19 2014年08月いつもは料理店を紹介しているが、今回はそうではなく、ひとりの料理人にスポットを当てる。取材した人物は、佐川進先生。かつては辻学園TEC日調の教壇に立ち、日本料理の専任教授として数多くの調理師を育ててきた実績を持つ人だ。そんな日本料理界のカリスマに、湯浅醤油の「魯山人」醤油や丸新本家の「あえみそ」などを渡した。さて和食の巨匠は、その特徴を料理にいかに表したのだろうか。プロ仕様ではなく、あえて家庭でもできるようにと作ってくれた三品を、佐川先生の和食の考え方とともに紹介しよう。

名古屋文化短期大学客員教授 料理研究家/佐川 進
(名古屋文化短期大学客員教授・
辻ウエルネスクッキングハルカス校校長)
「どの醤油よりまろやかで
キレがよく、香りも芳醇。
ささみを「魯山人」醤油の
柔らかな味につけるからこそ、
ふくよかに仕上がる」

食の乱れは心の乱れ。そしてそれが世の乱れに繋がる

らぱんらぱん

久しぶりに佐川進先生の自宅に招かれた。佐川先生とは辻学園時代に何度も仕事でご一緒した。そのつきあいは、今でも続いており、一昨年から名古屋文化短大での仕事を少なくし、大阪に戻って来て以降は時折りプライベートでも食事をする。佐川先生は、辻学園TEC日調を退任後、名古屋に招かれ、名古屋文化短大の教授に就任した。70歳を超えた現在では、流石に名古屋での一人暮らしが徹えたのか、大阪の自宅に戻っている。「少しはのんびりしたい」と言うものの、世間は離してくれず、名古屋の大学ではいまだに客員教授として教壇に立っているし、あべのハルカスにある辻ウエルネスクッキングでも校長を務めている。佐川先生は料理一家で、両親は料理旅館を営んでいたし、奥さんの佐川知子さんも家庭料理の先生で、自宅で佐川料理教室を行っているほどだ。
先日も某所で佐川先生の講演を聞いたのだが、実に面白く、紳士然とした柔らかで流暢な語り口から料理への思いや、真摯な姿勢が垣間見られた。時折り、強くなる言葉からは料理人ばかりか、我々一般人にも食が何たるかを考えるべきだとの意味あいが含まれており、姿勢を正さずにはいられなかった。佐川先生がよく話す内容に、大阪料理の心得というのがある。それは①食材第一主義②喰い味であること③日本土産の食材を用いる④だしは昆布を主に⑤大阪人特有の始末と創意工夫を持つの5つである。関西の味というと、京料理を想像しがちだが、大阪の味はそれとは違う。京は身体を動かさない公家の口に合わせて淡味になっているが、大阪は働く商人の口に合わせているために京料理のような淡さはない。5つの条件の喰い味というのがむしろそれに当たるようで、真昆布のコクのあるだしで、素材の持ち味を下支えしてより深く、まったりとした味を作る。それが喰い味であり、大阪独特の味なのだ。昆布だけではなく、そもそも昆布と鰹の合わせだしも大阪が発祥ではないかといわれており、こうして考えれば今の和食の基礎を成すのが大阪の味といってもおかしくはないだろう。佐川先生は、料理人の育成だけではなく、食育を通じて一般人にも食の良さや大切さを伝えたいと考えている。「食の乱れは心の乱れ、心の乱れは世の乱れに繋がります。きちんと食を摂っていれば、恐ろしい事件も少なくなるかもしれません」と話している。

らぱん

 佐川先生とは長いつきあいなので、話も沢山聞いており、それを文章に連ねるとしたらきりがない。でも少しだけ一般人にも参考になるところを記すとすれば、野菜の話ではなかろうか。佐川先生は野菜を沢山摂るべきだと主張する。一般人はそれを聞くと、ついついサラダを思い浮かべてしまうが、そうではないらしい。「サラダは身体を冷やす恐れがあるので朝・昼はともかく夜にはあまりお薦めしたくはない。それよりは煮たり焼いたりして野菜を食べて欲しいんです。煮ると嵩が少なくなる分、生野菜より大量に摂れるんですよ。昨今はどうしても肉料理が主となりがちですが、脂肪やタンパク質は身体に残ります。それに比べ、ビタミンや食物繊維は代謝される。だから日々、野菜を摂り続けないといけないんです」と語っている。料理は絵を描くが如く、作っていくのがいいそうで、白い冷奴には、醤油をかけるが、それだけでは色が少ない。黒い色をつけるために黒ゴマを振り、赤い色が欲しいとプチトマトを添える。こうして一品が完成していくのだという。このように考えて調理すれば、自ずと栄養価は加算されていくそうだ。

味噌と醤油を駆使するだけで、かくも味は変化する

らぱん

 さて、私が訪れた日に佐川先生が何を作ったかといえば、「大根とツナ缶のあえみそ和え」「鶏ささみのにんにく醤油焼き和風サラダ」「牛肉のくわ焼き」の三品。これらには「あえみそ」、「魯山人」醤油、「かけるだし醤油」の三商品が使われている。作り方は、後にレシピを記載しておくので、それを参考にしてほしい。
まずは「大根とツナ缶のあえみそ和え」から話をしていこう。素材となる大根にも夏大根と冬大根があり、それぞれ味が違ってくる。冬の大根は水分も多く、甘みもあるのだが、夏のものは繊維が粗く、パサパサしていて辛い。この夏特有の悪さを「あえみそ」を用いることで消すのだという。「丸新本家」の「あえみそ」大さじ2、マヨネーズ大さじ1、粒マスタード適量を混ぜてソースを作り、それを大根とツナにかけて食す。このタレは「あえみそ」が主で、マヨネーズの酸味でコクを出し、粒マスタードの少しピリッとした感じでアクセントをつけている。大根、ツナ、三ツ葉を「あえみそ」が繋ぎ止めて、それぞれの良さを出しているのだ。

らぱん

 この「あえみそ」は、次の「鶏ささみのにんにく醤油焼き和風サラダ」でも活躍している。ここでの和風ドレッシングにもこの味噌が主となっているのだ。ドレッシングは、「あえみそ」大さじ2.5、ポン酢大さじ1、サラダ油大さじ1、酢大さじ1、コショウ少々で作っている。醤油とにんにくを合わせたものにささみを漬け、それをフライパンで焼き、野菜とともに盛ってから先の和風ドレッシングをかけて食す。佐川先生によれば、ささみに下味をつけるのがこの料理のポイントだそう。「魯山人」醤油の柔らかな味に漬けることでふくよかな仕上がりになるのだという。佐川先生は以前から「魯山人」醤油を活用している。「どの醤油よりまろやかでキレがよく、香りも芳醇」と高く評価しているのだ。これが一般の醤油だと、ここまでふくよかな味には仕上がらない。強い味がついてしまい、にんにくと合わせたところで香りも出にくいようだ。
「ささみは、15~20分ぐらい、色が変わるまで漬けておいてください。焼く時は、初め強火で両面を焼き、完全に焼ききらず80%ぐらいで火を止めて、蓋して置いておく。こうすることでジューシーに焼くことができるんです。蒸らすことでいったん出かかった肉汁を鶏肉の中へ戻してやる効果があるんですよ」と教えてくれた。この一皿は、醤油や味噌を使いつつも洋風っぽく仕上げている。醤油が素材(鶏)の下味に、「あえみそ」がドレッシングの主材料になっているからこそ日本人には親しみのある味として感じられ、いくらでも食すことができるのだろう。和風ドレッシングの肝は、「あえみそ」の量である。味噌が少ないと分離しやすくなり、佐川先生も「あえみそ」を大さじ2から2.5へ増やしたら落ち着いたと話していた。

らぱん

 三つめの「牛肉のくわ焼き」は、普段鶏肉でやるものを牛肉で代用した料理。牛肉には小麦粉をまぶし、焼いてからいったん取り出し、プライパンをきれいにしてから合わせたタレを煮立てる。そして戻し入れた牛肉に絡ませるのだ。焦げを残していたり、脂をいっしょにすると、きれいな照りは出ない。市販のミックス野菜を主にした薬味野菜には「かけるだし醤油」とゴマ油を合わせたタレをかけ、そこに先程の牛肉を盛って食す。「湯浅醤油」の「かけるだし醤油」は、一般的なだし醤油と異なり、チキンエキスを加えて造っている。動物性と植物性を合わせることで、少し違った風味になるので、いつもの昆布と鰹のだしに飽きた人にはいいようだ。

らぱんらぱんらぱん

三品を味わってから奥さんの佐川知子さんからひょんな話を聞いた。それは卵かけご飯の作り方だ。佐川先生の奥さんは、無類の卵かけご飯好きなのだが、あの卵白のズルズルとまとわりつく感じが嫌で、何とかならないものかと常々思っていたそうだ。ある日、卵屋さんから聞いた話を基にやってみたところ、しっくり来るものができたのだとか。その作り方とは、生卵を黄身と白身に分ける。まず卵白だけをご飯にかけて、よく混ぜる。それから卵黄を入れて、醤油をかけるのである。ものは試しにと佐川先生宅でご飯を出してもらい、私もやってみた。卵白特有のズルズル感がなく、さりとて卵黄だけのあっさり感だけでもない。これまで食べていたものより美味しく味わえた。まさにコロンブスの卵だ。
今回の三品といい、卵かけご飯といい、巨匠宅で味わうものは凄い。帰りに佐川先生から三品のレシピをもらって来たので、ぜひ読者諸氏もやってみてほしい。簡単なのにここまで違うとは、本当に恐れ入る。

佐川先生が作った料理のレシピ

らぱん

■大根とツナ缶のあえみそ和え
●材料(4人分)/
大根300g ツナ缶80g 三ツ葉1束 塩適量
[和え衣]「あえみそ」大さじ2 マヨネーズ大さじ1 粒マスタード適量(好みで醤油適量)
●作り方/
①大根はマッチ棒状に切り、軽く塩を振ってまぶし、しんなりすれば水気を絞る。
②ツナ缶は汁気を切り、粗くほぐす。三ツ葉は熱湯に塩を入れた中でさっと茹で、3~4cmの長さに切る。
③ボールに「あえみそ」、マヨネーズ、粒マスタードを入れてよく混ぜ、1)と2)の材料を加えて和える。

らぱん

■鶏ささみのにんにく醤油焼き和風サラダ
●材料(4人分)/
ささみ4本 レタス2枚 みょうが2個 セロリ1/3本 玉ネギ1/2個 三ツ葉(サラダ用)適量
[和風ドレッシング]「あえみそ」大さじ2.5 ポン酢大さじ1 サラダ油大さじ1 酢大さじ1 コショウ少々
[ささみの下味]「魯山人」醤油大さじ1/2 にんにく(すりおろし)小さじ1
●作り方/
①ささみは筋を取り、醤油とにんにくを合わせた中にしばらく漬ける。
②レタスは5㎜幅の細切りにし、みょうがも細切りにする。セロリは筋を取って細切りにし、玉ネギは薄切りに、三ツ葉は食べやすい長さに切って水に漬けて晒す。
③ボウルに和風ドレッシングの分量を合わせてよく混ぜる。
④フライパンを熱した中にサラダ油をなじませ、1)のささみを入れて焼く。それを粗く裂いておく。
⑤2)の野菜の水気を切り、4)のささみと合わせて器に盛る。上から和風ドレッシングをかける。

らぱん

■牛肉のくわ焼き
●材料(4人分)
牛もも肉(あみ焼き用)200g 小麦粉適量 サラダ油適量
[タレA]酒大さじ2 「魯山人」醤油大さじ2+1/2 みりん大さじ2 砂糖大さじ1
[薬味野菜]ミックス野菜1袋 貝割れ菜1/2パック キュウリ1/2本 青じそ6枚 ミニトマト4個
[タレB]「かけるだし醤油」適量 ゴマ油適量
●作り方/
①牛肉は6~7㎜の厚さに切り、小麦粉をまぶして余分な粉を払う。
②フライパンを熱してサラダ油をなじませ、1)の牛肉を入れて焼く。
③タレAの分量を合わせ、フライパンに入れて煮立てる。牛肉を加えてタレを絡ませる。
④ミックス野菜は洗って水気を切り、貝割れ菜は根を切る。青じそは細切りにして水に晒し、キュウリを細切りにする。ミニトマトは2~4等分に切る。
⑤器に薬味野菜を盛り、タレBをかけて3)の牛肉を上に盛る。

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい