく始めたトライアスロンで、「このレースを完走したら独立しよう」と考え、見事、佐渡国際トライアスロン大会で完走する。そしてバランスのいい食事(定食)を提供する店を三宮に設けたのだ。「Onを履いてからケガがなくなったので、このシューズを知ってもらいたく、飲食店なのに商品を展示して直販するようにしました」と話している。なぜに飲食店なのに靴の販売をしているのかが、これでわかってもらえるだろう。

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ところで肝心の飲食の方であるが、「iro-hanaかふぇ食堂」では、バランスを考えた定食をメインに提供している。例えばランチは「バランス定食」が1000円。これは豆乳ジュース、サラダ、小鉢3種に、メインとして肉料理があってご飯、味噌汁、漬物が付いて来る。1200円の「iro-hana定食」では、小鉢が4種になり、メインが魚料理に。「iro-hanaデラックス定食」(1500円)は他は「iro-hana定食」と同じでもメインが肉料理と魚料理の二つが出て来るようになっている。夜も一品料理があるものの、やはりコンセプトの通り定食が主商品となり、「iro-hana晩御飯定食」(1500円)と「iro-hana晩御飯デラックス」(1800円)がオススメのようだ。「昼食時はかなり来ます。開店するとすぐに満席になるくらい。健康を気にする人が多いからでしょうか、やはり女性には人気がありますね」。同店が位置する磯上通は、三宮のオフィス街にあるからか、はやり冒頭に書いたような昼食難民が多かったと思われる。そんな向きには、色んな食材が使われ、身体に優しいこの店の定食はぴったりだったのだろう。
吉川さんは、名のある師匠のもとで日本料理の修業をし、ホテルや割烹で板前を務めて来た。そんな人が独立するなら、日本料理店になるのが既定路線だ。でも彼は、日々の定食を出す店をコンセプトに定めた。「自分がやりたかったのは、毎日のご飯が食せる店で、ここに来れば楽しく、ワイワイとやれるのがいい_、そんな雰囲気を作りたかったんです。いくら定食といえども和の職人が作ることできちんとしたものが提供できます。大半の和の職人は、割烹を開くかもしれませんが、私はそこを目指したくなかった。あくまでも大衆にバランス感覚のあるものを提供したいと思ったんですよ」。吉川さんは師匠から受け継いだ和の技法を用いながら日々のメニューを考えている。そこがこの店の特徴でもあるのだ。

食べると違いがわかる吉川さんの料理

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さて、私は吉川さんにもあらかじめ湯浅醤油と丸新本家の商品を渡しておき、この取材用に私だけのスペシャリテを作ってもらった。当日伺うと、出て来たのは「豚しゃぶサラダ」「豚角煮」「茄子と大根のミルフィーユ仕立て」の三品であった。まず「豚しゃぶ」であるが、これは「柚子梅つゆ」を用いたもので、それをゼリー状にし、レッドキャベツ・貝割れ大根・大葉・みょうが・芽ねぎ・紅たて・ラディッシュを盛ったサラダにかけている。「鰹だしと『柚子梅つゆ』を合わせたもので豚肉を和え、肉に味をつけておきます。茹でただけなら物足りなく思ってしまうので、あえて味わいをつけているんです」。そこに大葉を入れて、色んな野菜と盛り合ける。そして「柚子梅つゆ」と鰹だしをあわせたものをジュレにして野菜にかけて食すのだ。「柚子梅つゆ」と鰹だしの割合は1:2だとか。すっぱくもなく、しょっぱくもなく、夏に向けては適した一皿になっている。吉川さんは、サラダを食べて野菜不足を補ってほしいので、「柚子梅つゆ」の酸味をいかした一品に仕上げたようだ。「梅と柚子という、ありそうでなかった組み合わせの調味料で、ワクワク感が出ましたね。味見したときにすぐにサラダを作ろうと思いました」。吉川さんに聞くと、アレンジの利く調味料だそうで、色んなものに対応できると評していた。豚肉は疲労回復にいいそうで、春から夏にかけてはこのサラダが生きそう。すっぱすぎると、味がまとまらないのであえてポン酢で割って酸味を抑えたとも話している。

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次に「豚角煮」は、「魯山人」醤油で調味したもの。吉川さんは、その醤油の風味を引き立てようと、その味がストレートに出る角煮を提案してくれた。豚肉は5時間以上蒸し、鰹で作った特製だしと「魯山人」、きび糖で合わせたもので2時間程煮込む。これを一晩寝かせることでその味を含ませている。それを当日再度温めてから出して来たのだ。「普段なら生姜やねぎを使うのですが、今回はあまり使わずに煮込みました。煮込時間は2時間が限度で、それ以上すると濃い味になってしまうのです」と言う。豚肉を初めに蒸したのは、煮ると味のばらつきが出るからと、水分が減ってしまうことを懸念して。吉川さんによると、蒸す作業を入れると味がぶれないそうだ。それに蒸すことで柔らかくなるのと臭みを取る効果も有しているという。このように下処理をきちんとしてから改めて調理にかかるのが、和食の職人っぽい仕事である。そういえば、中華の世界では、いい食材は炒めずに蒸して調理する。そんな点もわかってのこの下処理だろう。「魯山人醤油を味見してびっくりしました。上品な味わいで切れがいい。これまで色んな醤油を使いましたが、これは別格ですね。濃く思うが、しょっぱくはならず、上品な味わいに調味できる。これならいらぬ調味料を使わなくて十分いい味が出せますよ」。吉川さんは、店で常にきび糖を用いている。それは徳之島出身だから親しみを持っていることにもよる。きび糖は沖縄産で、豚肉も沖縄のもの。徳之島の実家では塩を作っていたり、弟が蜂蜜づくりをやっていたりすることもあってやはり出身地産のものが所々に使われていたりしている。

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三つ目の「茄子と大根のミルフィーユ仕立て」は、「白あえみそ」を味見して思いついた素材をうまく重ねて創作している。風呂吹き大根もいいし、茄子で使ってもいいと考えているうちに、いっそのことなら二つとも作って重ねたら面白いと、ミルフィーユ仕立てを思いついたそうだ。「白あえみそ」ときび糖に、ピーナッツを砕いたものを合わせて煮る。こうすることで味噌が一体化し、ピーナッツの食感が加わったものになる。それを皿に敷き、米の研ぎ汁で炊いた大根を載せ、その上に素揚げしてだしと塩で炊いた茄子を置く。これをもう一重載せて、上から味噌をかけていく。味噌がかかった茄子は、田楽のイメージで。甘めの味噌が合うように設計されているのだ。風呂吹き大根も同様の印象で、互いに重ねて出すことで、あっさりしたもの(大根)と油のあるもの(茄子)がうまく絡み合い、食感の違いを出してくれる。「徳之島では、ピーナッツと味噌を合わせたおかずをよく食べるんです。風呂吹き大根の味噌にピーナッツが入ったのは、そんなイメージから。向こうは、かなり甘いですが、今回は砂糖をそこまで使わないので甘さは抑えられています」。

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これらの三品は、見ためには斬新さはないが、食べると一般の料理とは違いがわかるものになっている。そこには和の職人の丁寧な仕事が隠されており、素材や調味料を引き立てる技が表れている。こういった感じで作られたものが日々、定食として提供されるのだから評判が立つのもわかる。吉川さんの話では、「iro-hanaかふぇ食堂」のコンセプトを大衆に伝えるのは時間が少しかかったが、メディアで取材されたことにより、彼が作りたいものが徐々に伝わったようだ。予約は取っていないそうだが、開店して10分で席が全て埋まるといい、昼は二回転半もするらしい。ランニングシューズ「on」を取り扱っている世界で唯一のレストランとしてやって来たものの、和をうまくいかしてバランスよく作った品々を見て、彼は只者ではないと認識を新たにした次第である。「こんな定食屋が事務所付近にあったなら」との言葉は、一度来ればすぐに理解できるはずだ。

  • <取材協力>
    iro-hanaかふぇ食堂

    住所/神戸市中央区磯上通6-1-17 iro-hanaかふぇ食堂

    TEL/078-222-5289

    営業時間/11:30~14:30、17:30~21:30

    休み/日曜日

    メニューor料金/
    メニュー/バランス定食 1000円
         iro-hana定食 1200円
         iro-hanaデラックス定食 1500円
         iro-hana晩御飯定食 1500円
         iro-hana晩御飯デラックス 1800円
         野菜の小鉢あれこれ 680円
         ちりめんとナッツの入ったグリーンサラダ 680円
         胸肉のチキン南蛮 780円
         厚切りロースのトンテキ 980円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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