107 2022年08月 和歌山に湯浅醬油を使っているラーメン店が数店ある。その一つが「バードマン」で、和歌山ラーメンが当たり前の和歌山市内にあって珍しくも鶏清湯スープで勝負をしている。昨年、十二番丁にできた「バードマン和歌山店」だが、鶏白湯スープで話題になっている御坊の「バードマン」の姉妹店。店主・中村正志さんが、「ラーメンの本場・和歌山市内でどうしても勝負したくて立ち上げた店舗だ」そう。御坊店が鶏白湯なのに対し、こちらは青森シャモロックをメイン素材にしてスープを作っている。そこにスープに負けない醤油として「樽仕込み」が用いられて醤油だれを形成している。今回は、和歌山店の売れ筋「軍鶏ロック中華そば」と味わうと同時に、特別に白湯スープを御坊から運んでもらい、「濃厚鶏SOBA(醤油)」をも食して来た。今、和歌山市内で評判を呼んでいる鶏清湯スープのラーメンの全貌を語ることにしよう。

バードマン和歌山店 中村正志
(「バードマン」店主)
「スープに負けない醤油だれを
作ろうとして『樽仕込み』を
使いました。この醤油は、
濃口ならではのコクと
パンチがあり、味がしっかり
しているんです」

独学で作った個性的な味

 

イウ

和歌山に評判のラーメン屋がある。店名を「バードマン」と言い、ラーメン店には似つかわしくない名前だが、店主・中村正志さんに聞くと、「ベースが鶏のスープなので」とあっさり答えてくれた。中村さんは、あえてラーメン店ぽい名称にしたくなかったようだ。女性でも一人で入りやすい店にしたいのと、「シンプルで覚えやすいでしょ」と、「バードマン」にした理由を教えてくれた。とんこつ全盛ながらも鶏ガラでスープを摂っている所は、沢山あり、「バードマン」もその一つには違いないが、それだけで店名に「バード(鳥)」とつけたのではないようだ。聞けば、それほど単純な話ではなく、もっと納得できるエピソードがあった。まず、中村さんが鶏スープにこだわった背景は、親戚が和歌山で「中田鶏肉店」を営んでおり、いい鶏肉が入手できることにあった。中村さんは、起業する前は、一介の勤め人だった。19年間サラリーマンをしており、所長にまでなって安定した道を歩んでいたのだが、「別段それがやりたい仕事であったわけではない」らしい。そもそもがラーメン好きで、身内に鶏肉店がいたこともあって鶏をもらってはラーメンスープ作りに勤しんでいたそう。ある時、大阪で鶏白湯のラーメンを食べて、その濃厚な味に魅了されたという。そこで「こんなラーメンを作ってみたいと思うようになり、『中田鶏肉店』で鶏ガラを仕入れて来ては、ひたすら自宅のガレージでスープ作りに没頭していた」という。好きこそものの上手なれというが、「素人のやることなので初めは美味しいスープができなかったのは事実」と話す。ところが試行錯誤を重ねていくうちに、「コレは!」と思うようなスープができあがった。「炊くのに何時間もかけ、まさに一日仕事の連続でしたが、一年半続けていると、納得のいくスープが完成しました」と当時を振り返ってくれた。このスープを元手にラーメン店を起こそうと思ったが、会社でも重要なポジションを任されていたこともあってなかなか会社を辞められず、当初は彼の奥さんと友人に店を任せており、中村さんは会社員と掛け持ちという二足の草鞋であった。スタートは、現在の御坊店。和歌山では珍しかった自慢の鶏白湯スープで勝負しようと店を開いた。ブレイクのきっかけは、やはり鶏白湯の良さだろう。たまたま食べに来た人がTV関係者で、当時朝日放送でオンエアしていたバラエティ番組「ごきげん!ブランニュ」で「バードマン」を取り挙げてくれたのだ。このことも加味して一躍「バードマン」は有名になる。御坊店の売りは、後の項でも出て来る「濃厚鶏SOBA」。丁度、その醤油と塩の二つのラーメンが揃った時でもあり、TVで流れるにはぴったりの時期でもあったのだろう。

エオカ

ところで今回取材した「バードマン和歌山店」だが、こちらは昨年(2021年)の6月26日にオープンしている。「いつかは和歌山市内で勝負したい」と考えていた中村さんの思いを具現化したものだ。御坊店と異なり、和歌山店は鶏清湯スープがベースとなっている。和歌山市内といえば、俗にいう和歌山ラーメンの本場。町では〝中華そば〞と呼び、醤油ベースの豚骨醤油味と豚骨ベースの豚骨醬油味の二系統が地域の味を代表している。そんな和歌山ラーメンに対抗するかのように、なぜ「バードマン」は、鶏清湯で店を始めたのか?その点を中村さんに質問してみると、「和歌山ラーメンの旨い店はいくつもあるから、あえて自分がやる必要はない」との返答だった。「自分は新たなラーメンを作りたいと思い、和歌山市内で店を出したんです。なので御坊で評判を呼んでいる鶏白湯ではなく、鶏清湯を新しく作ったんですよ」と話していた。
和歌山店での売りは、「軍鶏ロック中華そば」。青森シャモロック丸鶏×紀州鶏×湯浅醬油樽仕込みと説明書きされた鶏清湯スープのラーメンである。中村さんは、「豚骨醤油が当たり前になっている和歌山市内で違ったラーメンを出すのは勇気がいること。でも良質な鶏を使って高級中華そばを作りたかったんです」と思いの丈を話してくれた。中村さんには、すでに鶏白湯はやりきった感がある。いくら評価が高くても、卒業したものをやるよりは、新たなスープに挑戦したい思いが強かったのだろう。

 

青森シャモロック丸鶏を使ってスープを作る

 

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さて、肝心の「軍鶏ロック中華そば」は、一回に青森のシャモロック丸鶏を三羽使い、そこに紀州鶏の鶏ガラとモミジを合わせてスープを作っている。ちなみに青森シャモロックとは、青森県五戸町にあった旧県畜産試験場が20年の歳月をかけて独自に開発した鶏で、横班プリマロックを改良した速羽性横班プリマロックと、青森が原産地のシャモを改良した横班シャモを掛け合わせて作ったもので、平成2年に誕生している。青森シャモロックは、肉のきめが細かく締まっており、調理してもパサつかない特徴があり、旨み成分も多いためか、濃厚なだしが出る。この青森シャモロックに中村さんは目をつけ、その丸鶏をメイン素材に使い、スープを作ろうと思いついた。鶏ガラだけだと、鶏の旨みが全面に出ないとの理由からあえて丸鶏からだしを摂り、上品な味わいを醸し出そうとしている。「腹を抜いて肉がついたまま寸胴鍋に放り込み、肉がホロホロになるまで煮込んでスープを作ります。うちのスープは、青森シャモロックだけではなく、和歌山らしさも追求して紀州鶏の鶏ガラとモミジを合わせて作っているんですよ」。鶏を火にかけて5時間は煮込むそうだ。豚骨は長時間煮込むというが、鶏は繊細なので味も出やすく、7時間も煮込むとダメになってしまう恐れがある。そのタイミングは、微妙で全ては職人次第。「清湯はシンプルなだけに難しい」と中村さんも言っていた。

クケ

こうして作ったスープに湯浅醬油の「樽仕込み」を用いたものが「軍鶏ロック中華そば」(900円)の味になっている。湯浅醬油と「バードマン」との関係にも先の「中田鶏肉店」が関与している。新古敏朗さんと中田さん兄弟とは以前から知己があり、彼らにHPのリニューアルを手伝ってもらった経緯があった。そんな縁もあり、中村さんは湯浅醬油の商品を知ったと思われる。実は、「バードマン御坊店」では当初、他社商品を使っていた。ところが、「樽仕込み」の存在を知り、5年ぐらい前に醤油を代えたそうだ。「樽仕込みは、濃口ならではのコクとパンチがありますね。しっかり味が出ているのがいいのです。他社醤油と『樽仕込み』を用いたラーメンを二つ作り、知人に試したところ、『樽仕込み』の方が旨って言われました。それ以降、『バードマン』では、『樽仕込み』を使っています。スープに負けない醤油だれを作りたいと思い、あえて『樽仕込み』を選んだのですよ」と中村さん。出す時に器に醤油だれとチー油を入れてスープで割る。そして麺や具材を加えてラーメンが完成する。鶏のスープに醤油が合わさり、味はあっさりめ。チー油が入ることによって鶏スープの旨みが増す。中村さんは、少しの違いでも風味が変わってしまうと言い、チー油はレードルで計って徹底的に味のブレがないようにしているのだ。

コサ

今回は和歌山店の取材にも関わらず「濃厚鶏SOBA(醤油)」(800円)を作ってもらった。前述しているように、和歌山店は鶏清湯で、御坊店が鶏白湯。なのでここには白湯スープがないのだが、本取材ということで特別に御坊店から鶏白湯スープを持って来てもらった。鶏白湯スープは、鶏ガラ、モミジ、豚のゲンコツで作っている。コラーゲンを出すためにモミジを用い、コクを出すために豚のゲンコツを使用する。但し、「バードマン」は鶏スープなので、ゲンコツの量は少ないらしい。これらの素材を寸胴鍋に入れて強火で炊く。中村さんによると、寸胴鍋の半分量になるくらいまで煮込むそうだ。「スープの作り方は、店によって異なります。私は誰かから学んだわけではなく、独学で作り方を考え、試行錯誤しながら行き着いたので他とは比較しようがないんですよ」と言っていた。出て来た「濃厚鶏SOBA」を食べると、なぜか海鮮的な味がした。そこで中村さんにその疑問を投げかけると、「魚介節系も入っている」とのことだった。塩だれを作る時にも一緒に魚介だしを使うとの話だったので、この醤油だれにもそれが入っているだろう。「チャーシューと醤油を煮て作っているものもあるんです。ラーメンにそれは使用していませんが、まぜそば用として使っています」。鶏白湯スープの「濃厚鶏SOBA」には、色んな味が複雑に絡み合っている。中村さん曰く「このラーメンは、初めて作ったものなので凝ったことをしないといけないと思い、作りましたからね」。他とは違ったスープを作りたいとの思いが随所に表れている。鶏白湯を知って欲しいと御坊で始めたラーメンだが、当初はここまでの濃度が出せず、四苦八苦したようだ。「素人ながらのラーメンでは、顧客も定着せず、決して順風満帆の船出ではなかった。もっと濃くしようと、色々調べて鶏の量も増やしながら行き着いた所で「樽仕込み」の存在を知った。濃度で醤油がコロッと変わることを覚え、今は誤差なく作れていると言う。最後は職人の目次第で、どこで火を止めるかは、中村さんの経験値からはじき出されているとのこと。まさに〝ローマは一日にして成らず〞である。

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「バードマン和歌山店」は、11:00~15:00の営業。かき入れ時になるはずの夜はやっていない。中村さんは御坊店にも行かなければならないのでこの時間帯しか営業できないそうで、仮りにやれても身体がもたないと言っていた。中村さんのラーメン好きは類を見ず、休みの日も四六時中ラーメンを作って研究しているそう。食べ歩きもしながら、次へと備えるというが、その結晶が時折りメニュー化するユニークなラーメン群だ。控室には、その痕跡が残っており、これまでメニュー化したラーメンの写真が貼られていた。「氷結塩ラーメン」に、「カレー鶏SOBA」「煮干まぜそば」なんていうのもある。中村さんの追求は、まだまだ止みそうもない。そう思うと、次なる名物ラーメンの登場に期待が持てそうになって来た。

  • <取材協力>
    バードマン和歌山店

    住所/和歌山市十二番丁5 バードマン和歌山店

    TEL/090-5892-9640

    営業時間/11:00~15:00

    休み/日曜日、第三月曜日

    メニューor料金/
    軍鶏ロック中華そば 900円
    トリュフ入り軍鶏ロック 1000円
    具出汁軍鶏ロック 900円
    特製軍鶏ロック 1100円
    各ラーメン大盛 +100円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい