85 2020年04月灘は古くから酒造りの名所。今でもこの地域で産される日本酒は、日本一の生産量を誇っている。その灘五郷のうちの御影郷に位置する「神戸酒心館」は、ノーベル賞晩餐会で「福寿純米吟醸」が出されるなどしてその知名度を一挙にアップした。今や福寿は、左党の垂涎の的なのだ。今回はその酒蔵内にある日本料理店「さかばやし」を取り挙げる。同蔵直採りの日本酒と地産地消を謳った「さかばやし」の料理は、評判が良く、神戸の名所といっていいくらいになっており、遠方より多くの人が訪れるほどだ。現在、「さかばやし」では、8月に湯浅醤油とコラボした醤油セミナー付き食事会を企画している。まだ発表の前だが、筆者は少しフライングしてその催しに出るであろう料理を含めながら「名料理、かく語りき」の取材を行ってみた。さて「さかばやし」の料理長・加賀爪正也さんは、いかに商品特性を見極めて試作しただろうか。とくとご覧あれ。

蔵の料亭「さかばやし」 加賀爪正也(「さかばやし」料理長)
(岡本コミンカオーナー)
「毎年、作りなれたイカナゴの
釘煮も醤油を替えれば味が
変わって旨くなります。
『魯山人』醤油で煮詰めると
、黒く光るが、決して辛くは
なりません。
見ためより上品な味に仕上がり、
日本酒のアテにはぴったりです。」

人気酒蔵と、当醤油蔵のコラボ企画が実現

 

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「灘五郷のうちで最も露出度の高い酒蔵は、神戸酒心館かもしれない」。某マスコミ関係者はそんなことを呟いていた。同蔵の銘柄は「福寿」_、ノーベル賞の公式行事で供されることで知られる清酒である。この蔵は、宝暦元年(1751年)に創業しており、以来、13代に亘り安福家がずっと家業を維持して来た。時代におもねることなく丁寧な酒造りを行っているのは定評で、日本酒ファンを惹きつけてやまない。酒造り意外にも色んな事業や企画にも取り組み、食文化に貢献。その一つでもある酒粕プロジェクトは、今や酒粕のブームを招いてしまった。今回紹介する「さかばやし」は、蔵内にある日本料理店で、酒粕プロジェクトよろしく、ここから食に関する企画が続々と発信されており、神戸の注目店といっても過言ではないだろう。神戸酒心館自体の酒造りが全て兵庫県産米を原料とし、宮水で仕込むように、蔵の料亭「さかばやし」もまた地産地消をテーマとし、兵庫県や関西の名素材を取り寄せながら調理を行っているのだ。例えば、夏は淡路島由良漁港で水揚げされた鱧や、明石浦漁協の名産・明石ダコで食事会(旬の会)を催したりするし、冬は淡路島三年トラフグを使ったりもする。丹波の有名農業家・婦木克則さん(婦木農場)とパイプを持ち、そこで産された野菜を使用するなどしてグルメ達を楽しませている。はたまた大阪樟蔭女子大学の授業で生まれた女子大生の酒粕料理をメニュー化したり、和歌山・紀の川のチーズ店「コパン・ドゥ・フロマージュ」と酒粕チーズを開発したりと、話題を絶やさない。だから冒頭のフレーズになったのである。

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「さかばやし」では、これまで年に7~8回の割りで"旬を堪能する会"を催して来た。これは関西の名食材がテーマで、生産地から素材を直接送ってもらいながら鮮度のいいものを使って加賀爪正也料理長が会席風に仕上げるのだ。ある時はそれが但馬で獲れた鹿肉だったり、明石の鰆だったり、香住の紅ズワイ蟹だったりする。そんな食材に魅力を感じ、このイベントに申し込んで来る。この好評企画を"旬の会"(旬を堪能する会の略)と呼んでいる。
今年、「さかばやし」では、日頃の"旬の会"とは別に調味料などの名品をテーマにした食事会を企画しようとしている。その第一回目として白羽の矢を立てられたのが湯浅醤油なのだ。この企画は、"旬の会"と違ってセミナーを開いた後にその商品を用いたミニ会席で食べることになっている。8月5日午後7時から行う予定(日は変更する場合もある)で企画が進行しており、間もなく発表されるだろう。新古敏朗社長が醤油の話を40分ぐらいした後、湯浅醤油・丸新本家が産する「魯山人」「蔵匠樽仕込み」「ひしおもろみ」「具だくさん金山寺味噌」などを用いて加賀爪料理長が料理を作り、それを味わってもらおうという内容になっている。醤油の歴史や造り方、金山寺味噌の蘊蓄を聞いた上で料理を食べるのだからさぞ面白い食事会になるだろうと今からワクワクしているのだ。勿論、食事とともに供するのは清酒「福寿」。酒蔵ならではのお酒を味わいつつ、醤油蔵発信の情報とそれを使った料理を食べる_、まさに関西を代表する酒蔵と醤油蔵のコラボである。
今回の「名料理、かく語りき」の取材は、そんな企画の前段階で、加賀爪料理長に湯浅醤油・丸新本家の商品について知ってもらうことにある。予め新古敏朗さんから商品を「さかばやし」に送ってもらい、来るべき催しを見据えた上で、加賀爪料理長に商品特性が出た一品一品を考えてもらった。

「魯山人」醤油なら煮詰めても辛くならない

 

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湯浅醤油と神戸酒心館のコラボ食事会の話が俎上にあがった時にまずやってみたかったのは、イカナゴの釘煮を「魯山人」醤油で作ることだった。イカナゴは、今や神戸の春の風物詩。料理研究家の坂本廣子さん(故人)とかつて明石林崎漁協にいた鷲尾圭司さんが地産地消の一環として広めたもの(発祥は垂水か、塩屋の漁師家庭料理)が今では当たり前のように行われるようになり、どこの家庭でも3月になるとそれを作るようになっている。近年は乱獲ブームによる需要のためにイカナゴが獲れなくなっており、今年も1kg6000円近くの値をつけるに至った。「さかばやし」でも毎年7~8kgを仕入れて釘煮にするそうだが、今年は値も高く、4kgぐらいが関の山だったそうだ。イカナゴの釘煮は、醤油とみりん、だし(昆布・鰹)で作る。この地が沸いたら生のイカナゴを入れて煮詰めて行くのだ。加賀爪料理長によると、一般の醤油だと煮詰めるので辛さを気にしないといけないらしい。ところが「魯山人」醤油は、コクがあって丸みもあるのでそんな心配は無用だという。「出来上がりを見たら黒くて辛そうに思えますが、味わうとそうではなく、上品な味に仕上がっています。醤油の色が濃いから光り方も違うのですが、辛くはなっていません」と話している。まさにいい塩梅(あんばい)になっているのだ。「魯山人」醤油を使ってほしいというのは、新古敏朗さんからの提案でもある。「いい醤油で調味すると、旨みのある釘煮ができるのではないか」。その思いがうまく表現できた一品になった。イカナゴは春の食材なので今からは獲れない。できれば取材用に作ったものを冷凍保存して8月の催しには出てほしいと思った。

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二品目は、「蔵匠樽仕込み」を用いたサクラマスの幽庵焼きである。幽庵焼きとは、和食の焼物の一つで、醤油・酒・みりんに柚子やカボスの柑橘を入れたもので地(幽庵地)を作り、魚をつけ焼きする。江戸期の茶人・北村祐庵(堅田幽庵)が創作したことでその名がついた。加賀爪料理長は、「蔵匠樽仕込み」とみりん、酒を合わせた地に、酒蔵らしく酒粕のペーストを混ぜ合わせ、そこに淡路島サクラマス(予めうす塩したもの)を30~40分漬けて、のちに焼いている。「醤油だけでもよかったのですが、うちらしさを出したくて酒粕を使ってみました。食べると、酒粕の風味が感じられると思います」と言うようにうまい具合に酒粕ペーストが生きているのがわかる。加賀爪料理長は、作ってみてからサーモンの方がよく合うと思ったそうだ。サクラマスは、脂が少ないが、サーモンならその問題も解消されると指摘していた。加賀爪料理長の「蔵匠仕込み」の感想は、「さっぱりしている中で醤油の味がしっかりしています。深みやコクがあるので一般的な醤油とは一線を画していますね。できれば、コレで鶏の唐揚げを作ってみたい」とのこと。催し当日は、もしや和風唐揚げ?なんて期待をしてしまいそうなコメントである。

三品目は、「ひしおもろみ」と「具だくさん金山寺味噌」を用いた炊き込みご飯。「ひしおもろみ」とは、早い話が醤油を造る段階でできる醤油の素のようなもの。どろっとしている醤油より辛く、醤油代わりに使うにしてもなかなかその用途が浮かびにくい。以前私の生徒達がそれをテーマにレポートを書いているので詳しい事が知りたければ、同HP内の"今どき女子大生が薦める『ひしおもろみ』"を検索してほしい。そんな珍しさもあって新古敏朗さんは、あえて「ひしおもろみ」を送ったに違いない。加賀爪料理長も届くまでその存在を知らなかったらしい。一口味見し、「辛い!」と思い、沢山入れると辛すぎる料理になってしまうと懸念したようだ。せっかく金山寺味噌が具沢山だったのでその特性をいかそうと思い、「ひしおもろみ」で調味した炊き込みごはんと目標を定めた。当初は「具だくさん金山寺味噌」の具だけでやろうと思ったのだが、炊き込みごはんにすると、具が柔らかくなりすぎる嫌いがあるので筍を加えた。「筍が入ることで食感が出てよくなった」と感想を述べている。問題の「ひしおもろみ」は、延ばしたら醤油味をつけられると考え、だしに入れて混ぜたそう。「少量を延ばすイメージで用いました。だだ入れすぎると辛くなってしまうのでその調整具合が微妙です」と話している。加賀爪料理長が作ったこの炊き込みごはんは、うまい具合に味付けられている。金山寺味噌から甘い味もつくのでバランスよく調味できているのかもしれない。今回は炊き込みごはんで終わっているが、加賀爪料理長は、これをもとに焼きおにぎりにすると面白いと話していた。本来ならおにぎりに醤油を塗って仕上げるが、これは「ひしおもろみ」が利いているのでそんな最終仕上げも必要ない。「ひしおもろみ」を塗って焼くなんて考えず、炊き込みごはんを作って焼きおにぎりにするというのがいいようだ。

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加賀爪料理長は「ついでに」と言って「わさび金山寺」を載せた焼き魚も作って来てくれた。この料理は、鰆を幽庵地につけて焼き、仕上げに「わさび金山寺」を載せて出す。金山寺味噌の甘みで食べる料理で、そこにわさび風味が加味されている。「今回は幽庵焼きにしましたが、むしろ塩焼きの方がいいかもしれません。『わさび金山寺』を用いたのは、焼き魚にわさびをつけて味わう感覚と同じだと思ったから。金山寺味噌は白ご飯に載せて味わうのがベストかもしれませんが、こんなやり方をすると日本酒のアテになるのでは…」と提案している。
湯浅醤油・丸新本家の商品を使いながらこの取材を受けてくれた加賀爪料理長だが、彼の頭の中には8月のイベントの構想がすでに練られているようだった。清酒「福寿」を片手に食べる湯浅醤油コラボメニューは、いったいどんなものになるのだろう。取材をすればするほど、その日が心待ちになって来るようだった。

  • <取材協力>
    蔵の料亭「さかばやし」

    住所/神戸市東灘区御影塚町1-8-17 神戸酒心館蔵内 蔵の料亭「さかばやし」

    TEL/078-841-2612

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    営業時間/11:30~15:00、17:30~21:30

    休み/無休(年末年始を除く)

    メニューor料金/
    メニュー/季節のミニ会席 3850円
         灘会席 6000円
         酒心館会席 8000円
         料理長おまかせ特撰会席(要予約) 10000円~
         神戸ビーフ会席 18700円
         せいろそば 980円
         酒そば 1180円
         純米きき酒セット 1480円
         生酒きき酒セット 1580円
       昼/そば膳 2000円
         お造り膳 2310円
         みかげ膳 2860円

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい