89 2020年12月 神戸・北野町に「キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ」というフランス料理店がある。王道フレンチではないが、オーナーシェフ・松島朋宣さんの垣根のない料理が評判を呼んでおり、唯一無二な存在としてグルメから支持されているのだ。「マツシマ」は、その店名からもわかるように日本の調味料をも多用しながらフランス料理を彼流に表現している。そんなスタイルが、このコーナーにはぴったりではないかと以前から取材を目論んでいた。松島さんは、このところ私のプロジェクトに参加してくれていたこともあり、オルタナティブアルコール(ノンアルコールドリンク)企画が一段落した11月半ばに取材をお願いした。丁度いい具合に「カカオ醤」ができたこともあってその感想も聞くべくお邪魔したわけだ。新製品の「カカオ醤」と「魯山人」醤油、「金山寺味噌」を使った二品は、実に「マツシマ」らしい料理の世界を示すもの。和と仏の融合というか、ボーダーレスから生まれたフレンチについて今回は話すことにする。

キュイジーヌ・フランコ・
ジャポネーズ・マツシマ
松島朋宣
(キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ オーナーシェ)
「カカオ醤は、肉には100%合う
調味料。カカオの香りを有すものの、
甘さがなくて美味。
ファーストインプレッションでも、
アフターノーズでもカカオの香りが
感じられ、存在感があります。
上品な揚げ物や上品な料理には
合うのじゃないでしょうか。」

垣根をなくして、もっと自由に日本らしく作りたい

 

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神戸・北野町は、外国料理華やかな地。フレンチにイタリアン、インド、タイ、ベトナムと何でもござれ。その中にあって神戸ムスリムモスク近くにある「キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ」は、注目され続けるフランス料理店である。私の大学時代の友人が「明日、マツシマで食事」と羨ましがらせようとメールを打ってくるぐらいだから衆人には高嶺の花のように映っているのかもしれない。店主・松島朋宣さんは、このところ私の企画に参加してくれている。2月の酒粕プロジェクトに、9月のオルタナティブアルコールにと、面白がって参戦しているのだ。
今年の2月、神戸酒心館の久保田副社長と「マツシマ」で食事をした。日本の良さをフレンチで表現した松島さんの料理を食べながら、ふと20年ほど前に上梓したレシピ本を思い出した。その本は、「瀬田亭の魔法のソース」といい、当時、苦楽園に店(瀬田亭)を構えていた瀬田金行さんの著作であった。ある時、瀬田さんが「7つのソースを覚えれば、フレンチができる」をコンセプトに料理本を出したいと言い出し、私が編集者として本を作ることになったのだ。瀬田さんは、クラシカルなフランス料理ではなく、日本と融合したフレンチを提唱。それがフランコ=ジャポネーズと呼ばれ、当時は最先端に映っていた。そんな雰囲気を「マツシマ」の料理に覚えたのである。松島さんにその話を振ると、「瀬田は、私の師匠です。丁度、曽我さんが本を作っていた頃、撮影用の食材の準備を私がやっていました」と言って来た。まさに縁とは異なもの。師匠の本を私が作り、瀬田さんの弟子であった松島さんが私の企画するプロジェクトに参加してくれているわけだから繋がるべくして繋がった縁ではなかろうか。そう言えば、昔、瀬田さんが弟子(松島さん)に須磨の店を任せているとか、その弟子が独立するので応援してあげてほしいとか話していた記憶が蘇って来た。

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「キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ」のオーナーシェフ・松島朋宣さんは、大阪・平野の出身。子供の頃、食事といえば阿倍野に出ることが多く、「グリルマルヨシ」(洋食)の前を通って「眠眠」(大衆中華)へ行くことがよくあり、通り過ぎるだけじゃなく一度は行ってみたい」と思っていたそうだ。それくらい西洋料理への憧れがあったのだろう。当時、TVで放映していた「料理天国」を観ながらフランス料理を食べてみたいと、調理師学校の門を叩く。在学時にはフランス校へも行き、貯めた資金を元手に88軒ものミシュランレストランを食べ歩いた。その結果、35㎏も太り、帰国した時には知人が松島さんかどうかわからないくらいになっていたという。
松島さんは、フランス料理を学びながらずっと違和感を持っていたそうだ。それは、何故日本人は、フランス人の作った料理をマネするのだろうという点。フランス料理の枠に縛られずもっと自由に表現すればいいのにと考えていた。フランスから帰国して出会ったのが「瀬田亭」の瀬田金行さんだった。瀬田さんの提唱するフランコ=ジャポネーズは、松島さんの疑問を解消する料理だったのではなかろうか。「瀬田亭」で6年間修業をし、若冠26歳で独立を果たした。それが北野町にある「キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ」である。
松島さんは、店名にもあるように日本とフランスの融合を掲げている。看板にフランス料理と書かないのは、彼の料理を食べた人が「コレってフレンチじゃない」と指摘するからだそう。松島さんは、調理場からゴマ油の香りが漂ってもいいと考えている。新鮮素材と調味料があれば、シンプルクッキングで料理が成立するとの思いが基本にあるからだ。「日本とフランスの融合というより、ボーダーレスにしていると思ってください。調味料が並んでいてどれが合うかと思案した時、たまたま引いたのが和の調味料だった。それが時折ベトナムのニョクマムだっていいんです。そんな風に枠組みを決めずにフランス料理を作って行きたいんですよ」と話している。
松島さんは、欧州で食を体験したことにより日本の素晴らしさに気づいたという。四季があって季節ごとの色や香りを有す国だと思ったようだ。「神戸に吹いている風も春と秋とでは全く違う。その風の香りや温度、色の差異を皿の中で表現できないかと思って料理を作っているんですよ」。
「マツシマ」の料理は、全てコース。5000円と10000円(共に税サ別)があり、前者は料理4品、デザート3品で、後者は料理6品、デザート3品の構成になっている。そこに7000円の季節限定のコースが加わるのだ。これについては11月はリンゴ、洋梨がテーマだったり、4月には筍が、5~6月はアスパラガスがテーマだったりする。私が8月に食べたのは、あら川(和歌山)の桃を使ったものだ。松島さんは、地方の食材を発掘し、いいものはできるだけ直仕入れをしながら料理に使っている。産地を歩き、生産者の声に耳を傾け、素材感を上手く出すように調理している。彼の料理は、ザ・フレンチと呼ぶべき王道ではないが、素材感があって調理工夫があって実に面白い。食通は、そこに惹かれるのだろう。

南部葱を主役にするために、鰹と醤油を用いた一皿

 

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さて、今回も湯浅醤油・丸新本家の商品を予め送っておき、松島さんに私だけのスペシャリテ二品を作ってもらった。まず紹介するのは「鰹と南部葱 金山寺味噌と魯山人醤油を使って」である。これは普段主役になりにくい葱にスポットを当てた一皿。「マツシマ」では、11月上旬から12月ぐらいまで青森の南部葱を仕入れている。以前、青森の人が来店し、知己を得た。すると三日後に青森県庁から連絡が来て「一度来ませんか?」と誘われたそうだ。せっかくの誘いだからと松島さんは行く旨を伝え、三泊四日の旅をした。都合45軒の農家を訪問。そこで南部葱に出合った。ここでいう南部葱とは、青森県南部町の生産者によって品種研究され、1964年に種苗登録をされた伝統野菜・南部太葱を指す。一時は絶滅の危機に陥っていたそうだが、県立名久井農業高校の生徒によって復活。町内にただ一人残っていた栽培者から種を譲ってもらい、学校で栽培したことで今に繫がっている。一般の葱と比べると糖度が1.5倍もあり、緑の葉の部分まで美味しく食せるという。旨みを有し、甘みのある南部葱を、その特性をいかしながら料理したものが「鰹と南部葱 金山寺味噌と魯山人醤油を使って」である。
南部葱を水で炊き、柔らかくすることから始める。だしを用いないのは、葱の風味を残したいが故。葱の香りがついた水は甘くなり、それをゼリー寄せにする。「南部葱はアガーで固めています。ゼリーは、葱と水だけなのでタンパク質はほとんどありません。アミノ酸を補う役目で金山寺味噌と魯山人醤油を用いています」。南部葱を食べさせるのに鰹と醤油が必要だったそうだ。鰹の上には、金山寺味噌を載せ、下には魯山人醤油で作ったドレッシングを敷いている。そのドレッシングは、酢、醤油、マスタード、太白ゴマ油で作ると話していた。この料理は、南部葱を食べさせたいがために作ったようなもの。アガーで固めているので葱を食べた感が得られる。「口内で色んな味が一緒になるのがいいのです」と説明してくれた。金山寺味噌は、すでに完成された感があったので、何もせず鰹に載せて使ったらしい。魯山人醤油は「きれいで、味が乗り、使い方が難しかった」と表現している。「私流に表現すれば、水に近い醤油で、濃度があるわりにきれいです。造りよりもっと合うものがある。例えば、野菜を焼いてちょっとつけて味わうのもいいし、コレで青大豆を漬けておき醤油豆を作っても旨そうだと思いました。とにかく野菜との相性が抜群で、かけるというよりソースをつける感じで用いるのがいいのではないでしょうか。

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二品目は「カカオ醤でマリネした北十勝短角牛ロースト 栗と赤ワインのソース」だ。この料理には、1月半ばに発売する世界初のカカオ醤油「カカオ醤」が使われている。「カカオ醤」については前回の「名料理、かく語りき」を参考にされたし。日本には、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4つの和牛がいる。「マツシマ」で使われている短角牛とは、日本短角種のことで、青森・岩手・秋田・北海道が主産地。成長が早く、産肉能力に優れている。刺しが入らない赤身肉で黒毛和牛と違った歯応えが楽しめる。「日本の牛肉のうち96%は黒毛和種。そのうちA4~5が45%も占めるそうです。日本人は刺しが入って柔らかい肉を求めすぎなんですよ。実はその手の肉は世界では不思議なものに思われがちで、本当は肉質がしっかりした牛肉が本来の姿なんです」と説明する。松島さんは、牛肉の本来あるべき姿を伝えたいとし、関西であえて短角牛の赤身を出し続けているのだ。
十勝産の短角牛に「カカオ醤」を10%まぶし、塩をせずに真空状態で一晩寝かす。それをローストしたと説明していた。短角牛は、筋肉質でしっかりした赤身なので口の中でしがむ。噛んで食べるからワインが飲めるのだともいう。牛肉と「カカオ醤」を合わせたものには、赤ワインを合わせて栗のソースを作ろうと決めた。「カカオ醤を肉につけたままマリネしてオーブンで焼いています。付け合わせは、神戸市西区と北区で穫れた野菜ばかり。こんな所に神戸の産物を感じてもらえれば…」。アヤメ蕪、紫大根、黒大根、カボチャ、小松菜が添えられている。
松島さんに「カカオ醤」の印象を聞くと、「美味しいし、甘さがないのがいいですね。食べた後のカカオの香りが伝わって肉には絶対合うと思いました」と言っていた。フランス料理としては、ペーストタイプの方が使いやすいそうだが、意外にも「海老天と合うのでは…」
と感想を述べていた。上品な揚げ物にはぴったりで、だから天ぷらに合うのだと指摘する。「そばの上に塩をちょんと載せて食べるでしょ。その代わりにカカオ醤を載せて味わうなんてのもいいかもしれませんね」。この独特の感想も松島さんらしくていい。まさにボーダーレスである。

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松島さんは、今の時代に料理の大義名分はいらないと考えている。何を作りたいのか?何をやったら楽しいのかを追求して「マツシマ」の料理を作っている。楽しいか、そうでないかで今は仕事をしているが、常に危機感も持ち合わせている。だから何かないかと探しており、それが行動力に繋がっているとも語る。外国料理華やかなりし神戸で第一線を走り続けるのは楽ではないだろう。でも、彼の思考力があれば、そのラインは保つことができると私は思っている。脇役の葱を主役にしたり、刺しのある牛肉のアンチテーゼとして短角牛を使ったりする発想を面白いとも感じている。そんな点にも「マツシマ」の魅力が垣間見えるのだ。

  • <取材協力>
    キュイジーヌ・フランコ・
    ジャポネーズ・マツシマ

    住所/神戸市中央区山本通3‐2‐16 ファミールみなみビル1階

    TEL/078‐252‐8772

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    休み/月曜日

    メニューor料金/
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          〃  10000円
         季節限定コース 7000円
         ※上記は全て税別です


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい