90 2021年01月 穴子寿司、巻き寿司、いなり寿司にバッテラと、どこの寿司屋にもあり、和食店でも定番となっているこれらの料理(寿司)は、価格的にも安定感があって庶民の味方となっている。このうちバッテラは、あえて〇〇寿司と呼ばず、なぜかポルトガル語の「バッテーラ」(小舟の意味)が名づけられている。今でこそ全国で味わえるバッテラも実は大阪生まれ。発祥の店は、当時、順慶町井戸の辻にあった「寿司常」で、明治20年代にそれが作られたとある。その伝統と技を受け継ぐのが石川里留さん。バッテラを考案した人の、玄孫にあたる富美子の旦那さんで「寿司常」の四代目なのだ。今回は、バッテラ発祥の「寿司常」に伺い、バッテーラが世に出たエピソードを聞くとともに湯浅醤油製品を使った試作を取材した。老舗寿司屋は、いかに醤油を使ったのであろうか。とくとご覧あれ。

寿司常 石川里留
(寿司常四代目)
「生一本黒豆は、濃口よりむしろ
たまりに近い味わいがあります。
角がなく、コクがあるので
造りにはいいですね。
なぜか焙煎したような香ばしさ
があるような印象を抱きました」

大阪天満宮そばにある「バッテーラ」発祥の店

 

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バッテラは、押し寿司、箱寿司の類で、寿司屋では定番商品。関西では親しみがあるのか、うどん屋など和食の店でも出すことが多い。バッテラを調べてみると、酢飯の上に酢締めした鯖を載せ、甘酢で煮た白板昆布を置いて型で抜いた寿司とある。京都の棒寿司や同じ大阪発祥の松前寿司と比べても手頃な値段で売られていることが多いのか、庶民には親しみのあるものとして広く普及している。今では、全国区になってしまったバッテラだが、この発祥を大阪天満宮そばにある「寿司常」であると知る人は多くない。同店の四代目である石川里留さんは、その発祥店よろしく、今でも昔ながらの「バッテーラ」を作り続けており、当然ながら「寿司常」の名物として人気を博しているのだ。
バッテラが生まれたのは、多分「寿司常」が創業した明治24年ごろではなかったか。その年は定かではないが、石川里留さんの話では、「店が始まって間もない頃だと思う」との証言がある。この時代、大阪でコノシロが大量に獲れたことがあったそう。コノシロとは、コバダと呼ばれる魚(コハダの成魚という人もいる)。東京ではひかりものを代表する寿司ネタでその需要も多く、酢との相性がいいので酢締めして使う。明治期にコノシロが沢山獲れ出た頃に漁業関係者がその使い道に悩み、当時、順慶町井戸の辻で寿司屋を営み始めた「寿司常」の中恒吉さんに相談した。中恒吉さんは、コノシロを三枚に卸してその半身を用いて姿寿司を作ったようだ。それがあまりに評判がよかったためにいつしか「寿司常」の定番になった。当初は、布巾で締めて作っていたそうだが、この手法だとあまりに手間がかかるので、中恒吉さんは押し型を発注し、それで押し抜くスタイルを考案した。コノシロの頭と尾を落とし、魚の形をした木型にコノシロの身と酢飯を入れて押し抜いて出していたものを、ある日食べた客が「バッテーラだ」と言ったので、その名が定着したという。バッテーラとは、ポルトガル語で小舟を意味する。明治24年にロシアの大型船が堺沖に停泊し、そこから小舟で物資を運んでいた。加えて水上警察が短艇(小舟)で河川をパトロールしていたこともあって大阪の市民がバッテーラ=小舟と認識し、そう呼んでいたと思われる。今でこそ「バッテラ」と呼んでいるが、実は「バッテーラ」と伸ばす発声が正しい。なので「寿司常」では、今も商品名を「バッテーラ」としているのだ。石川里留さんの話によると、「コノシロの大阪湾内での水揚げが少なくなり、値も上がったので鯖で代用し出し、いつしか鯖の寿司として定着したんだろう」とのことであった。当初は舟型で作った木型も箱の形の方が押しやすいとなって今の形へと変化した。箱型で押し抜くのに、なぜか「バッテラ」と呼んでいるのが面白い。そのため発案のきっかけ(コノシロが大量に水揚げされ、使い道を模索した)や語源から遠く離れてしまっている。ちなみに「寿司常」では、伝統を守って舟型で今も「バッテーラ」を作っている。

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「寿司常」は、中恒吉さんから孫の中恒次さん(三代目)まで受け継がれ、一旦店を閉じている。理由は、中恒次さんの息子で、石川富美子さんのお父さんに当たる人が、料理人として寿司職人とは別の道に進んだから暖簾を降ろしたそうだ。ところが、何の縁かはわからないが、中恒吉さんの玄孫にあたる富美子さんが寿司職人で、しかも「吉野寿司」で大阪寿司を学んでいた石川里留さんと結婚したことによって再びその道が開けた。「テレビを観ていた時にうちがバッテラの元祖ですと偽物が現れたことがあって、これではまずいと思い、『寿司常』を再開させたのです」と石川富美子さんは話している。三代目の記憶が定かなうちにレシピを作って発祥の「バッテーラ」を再現させた。昔からの店を改装し、大阪天満宮の裏手、天満天神繁盛亭の斜め前で店を営んでいる。
「寿司常」では、名物「バッテーラ」が一本900円(税別)。昼には「バッテーラ膳」(税別1600円)があり、バッテーラに巻物、小鉢、赤だしの内容になっている。夜は、先付、季節の小鉢、バッテーラ、赤だしと出る「バッテーラセット」が3300円(税別)で売られている。ちなみにコース的内容になっている「おまかせ」は8500円からで先付・小鉢二品・造り・にぎり寿司八貫・バッテーラ二貫・赤だしの構成。私はにぎりもバッテラも食べたいのでこれを注文することが多い。その他に「活けあじ棒寿司」や「穴子棒寿司」も名物。車海老・鰻・玉子・かんぴょう・キュウリ・椎茸が具となり、そのボリュームにびっくりさせられる「巻き寿司上巻」もぜひとも食べたい一品で、いつも「おまかせコース」にするか、単品ずつ頼むか悩んでしまうのだ。にぎり寿司は、ネタによって値段が違うが、一貫は300円からある。

寿司屋なのに、「カカオ醤」の使用法にチャレンジ

 

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さて、この老舗寿司屋で、私はいつものアレをやろうとしている。予め湯浅醤油と丸新本家の商品を送っておき、取材用として私だけのスペシャリテを作ってもらうのだ。石川里留さんが、この日使用したのは、1月20日に新発売された「カカオ醤」(世界初のカカオ豆を用いた醤油)と「生一本黒豆」に「魯山人」醤油である。
まず「カカオ醤」であるが、真鯛の昆布締めにキャビアを置くかのようにちょこんと載せて出してくれた。ドイツにカップ寿司(カップに盛ったデコレーション寿司)というのがあって、そこの記事でマグロの赤身とチョコレートが合うとの話を読んだことがあるそう。それをヒントに「カカオ醤」を試したところ、白身魚でも合うのがわかったという。「生魚特有の匂いが『カカオ醤』を使うことで緩和されました。果実にも合うかと思い、柑橘系や苺も試したんです。最もフィットしたのは柿でしたね」と石川里留さん。昆布締めした真鯛に、粒の「カカオ醤」を載せ、その下に柿を置いている。「柿の甘みがチョコレート(カカオ醤)の雰囲気によくマッチするんですよ。口内に残る『カカオ醤』の粒々感をどうしようかと悩んでいたら柿の食感がそれを気にしなくさせてくれました」。昆布締めと醤油(カカオ醤)が口内でうまく合わさり、旨みを感じさせてくれる一品になっていた。

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二品目は、「生一本黒豆」でドレッシングを作って出す一品料理。「寿司常」では、単品で出しているもので、いつもの醤油ではなく、「生一本黒豆」を用いて今回はドレッシングを作って味付けしている。ドレッシング自体は、「生一本黒豆」、大根おろし、人参おろし、甘酢の昆布を叩いてみじん切りにしたものを合わせている。味付けは、醤油と太白ゴマ油、酢、砂糖で、今回はフルーツトマト、オクラ、天然真鯛で作っており、鯛の上にその特製ドレッシングを載せて出してくれた。「寿司屋なのでどうしても野菜が少ない。特に女性が野菜を使ったものを所望することがあります。そんな時にコレを出すんですよ。野菜は季節によって異なります。ブロッコリーだったり、オクラだったりするんですがね」。石川里留さんの「生一本黒豆」評は、「一般的な醤油と比べると、香ばしさがあった。それに角が少なく、コクがある」とのこと。初めに味見した時には、焙煎しているような感じがしたのでドレッシングに使ったら面白いと思ったようだ。「値段的に大量に使うのは難しいが、ここぞのポイントには使いたい逸品ですね」と語っていた。

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三品目は、温かい料理。そば米を一度ボイルしてから調理する。昆布、鰹の合わせだしに「魯山人」醤油、みりん、ひとつまみの塩を使って調味したそう。ホタテ貝と白菜を入れて煮ており、火が通ったら片栗粉でとろみをつける。器には、そば米→ホタテ貝・白菜の順に入れ、あんをかけてすりゴマを散らして出来上がる。「魯山人醤油は欠点がない。一般的な醤油は何か一つは欠点があるが、これは全て(後口の良さ、角がない、味の強さ、香り)優秀でバランスがいいですね。もう少し『魯山人』醤油を強調したければ、仕上げに一滴垂らしてもいいですよ」と説明していた。石川里留さんは、味がきつくないので寿司なら漬けに使用するのもいいと思ったそうだ。ネタに隠し包丁を入れたマグロの赤身に合うと、わざわざ握って出してくれた。「うちではもともと煮切り醤油を使うのですが、コレはそのまま漬けてもいいですね」と言う。「何度でも味見できるほどバランスがいい醤油で、角がなく、切れもいい」と「魯山人」醤油を高く評していた。

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「寿司常」は、寿司屋なので当然醤油はよく使う。「生一本黒豆」や「魯山人」醤油については使い方がすぐに定まったそうだが、チョコレートの風味を醸す「カカオ醤」については熟考したと話していた。柿との相性が抜群だったので、柿と真鯛の昆布締めに合わせたが、「うちの椎茸にも合いますよ」と振り返る。「寿司常」の椎茸は、しっかり煮て作っており、味も濃い。だから「カカオ醤」と合わせても負けないのだとか。試しに味わってみたが、椎茸の味だけでなく、カカオの香りがし、「カカオ醤」(粒)特有の粒々感も気にならなかった。このように色んな試みを老舗寿司屋がやってくれたことに脱帽する。初代・中恒吉さんが「バッテーラ」を考案したフロンティアスピリッツは、四代目の石川里留さんにうまく受け継がれているのだろう。

 

 

  • <取材協力>
    寿司常

    住所/大阪市北区天神橋2-4-3 寿司常

    TEL/06-6351-9886

    営業時間/月火木曜日17:00~21:30、金土日曜日11:00~14:00、17:00~21:30


    休み/水曜日

    メニューor料金/
    バッテーラ 一本900円
    バッテーラ膳(昼) 1600円
    バッテーラセット(夜) 3300円
    活けあじ棒寿司 一本1500円
    活けあじ棒セット 3800円
    穴子棒寿司 一本3000円
    巻き寿司太巻 880円
    巻き寿司上巻 2200円
    おまかせ 8500円~
    にぎり寿司 一貫300円~


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい