35 2015年12月美味しいものを食べるための論理がある。そのひとつは店のスペース。大きな店では、店主の腕以外に弟子達の力量にも頼らないといけなくなるため、その人(店主)の味のみを食べるのは不可能だ。それに料理を回すことも必要なので作り置きも多くなり、そのひどいパターンが珍味屋などの仕入れに頼る店というのが現れたりすることだ。今回紹介する「華うさぎ」は、三浦さん一人が切り盛りできるスペースの店。カウンター6席に4人掛けのテーブル一つという小さな割烹なので私の論理に照らし合わせれば、十分店主の味が味わえるところといえる。そんな「華うさぎ」で、いつもの注文をしてみた。古くからの付き合いのある料理人は、私の与えた調味料をいかに使ったのか。とくとご覧あれ。

割烹 華うさぎ(大阪・南船場) 料理人/ 三浦貴之
(華うさぎ店主)
「金山寺味噌は、濃厚で具も多く、
当然ながらそのまま食べたいと思
わせます。でも今回は、あえて調
味料として使ってみたんです。
味をあまりさわらず、そのまとま
りをいかすことを主に調理しまし
た。」

5000円のコース一本で勝負するカジュアルな割烹

割烹 華うさぎ割烹 華うさぎ

南船場のビルの一角にある「華うさぎ」。三浦貴之・悦子夫妻が営む小さな割烹で、料理内容のわりに価格がリーズナブルとあってビジネスマンの間では高い評価を受けている。二年前までは単品が主の割烹だったのだが、それだと小料理屋との境が難しくなり、せっかく割烹で修業して来た腕が発揮できなくなると、発想を転換し、5000円のコース一本のみというわかりやすいスタイルにした。それが功を奏したのか、ちょっとした料理を食べたいとサラリーマンが集うようになったのだ。三浦さん曰く「夜は一人でやっているので色んな料理が通ると、どうしても提供するのが遅くなってしまいます。それならいっそのこと、コースのみに絞ってリズム感のある献立を考えた方がいいと思いました」との話である。コースの内容は、付出し、造り、煮物、焼物、揚物、御飯、デザートの7品。三浦さんの話では、彼がかつて勤めていた割烹「蓮」と同じレベルのものを出しているそうなので、多分食した人は、納得がいくと思う。「華うさぎ」では、この5000円コースに冬場はてっちりコースが加わる。付き出し、てっさ、湯引き、てっちり、雑炊、デザートの内容で、なんと4300円。ふぐといえば、1万円以上取られてもおかしくないのにこの破格の値段。天然ではなく、長崎の養殖ふぐを使っていると言ってもなかなかのお値うち品だ。これも三浦さんは「ふぐを卸してくれる所とは長いつきあいで気心知れているので。それにうちは人件費がかかっていないから」と説明する。昼は夫婦で、夜は一人で営んでおり、使用人を使っていないから安く出せるのだという。カウンター6席、4人掛けのテーブル1つという小規模店舗の利点はこんなところにもいかされているのだ。

割烹 華うさぎ割烹 華うさぎ

ところで、私と三浦さんはかなり前からのつきあいで、彼が中津にあった割烹「蓮」で修業していた時代から知っている。他称グルメの私は、夜になるとふらりとその店に行き、常連の如くカウンター席に座る。「蓮」ではコースがあるのだが、なぜかしらそれを無視し、彼らが作りたいものだけを順に出してもらいながら食べていく。当方のお腹が満たされたらストップするという気まぐれなシステムを私のみが取っていた。お代はいつもほぼ同じ。腹いっぱい喰って納得がすれば帰っていく、そんな風変わりな客を演じていたのだ。ある事情から今は閉じてしまったが、その頃の「蓮」は、かなりの人気店で、いつ行っても賑わっていた。当然、いい時間帯はいっぱいなので、一段落ついた頃に行く。店主の中塚さんは料理人ながらもサービス方に徹しており、竹之内さん(以前このコーナーで書いた野田阪神の「竹之内」の店主)や三浦さんに厨房を任せていた。だから彼らが気まぐれな私の面倒を見ていてくれていたのだ。いつ頃か、鰻の蒲焼きをパンに挟んだ料理を考えたと彼らが言うので、ぜひそれを食べたいと注文したことがある。鰻はあっても食パンは日本料理店では常備していない。わざわざそのためにパン屋まで走って買いに行ってくれたことがあった。 そんな三浦さんが「蓮」で料理長を務めた後、南船場で独立を果たしたのが13年前のこと。祝いがてらにオープン時に覗くと、私が来るのだからと気を遣って面白い料理を考えて待っていてくれた。それがアロエヨーグルト。一般的な商品(市販品)ではなく、生のアロエを使って作るそれは、実に印象深く、「流石の曽我さんでも生のアロエヨーグルトは食べたことがないでしょう」と笑って出してくれたのが面白かった。

せっかくの味を崩したくない

割烹 華うさぎ割烹 華うさぎ

私が「華うさぎ」に行った時に注文する料理がある。それはブツ切りにしたふぐに七味醤油をつけて七輪で焼く「ふぐの七味醤油焼き」。本来はそれを作ってもらい、このコーナーで書こうと思って、あらかじめ湯浅醤油や丸新本家の商品を送っていたのだが、そこは工夫を凝らす三浦さんのこと、そんな定番では迎え撃ちたくないと思ったのだろう、予想とは裏腹に三つの料理を考えていてくれた。 まず一つめは、ふぐの皮の湯引きを使ったサラダ。白菜の芯をスライスし、ふぐの皮の湯引き、刻みねぎをいっしょに載せ、香りづけに煎りゴマを加えた一品だが、ここではドレッシングに「柚子梅つゆ」を利用している。一般的に出していないメニューなので、ここでは「ふぐの湯引きサラダ」と名乗っておくが、三浦さんは「柚子梅つゆ」をあれこれとさわらず、ストレートにその美味しさを表現したいと考えたようだ。「初めて口にした時に凄く旨いなと感心したほど。なめながらその味を楽しみましたよ。普通のつゆとはちょっと違い、柔らかな酸味が印象的です。何かで延ばしたら、せっかくのバランスの良さが崩れそうなので何もしないと決めたんです。本当にずっと飲んでいたいとまで思うほどの味わいです」とその理由を語ってくれた。ただそれだけでは芸がないと思ったのか、ちょっとだけゴマ油を落としている。柚子をサラダの彩と香りにより、印象づけるためにゴマ油や煎りゴマがいいアクセントになっている。 今回の「柚子梅つゆ」とは違うが、三浦さんは湯浅醤油の「柚子ぽん酢」にも高評価を与えている。三浦さんの話では、「醤油メーカーが作っていると実感できるほど醤油の味が引き立っている」とのこと。醤油の味がしっかりしているので鍋の具材を漬けて行っても薄まりにくいと言っているのだ。

割烹 華うさぎ割烹 華うさぎ

そんな三浦さんは、「白みそ」を渡していたらやはり鍋物を出して来た。この鍋は、昆布と鰹の合わせだしに丸新本家の「白みそ」を入れてスープを作る。具材はタラと白菜、ニラとシンプルに。白濁したスープは少し甘め。「白みそ」だけでは調味するよりも、食べやすいようにと、ちょっとだけ甘めにしている。そのためほんの少しみりんを加えたのだという。 丸新本家の「白みそ」は、麹の自然な甘みをいかして上品な味に仕上げている。3~5カ月寝かせることで旨みを出し、米の甘みを醸すように造る。三浦さんも「これまでの白みそのイメージとは違った」と言い、くどい甘さや変なエグさがないので使いやすかったと感想を述べている。「初めはもっと甘いのかと思っていたんですが、使ってみるとそうでもなく、雑味がないからいいのだと実感しました。私としては田舎みそに近い雰囲気を感じました」。

割烹 華うさぎ

三つめは、「金山寺味噌」を使った酒のアテである。牛肉のみを先に炒め、取り出してからその油を使って野菜(れんこんと百合根)を炒める。そこに「金山寺味噌」と酒、砂糖を入れて延ばし、それから先の牛肉を改めて加える。仕上げに「蔵匠 樽仕込み」をちょっとだけ絡めるのだ。この醤油は隠し味で、料理の味を締めるのが目的。だから使う量はほんの少しでいい。 出て来た料理を食べると、れんこんの食感が印象的で、肉の旨さをうまく金山寺味噌が引き出しているよう。れんこんなどの野菜を使っているが、「金山寺味噌」にも野菜が入っているので、それがうまく合わさり、日本酒にフィットしそうなアテになっている。俗に金山寺味噌を買った人は、具が旨いといってそればかりを食べてしまう傾向があるらしい。その食べ方だと味噌ばかりが余ってしまう。この一品の使い方ならば、そんな心配はなく、混然となった具と味噌が一つのアテとなってまとまりを持っているのでいい。金山寺味噌の甘さがうまく使われているからだろう。三浦さんは「辛口の日本酒に合いますよ」と話していた。三浦さんは、今回の一品の基になっている丸新本家の「金山寺味噌」を高く評している。味噌の濃厚さと具の多さがその評価ポイントで、おかず味噌本来の使い方のように「そのまま食べたい」と思ったそうだ。なのであえてさわらずに牛肉を炒めた。「初めからまとまりのあるものを我々調理人が崩してしまってはいけませんし、わかりやすさもなくなってしまいます」と言っている。「本来はご飯に載せたりしてそのまま食すのがいいのでしょうが、今回はあえて調味料としての役目に期待したんです。使ってみて料理に合わせやすいのがわかりました」。

割烹 華うさぎ割烹 華うさぎ

前述してようにこれらの三品は、私だけのメニューで決してコースに登場することはないだろう。しかし、こういった課題に挑戦することで、料理人としての腕がアップすると三浦さんはわかっている。それに時々、こんなことをやることで自身の刺激になるのだと話している。三浦さんの店は、リーズナブルも売りのひとつ。昼にはワンコイン(500円)で丼を出したり、850円で定食を出したりをもしていたりする。「昨年、MBSの『せやねん』で豪華天丼としてうちの昼の一品が取りあげられたんですよ。750円の「海老天丼」は、その値段で5匹も海老が載っているんです。まさにお値うちでしょう」。その下のクラスの「華うさぎ丼」は、1コイン(税込500円)で海老2匹に野菜3種だという。こんな店が近くにあったら昼食時には助かるはずだ。そんなことを思って昼の定食の話を三浦さんとした。安い丼を出す店は他にもある。だが、「華うさぎ」がそれらと異なるのは、三浦貴之というれっきとした板前がそれを作っていることだ。かつて中津で編集者や航空関係者などを虜にした割烹「蓮」。残念ながら今はなくなってしまったが、その味を南船場で継承している人物がいることが嬉しいのだ。リーズナブルな料理を出していても‟心は錦”。確かな技術を持っているからこそ、それがお値うち品となる。そんな背景を我々食べる側は覚えておかなくてはならない。

  • <取材協力>
    割烹 華うさぎ(大阪・南船場)

    住所/大阪市中央区南船場3-2-28

    TEL/06-6251-1078

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/11:30~13:45LO
    18:00~21:00LO(~23:00)
    但し、土曜の夜は22:00まで

    休み/日祝日

    メニューor料金/
    <夜>
    コース    5000円(税込)
    てっちりコース 4300円(〃)

    <昼>
    華うさぎ丼    500円
    海老天丼     750円
    かき揚げ丼    700円
    スペシャル天丼  850円
    限定おさかな定食 850円
    天ぷら定食    850円
    ミックス定食   1000円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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