155 2026年09月神戸市東灘区深江は、よく通る場所。しかし当方はいつも車なので通り過ぎるくらいで、車窓の景色でしかなかった。阪神深江駅のロータリーすぐの所に「旬菜 有頂天(うちょうてん)」なる居酒屋があってなかなか地域で評判を呼んでいるという。聞けば店主の北野公一郎さんは、かつて北新地で高い評価を得ていた「枠餐 石和川」の出身だそうで、それなら料理評判に事欠かないと思って出掛けてみた。店内はコの字型のカウンター(12席)で、その日の仕入れによって献立が書き換えられる。メニュー数は50以上になるというからかなりの充実ぶりだ。そんな深江の居酒屋で醤油・味噌を用いた創作を行ってもらった。さて取材当日に「有頂天」ではどんな料理が出ていたのであろうか。

旬菜 有頂天(うちょうてん) 北野公一郎
(有頂天 店主)
「送って来た『白みそ』は、
しっかりした造りと味で、
甘ったるくなく、秀逸でした。」

店主との会話も第三の味のうち

神戸市東灘区にある深江という町は、庶民的風情が漂う。神戸市の東端にあたり、阪神で一駅東へ行けば、かの芦屋に着く。その昔は深い入江の漁村だったようで、深江と名づけられたと聞いている。町自体の歴史は古く、既に室町期に深江村が誕生していたようだ。かつては漁師町だったと思われ、西国浜街道から有馬温泉まで繋がる魚屋道(ととやみち)を通じて深江の魚が有馬の宿まで運ばれていたのだ。現在の深江にはそんな面影はない。唯一それに近いとすれば、埋立地側にある神戸市中央卸売市場東部市場ぐらいか。そこに魚を求める業者や料理人が集まるのが関の山だろう。むしろ今では色んな工場が林立しており、そこに働く人で賑わっている。そんな深江のランドマークは阪神深江駅。近年、芦屋~魚崎間が高架化され、駅は路面ではなくなった。船をイメージして造られた白い流線型の駅舎から北側が繁華な場所となっている。
今回紹介する「旬菜 有頂天(うちょうてん)」は、阪神深江駅のすぐ前。駅北側のロータリーに沿って建っている。同店を営むのは北野公一郎さん・章子さん夫妻で、ジャンルとしては庶民的な居酒屋といっていいだろう。北野公一郎さんが立ち呑み屋をやめて居酒屋をやり出してから夫婦で店を切り盛りしているらしい。「有頂天」自体は、カウンターのみのカジュアルな居酒屋だが、店主の北野公一郎さんは、北新地にあった有名日本料理店「枠餐 石和川」の出身。なのでかなり高度な和食技術を習得している。普段はアラカルトメニューなのだが、月に一回常連客の要望でコース料理を提供する日もあるらしく、その一品一品にかつて修業した頃の料理が見え隠れするのかもしれない。北野公一郎さんは、「だいたい最終木曜日に常連さんのリクエストに応えてコース(4000~5000円目安)を提供する事が多いですね。でも誰でもリクエストがあればおまかせコースを作りますよ。但し、前日までに要予約ですが…」と言っていた。何せ技術があって創意工夫ができるのだから“昔操った杵柄”ではないけれど、その辺りはお手の物だと思われる。

オ1
カ1

ここまで読んでわかるように「有頂天」の北野公一郎さんも最近続く「石和川」の浦上浩さんの弟子レリーズである。かつて北新地でその名を轟かせた割烹「石和川」は、その料理の面白さはもとより修業の厳しい面でも知られていた。浦上さんが入門して来る弟子達に「うちは自衛隊より厳しいから覚悟しておくように」と言ったとか、言わないとか。弟子達の店でも語り草になっているようで、北野公一郎さんも「悪夢と書いて“ゆめ”と読ませてください」と笑いながら話していた。そもそも北野公一郎さんは、東大阪の出身で、高校・大学を通じてアメフト選手だったそう。なので料理人を志しておらず、できればスポーツライターになりたいなんて夢を抱いていた。大学を卒業し、4年間オーストラリアに留学して帰国した。「スポーツバーでもしたい」なんて言っていたら、当時「石和川」で事務員として働いていた叔母から「おせちで忙しいからアルバイトにおいで」と誘われたという。北野公一郎さんは、軽い気持ちでアルバイトで「石和川」に入ったつもりだったのだが、一週間すると浦上さんから保険証を手渡され、いつのまにか「石和川」の正社員になっていたようだ。「同級生に比べて休みもなく、給料は安いのに、店は忙しくて仕事は厳しい。ちょっとでもグチると、『皆やって来た事』とスルーされます。先輩方の時はもっと厳しかったというけれど、その頃を知らない世代なので何とも返せません。そんな厳しい環境に音を上げて私の下は13人も辞めましたよ」。坊ちゃんの時代から三年目が過ぎた日の事、北野公一郎さんの同期は彼を含めて三人が残っていたらしいが、最後の荒廃が辞めた時、「同期三人で顔を見合せて『どうする』って言ったのを覚えています」。特におせち制作時は、かなり忙しく、北野公一郎さんの言葉を借りれば「まるで地獄のよう」。都合25000個を作るのに秋に入ると休みが取れなくなるそうだ。「店から大晦日には寸志が手渡されますが、それはいらないから休ませてっていうのが本音でしたね(笑)」。そんな苛酷な世界で、北野公一郎さんは一所懸命働いた。煮方の時代に吸地を作って親方に了承をもらいに行く。「よし」と言う浦上さんの言葉をもらうのが嬉しかったと語っている。「吸物は鰹を利かせて作るんですけど、ちょっと香りを利かせるぐらいの淡口醤油を加え、寸銅鍋に丸々(約300g)鰹節を入れるくらいの勢いで作ります。鰹風味が利きすぎると、すっぱさも出るし、エグ味も出るんで、そうならないように工夫をするんですよ。今でもだしは『石和川』時代を思い出しながら作っています」と話していた。
北野公一郎さんは、25歳から6年間「石和川」で修業をしたそうだ。その後は「石和川」の常連客の紹介で奈良県の天川村へ。天川村は大峯の山々に抱かれる山深い地。谷間の集落さえ441~830mの標高にある。約1300年前に役行者(えんのぎょうしゃ)が開いた大峰山での山岳修験の根本道場が今も残っている。修験道の隆盛と共に栄えて来たのが洞川温泉。この温泉街では、大峰山開山中には山伏が法螺貝を吹く姿などが見られ、過去と現在が交錯する様に出会えたりする。そんな天川村で北野公一郎さんは、大峰山龍泉寺の厨房を任され、寺に働く僧達の食事をまかなったり、行事の際に精進料理を作ったりしていた。「龍泉寺は1300年も続く伝統ある寺院で、初彌勒会や節分会(星祭り)、洞川行者祭りなど色んな行事があって僧侶や関係者に精進料理を作って提供していました。山深い地にあるわけで、最寄りのコンビニへも車で40分かかるくらい不便な所で、まるで隠遁(いんとん)生活のような6年間でしたよ(笑)」。

天川村を後にした北野公一郎さんは、一転街中へ。大学時代の友人が打出(芦屋)出身だった事もあって彼と一緒に深江で立ち呑み屋を開く事になる。その立ち呑み屋が「有頂天」なる店名。北野公一郎さんは、中学生の頃からBUCK-TICKの熱烈なファンで、BUCK-TICKの3rdアルバム「SEVENTH HEAVEN」から取ってそれを漢訳した「有頂天」を店名にしたそうだ。ちなみに有頂天とは、最上の天界の意。有が生きとし生けるものを意味し、その頂上を表している。サンクスリット語「パヴァーグラ」の漢訳でもある。立ち呑み屋「有頂天」では当然ながらビールやハイボール、日本酒など酒類が売りなのだが、勿論酒のアテも提供する。「ホタルイカの目を取って出すと、お客様から『目取るんや?』とびっくりされ、鯛の荒炊きが通ると、それを調理する様を見て『今から炊くの?』と感心される。料理人としては当たり前の事をやってるつもりなのに驚かれるのにはギャップを覚えましたね。一般的な立ち呑み屋とはレベルが違うと彼らも見てくれていたのでしょう」。暫く立ち呑み屋をやっていたが、共同経営者の友人が脱落し、ならば得意の料理で勝負しようと、阪神深江駅前で「有頂天」なる居酒屋を始めた。丁度章子さんと結婚した時期でもあったので夫妻二人三脚で居酒屋経営に乗り出す事にした。それが今から7年前の出来事である。「私にとって深江は何の縁りもない土地。たまたま立ち呑み屋をやったのがきっかけでこの地に根づいたんです。神戸は実に保守的な土地柄で、私も慣れるまでに時間がかかりました。駅前にいても通る人は一人も知らないのに、店に入ると知っている人ばかり。当時会社勤めだった章子さんがどこかの店で飲んでいると、15分すればその情報が入って来るんですよ(笑)。そんな土地柄が面白くて深江という町に親しみさえ覚えるようになりました」と語っていた。「有頂天」を訪れた人がブログに書いているのは、料理の素晴らしさと居心地の良さ。北野夫妻のもてなしでより美味しく感じると語っている。面白いのは造りの盛り合わせでの評価で、「五盛りのはずが、今日はそれ以上」と書かれているのだ。北野公一郎さんに尋ねると、「盛り合わせの種類は気分次第で、今では10種ぐらいある」とも。その他に「ポテサラうなぎのせ」も名物らしく、これは文字通りポテトサラダに鰻の蒲焼きが載っている。章子さんによると、北野公一郎さんの乗りで始めた料理らしく、「蒲焼きを載せると寿司みたいな感じで面白い」と言って創作したそうだ。このフィット感も抜群でビジュアル的にもユニークだとSNSで配信する人が多いのだという。「有頂天」では一部を除いて決まったメニューがない。仕入れ次第で何を作るか決めるらしく、その日のメニューは紙に手書きで記入している。「うまき」や「下足の天ぷら」などスタンダードなものが中心だが、章子さんが日本酒を薦める関係で、それに合うような料理がズラリと並んでいる。北野公一郎さんは、日課として昼前にはいつも魚屋と八百屋を何軒か回って仕入れを行う。「思う素材がなかったら探して回る」というのは、かつて有名割烹で修業していた習性かもしれない。買って来た素材であれこれ思案して献立に書き出す_、これは浦上さんがやっていた光景でもあるとふと思い出してしまった。メニュー数を数えたら50種以上_、これだけ料理するのだから大変であろう。頭の中の引き出しに詰まっているからこそ出来る作業でもある。とにかくそれらの料理を味わいながら店主との会話に花を咲かせるのが「有頂天」の特徴。よく常連は“客いじり”と揶揄するそうだが、それとてこの店の一つの味になっているように思う。料理が1、酒が2ならば店主と客の会話は三つ目の味であるように思える。

くどくない白味噌だから出来た白和え

さて、私はいつものように湯浅醤油・丸新本家の商品を予め送って、この取材用に料理を創作してもらう事にしていた。北野公一郎さんが「名料理、かく語りき」用に作ってくれたのが①フルーツトマトの白和え②白魚(シラウオ)の梅つゆ掛け③鮟鱇(アンコウ)の煮付けの三品である。①には「白みそ」を、②には「柚子梅つゆ」と「魯山人」醤油が、③には「カカオ醤粒タイプ」が各々使われていた。
まず「フルーツトマトの白和え」だが、これは水切りした豆腐を練って「白みそ」を加え、ちょっとだけ塩をして作った地に、湯むきしたフルーツトマトを適度な大きさに切って和えたものだ。上にはとんぶりが載っている。「元来甘い白味噌ならくどくなるのでフルーツトマトを使うのは勿体ないのですが、丸新本家の『白みそ』はしっかりしているので白和えには最適。届いて最初に嘗めた時にこれならフルーツトマトと合わせても面白いなと思いました」。北野公一郎さんは、送って来た「白みそ」を見て「白くない!」との印象を持ったそうだ。真っ白な色をしていないのは長く寝ている証拠で、漂白剤等を一切使っていない天然醸造だから。大豆の味を残して醸造・熟成するので少し黄色がかった色になる。長年の経験によって白味噌の良し悪しを理解しているので、原料と麹の質や、麹菌にゆっくり働いて発酵を進める事で本来の白味噌らしい味になるのをわかっていたと思われる。甘みはあれどもくどさがないのでフルーツトマトの甘みが生きると思って白和えを作った。「この『白みそ』だからこの料理の味が決まる」と言って称賛していたのだ。一瞬キャビア載せかと見紛ったが、食べるととんぶりだった。北野公一郎さんは、「白和えが柔らかく、プチプチした食感が欲しかったのでとんぶりを載せた」そう。「それにキャビアと思って食べてもらえば、もうけもの」と笑っていた。ちなみにとんぶりとは、アカザ科ホウキギ属の一年草ホウキギ(コキア)の熟した実を加工したもので、畑のキャビアと称される。9~11月が旬で、日本では秋田県大館市周辺でほぼ産されている。

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二品目の「白魚の梅つゆ掛け」は、丁度旬の走りでまだ小さい白魚を上手く使った料理だ。白魚(シラウオ)は、シラウオ科の小魚で、稚魚のように見られるが、実は成魚。冬一寸、春二寸と呼ばれる通りに冬は3~5㎝、春になると6~10㎝の大きさになり、春にはその短い一生を終えるのだ。白魚はその透明感から美しく、和の職人は使いたがるが、実は痛み易いのでなかなか居酒屋ではお目にかかれない。「でも、持たないとはわかっていてもついつい見つけたら買ってしまうのが料理人のサガ」と北野公一郎さんは言っていた。その白魚を氷水と煮切り酒半々で洗ってくさみを取る。それを「柚子梅つゆ」に葛でとろみを付け、白魚が絡むように調理するという。ちなみにこの時の葛は天川村で買って来た土産品の吉野葛だ。ゴーヤとみょうが、鬼卸しを「魯山人」醤油で調味し、白魚の上に載せて合わせた。実はこの合わせたゴーヤ等は、取材の少し前に考えたものらしい。「魯山人」醤油を味見してその切れの良さに感心してどうしても使用したくなって合わせたと種明かしをしてくれた。「送られて来て『柚子梅つゆ』を使って素麺を食べたのですが、爽やかな風味が気に入って変に手を加えずストレートな発想でいいと思ってこの料理を作りました。それにいい白魚が手に入ったのもありますしね」。

三つめは「鮟鱇(アンコウ)の煮付け」である。新古敏朗さんが「有頂天」に送った商品の中に「カカオ醤」が入っていた。その風変わりな調味料を北野公一郎さんは使いたくてあれこれ思案したらしい。「まずチョコレートの香りがし、嘗めたら醤(ひしお)、鼻から抜けるとまたチョコって頭の中がこんがらがりそうでした。これは湯浅醤油からの挑戦状だと思ってこねくりまわして使おうとあれこれ考えたのですが、結局一周回ってストレートに煮付けにする発想になりました」と笑いながらそこに至る過程を話してくれた。鮟鱇は、酒・砂糖・醤油で1時間くらい煮て甘露煮に近い感じに仕上げる。最終仕上げに「カカオ醬」大さじ2を加えてチョコレート感をプラスする。「カカオ醬」を用いる事でコクをつけたのだという。「他にはない調味料なので色々使い方を考えましたよ。カレーに入れるようかって思ったんですが、友人にカレー屋をしているのがいてやはり和の職人なので和食的な使い方をしないと彼に笑われそうなので煮付けにしました。もっとこねくり回そうと考えながら一周回ってスタンダードな和食に行き着いたみたいです」(笑)。

実は北野公一郎さんは、「カカオ醬」ではなけれど、グリーンカレーに「白みそ」を使ってテストしていたみたいで奥さんの章子さんが少しだけそれを食べさせてくれた。このグリーンカレーは、「有頂天」では気が向いたら作るそうだ。鶏軟骨をグツグツと炊いてチキンスープを作り、玉葱を加えて煮たらココナッツミルクとグリーンカレーのペーストを入れるそうだ。今回はそこに「白みそ」で当たりをつけてまろやかにすると共にコクを出していた。「うちは和食なので、グリーンカレーの刺激を和らげようとすると薄めるしかないんですが、薄めてしまうと味が薄くなるので『白みそ』の力を借りてそう感じないように設計してるんです。グリーンカレーペースト以外での味はココナッツミルクと『白みそ』だけ。実にシンプルな構成です」と北野公一郎さんがその手法を説明してくれた。

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北野章子さんの話では、元来スパイスカレー好きらしく、旅行に行くと毎昼スパイスカレーを食べる事も珍しくないのだとか。店は忙しく、なかなか休みが取れないのも事実。年末は大晦日だけ休み、元日から営業をしているそう。その反動ではないけれど、1月には毎年一週間は沖縄旅行に出かける。章子さんが琉球の器が好きで、公一郎さんに薦めたらそれにはまってしまったようだ。旅行中には器に10万円ぐらい遣いながら何年かかけてその手の器が揃って来た。それを店で使っているのだと見せてくれた。「主人は休まずに働きますが、昔からのBUCK-TICKファンで、ライブがある時はどんな日であろうと休業にして出掛けるんですよ」と笑っていた。BUCK-TICKというと、知識のない私は日本のロックバンドで、第30回レコード大賞(1988年)に「JUST ONE MORE KISS」で新人賞を獲ったぐらいしかわからい。そんな私でも店内を見渡すとBUCK-TICKのポスター等が貼っており、かなりのファンだと見受けられる。北野公一郎さんの話では、BUCK-TICKファンの事を“魚”と呼ぶそうだ。ファンクラブ名がFISH TANKで会員をFISH TANKERと称す事からつけられたネーミングのよう。その意味は金魚鉢に魚が一杯いて同じ方向(共通の目的)を向いているかららしい。FISH TANKERの北野公一郎さんが連日魚屋を巡っていい素材を探して店に帰って来る。その場所がかつて漁師町として栄えた深江というのだから何となくおかしみを感じてしまった。

 

  • <取材協力>
    旬菜 有頂天(うちょうてん)

    住所/神戸市東灘区深江北町4-8-6 1階

    TEL/070-4370-8033

    HP/ Instagramはこちら


    営業時間/17:00~24:00

    休み/日曜日(※気まぐれで月曜日に休む事もあり)

    メニューor料金/
    本日のお造り盛り合わせ 1080円
    本日のお造り二人前   1980円
    のどぐろ煮付      1280円
    金目鯛煮付       1280円
    ポテサラうなぎのせ   780円
    ホタルイカ天ぷら    880円
    下足天ぷら       880円
    もずく天ぷら      880円
    うまき         780円
    だし巻き玉子      550円
    明石鯛雑炊       680円
    ぜいたく出汁茶漬け   780円

    ※上記は7/24のメニュー例。メニュー内容は日によって替わる


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい