113 2023年02月 「TOOTH TOOTH」「黒十」「こなな」など幅広い食のブランドを展開する「ポトマック」。神戸発の企業で今や神戸・大阪のみならず全国に約110店ほどの飲食店を営んでいる。そんな「ポトマック」の店々から今回は、阪急うめだ本店の13階に位置する「トラットリア アル・ポンピエーレ」をチョイスしてもらい、そこで「ポトマック」のWESTユニットマネージャーを務める松井良輔さんに、和の調味料を用いた伊料理を作ってもらった。同店は、ヴェローナにあるトラットリアで、約100年の歴史を持つ。そんな店に「ポトマック」の人達が惚れ込んで日本出店を許諾してもらったよう。現地の「アル・ポンピエーレ」で修業をし、「シンプルに作りなさい」とのマルコ・ダンドレアさんから教えられた松井さんは、今回の和の調味料をいかに活用して「アル・ポンピエーレ」風に調理したのであろうか。とくとご覧あれ。

トラットリア アル・ポンピエーレ 松井良輔
(ポトマック」WESTユニットマネージャー)
「金山寺味噌をいかに伊料理に
使うかが、今回の取材の課題でした。
何を合わせるべきかで熟考
したところ、野菜がいいとの
結論に。そのまま調理すると
甘くなりがちなので何かで
延ばし、脂肪を足すことで
満足感が得られる一皿を
作りました」

ヴェローナの名店を日本に持って来たい

イウエ

以前から、会いたいと思っていた人物がいた。噂は「西洋料理店ふじもと」の藤本直久さんからも、「神戸酒心館」の久保田博信副社長からも聞いており、機会があれば会って話をしてみたいし、あわよくば知己を得たいとも思っていたのだ。「ポトマック」の取締役総料理長がその噂の中塚寛治さんである。私の企画する酒粕プロジェクトにも「ポトマック」の何店舗かで参加してくれていたし、このコーナーでも度々出て来る藤本直久さんとは、「ホテルオークラ神戸」時代の先輩後輩の間柄でもあった。たまたま藤本さんが間を取り持ってくれ、今回の取材に至ったのである。中塚さんが総料理長を務める「ポトマック」は、神戸の雄として知られる会社。1986年に産声を挙げ、その中核でもある「TOOTH TOOTH」は、神戸市民に愛されるブランドである。「ポトマック」は、「TOOTH TOOTH」の他にも和の「黒十」、カフェの「ニューラフレア」、和パスタの「こなな」など幅広い飲食店を経営している。スヌーピーやチャーリーブラウンでお馴染みの「PEANUTS」をテーマにした「PEANUTS HOTEL」も神戸・北野町に展開しているのだ。今ではカフェ・レストラン展開のみならずプロデュースやデザイン&コンストラクション事業、エンターテイメント事業、オペレーション事業など7つの事業態を幅広く行っている企業でもある。中塚さんの話では、運営店舗は全国で110店舗弱に上るらしく、今や食の分野では「ポトマック」を避けて通ることができない存在と言っても過言ではない。 今回、数ある「ポトマック」の店々の中から取材したのは、阪急百貨店「阪急うめだ本店」13階にある「トラットリア アル・ポンピエーレ」だ。この店は、イタリア・ヴェローナに本店がある。イタリアの「アル・ポンピエーレ」が誕生したのは、100年くらい前。消防士が酒やおつまみを提供する場としてヴェローナの路地裏で始めたのがきっかけだ。当初は店名もつけておらず、いつしか人々が〝アル・ポンピエーレ(消防士の店)″と呼ぶようになったそう。その時代から約100年たつが、今もヴェローナ市民には愛され続けており、名称もそのまま引き継がれている。店にはサルミエーレと呼ばれる生ハム職人がいて、彼が切り立てる生ハムは名物となっている。ショーケースには約100種のイタリアンチーズが_。地元の食材を用いたパスタやリゾットも評判で、特にティラミスは、ワールドベストティラミスの称号を得るほど自慢の品だという。

オ カ キ

そんな「アル・ポンピエーレ」の評判を聞きつけて中塚さんらが渡伊。食べてみると、その味わいが気に入り、いきなり交渉したのだとか。もともと「ポトマック」では、フレンチダイニングやカフェ系はあっても伊料理店分野がなかったので、ヴェローナの名店を日本に持って来たいと考えたのだろう。「日本でこの店を出したいと交渉しましたが、スムーズには事は進みません。現地で3日間話合いを重ね、今晩話をして無理だったら諦めようと思っていたところ、シェフが我々の熱意を受け止めてくれ、日本での出店の許諾をもらいました」と中塚さんはエピソードを語ってくれた。「ポトマック」のWESTユニットマネージャーで、阪急うめだ本店の「トラットリア アル・ポンピエーレ」の初代料理長を務めた松井良輔さんがそのまま現地に居残り、修業に入ったという。「断られたら現地に居残ってファストフードで働いていたかもしれませんね(笑)。それくらいヴェローナの名店に惚れ込んで交渉したんですよ。交渉が成立すると、私は即修業に。そもそもは紹介者のお墨付きで行ったのですが、行ってみて食べてびっくり!それくらい素晴らしい店だったんです」と居残り修業をした松井さんは、当時の印象を話してくれた。松井さんによると、現地の「アル・ポンピエーレ」は、「飾り気はないが、シンプルに旨い店。伊全土のトラットリア10選にも入っており、一日4〜5回転もする賑わいぶりだそう。カジュアルだが、いい価格のトラットリアとの評判を得ている。阪急うめだ本店の店舗でも出しているが、特にティラミスが有名。一般的なそれはリキュール系を使うが、ここのはそれらが入っておらず、いいチーズといい卵、いいクリームだけを用いて作る。それだけに日本でもチーズの選定には苦労したようで「びっくりするほどシンプルなのに、抜群の味わいを見せている」と言う。松井さんは、ヴェローナのエグゼクティブシェフであるマルコ・ダンドレアさんから「シンプルに作るように」と教えられている。イタリアの現地の食材は野菜の味が濃く、素材がしっかりして手を加えなくてもいいのだが、日本のものとなると、食材の味が違って来る。いかに現地の味に近づけるかが、日本のシェフ達の仕事で、納入業者と話をしながらいいものを仕入れて本店と変わらぬよう持って行くように努力している。「イタリアと日本では野菜も異なるので再現できない料理があるのも事実。でもマルコイズムを踏襲し、基本的には本店の料理を再現できるよう心掛けています」と松井さんは言っていた。
現在、阪急うめだ本店の「アル・ポンピエーレ」は、卯本慎さんが料理長として厨房を取り仕切っている。松井さんは、現在「ポトマック」のWEST(西日本)の料理を統括する立場。メニュー替えは店ごとだそうだが、新しい店舗のメニュー案を作ったりと、神戸・大阪・名古屋の店々を統括しながら幅広く料理に携わっている。「たこ焼きからトラットリアまで実に幅広いですね」と笑いながらその職務を語ってくれた。そんな松井さんは、兵庫県加古川の出身。子供の頃から釣りに行き、自身で料理をしていたという。「TVで焼飯を作っていたのを見よう見まねでやったら上手くできた。それを親が喜んで食べてくれたんです。これが料理人になるきっかけかもしれませんね」。中学生の時は中華のシェフになりたかったそうだが、イタメシ世代で「伊シェフはもてる」と母親から言われ、その方向に進んだらしい。「ブラッスリーTOOTH TOOTH」に入り、「ポトマック」のダイニングレストラン系で修業をした。欧州の市場をテーマにしたスペインバル「BARBARA」などを経てこの店の立ち上げに携わったという経歴を持っている。「できるだけ地元の食材を使いたい」と関西周辺の農家を巡ったりもしている。神戸の企業だけに神戸産の野菜を多用しているそう。オリーブ油やオリーブの実などはイタリアから入れる。「食材全体的にクオリティが高いのがこの店の特徴だ」とも語っていた。

和の調味料をシンプルに料理で表現したい

クケ

さて、今回は本取材用に湯浅醤油・丸新本家の商品を使ってその特性が出たものを松井さんが五つ創作してくれた。それが①金山寺味噌と六甲マッシュルーム、ヘーゼルナッツのブルスケット②「白搾り」でマリネした真鯛のカルパッチョ トマトとホワイトバルサミコのジュレ掛け③塩麹でマリネした縞鯵のタタキ 「魯山人」を使ったビネグレット④大羽鰯とトマトのタリオリーニ⑤豚のロースト 金山寺味噌クリームソースの五皿である。まず前菜扱いの①〜③だが、松井さん曰く「シンプルに作った」そう。伊料理はガルム(魚醤)を使うことが多いが、ここでは「白搾り」や「魯山人」を使いながらうまく伊料理の前菜を作っている。
「金山寺味噌と六甲マッシュルーム、ヘーゼルナッツのブルスケット」は、名前からもわかるように「具だくさん金山寺味噌」が使われている。パンの上に載ったマッシュルームは六甲山の北側で採れたものだ。マッシュルームをオリーブ油でソテーしてバルサミコ酢を絡めてキノコのマリネを作る。マッシュルームを刻んだものと「具だくさん金山寺味噌」を刻んだものにヘーゼルナッツとパルミジャーノチーズを合わせてタルタルにし、パンに載せている。「金山寺味噌を刻んで使うと、ねっとりした感じが強くなり、マッシュルームにうまく絡みます。こうして一体感を出しました」と説明していた。塩は使わず、金山寺味噌で旨みを持たせている。見ためにマッシュルームがきれいで、味わいは味噌の一体感がうまく出ている一品との印象を持つ。

コ

二品目の「白搾りでマリネした真鯛のカルパッチョ トマトとホワイトバルサミコのジュレ掛け」は、師匠のマルコさんの教え(シンプルに作る)を実行したような作品で、「白搾り」でマリネした真鯛をあっさりしたジュレで味わう一品だ。ジュレは生のトマトをピューレしてザルで漉し、トマトのコンソメを作る。それとホワイトバルサミコ酢を合わせてゼラチンで固めて作っている。真鯛はそぎ切りにし、「白搾り」、レモンの皮、オリーブ油で絡めてマリネする。その上から先程のジュレを掛けて出している。

サ

「塩麹でマリネした縞鯵のタタキ 魯山人を使ったビネグレット」では、「魯山人」醤油と「塩麹」が使われている。縞鯵を一晩マリネして寝かせ、塩をぬぐって丸ごと直火で表面を炙る。下に置く赤パプリカは、真っ黒に焦げるまで焼くことで外皮がきれいにむけ、甘みが出るという。皮をむいてスライスし、ビネガーオイルとオレガノ、ニンニクを合わせたもので作る。縞鯵のタタキの下には、赤パプリカのマリネと「魯山人」醤油のビネグレットがある。

シ

四品目の「大羽鯵とトマトのタリオリーニ」は、伊料理らしくパスタ料理である。大羽鯵は真鯵で、大振りのサイズのものを指す。二日前から鯵を「白搾り」、レモンの皮、イタリアンパセリでマリネしておく。鯵は煮ていないので噛んだ時に旨みが一気に出るように工夫されているようだ。本来なら伊パセリを合わせるのだが、今回は「白搾り」を使ったので穂紫蘇を用いた。普段使っているような魚醤(ガルム)だと複雑な味に仕上がるのだが、今回は「白搾り」で調味しているのでクリアな味になっている。二日間「白搾り」を用いた液体がしっかり染み込んだので一切塩は必要ないと言っていた。パスタソースには、少しにんにくオイルを用いたトマトを入れる。そこに茹でた麺を加えるそう。「仕上げ前に鯵のマリネを入れて火が通ったぐらいで出来上がります」。松井さんの「白搾り」評は、「素材の味が感じられるよう用いることができる醤油」。雑味がなく、素材を生かすのにいいらしい。「旨みの強さを感じました。幅広いジャンルに使える調味料ですよ」と評していた。「シンプルに作りなさい」と教えるマルコイズムにはぴったりかもしれず、殊に素材の味を強調している「アル・ポンピエーレ」の料理にははまっているのかもしれないと思ってしまった。

ス

最後の「豚のロースト 金山寺味噌クリームソース」には、ローストした豚肉の上に「具だくさん金山寺味噌」が載っていた。松井さんの説明では、金山寺味噌は刻まずそのまま用いたようだ。加えて生クリームに金山寺味噌をたっぷり入れたソースが使われている。「金山寺味噌を入れて温めたソースです。最後にオリーブ油と黒胡椒をかけたぐらいで実にシンプルに作っています。このソースだと簡単なので家庭でもできますよ。ソースを豚肉にしっかり絡めながら召し上がってください」。載っている「具だくさん金山寺味噌」がうまく合わさり、食感が残るように設計されている。「今回の取材を受けて金山寺味噌をいかに使うかが私の課題でした。白味噌は使うが、金山寺味噌を伊料理には使ったことがなかったんです。何と合わせるべきかを中塚さんにも相談すると、野菜と合わせたら面白いと結論づけてくれたんですよ。金山寺味噌は甘みが強く、そのまま調味すると料理が甘くなってしまう。そこで何かで延ばすと柔らかな味になると悟ったんですよ。油脂も足らないので脂肪分を入れると、味に満足感が出ました」。松井さんが初めに「具だくさん金山寺味噌」を試食した時に、旨みも甘みもあって食感がいいとの印象を受けた。使って創作してみると、和の素材、しかも和歌山特産の品ながらでも伊料理に十分面白く活用できるとの印象を持ったという。今回の取材で松井さんは、新たな素材を目にし、調理の幅が広がったかもしれないと言うのは少し大袈裟だろうが、金山寺味噌が伊料理にも活用できる証を立証したともいえるだろう。

セ ソ

ところで最後に、松井さんの「魯山人」醤油評も紹介しておきたい。彼は初見、「きれいな醤油」と思ったそうだ。「雑味も少なく、味わった後の余韻に驚いた」とも言っていた。「切れがいいのでしょう。醤油の味がすっと消え、舌にまとわりつかないですね。オリーブ油と合わせると旨く、それだけで十分な味わいです」と絶賛している。日頃使い慣れぬ和の調味料を用いて見事な伊料理が出来あがった。そこには松井良輔ワールドが垣間見えた五品であった。

  • <取材協力>
    トラットリア アル・ポンピエーレ

    住所/大阪市北区角田町8-7 阪急うめだ本店13階 TRATTORIA AL POMPIERE(トラットリア アル・ポンピエーレ)

    TEL/06-6313-1570

    営業時間/ランチ11:00〜15:00
    ドルチェ11:00〜21:00
    ディナー17:00〜22:00

    休み/不定休(施設に準ずる)

    メニューor料金/
    サルミエーレが厳選した生ハム&サラミの盛り合わせ ジャルディニエーラと一緒 M 2900円、S 1900円
    プロシュートディパルマ24ヶ月熟成 M 1800円、S 1300円
    プロシュートディサンダニエーレ M 1780円、S 1280円
    フレッシュ野菜のインサラータ M 980円、S 770円
    ピッツアマリナーラ M1340円、S 980円
    ジャガイモのニョッキ サルサ・ポモドーロ 1700円
    アネローネワインと南瓜のリゾット 2700円
    〝カチャトーラ″骨付き鶏もも肉のトマト煮込み 2800円
    本日のお魚のムニエルポルチーニ茸のクレーマ 2750円
    ティラミス 950円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい