94 2021年06月 明治時代に欧州の料理が日本にどっと入り、それらはフランス料理といわず、洋食なるジャンルを形成した。日本的エッセンスも加わりながら独自にこの国で進化し続けて来たのだ。オムレツは、オムレットから来た言葉で、16世紀のフランス料理に由来するのだが、ケチャップライスを玉子で包んだオムレツの方は、実は大阪が発祥。つまり完全な和風西洋料理なのだ。大阪の港の玄関口といわれる天保山に、戦後(昭和24年)から名物オムライスを出す店がある。聞けば米国帰りの女性が始めた店で、彼女の引退後は地元の会社が店を引き継ぎ昔と変わらぬ味のオムライスを出し続けているという。今回の「名料理、かく語りき」は、天保山の老舗洋食店「オーションビュー」が舞台。日本料理の王道を歩き、昨年この店の料理長に就任した上西剛志さんが湯浅醤油・丸新本家の商品を使いながらこの店らしい料理を創作し、新たな味にチャレンジしてくれた。彼が作る五品から上西さんの実力を読み取ってほしい。

オーションビュー 上西剛志
(オーションビュー・和食帆料理長)
「丸新本家の『あわせみそ』は、
味がしっかりしていて使いやすい。
これに『白搾り』と生クリームを
足して味噌ソースを作ってみたの
ですが、これがうちのオムライス
によく合うんですよね」

昭和の雰囲気漂う「オムライス」が有名

 

 天保山(大阪)にオムライスで有名な店がある。店名を「オーションビュー」といい、B級グルメ通の間ではなかなか名の知れた店のようだ。私も友人の室田大祐さん(大阪府日本調理技能士会会長)からその名を聞いた時に「オーシャンビューじゃないのですか?」とその発声を疑ったくらいだった。「オーションビュー」は、昭和24年に福島小しまさんが天保山で開いている。福島小しまさんは、移民の花嫁として米国に渡っていた。戦争が終わって日本へ帰国したのだろう、洋食の雰囲気を醸しながらの「オーションビュー」をオープンさせている。私が思うに「オーシャンビュー」ではなく「オーションビュー」にしたのは、彼女が米国帰りだったために発音が日本人と異なったのではなかろうか。

福島小しまさんは、「美味しいオムライスを食べさせてくれるママ」として当時この界隈で名が通っていたらしい。オムレツは、16世紀のフランス料理に由来し、それが各国へ伝わったもの。ただオムライスに至っては、和風洋食の最たるもので、その発祥が大阪にある。大正14年に汐見橋にあった「パンヤの食堂」(今の「北極星」)で北橋茂男さんが胃の弱い常連客に毎日同じものを食べさせては可愛そうと、ケチャップライスを薄焼き玉子でくるんだ料理を出したのが始まりと伝えられている。米国帰りの福島小しまさんが「オーションビュー」を始めた頃はそれがすでにスタンダードになっていたのかもしれない。

当時は、名物オムライスを筆頭に焼きめしやとんかつも出しており、町の食堂的な雰囲気があったそうだ。戦後、大阪港付近には銀行がなかったために入港する外国船の船員がドルや円の両替に困っていた。そこで大蔵省大阪税関から福島小しまさん個人に一代限りの両替商資格が与えられた。店内に今も残る「大蔵省認可CHANGER」の文字はその名残である。天保山というと、海の玄関口・大阪港で、税関はもとより海運、港湾、倉庫関係者が多く働く。彼女は、その気さくな人柄から周辺で働く人達から「ママ」と呼ばれて愛されており、「オーションビュー」も彼女の評判とともに有名店になって行った。

 福島小しまさんも寄る年なみには勝てず、90歳になった頃に店を閉めることを考えたそう。ただこれほど愛された「オーションビュー」がなくなってしまうのはもったいないと考えた辰巳商会グループは、系列の大阪荷役でレシピも含め、店舗や従業員ともどもその経営を引き継がせた。それが昭和61年のことである。現在は辰巳商会グループの「シー・エフ」が運営。名物「オムライス」を昔ながらの味で出し続けている。近年、変わったことといえば、店の立地くらい。以前は大通りを挟んで南側にあったのだが、2019年に北側の今の場所に新設し、1階を和食の「帆(はん)」として、2階を「オーションビュー」にして装いも新たにオープンしたのだ。店は新装されども料理はほぼ同じ。名物「オムライス」(小700円、中750円、大900円)は、昔の味のままに。一般的なオムライスのようにケチャップはかかっておらず、テーブルに置かれたウスターソースをかけて食べる姿もそのままだ。

1階の「帆」ともども厨房を任されている上西剛志料理長にオムライスの話を聞くと、「職人技できれいにツルンと玉子を巻くのではなく、ここでは昔風にシワを寄せて包むスタイルで提供しています」とのこと。具材もボンレスハム、セロリ、玉ネギとシンプルにし、ケチャップとラードを用いて炒めている。「しっかりした味で、オールドファンは胡椒とウスターソースで食べますね」と話していた。スタンダードは中サイズで価格は750円。玉子と合わせ650gもあるというからボリューミーだ。「オーションビュー」には、「まくら」なる裏メニューが存在する。玉子をフライパン一杯に作るビッグサイズで、1kgぐらいはあろうか。大きさもさることながら丸型で作るから見た目にも違う。注文して何人かでシェアするのかと思いきや、一人でペロリと食べる人が多いというから驚く。女性に「まくら」ファンが多いというのも意外だ。

 現在、「オーションビュー」は、この名物「オムライス」の他に「チキンカレー」「サラダ」「ポタージュスープ」とアイテム数は昔通り少ない。ここに昨年メニュー化された「串かつ」が加わっている。今回の取材でも出てくるが、「焼肉弁当」は、テイクアウト用として開発したものらしい。いざメニュー化をとなった所で緊急事態宣言となり、お披露目を遅らせていると上田暢彦マネージャーは話していた。

 

人気のオムライスに、味噌ソースがうまくフィット

 

 さて、私めはオムライスの老舗「オーションビュー」でもいつものアレをやろうとしている。室田大祐さんを通じて上西剛志料理長に湯浅醤油と丸新本家の商品を渡しており、「これで『オーションビュー』らしい料理を作って」と伝えておいた。5月下旬に店を覗いてみると、上西料理長は「五品ほど考えてみました」と披露してくれたのだ(この五品は取材用のスペシャリテなので通常のメニューにはない)。その中には「穴子の塩麹焼き」「穴子の白焼き」があり、これは和食「帆」を想定してのものだと思われる。元来、「オーションビュー」には洋食の料理人がいるものの、厨房を司る上西料理長は、「帆」と「オーションビュー」の二つの店を見ている格好になる。彼は歴とした日本料理の板前。なので「オーションビュー」の取材にも関らず和食の二品を作ったのだろう。ちなみに上西料理長は、大阪の「加賀屋」や「奈良ロイヤルホテル」でも働いていた実績を持つ。ホテルでは料理長のポストに就いていたが、室田さんの紹介で、昨年4月からこの店にやって来ている。今回は、彼本来の分野も加えながら「オーションビュー」で湯浅醤油・丸新本家の商品を試してくれた。

 まず一品目の「オムライス」だが、これはボンレスハム、セロリ、玉ネギを具材にケチャップとラードで炒めるこの店本来の作り方をそのまま行い、洋食らしい一品に仕上げている。それを包む玉子の方は、塩と旨味調味料、砂糖の入ってないエバミルクで調味しているそうだ。前述したようにこの店では、ウスターソースをかけて食べるのだが、今日はこの取材用に特別な味噌ソースを作ってくれた。「丸新本家の『あわせみそ』をベースに生クリームと『白搾り』を加えて味噌とソースを作りました」と上西料理長。洋食の料理人ととも生クリームが合うだろうと話し、そこに一般の醤油ではなく、白醤油(「白搾り」)を用いてソースを作ったようだ。「普通の醤油は甘みがあったので、『白搾り』の方がさっぱりしていいかと思いました。一般的な白醤油はクセがあるものが多いのですが、湯浅醤油のコレは香りがあるし、塩分も強く感じません。さっぱりしていて生クリームと合うんですよ」。このオリジナル味噌ソースがケチャップライスをくるんだ玉子によく合い、味噌の香がほんのりと口内を漂いながらもきちんと洋風におさまってくれるのだ。食べると、ところどころでセロリに当たる。セロリの食感がよく、その味がケチャップライスに溶け込んでいる。上田暢彦統括マネージャーは、「ラードの個性をセロリが軽減させているのでしょう。セロリが入ったオムライスは珍しく、この店の味の一つになっているんですよ」と言っていた。洋食では、白身魚に生クリーム+醤油で調味するらしい。その応用編として今回の味噌ソースを作っている。裏メニューの「まくら」にもかけたが、なかなかいける。取材なのに新古敏朗さんと二人でペロリと食べてしまった。

 最近、メニューとして仲間入りした「串かつ」にも別のオリジナル味噌ソースを合わせていた。「オーションビュー」では、本来ならデミグラスソースで食べるところを、今回は「あわせみそ」と卵黄、酒、みりんでソースを作ってそれで食すスタイルにしている。「味噌を玉みその要領で延ばしているんです。『あわせみそ』は、ほんのり甘く、出来がいいのでその味に何も加える必要がないと判断したんです。少し延ばして甘みを足しただけで十分。ちょっと漬けると、串かつをさらに上品に表現してくれますよ」。油で揚げたかつに、甘みの少しある味噌がうまくフィットしているのだ。

 穴子を使った二品は、洋食ではなく完全な和食メニュー。「穴子の塩麹焼き」には、丸新本家の「塩麹」が使われていた。塩麹を煮切り酒で延ばし、そこに穴子を30分漬け込んでから焼く。煮切り酒で延ばすことで塩分を軽減するのだが、30分浸したとてそこまで強い味にはならないから、焼いてそのまま食べても大丈夫だと話していた。焼いた穴子には塩麹で味がつき、丁度いい具合の風味になっている。次に「穴子の白焼き」では、穴子を白焼きし、「白搾り」で作ったわさび醤油が添えられていた。

  上西料理長によると、「白搾り」は何もせずともそのまま使うのがいいと考えてわさび醤油で行こうと決めたそう。「これが思った以上に旨かった」と話していた。湯浅醤油の「白搾り」は、旨み成分が普通のものの二倍ある。作るのに失敗したら結晶ができるほどで職人泣かせの商品でもある。上西料理長を始め、これまで色んな料理人達がこの醤油を認めていたのは、そんなこだわりの造りを評してのことだろう。

 最後の「焼肉弁当」は、テイクアウトや仕出し用に開発したもの。そこに今回は本取材用にタレを考案している。焼肉のタレは、「あわせみそ」と「生一本黒豆」、ゴマ油で作っている。醤油(生一本黒豆)とゴマ油だけでいいところを、コクとねばりを出すために「あわせみそ」を少し足しているのだ。この「あわせみそ」が効果的で、これが入ることにより肉の油に負けない味になる。「生一本黒豆を味見した時にいい醤油だなぁと思いました。そのまま使って造りを食べたかったくらいです。他の醤油でもよかったのですが、こちらの方がコクがあったのであえて選んだのです」。「焼肉弁当」は、ご飯に少しタレをかけて、その上に焼肉を載せている。そして食べる時は、このタレを肉の上からかけるのだ。

 今回は「オーションビュー」の商品に取材用のソースを作って試してくれたのだが、これがうまくはまっていたと思う。そこに上西料理長の和風エッセンスも加わって上々の品になっていた。現在はコロナ禍でなかなかままならぬようで、上西料理長も実力を発揮する機会が少なくなっていると思われる。

それだけに本取材は、あれこれ考えながら「オーションビュー」らしさも失うことなく料理を作ってくれ、彼の力を発揮するいい場になったと思われる。

「オーションビュー」は、大阪メトロ中央線大阪港駅1番出口を出て2分と行きやすい場所に立地している。建物の1階が和食「帆」で、2階が「オーションビュー」になっている。港湾関係者の胃袋を満たす店として利用されていた老舗洋食店は、コロナ禍の今でも十分元気なのだ。

  • <取材協力>
    オーションビュー

    住所/大阪港区築港4-2-5 2階

    TEL/06-6571-2074

    営業時間/営業時間/11:00~15:00


    休み/日祝日

    メニューor料金/
    メニュー/
    オムライス(小)700円
         (中)750円
         (大)900円
    チキンカレー 750円
    サラダ (大)800円
        (小)500円
        (ミニ)200円
    ポタージュスープ(大)350円
            (小)200円
    串かつ 一本150円
        四本セット500円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい