117 2023年06月 大阪はミナミ_、大阪メトロ・なんば駅からすぐの繁華な地にスタイリッシュなバーがある。「丸井」の裏辺りに位置し、路地を入るのだが、すぐ前が「御堂筋ホテル」なのでわかりやすい。この「Bar Around The World osaka」 が今回の舞台。醤油・味噌メーカーの取材にバーとは珍しく、しかも「カカオ醤」を使ってバーテンダー・田淵稜人さんがオリジナルカクテルを披露するのだというから面白い。「カカオ醤」は、前回でも報じたように第9回ものづくり日本大賞経産大臣賞を受賞した。チョコレート第五次革命と称され、今、料理人の間で注目を集めている調味料である。そんな「カカオ醤」を用いて田淵さんが果敢にもカクテルづくりに挑んでくれた。あの不思議なカカオ風味をいかに出し、醤油特有の塩味をいかに消しながら甘い味を醸し出すのだろうか。大阪で頭角を現したバーテンダーの秘技をご覧あれ。

Bar Around The World osaka 田淵稜人
(「Bar Around The World osaka」バーテンダー)
「ほんの少し加えただけでベリー系
のチョコレートのような風味が_。
とにかくコクが凄く醸し出て
ドライ系には決してならない。
旨み成分がしっかり詰まった不思議な調味料です。」

ミナミのど真ん中に位置するオシャレなバー

え

前回は「カカオ醤」の話を書いた。「カカオ醤」が第9回ものづくり日本大賞を受賞したからではないのだが、当方の取材も「カカオ醤」絡みのものが連続している。今回は料理ではなく、ドリンク_、しかもお酒が入ったカクテルである。調味料として開発されたものを、甘さを有すカクテルにするのは難しい。何せ塩分を有す辛さ(しょっぱさ)をいかに消すかが課題となって来るからだ。そんな難問に挑戦したのは、大阪・ミナミ「Bar Around The World osaka」のバーテンダー・田淵稜人さんである。田淵さんと私は、いささか縁があって、以前私が企画し、ミツカン大阪支店で催したオルタナティブアルコールの若手バーテンダーコンテストに参加してくれた。今年の3月頃に偶然このバーへ入り、私が田淵さんの名前を覚えていたために(コンテストでは書類審査だったので顔を合わせていない)意気投合して話が盛り上がり、今回の取材へ発展したのである。話の途中でなぜか「カカオ醤」の話題になって「ここで一度カクテルづくりに挑戦してみませんか?」と投げ掛けると、快く了承してくれた。
田淵さんが勤める「Bar Around The World osaka」は、難波の中心地に位置する。法善寺横丁にある「MAIN BAR SPIRITS」の二号店で、コロナ禍であった2020年3月1日にオープンしたオーセンティックバーなのだ。「MAIN BAR SPIRITS」は、以前サントリーの連載で取材したことがあった。高島康二さんが営むバーで、和風な法善寺横丁とは異質で白壁が似合う高級感漂う店になっていた。そんなバーで田淵さんは、5年間勤めていたらしい。高島さんの店は、その雰囲気からウイスキーがよく出るようようだ。フレッシュフルーツカクテルもよく注文が通り、全般的にオーソドックスなカクテルが出ていたという。同店は、バーテンダー協会に属しておらず、田淵さんは個人的にコンテストなどに応募して腕試しをしていた。だから自分なりのカクテルを創作してみたくなっていたのだろうと思われる。「バーにはその店ごとの得意分野があるんですよ。創作カクテルをやるなら他店へ移るべきかと考えていた矢先に丁度高島さんから二号店を出すのでやってみないかと言われたんです」と田淵さんは「Bar Around The World osaka」のきっかけを話してくれた。

か

田淵さんは、26歳の時に「エリートバーテンダーカクテルコンペティション(EBCC)」に応募してベストテースト1位、総合4位を獲得している。その大会は、28歳以下のバーテンダーが対象で、各都道府県で予選が行われ、各県で一人が選出され(東京や大阪は大都市なので複数人)、本選へと駒を進める。本選では、全国から70人ぐらいのバーテンダーが集まり、カクテル技術を競う内容になっている。その年に田淵さんが創作したのは「Roost(ルースト)」なるカクテル。止まり木の意を持つ一杯で、飲みやすく、香りを重視した華やかなカクテルだった。「ビーフィータージン24をベースに、ミスティア、アロエのリキュール、グリーンバナナシロップ、ライムジュースで作るカクテルで、デコレーションは全て食品を配していました」。そんな創作が審査員から評価されて、総合4位になったという。その後も挑戦したかったらしいが、応募資格が28歳まで。コロナ禍でコンテスト自体が中止になって自然と応募資格をオーバーしてしまったので残念ながら同大会での総合1位の夢は絶たれてしまった。
高島さんがミナミのど真ん中に開いた第二号店が「Bar Around The World osaka」_、世界一周の意で、「アラウンド・ザ・ワールド」というカクテル名から来ている。ちなみにこのスタンダードカクテルは、中甘辛口のショートカクテルで、ジン・ミントリキュール・パイナップルジュースで作る。「MAIN BAR SPIRITS」もそうだが、高島さんはなかなかセンスがいいらしく、このバーもかなりオシャレな内装に仕上がっている。バーカウンターに映る上から放つ緑のラインが印象的で、かなりスタイリッシュに造られている。「実は、昔に心斎橋に同様の名前のバーがあったらしいのです。その店はすでに閉店してしまったのですが、以前高島さんがその雰囲気に魅せられて通っていたようです。その店にはカウンターに緑色のライトが走っていて、それをヒントにこの店では天井に緑のライトを設置したと言っていました」。

け

カクテルの名をつけたバーだけに当然、「アラウンド・ザ・ワールド」なるカクテルは、当然作ってくれる。そもそも同カクテルは、100年前の大会で優勝したカクテルで、飛行機の世界一周路線の運航開始に際して催されたコンクールで米国のバーテンダーが発表したものだ。透けているグリーンから大空を連想させて、パイナップルジュースの甘酸っぱさを出したもの。ミントの清涼感で爽快さをも表現している。前述したように既存のレシピでは、ジン・グリーンミントリキュール・パイナップルジュースとなっているが、この店ではアレンジを加え、パインジュースの色素を漉すことで抜き、透明にしてオリジナルミントシロップを加えて作っている。ミントの葉を潰しながらシェイクして作ってくれる。「証明が緑なので、あえてカクテルの色素を抜いて作ってみたんです。天井から緑の照明がカクテルに映えて緑色になるように設計しています」と田淵さんがアレンジの意図を話してくれた。だからベースのジンは替えずに、グリーンミントリキュールを使わず作ったのであろう。その分、フレッシュなミントを使用してその香りや味わいを高めている。
ところで「Bar Around The World osaka」は、高島さんが経営しているが、運営は田淵さんに一任しているようだ。田淵さんも「MAIN BAR SPIRITS」は、店が決めたレシピでカクテルを作る_、つまり既存のものを重視して作っているのだが、「Bar Around The World osaka」では色んな創作をしたり、ツイストカクテル(昔からあるスタンダードカクテルを基にしてアレンジを加えたもの)を出したりしていると特徴を説明していた。「この店の話があった時にため込んでいた自分のレシピを試したい」と思ったそうで、それを具現化しようとしているのだ。田淵さんによると、この店ではカクテル5割、ウイスキー(ハイボールも含む)5割という注文率だそうで、当初の狙いは達成しているらしい。ただ願わくば、オープン時からずっとコンスタントに営業を続けたかったようで、コロナ禍の緊急事態宣言などがそれを阻んできた。「ようやく順調に推移するようになった」の声は、本音に近く、コロナ禍での開店でなければ、もっともっと賑わっていたろう。それでも15時にオープンするや、酒を求めて入って来る人がおり、難波という地にこのバーが根づきかけているのがわかる。HPにも〝難波の中心地にある、お昼から飲める本格バー″と記されており、このバーの魅力が浸透しているのだと実感できた。

複雑に絡み合ってルビーチョコレート風味を実現

さて肝心の「カカオ醤」の取材だが、3月に興味津々だった田淵さんに湯浅醤油から「カカオ醤」を送ってもらい、いくつかテストをしてもらっていた。定めた取材日に行ってみると、オリジナル「醤ルビー」を披露してくれた。予めこの新作カクテルについてレシピを記しておくと、ヨーグルトリキュール30㎖、ホワイトラム10㎖、ルバーブリキュール10㎖、グレナデンシロップ10㎖、「カカオ醤」5g、アクアファバ適量となっている。レシピにあるアクアファバとは、豆の煮汁を指す。アクア(水)とファバ(豆)から成る言葉で、仏人のヴィーガニストが発見したメレンゲの作り方。米国で広まり、今ではバーテンダーも活用している。豆の煮汁・茹で汁で、ひよこ豆を使って作ることが多い。ルバーブは、和名で食用大黄という。タデの一種で、地面から伸びる多肉質の葉を食用とし、生ではセロリのような食感がある。ジャムになったり、甘みをつけてパイなどのデザートに用いることがある。ここでは、そんなルバーブのリキュールを用いている。

田淵さんに、「醤ルビー」と名づけたこの創作カクテルの作り方を教えてもらった。まずアクアファバ以外の材料をシェイカーに入れてシェイクするそう。次にそれをグラスに注ぐ。そして泡立てたアクアファバをフロートすれば出来上がる。飲んだ感じは、「カカオ醤」のコクが出ているのか、何となくコーヒーリキュールで作ったカクテルのようだ。「ルバーブは苺の風味に似ているし、グレナデンはベリー系。これと合わせると、ルビーチョコレートのような味わいになるんです」と田淵さんは説明していた。だから「カカオ醤」の〝醤″の字と合わせて「醤ルビー」と命名したのだろう。チョコレートっぽい味わいは、「カカオ醤」を造る際にローストしたカカオを醤油に漬け込んでいるので、その特徴も加わっているのだと思われた。
田淵さんは、「カカオ醤」を味見した時に「このコクをいかに生かそうか」と考えたらしい。ただ醤油が持つ塩味が災いする恐れがあると悩んだ。一番初めは、甘みの強いポートワインと合わせたそうだ。ところが「混ぜたらローストビーフのソースになってしまった」と笑っていた。そこでワイン系は使えないとなり、ドライなカクテルを作ろうと考えた。むしろ「カカオ醤の持つコクを出そうと思い、ドライめなものより濃厚な感じに仕上げた」と言う。「カカオ醤」が発酵食品なので相性のいいヨーグルト(ヨーグルトリキュール)を合わせたようで、田淵さんは、「チョコレートリキュールを使わずにチョコレートっぽい風味にしたかった」と話していた。一旦作ってみたが、ショートカクテルとして飲み切る時に濃すぎると思い、それを包む何かが必要と考えた。そこでアクアファバを用いてみた。一般的なアクアファバはひよこ豆で作ることが多いが、今回は素材が醤油なのであえて大豆を使っている。「初めは卵白を入れて混ぜたが、シェイクすると濁るので同じ大豆成分でもアクアファバの方がいいと思ったんです」。「醤ルビー」を口につけた時に少し塩味を覚えるのは、アクアファバの効果。田淵さんは「アクアファバの泡立ちをよくするためにほんのちょっとだけ塩を入れた」と明かしていた。だから初めに塩味が来て次にリキュールっぽい甘みが来る。飲んだ感じでコーヒーのような風味を覚えるのも、こんな素材が相俟って生まれるものだろう。複雑に絡みあった素材の味が楽しめる飲み物だ。

そ
た
ち

田淵さんは、「カカオ醤」を評して「入れるだけでベリー系のチョコレートのようになる。少しだけなのにコクが凄く出てドライ系にはならない」と言っている。「醤ルビー」に用いた「カカオ醤」は、たったの5gにすぎない。「それなのにコクが出て、チョコレートみたいになるから不思議だ」と感想を述べていた。田淵さん曰く「旨み成分がしっかり詰まった調味料」との表現だった。「カカオ醤」は、チョコレート第五次革命ともいわれるくらい全く新しい調味料だ。料理レシピ数すらそんなにない中でカクテルに挑戦したのだから〝天晴れ″と叫びたくもなる。「使うと、どうしても料理に寄って行くので…」とは、彼がいかに思考を巡らせたかがわかる言葉でもある。「今回のは、まだまだ7〜8割の出来映え。時間があれば、もっと出来る」と胸を張る田淵さんだが、その完成型を次回に持ち越しながら今回の「醤ルビー」のレポートを終えておく。

  • <取材協力>
    Bar Around The World osaka

    住所/大阪市中央区難波3-7-3 若松治産ビル1階

    TEL/06-6637-5777

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/月〜木曜日 15:00〜24:00
    金・土曜日 15:00〜翌2:00


    休み/日曜日

    メニューor料金/
    ジントニック 1100円
    サイドカー 1500円
    マティーニ 1500円
    アラウンド・ザ・ワールド 1500円
    ルースト 1500円
    フレッシュフルーツカクテル 1500円〜
    チャージ 500円
    ※料金は全て税別

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい