53 2017年08月 料理人も近年はワールドワイドになって来て世界中を飛び回って料理を披露している人がいる。和歌山・加太にある「大阪屋ひいなの湯」の赤間博斗さんもそのひとり。欧州や米国、インドネシア、台湾などの各国から声をかけられ、現地にて日本料理を作るのだという。赤間料理長は湯浅醤油の新古敏朗さんと知己があるらしく、その評判は聞いていた。当方もせっかくこのような連載をしているのだから一度会ってみたいと思い、新古社長に紹介してもらった次第である。加太といえば鯛や鱧が有名で、日本でも有数の漁場として知られている。当然、いい魚が揚がるだろうから、それを用いて料理をしてほしいと頼んでおいた。世界をまたにかける赤間料理長が作ってくれた地元ならではの味を披露しよう。

加太淡嶋温泉 大阪屋ひいなの湯
「旬魚旬菜和風ダイニング あくら」
赤間博斗
(大阪屋ひいなの湯「あくら」料理長)
「和歌山の特徴をいかして『湯浅
醤油』を用いて料理を作ります。
『くらびと』は再仕込み醤油なの
で色は深いですが、決して辛く
はならない。味は深く、まろやか
で使いやすい醤油です」

魚の良さに惚れ込んで紀の国らしい料理を

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和歌山の先端に位置する加太の淡嶋神社は、全国千余りあるこの系統の総本社。少彦名命と大己貴命の祠が、加太の沖合にある友ヶ島のうちの淡嶋に祀られたことが起源とされている歴史ある社である。この神社には2万体ともいう人形が奉納されており、人形供養の神社としても知られている。加えて3月3日にはひな流しが行われ、それを目当てに訪れる人も多いと聞く。その日の正午には、願い事を書いた人形を舟に乗せ、海へと流す。その厳かな儀式が何ともいい。
淡嶋神社すぐそばに建つ「加太淡嶋温泉 大阪屋ひいなの湯」は、玄関を入った所にひな人形が飾られ、その雰囲気を十分に醸し出している。多分名称の「ひいなの湯」もそんな所に由来しているのだろう。客室が30、収容人数が120名というこの宿は、歴史も古く、かつては船待の宿として栄えた。加太自体、大阪へと上る船が発着する港として活用され、風が強い日にはその船に乗船できず、利用者は風がやむのを待つ。この旅館もかつてはそんな宿の一つだったと思われる。
加太は大阪から近く、白浜までは行くのがつらいけど、どこかリゾート気分を体験できる所はないのかという時に選択される町である。温泉もあって、観光名所(淡嶋神社)もビーチもある。それに何より魚介類が旨い。そんな理由から近場の一泊として利用されることが多い。中でも「ひいなの湯」は、有名旅館。客室はオーシャンビューで、屋上には露天風呂もあり、夕陽を眺めながら、また波の音を聞きながら浸ると、最高である。ましてや都会から近いとあっては、流行るのもわかる。

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ロケーションや温泉、施設もさることながら近年この宿の評価を高めているのは料理の良さ。館内の日本料理店「あくら」の赤間博斗料理長の噂を聞きつけて、国内ばかりか海外からも客が訪れる。赤間料理長自身もその活動域を広く世界に求めており、ペスキチ(イタリア)の町では、和伊のフュージョン料理のイベントに参加するなど、多忙な日々を送っている。それに呼応するように世界各国から彼の腕を求めようとする動きがある。現にトリノの調理師協会では、彼に友情の証しとしてメダルを贈っているくらいだ。
そもそも赤間博斗さんは、島根出身で調理師専門学校で学ぶために大阪に来た。卒業後、大阪の料理屋やホテルで勤めて調理の修業をしている。二番手として働いた「有馬ロイヤルホテル」では、有馬温泉の各旅館・ホテルの料理人が腕を競う料理コンテスト(第1回大会)で優勝し、その名を高めた。有馬で5年働いた後に香川県の仕出し屋の立ち上げに参加し、料理長として腕をふるった。「ひいなの湯」に移ったのは8年ぐらい前。評判を聞きつけた利光伸彦社長に請われてのことであったと聞く。

 

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そんな経歴の赤間料理長が加太の魚に出合うと、化学反応がもたらされて当然だ。加太の漁師は資源管理型の漁業をして来ており、魚が食べるプランクトンを守るために底曳き網漁はやらずに海藻を守っている。だから一本釣りが主。網に入ると、魚同士がすれ合い、ストレスも生じる。その点、疑似餌で釣る漁法は、変な餌も食べないので魚自体も臭くならず、すれて傷つくこともないからいい素材が得られるというわけだ。赤間料理長はそんな漁港側の姿勢を高くかっており、自身の経験から比べてもこの港で揚がる魚は上物という。紀伊水道と大阪湾からの海流が混ざる友ヶ島周辺は格好の漁場。海老や蟹などエサも豊富な上に釣りエサも与えないので臭みが生じることがなく、「和歌山に来てここの魚がこんなにいいと初めてわかった」と話すくらい。元来、日本で有名な鯛は、明石・鳴門・加太の三つで、全てが淡路島を囲む形で漁場を形成している。「潮流も速いし、海の色も違います。香川で数年仕事をしましたが、メバルなんて味が全然違うほどで、やはり加太の魚は上等品です」と語っているのだ。
赤間料理長は、「和歌山の食材以外は使いたくない」とまで言い、食材の宝庫である紀の国の魅力を感じている。魚、野菜、果物もさることながら醤油もそう。日本での発祥地・湯浅のものを使い続けている。
この「あくら」でのオススメは、15000円の「おまかせコース」。その中でも八寸は、春には三段重ねの雪洞(ぼんぼり)の中に表現し、夏と冬は横長の台盛りにして供す。秋は紀州杉の切り株を器にしてその上に料理を並べていく。まさに目で楽しみ、舌で楽しむ繊細な料理なのだ。「会席料理は椀物がメインなんですが、これは余程日本料理を味わっていないと理解できないこと。なのでうちでは、獲れた魚をその場で天ぷらにして出したりして楽しんでもらうように演出しています。魚はできるだけ大胆に調理し、逆に八寸は繊細さを表しながらと、強弱をつけてコース内を彩っているんです」と赤間料理長は解説してくれた。

加太のイワシと鯛を地元風に

 

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さて、ワールドワイドな動きを見せる赤間料理長が供してくれたのが、意外にも地元の漁師めしだった。地のイワシを使った「煮合(にあい)」がそれ。赤間料理長によると、漁師が船上で食べる料理だそうで、醤油と水・少しの昆布でシンプルに作る。獲れたてのイワシをぶち込み、前記のだしで煮付けるのだが、玉ねぎが入っているのがミソ。醤油が主のだしだとどうしても辛くなる嫌いがあるのでそれを加えて自然の甘みを足すそうだ。「5月末ぐらいから、イワシが何かに追いかけられるのか、ここの湾に大量に入ってくるんです。湾にいてるのは2週間くらいですが、この頃に漁師達は獲ったイワシを『煮合』にするんです。今回はそんな地元の味を知ってもらいたくて作ってみたんです」と話す。
今日使われているイワシは、頭を入れると20cmぐらいの大ぶりなもの。背が光っていかにも新鮮そうな感じである。赤間料理長は合わせだし5、酒1、醤油(くらびと)0.5を沸かした中に、玉ねぎと獲れたてのイワシを入れて煮る。イワシの煮えばなを食べるのが美味しい味わい方で、脂が乗ったそれを汁をかけながら食していく。一見、濃く見えるが、決して辛くはない。元来、「くらびと」は、麹に醤油を入れて造る再仕込みなので余計に濃く見えるのだろう。さりとて辛くないのは、赤間料理長の作る塩梅(あんばい)によるもの。「この醤油はまろやかで、使いやすい。けっこう煮つめても辛くなりすぎないのがいい。一般の醤油のように塩角も立たないですからでしょうね」と調味料的特徴を加味して説明してくれた。本来なら砂糖や生姜を用いる所だが、これは玉ねぎの甘さだけでその点を補っている。「新しいイワシだからそれで十分美味しいんです。古いものだと生姜・ネギ・香味野菜が必要になってしまう。新鮮なイワシを船上で食べる漁師めしだからこそ、いらないんですよ。砂糖やみりんは新鮮な魚には必要ありません。玉ねぎの甘みで十分なんですが、これは魚に自信がないとできない技ですね」。赤間料理長によると、「煮合」は「おまかせコース」の中で時々登場するのだそう。初めての人には加太の地元の味を知ってもらいたくて供するのだという。

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赤間料理長が、地元らしさを醸したものとしてもう一品作ってくれたのが「鯛茶漬け」だった。加太の鯛は全国的に名が知られるほど有名で、春先(桜鯛)、晩秋(紅葉鯛)、冬の三つの季節には「あくら」でもよく提供するようだ。鯛茶漬けに使う鯛の切り身は、あたりゴマと醤油(くらびと)、砂糖で作ったものに玉子だしで延ばして地を作り、漬けるのだという。そこに都合1時間~1時間半漬け込んでいる。「ゴマだれに浸していますが、『くらびと』を用いているので辛くならないんですよ。他の醤油だとこうはいきませんね」と赤間料理長の「くらびと」評が付け加えられた。
ゴマだれに漬けた鯛をご飯に載せ、そこにゴマだれをかける。あとはだしを注ぐだけの簡単な料理だが、鯛の上品な味わいがゴマだれと相まって実にいい味を醸し出している。「鯛の漬け込みは、1時間~1時間半ぐらいがいいですね。身が厚いと2時間かかるかもしれませんが、お茶漬けに用いる切り身ならこれぐらいが適切でしょう」。まさに加太の鯛を使った加太らしい一品。赤間料理長によると、春先と晩秋、冬にはコースの締めで出すらしい。この一品には、けっこうファンも多いようで、リクエストがあれば(但し要予約)夏場でも作ることがあるようだ。「鯛茶漬けは、日本料理では王道ですが、せっかく加太で味わうのなら和歌山らしくアレンジしないと…」。赤間料理長がいう“らしさ”とは、「くらびと」を用いた調理法を指す。湯浅醤油が地元の名品としてあるのだから「せっかくだからそれで調味したい」、そんな気持ちが含まれている。

 

  • <取材協力>
    加太淡嶋温泉 大阪屋ひいなの湯
    「旬魚旬菜和風ダイニング あくら」

    住所/和歌山市加太142

    TEL/073-459-1151

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    営業時間/営業時間/11:00~14:00、17:30~食事終了まで(たいていは20:00LO)
    ※夜は宿泊客もしくは予約客のみに対応(要予約)

    休み/無休

    メニューor料金/
    会席料理 昼7000~15000円(税別)
              夜7500~15000円( 〃)
    ※宿泊以外でも日帰りプランもあり。
    食事のみの利用も可。料理は季節の一品料理もある。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい