154 2026年08月ちょっとした接待に、家族揃っての食事にと、ハレの日に使いたいのがホテルレストランである。そこには地域の素材が活用されていたり、ユニークな調味料が使われていたりして食事の愉しさを彩っている。加えて料理人の確かな技術が裏打ちされているからこそ、安心して食事を味わえるのだ。今回は関空直結の「ホテル日航関西空港」から和彩 「花ざと」を紹介したい。厨房を任されている井上孝彦さんは、和のベテラン職人。工夫を凝らしメニュー組みしてくれた今回の二品は、ステーキ会席「雅」の献立を彩っているので、ぜひとも読者諸氏にも体験してほしいと思いながらレポートをする。

和彩 「花ざと」 井上孝彦
(「ホテル日航関西空港」和食調理グループ ヘッドシェフ)
「熟成している期間が
長いのもあって『生一本黒豆』は
濃くて旨みもあります。
一般の濃口醤油より控え気味でも十分表現できます。」

洋食シェフ希望が、なぜか和食の職人に

エ1

日本の玄関口の一つ関西国際空港に直結の「ホテル日航関西空港」。このコーナーでは、同ホテル内のオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」・中華「桃李」を紹介してきた。和彩 「花ざと」(以下、「花ざと」)のみが未取材で、和食調理グループのヘッドシェフに井上孝彦さんが就任したタイミングで、「名料理、かく語りき」を取材することにした。「花ざと」は、1995年6月24日のホテル開業以来、ずっと営業している。一時期は、コロナ禍で閉めていた事もあったが、現在は、ゲストに好評な天ぷらや和のメニューを中心に展開をしている。同ホテルでは、過去に日本料理「弁慶」も営業していたため、当時の「花ざと」は、天ぷらを中心とした店として営業していた。その名残りから、カウンターに揚げ場が設置され、かつては注文が通る度に顧客の目の前で料理人が天ぷらを揚げ提供してした。
営業部の髙橋直樹さんの話によれば、「カウンターで揚げたて天ぷらを愉しみたい声も多くあるのですよ」と顧客からの天ぷら待望論を話してくれた。井上さんも「和食(割烹)の醍醐味はカウンター仕事。お客様に揚げたて天ぷらの美味しさを味わってもらいたいですね」と言っていた。いずれは(満を待して)カウンターの再開も……と取材側も期待している。
さて現在「花ざと」は、セットメニューを中心に、「国産車海老の天ぷら膳」や「銀鮭西京焼き膳」「冷製牛しゃぶ膳(夏季限定)」が人気。加えてコース料理も提供しており、会席料理の「桐」やステーキ会席の「雅」で日本料理を堪能する人も多い。井上さんの話では「神戸ポークを使った豚カツや丹波赤鶏の唐揚げなどの単品も提供しているので、単品で注文する方も多くいる」そう。国際空港に直結するホテルのため、海外ゲストの宿泊も多く、特にディナーでは、海外のゲストで賑わう日もあると話していた。地元の人も本格的な和の味を求めて「花ざと」を利用するそう。つまり「花ざと」は、海外ゲスト、地元顧客からも高い評価を得ている事になる。

ク1

現在、「花ざと」の厨房を任されているのが、ヘッドシェフの井上孝彦さん。井上さんは、和泉市出身というから根っからの泉州人のようだ。高校時代に「料理天国」(TBS系)を観て出演者の小川忠彦先生に憧れ、彼が働く「あべの辻調理師専門学校」へ入学した。学校では小川先生を募って西洋料理を勉強。当然洋食の職人として技術を磨くつもりでいたという。ところが、学校から「ホテル日航大阪」からアルバイトがあると促され、行ってみるとレストランではなく、社員食堂勤務に。しかも順番待ちの状態だったらしい。卒業後はホテル日航大阪の社員食堂で1年間働き、やがて日本料理「弁慶」に異動。西洋料理の職人になるはずが、なぜか和食の職人になっていたというから人の巡り合わせとは面白いものだ。井上さんはその後、ホテル日航大阪の日本料理「弁慶」で20年程働き、和食の職人の道を邁進する事になる。井上さんの師匠は、入社した当初料理長を務めていた住本師。「私は一番下で追い回しのような役目でしたが、とても綺麗な仕事をする職人で、カウンター仕事だと惚れ惚れする程美しい所作で、綺麗な料理を作っていました」と師の技を振り返ってくれた。「料理だけでなく、日本の文化にも触れなさい」との住本師の教えもあり、一時期花道や茶道の勉強も取り入れていたらしい。
1995年に「ホテル日航関西空港」が開業すると同時に井上さんは転勤。ホテル日航大阪同様に「弁慶」の料理人とし働いていた。すると1年後に「花ざと」へフィールドを移す辞令が_。きっかけは井上さんがカウンター仕事の経験がなかったから。その経験を踏まそうとの考えで「天ぷらを揚げて来い」と送り出している。当時の「花ざと」は、カウンターで揚げる天ぷらが売りで、井上さんは花形的な仕事を託された事になる。「その頃は、木箱にネタを入れてお客様に見せて、次々に揚げていました。揚げ場も2台ありとても盛況だったように思います」と振り返る。よくベテランの天ぷら職人は油に指を浸けても熱くないといわれる。その辺の話を聞いてみると、「素で浸けると流石に火傷しますよ」と笑いながら「でも天粉をつけると、170℃の油でも熱く感じません。固まったら熱いのでさっと抜きますがね(笑)。いわゆる一つのパフォーマンスですね」と熟練の天ぷら職人ぶりのエピソードを披露してくれた。井上さんの揚げる天ぷらは旨いとの評判で、今でも「花ざと」の常連客は井上さんを指名して「天ぷらを揚げて欲しい」と懇願もするらしい(笑)。
和の料理人としての井上さんの信条は、あまり飾らず、シンプルな一皿にする事で、料理以外の余計なものはいらないと考えが強い。「花丸胡瓜を用いたり、それを敷き葉にしたりはしますが、あくまで主役は料理。器の中をあれこれ飾るのではなく、素材と調味で勝負したいですね」と語っている。近年、泉佐野市農林水産課では、地の水茄子をPRするのに調理汎用性の広さをアッピールしている。それに同調するわけではないが、以前より井上さんは水茄子を天ぷら素材として注目しており「茄子の中では一番使い易く、千両茄子より厚みもあって歯応えもある。天ぷらにすると、トロっとして美味しいし、田舎煮で揚げるのもいい」と先進的に行っていた。流石は、地の食材を知り尽くした職人である。現在、「花ざと」には「国産車海老天ぷら盛り合わせ」や「野菜天ぷら5種盛り合わせ」といったメニューはあるものの、カウンターを活用しているわけではなく、籠盛りや皿盛りが主流になっている。4人掛けのテーブルが10卓ある陣容になっているが、和の職人としてはやはりカウンター仕事を復活させたいようだ。かつて住本師がしていた綺麗な料理、綺麗な仕事が何年経っても職人の頭から離れないのだろうと取材をして感じた。

取材のための創作をステーキ会席に

シ1
ス1

さて今回の「名料理、かく語りき」は、実際に「花ざと」で提供しているメニューと直結している。「名料理、かく語りき」用に井上さんが創作してくれたのは、①糸瓜の胡麻味噌和え②A5ランク近江牛ロースのステーキ 湯浅金山寺味噌を添えての二品だ。①については「生一本黒豆」を、②には「山椒金山寺」と「生一本黒豆」を使っていた。この二品は、ステーキ会席「雅」に挿入され、①は先付として、②はメインディッシュの焼き物として提供されている。
まず先付けとして出される「糸瓜の胡麻味噌和え」だが、ここでメイン素材として用いられている糸瓜とは、ソウメンカボチャ(金糸瓜)とも呼ばれ、果肉が繊維状になっているので輪切りに茹でると、ほどけて麺のようにバラバラになる。欧米では、ほぐした実にドレッシングなどを掛けて食べるというが、井上さんは胡瓜・人参・蒸してほぐした鶏もも肉を加え和え物にしていた。「輪切りにすると筋が糸みたいに見えるでしょ。その筋を使ってゆがいて用います。」皮は食べられないので種とワタを除いて筋の所を使う。7分程ゆがくと段々とほぐれるので、鰹節・淡口醬油・みりんのだしでさっと煮て、すぐに氷水で冷やして使用する。さっと煮るのと、氷水に浸けるのはシャキシャキ感が残るようにするためである。一方で白味噌・砂糖・酢・胡麻ペーストを擂り鉢で擂って、そこに醤油(生一本黒豆)を足してさらに擂って行く。先程の糸瓜と細く短冊状に切った胡瓜と人参に軽く塩をし、30分置いてから蒸した鶏肉をほぐしたものをそこに加えて和えるだけ。旨みが結構あると評した「生一本黒豆」を井上さんは初めて使ったそうで、「濃口醤油より濃くて甘みもある」との印象を持っていた。寝ている分だけ醤油の色が濃いからあまり入れすぎると黒くなりそうだったので、白味噌・砂糖・酢・胡麻ペーストとうまく調味し、50ml(生一本黒豆)を加えたそうだ。「普段このような料理には、淡口醬油を用いる事が多いんです。一般的な濃口醬油なら60mlで調味しますが、『生一本黒豆』は濃いので40~50mlと抑え気味でも大丈夫だと感じました」糸瓜を使った料理は、近江牛を使用した「ステーキ会席・雅」の先付として7月1日から提供しているので、ぜひ興味のある人は実食すべし。胡麻風味漂う糸瓜の味に遭遇できる。

タ1
チ1
ツ1

二つめの創作は、近江牛を使用した「ステーキ会席・雅」のメインディッシュに活用していた。料理というより、こちらは漬けダレ的な役割として表現しているのだ。コースの焼物にあたる「A5ランク近江牛ロース(120g)のステーキ」は、文字通り日本三大和牛の一つとされる近江牛を使用。「ホテル日航関西空港」では、近隣(阪南市)のブランド牛・なにわ黒牛も使用しているが、井上さんは「脂が多く個人的にはステーキに向かない」と感想を持ち、日本三大和牛として知名度も高い近江牛を活用している。「神戸牛や松阪牛より入手しやすく供給が安定しています。ハズレがないから使い易いんですよ」と使用理由を明かしてくれた。「花ざと」ではA5ランクの近江牛をミディアムレアで焼き提供しており、そのステーキに添えているのが、生ワサビ、塩、ぽん酢、そして今回創作した「金山寺味噌」の4つである。「山椒金山寺」1パック(150g)を丸々擂り鉢に入れて、そこへ「生一本黒豆」醤油を10ml流し入れる。これを擂って半擂り状態にしたらステーキの四番目のタレが出来上がる。「本来なら15mlの濃口醤油を使う所を、『生一本黒豆』は濃いので10mlで十分。やはり和食だから多少色合いも気になりますしね」と話してくれた。初めはワサビ、塩、ぽん酢の三つで考えていた。試食会を実施した時、この金山寺味噌タレを考えつき、「美味しい!」との評価があった。そこで三連の皿に塩とぽん酢、そして金山寺味噌ダレを置き、生ワサビはステーキのそばに添えたのだ。ちなみにステーキの付け合わせは、アスパラガス・玉葱・エリンギである。「たまたま今回の取材の話があり、ステーキの漬けダレに金山寺味噌を創作しようと考えていました。本来お客様に提供する時は、塩・ぽん酢・生ワサビの三種でもよかったのですが、私のちょっとした遊び心で、試食会に提供してみたところ、周囲の反応が思った以上によく、メニュー化してみようと判断しました。どうしても三連の皿に入れて提供したく、生ワサビをステーキの器に移して、四種類の漬けダレにしてみました。お客様は、違いを楽しみながら、ステーキを堪能できるから面白いと思いますよ」と井上さんは話してくれた。

「ホテル日航関西空港」は、すでに「名料理、かく語りき」のおなじみさんで、取材でよく出来た料理をレストラン内でメニュー化してくれている。「花ざと」では、いいものがあれば、現行の献立の中で活用したいと考えており、今回職人の目には、「生一本黒豆」や「山椒金山寺」がそれに値したのだろう。
取材当日も海外からの団体ゲストの利用があり、彼らは来日後初めて現地での日本食に接し、舌鼓を打ったという。空港直結ホテルで、本格的な和の味を愉しむ絶好の場所といえるだろう。「料理人は、お客様から『旨い!』と評されるだけで伸びるんです」という井上さん。彼が率いる和食料理人たちの活躍が、海外からの観光客に対して日本の好印象を与えてくれているのではないだろうか。

 

  • <取材協力>
    和彩 「花ざと」

    住所/大阪府泉佐野市泉州空港北1(関西国際空港直結)ホテル日航関西空港2階

    TEL/072-455-1120(受付時間:9:00~18:00)

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/11:00~14:30(LO 14:00)、17:30~21:00(LO 20:30)

    休み/毎週木曜日(祝日除く)

    メニューor料金/
    ■ランチ限定(一例)
    ・おすすめランチコース 「蘭」     6,500円
    ・天ぷら膳         3,700円
    ・葱たっぷり穴子丸ごと天丼セット    3,200円

    ■ディナー限定 セットメニュー(一例)
    ・料理長お薦めコース「桐」       12,800円
    ・近江牛を使用したステーキ会席「雅」   16,800円
    ・冷製牛しゃぶ膳         8,100円
    ・国産車海老の天ぷら膳         6,600円
    ・国産車海老の天丼セット        5,300円

    ■ディナー限定 アラカルトメニュー(一例)
    ・冷製牛しゃぶ        5,500円
    ・国産車海老天ぷら盛り合わせ 大   4,500円
    ・銀鮭 西京焼き        3,500円
    ・神戸ポーク豚カツ      3,500円
    ・お造り盛り合わせ3種盛り      3,000円
    ・野菜天ぷら5種盛り合わせ    1,500円

    ※上記メニューや営業時間などの情報は、取材時(2026年8月現在)の情報となります。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい