153 2026年07月湯浅醤油のお膝元・和歌山県でこのコーナーの取材を敢行する事が多くなっている。和歌山は食材の宝庫といわれるが、それに比例してか、いい料理屋が集まっているように思う。今回は、地産地消や和歌山のストーリー性を重視して調理を行う「いず美」が舞台。店主の池浦康裕さんは、福岡出身ながらも人との縁で関西に来て和歌山の素材に魅せられた日本料理の職人だ。「紀州の旬を和の技で_、だしにこだわる和歌山の味わい」をキャッチコピーに繁華街ではない住宅地で本格的な割烹料理を繰り広げている。今回は、和歌山の食材とストーリー性、そして湯浅の調味料をテーマに美食体験記を書く事にしたい。

いず美 池浦康裕
(「いず美」店主)
「ボルドーで造った
『SHINKO NOIRE』は
初めての体験。
加熱したくないとの思いを
封じ込めて強火で煮詰めて粉末化し、デザートに使ってみました」

縁を紡いで和歌山に辿り着いた和の職人

職業柄というか、長年の経験値というか、いい店は入ってすぐにわかる。まだ何も食べていないのに「旨い!」との感覚が頭をもたげて来るのだ。先日、新古敏朗さんに教えてもらった和歌山市の「いず美」もそう。店に入ってカウンター席に通された瞬間にそんな感覚が芽生えたのである。そもそも「いず美」は和歌山中央卸売市場で仲買い人(魚介類の卸し)を務める中井一統さんからの紹介。目利きはもとよりかつてフレンチの料理人経験もある中井さんは、飲食店の欲する魚介類がわかっている事からいい魚を届けてくれると、各所のシェフ達から絶大な信頼を得て取引を行っている。「いず美」の池浦康裕さんも同様で、「連絡を密に取り合いながらいい魚や面白い素材を回してもらっている」ようだ。そんな中井さんが、この所高く評しているのが和歌山市黒田にある日本料理店「いず美」らしい。中井さんからの評価を聞いて新古敏朗さんも食事に出掛け、「これはいい!」と思って私に取材を依頼して来たというのが事の成り行きである。
「いず美」は、和歌山ICから車で10分くらいの地にある。最寄り駅はJR和歌山駅だが、歩くと15分くらいかかるというからほぼ徒歩では訪れないようだ。新古敏朗さん曰く「和歌山は車社会なので」との言葉からも店前には数台の駐車場があって大半は車利用者だと思われる。「いず美」は住所表記だと、和歌山市黒田261-2となるが、住所を聞いたとて県外の人にはいささかわかりづらいかもしれない。戦国期には、この近くに太田城があって羽柴秀吉が水攻めを行った事で知られている。しかし、今は城があるわけでもなく、来迎寺が本丸跡となっており、そんな説明をしても余計に混乱を来すかもしれない。要は和歌山ICを出て市街地へ抜ける市駅和佐線を走っていれば着くのだ。とはいっても市駅和佐線沿いではなく、ちょっとだけ入った住宅地の中に建っている。池浦さんの話では、「独立するにあたってあえて閑静な地を選んだ」そう。県庁近くの市街地は飲食店も多くて雑多な印象が残る。それよりは落ち着いた雰囲気でゆっくり食事を楽しんで欲しいとの思いで、住宅街の中の一軒家を選んだらしい。

「いず美」がこの町にお目見得したのは2025年7月24日で、まだ一年ぐらいの新店ながらも既に評判を高めており、取材日の時点でランチは1カ月先まで埋まっていた。ディナーも上々の評判で、これまた結構埋まっているというから和歌山でその名を浸透させているのだろう。同店は、カウンター8席、個室が最大で10名利用できるという陣容だ。私はカウンター席に案内されたのだが、この店のカウンターがなかなかユニークな設計になっている。何んとカウンターに欄間がはめ込まれているのだ。「店を作った大工さんが欄間の収集家で、彼の提案で欄間をはめたカウンターができたんです。結構古い作品と聞いています」と池浦さんが話していた。見ると“松寿翁”作となっていた。池浦さんは、前職では厨房の中ばかりの仕事だったのでカウンター仕事にはこだわりたかったらしく、「お客様との会話を大事に手に届く範囲でやりたい」と言っていた。これまでホテルや大箱の店では客席と厨房が分離しており、顧客との接点が身近かではなかった。自店を持つならば、そんな乖離具合いを解消したいとカウンターでの仕事を望んだようだ。

今でこそ和歌山に根を張る池浦さんだが、出身は福岡と、全く縁がなかった。高校時に焼肉屋でアルバイトをし、その時に葱を切る役目を任せてもらったのが料理人人生に繋がって行く。「とにかく葱切りが楽しかった」らしく、その時の店長の伝手で博多の割烹を紹介してもらい、和食店に料理人として就職した。三年後に福岡にホテルモントレーができるとの話を聞き、伝手をいかしてそこの厨房に移っている。モントレーでは21歳から25歳まで働いたようだ。「ホテルで働いていると、大阪から来た和食職人と知り合いになり、その人から『日本料理をやるなら大阪へ出るべき』とアドバイスされたんです。出身地から離れて関西へ出るべきかどうか相当迷ったのですが、技術力向上のためにも伝統的和食の地である大阪に出てみようと思いました」と修業時代を振り返ってくれた。そのアドバイスをくれた人が10軒ぐらい紹介してもらった中に北新地の全日空ホテルがあって大阪での仕事をホテルからスタートしている。それから泉佐野にあった系列のゲートタワーホテルに移り、都合三年程大阪での仕事を楽しんだ。「全日空ゲートタワーホテル時代の先輩が和歌山出身の人で、和歌山市内にある日本料理店『ちひろ』の料理長に就任するというので彼を慕って『ちひろ』に移籍しました。それが和歌山に根づくきっかけですね」。池浦さんが勤めた「ちひろ」は和歌山では有名な店。紀州の山海の幸をうまく使って地産地消をテーマに接待などに使える日本料理店として名を馳せている。鍋料理にも強く、特に先代が元祖ふぐ料理として始めた点もあって、てっちりは名物となっている。そんな店で池浦さんは二番手として働き、懇意にしていた先輩が抜けてからは31歳で料理長に昇格して「ちひろ」の厨房を切り盛りした。「個人的にはそろそろ独立をと考えた時期もあったんですが、仕事が多くてなかなか辞めづらい雰囲気があったのは事実。そうこうしているうちに『ちひろ』が事業を拡大し、それと共に料理人も増えたので、このタイミングでと独立を申し出ました」と池浦さん。物件を探している中に丁度今の建物が見つかって閑静な住宅地の中にポツンと建つ一軒というイメージにも合致したので、全面的に改装をし、昨年の夏に念願のオープンを果たした。これまで厨房内での仕事ばかりだった反動もあってか、今では和の技を眼前で披露したり、顧客との会話を楽しみながら仕事に興じている。食事はオール予約制(前日までに要予約)で、会席料理を提供。その他にてっちりやクエ鍋、鱧鍋、熊野牛のしゃぶしゃぶも提供している。「特にこだわっているのがご飯で、信楽焼の土鍋を用いて一組ごとに炊きます」。使用する米は、魚沼産コシヒカリなど色々と使っているそうだが、昨年は和歌山県安原の「にこまる」を炊き、なかなか好評だったそう。「にこまる」は甘みがあって粒が大きく、モチっとした食感。なかなか人気の米ですぐになくなってしまうのが玉に瑕(きず)らしい(笑)。「いず美」としては、地産地消とストーリー性を重視したいので在庫さえあれば使いたいようだ。「魚は中井さん(カネナカ水産)と頻繁に連絡を取り合いながら和歌山の魚を使うようにしています。田之浦の漁師からもいいのがあれば仕入れますし、衣奈漁港の大江水産からももらっています。和歌山は底曳き綱が主流で一本釣りが少ないのがネックですが、信頼できる業者さんとの取引によっていい素材が入荷できているから、自信を持って提供できるんですよ」と話していた。「いず美」では和歌山素材にこだわり、できればストーリーのある食材を使いたいという。それらを調理して作家ものの器で提供するのが信条のようだ。

醤油で香りづけをし、金山寺味噌で辛みを持たせる

サ2

さて、私はいつものお約束通りに湯浅醤油・丸新本家の商品を用いて池浦さんに私だけのためのスペシャリテを作ってもらおうとしている。なのでこれから紹介する料理人には、メニュー名は存在しておらず、中には即興的なものも含まれている。取材日に「いず美」が用意してくれたのは、①アスパラの燻ししょうゆ 黄身酢掛け②紀伊水道の鱧カツ③紀州和華牛の味噌幽庵焼き④SHINKO NOIREと熊野の塩のパンナコッタの四皿である。①には燻製醤油である「燻(いぶし)」と「青唐辛子金山寺」が、②には「魯山人」と「白みそ」、③には「海中熟成しょう油」、④には「SHINKO NOIRE」が使われている。
まず一つめの「アスパラの燻ししょうゆ 黄身酢掛け」であるが、これには今年になってから気に入って使い始めたという布引のアスパラガスを主役にしていた。布引は紀三井寺の近くにあって大根(わかやま布引だいこん)が有名。その地ではアスパラガスも栽培しており、春先から6月の終盤まで収穫されている。この特産品を塩茹でし、黄身酢を掛けて作ったのがこの一皿で、上にはクリームチーズといぶりがっこ、「青唐辛子金山寺」を和えてペースト状にしたものが載っている。「香りづけに使いたくて『燻』を数滴垂らしました。チーズと和えてしまうと、マスキングされて燻製香が弱くなってしまうので、ここでは最後に垂らす行為に留めています」。池浦さんは燻製醤油を気に入っており、時折り「燻」を料理に掛けて提供するらしい。「何を使っているかあえて言わずに出します。お客様が燻した香りがすると言うと初めて種明しするんですよ」と笑ってそのお気に入り度合いを説明していた。今回初めて使ったという「青唐辛子金山寺」もなかなかの気に入りよう。今回はクリームチーズの甘ったるくなりがちな点を締めるように使っており、「ピリッとして辛みがアクセントになって柚子胡椒っぽく使える」と言っていた。この一皿については「醤油で香りづけて、金山寺味噌で辛みを持たせるのがポイント」らしい。

二皿目は、この季節らしく鱧を用いたもの。前述したように池浦さんは和歌山の食材を使いたいらしく取材用でも紀伊水道で獲れた鱧をうまく使用したいと思ったようだ。骨切りした鱧を折り畳み、皮目が外側になるように身と身を合わせて厚みを出した。それにパン粉をまぶして揚げていた。「鱧をそのまま使うと食べた時はパサつきが出るので二つに折り畳んで使用したんです。この方がパサつきを抑えられますし、身に厚みも感じ易くなります」。鱧カツの上には叩いたオクラと南高梅を載せ、皿には「海中熟成しょう油」と鰹だし、スダチと柚子の果汁を合わせたソースを作って敷いていた。このソースは、揚物なのでさっぱり食して欲しいとの思いから作ったもので、何となくぽん酢のような雰囲気を醸している。「ストーリー性がある商品なので『海中熟成しょう油』は余りさわらず、そのままの個性を出したいとソースを設計しました。料理人としては本来あれこれとさわる方が取材的には面白いのかもしれませんが、完成度が高いのでそのまま使わせてもらいました。醤油は海中で熟成した分、丸くなっています。トゲトゲしさが全くなくて丸みがあるのがいいですね」。

ソ2

三品目のメイン素材は、和歌山県産の紀州和華牛だ。この牛肉は、口溶けのいい脂と赤身の旨さを追求したもの。HPを見ると、和歌山県内の食品製造副産物を活用する事を通じて循環型農業を確立し、地域の循環不荷を軽減すると書かれている。この食品製造副産物の一つが湯浅醤油から出る醤油かすで、餌に醤油かすを混ぜて食べさせて育てているというわけだ。「いず美」では熊野牛もよく使っているが、池浦さん自身が脂濃くないからと紀州和華牛を推す傾向にある。「新古社長から醤油かすを餌に使っていると聞いてストーリー性があって面白いと感じ、余計に使用するようになりました」と話していた。和食は仏・伊料理と異なり、しつこいのは使いにくい。その分、赤身が旨い紀州和華牛は理に適っているように思えた。今回は、紀州和華牛の身を低温で調理し、「魯山人」醤油と「白みそ」を合わせたソースで一気に強火で絡めて作っている。下に敷いた白いのは新玉葱の擂り流しで、ズッキーニを添え、揚げたゴボウを載せている。「魯山人醤油は米を使って造っているからほのかに甘みを感じます。『白みそ』と合わせる事で更に甘みを持たせ、フライパンで強火にして肉に絡めました。甘みとコクを合わせる事でいい調味になったように思います」と説明していた。

チ2
ツ2

最後はデザートで、ボルドーで造った醤油「SHINKO NOIRE」を用いて料理をしたのは初めてらしく、「加熱したくないと思いつつも仕方なく今回は火を入れて香りを出した」と言っていた。「SHINKO NOIRE」を強火で煮詰めて粉末化してパンナコッタの上から振り掛けている。「粉末にする時に塩分が欲しかったので熊野の黒塩を混ぜました。それから仕上げに『SHINKO NOIRE』をフライパンで炙って水分を飛ばし、固まったものを数滴落としています。味自体はシンプルで、甘いもの(パンナコッタ)に醤油・塩を加えた丁度いい塩梅(あんばい)の味とでも表現しておきましょう」。食べるとキャラメルのような風味がして上手くまとまっている。シンプルなのに複雑な味が絡みあって会席の後に出て来るには丁度いいデザートになっていた。
「いず美」とは、湧き出る泉に店を見立てて、きれいな水が湧く所に自然と人が集まる事を願って命名した。福岡で料理人人生をスタートさせ、色んな人との縁があって大阪へ、そして和歌山へと仕事場を移して来た。和歌山は食材の宝庫で、果樹も野菜も山海の幸も色んなものが揃う。まさに料理人冥利に尽きる場所かもしれない。そんな豊富さに飽きる事なくストーリー性までも追求する_、それが池浦さんが求める“泉”なのだろう。細かな料理説明を聞きながら“食べ手”の私は、ふとそんな思いに駆られた。

 

  • <取材協力>
    いず美

    住所/和歌山市黒田261-2

    TEL/073-460-9469

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/11:30~15:00、17:30~22:00

    休み/水曜日

    メニューor料金/
    昼  
           縁高御膳  3000円
           葵御膳   4000円
           昼会席   5000円

    夜  
            和歌会席  8000円
            紀州会席  10000円
            いず美会席 13636円

    ※料理は税別表記


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい