147 2026年01月 和歌山県の湯浅町は醤油発祥の地で、醤油の町としても知られている。当然、湯浅醤油の蔵もこの町にあるのだが、探ってみるとそればかりではなく色んなスポットが点在している。その一つが栖原(すはら)にある日本料理店「千堂」だろう。この店は2024年3月末まで温泉宿をやって来た施設をリニューアルしたもの。旅館を経営していた千川家が料理を主体に飲食店へと趣を変えて営んでいる。今回は新古敏朗さんの案内もあってみかん山の麓に佇む「千堂」へ行って来た。地消地消をテーマに展開する栖原ならではの印象を宿した料理を紹介したい。さて千川家の人々は、どのように地元の醤油を使って創作したのであろうか。

千堂 千川久喜・千川晃矢
(「千堂」経営者)
「シンプルな料理には
醤油がぴったり。
特に『白搾り』は
白醤油タイプなので
色もつかず、使い易い。香りや旨みをアップさせてくれます」

湯浅町にある小宿が日本料理店にリニューアル

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湯浅醤油から車で少し走ったみかん山の麓に「千堂」なる日本料理店がある。湯浅町観光公式HP(海と山の小さなまちの湯浅さんぽ)にも“創業明治25年小宿栖原温泉から日本料理店へ”と書かれて紹介されている。「千堂」はそのコピーからもわかるように旅館を日本料理店へリニューアルした施設。何でも新古敏朗さんとは古くからのつきあいで「大喜」(「千堂」の経営会社)の会長・千川(ちかわ)久喜さんの弟と同級生にあたるそうだ。以前から新古敏朗さんが「近くに旅館をリニューアルして日本料理店にした所があって機会があれば取材して欲しい」と言われていた。「千堂」は湯浅醤油の蔵から車で約10分弱ぐらい。シラス漁で有名な栖原(すはら)漁港から少し山の方へ入った所に位置している。聞く所では明治期に近くの警察署や役場など近所の人がもらい湯に来ており、「風呂に浸かったら他と全然違う」と言い出したのが事の発端。明治25年に計ってもらうとそれが温泉だったのが初めてわかった。以来、この地で千川家が旅館業を営んで来た。みかん山と民家に囲まれ、決して眺望もいいとは言い難いが、湯の質の良さと料理、一日5組限定の隠れ家的雰囲気がウケて令和の世(2024年)まで温泉宿としてやって来た。ところが旅館業はなかなか大変で、宿泊となると付きっきりで面倒をみなければならない。朝食を出すためには早朝から用意をし、夕食の後も色々と仕事をこなす必要がある。千川久喜さんの言葉からかなりの重労働を強いられるのが理解でき、親子だけでの作業は辛さもあったと思われる。7年前から次男の千川晃矢さんが料理人として戻って来てからは地産地消のテーマもあって料理が充実し、「それならいっその事、料理一本で勝負をしようか」と決めたそうである。「食材はできる限り和歌山産のものや湯浅湾で水揚される魚介類を使用して料理に郷土色を持たそうと考えました。盛り付ける器も地元陶芸家の作品にして、せっかく栖原まで足を運んでもらったのだからこの地でないと味わえないものを提供しています」と千川久喜さんは説明していた。中でも天然本クエは秋から春の目玉食材。体長1m以上もの脂が乗ったクエを鍋のみならず他の料理に用いているのも「千堂」らしさの表れかもしれない。また地元の漁師から直仕入れする伊勢海老も「千堂」ならではのご馳走。調理する寸前まで活かして鮮度を保たせるので身が締まり、プリプリの伊勢海老が味わえる。料理長を務める千川晃矢さんも「食材は和歌山で完結したい。なのでうちではイクラが出る事はありません」と話す。千川晃矢さんは、更に有田のものを多用したいらしく、果物系をどういかすかが料理のテーマにもなっているという。当然ながらみかんに代表されるように有田は柑橘王国。特に三宝柑は名物で、栖原地区が我が国での収穫量の約7~8割を占めるくらい。かつて三方なる台に載せて紀州徳川家に献上した事からその名が付いたともいわれている。ちなみに「千堂」で出す三宝柑は千川久喜さんの両親が栽培したもの。それをここでは、デザートは勿論の事、茶碗蒸しなどの料理にも多用している。柑橘系の他にも和歌山には山椒はもとより葡萄や枇杷もあって北へ行けば柿・桃・いちじくなどもある。だから「千堂」では地の果物をいかに料理に盛り込むかで「千堂」らしさを表現しているようだ。「有田はほぼみかん農家なので野菜は和歌山市内で求めるケースが多いですね。農家から直接仕入れる事で新鮮さを追及しています」と千川晃矢さん。魚は100%といっていいくらい栖原漁港から仕入れるそう。今の時季は鯛、モンゴイカ、足赤海老、真魚鰹、太刀魚など。底曳き網漁のいかったものばかりで、仕入れてすぐに店の水槽に入れているので鮮度は抜群だ。
厨房を任されている千川晃矢さんは、あべの辻調を出て大阪の料亭で修業をした。その後、仏料理店の「JOY味村」で一年くらい料理人として働いて実家に戻っている。千川晃矢さんが仏料理店にいたのは「デザートを勉強したいから」だそう。一般的に和食はデザートが弱いとされ、生の果物に頼る所が大きい。だが、デザートは会席料理の最後に出るので印象に残り易く、料理全体のイメージを左右してしまいがちになる。だから千川晃矢さんは、あえて仏料理店へ行き、和食の弱点を克服するために勉強しようとしたのだろう。「アイスクリームは和食の中では上手く作れている方だと思いますよ」と笑いながら話していた。できるだけ和食のイメージから脱却したデザートを作りたいそうだ。実は父親の千川久喜さんも料理人である。あべの辻調から和歌山市内の和食店や料亭で働き、25歳で「小宿栖原温泉」に戻って来た。「料理が好きなので、よく外食に行って勉強もします」と話す。「京都で食事をした折りに白味噌だけで調味している椀があって、どうしてこんなにまろやかになるのだろうと疑問を抱きました。色んな味噌を用いてみてもその味になりません。その時、1~2日寝かすとどうだろうとヒントが浮かんだのです。やってみるとトロトロの濃度に。コクも違っていました。だから今ではそのようにして作っているんです」と言っていた。献立を書いてはためるようにしていたらしく、今では親子で情報を収集し、料理を考えて次男の晃矢さんが作って具現化している。「二人だとアンテナも倍になり、発想もよくなる」と話し合いをしながら構成をしているようだ。「料理は苦しいけれど面白い」と千川久喜さんはしみじみ語っていた。「千堂」には、長男の千川侑起さんもいて彼が社長の役目を果たし、ホールを担当。千川晃矢さんが料理長に、父親の千川久喜さんは取締役として息子達の押さえ役的な役割を担っているという。

「カカオ醬」で和のデザートにチョコ感覚を挿入

千川家と新古敏朗さんは旧知の間柄。しかも地元の醤油蔵という事で、この取材用に商品を予め送る必要もなく、以前から湯浅醤油・丸新本家の品はよく使っている。そんな中で今回、千川晃矢さんが用いて調理したのは「生一本黒豆」「白搾り」「カカオ醤」「ひしおもろみ」の四品である。今回創作してくれた料理は、①足赤海老のもろみ醤油焼き みかんおろし②真魚鰹と蕪の椀③三宝柑バニラアイスの三皿である。料理名は、取材用の創作であるため、品を見て仮りで名づけられている。
まず初めに出してくれた「足赤海老のもろみ醬油焼き みかんおろし」は、「生一本黒豆」と「ひしおもろみ」を用い、栖原漁港で水揚げされた足赤海老を使って作っている。足赤海老はこの辺りではよく揚がる魚介類で、正式にはクマエビと呼ぶ海老で胸部や腹肢が紅白模様なので地元では足赤と称している。車海老に代わる食材として平成期から注目を集めて来たそうで、柔らかな身と甘みが特徴的。10~12月に多く獲れ、海老の味が車海老より濃いと「千堂」ではよく調理に使うようだ。「車海老は95%ぐらいが養殖ですが、足赤は天然物でしかも車海老より安いので重宝しています。でも傷むのが早いので流通には不向き。だからメジャーな存在ではないのだと思います」と千川晃矢さんが教えてくれた。でも紀伊水道で獲れるため雑賀崎・田野崎・海南・戸崎の各漁協では共同ブランドとして推しており、和歌山の料理屋での評判はすこぶるよく、「車海老と比べても価値は負けない」との声も聞こえて来る。千川晃矢さんは、この足赤海老を開いて皮目を上にして一旦高温の油を掛けてから皮目から3分ぐらい焼いて調理していた。焼ければ「ひしおもろみ」と「生一本黒豆」を刷毛で二回塗って提供している。「ひしおもろみ」と「生一本黒豆」を合わせてから冷蔵庫で寝かしている。時間がたつ事で調味料の角が取れて丸くなるという。あとはみかんおろしを添えると出来上がり。みかんは自家栽培のもので、大根おろしとぽん酢を合わせて仕上げている。「みかんおろしとはあまり聞かないので…」と振ると、千川晃矢さんは「和食ではやらないでしょ。昨年ふとひらめいてやってみたらよかったので多用しています」との回答。これも栖原地区がみかんだらけなのと、自家農園で栽培しているからの思いつきのようだ。みかんおろしだと口直しにもいいと思って添えているとの事。特に魚の塩焼きには合うらしい。千川晃矢さんは「シンプルに旨い!」と「生一本黒豆」を高く評している。「食材の前に出て来ないのが、これまた秀逸でよく味をダイヤ型で表しますが、『生一本黒豆』はきれいなダイヤ型をしており、味がまとまっています」とも言っていた。一方「ひしおもろみ」の方は、味が欲しい時に活用しているとか。「香り・味が強いので何かを突出させたい時、印象づけたい時に用いる」そうだ。ひしお醤油を塗った足赤海老はシンプルながらも天然海老の旨みが伝わり、調味も千川晃矢さんが言うように「印象づけるもの」だった。みかんを大根おろしに使うという発想もユニークで、まさに地産地消を地で行くような一品に仕上がっていた。

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二品目の「真魚鰹と蕪の椀」は、栖原の漁師から仕入れた真魚鰹を塩焼きにして吸物の中に入れている。椎茸は焼いてから、蕪は下味をつけてから炊く。あと隠元豆と柚子が使われている。だしには、ここの温泉水が用いられ、昆布・鰹の一番だしになっている。栖原の温泉は弱アルカリ性でpHが約7.9。日本でも珍しい温泉水で、冷凍の豚肉を炊いても白濁しない。「ご飯を炊くとよくわかります。マグネシウムとカルシウムが多い分、食材と食材の調和を保つ役割を担うようです」と千川久喜さん。「だしを作るとやわらかい味に。醤油・塩しか入れないのにみりんを使ったようなほのかな甘みを醸します」とも。この温泉水を用いる事でコクが出るために調味料を使用する量が減ったとまで言うから驚かされる。ここでは「白搾り」が活用され調味に使われていた。千川晃矢さんは「シンプルな料理で、しかも色を出したくないから『白搾り』を用いました」と説明していた。湯浅醤油の醤油は熟成期間が長い分、どうしても色が濃く仕上がってしまう。その点「白搾り」は、白醤油タイプなので和食にはぴったり。むしろ淡口醤油より味の乗りがいいので多用しているそう。「香りや旨みがアップするし、どうしても和食なので色をつけたくないからよく使っていますよ」との話だった。

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最後は「三宝柑のバニラアイス」。注目の千川晃矢流のデザートの登場である。ここには「生一本黒豆」と「カカオ醬」が使われていた。千川晃矢さんによると「みかんと醤油の相性は意外にもいい」そうだ。実はこの一品は、湯浅醤油の「蔵カフェ」で出している醤油ソフトクリームがヒントになっている。千川晃矢さんは「蔵カフェ」でそれを食べて乳製品と醤油の相性の良さを知った。そこで帰って黒みつに「生一本黒豆」を加えてソースを作ったところ、いい味になったという。「千堂」では、来店客に出す時間を逆算してアイスクリームを作っている。「食べる三時間前に作り始めます。硬くもなく、柔らかくもなく、ベストの固まり具合いに持って行くために逆算しています」と言う。今回はそんなアイスクリームに「生一本黒豆」を加えて作った。天には「カカオ醬」入りのメレンゲが_。今回取材の話が来た時に千川晃矢さんは、「チョコレートを用いない和食バージョンのデザートを作ってみよう」と考えたそう。そこで昨年から使っている「カカオ醬」をメレンゲに入れようと考えた。「今までに出合った事もない調味料だったので、その個性をいかそうとトライしました。私自身『カカオ醬』は隠し味に向いていると思って使用したんですよ。黒蜜にも『生一本黒豆』を入れて仕上げました。醤油の持つ味が焦がし系をイメージさせて、一発OKで完成しました」とその出来映えに胸を張っていた。この料理に用いた「カカオ醬」の印象は「今まで出合った事がない調味料で、いかにそれをいかすかを考えるのが面白い。チョコレートを和食では使わないので、その雰囲気を醸す『カカオ醬』を使用できれば、日本料理の幅は更に広がるのでは…」というものであった。今回はデザートに用いたが、「白和えにも使えそうだし、豆腐にも合いそう」と料理イメージは沢山浮かんでいたようだった。

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栖原にある「千堂」は、2024年3月31日を最後に温泉旅館から日本料理店へと変貌を遂げた。そこ至るには千川晃矢さんが作る料理の充実度に自信を得たからの変革だったのかもしれない。「旅館経営は、とにかく大変で難しい」と千川久喜さんは言う。顧客からしたらまず温泉や部屋、ロケーション(眺望)が先に来て料理はその下に置かれてしまうのも疑問点の一つであろう。ここまで「千堂」の料理が完成して来たならば、やはりそれをいの一番に訴求したいと思うのは当たり前。ましてや栖原でないと食せない地産地消のテーマを盛り込んでいれば尚更だろう。ここを日本料理店化するにあたって千川久喜さんは全面改装し、料理屋らしくした。現在一階を完全個室にし、食事をする場所として使っている。5室ある各々の部屋が趣きを変えているのも魅力の一つである。みかん山の麓に佇む日本料理店は「小宿栖原温泉」の頃から隠れ家的に利用する人が多いそう。「千堂」の名前(店名)の由来は、千を多くと意味させ、堂は良い所の意を持つ事から「多くの人が良い所に集まる場所」としてゆっくり時間を取ってまた訪れてみたくなる_、そんな意味があるらしい。まさにそのような印象を有す日本料理店だった。

  • <取材協力>
    千堂

    住所/和歌山県有田郡湯浅町栖原1363

    TEL/0737-22-7454

    HP/ Instagramはこちら


    営業時間/11:30~14:00 18:00~21:30
    ※昼は金土日月曜日が営業、夜は水曜日以外営業

    休み/水曜日・不定休

    メニューor料金/
    コース料理のみ 
    【昼】5000円 7000円 10000円(税別)
    【夜】7000円 10000円 15000円(税別)
    *価格が高い方は使用する食材も違ってくる。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい