2014年11月
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何にでもこだわりを持ち続ける人は、話をしていても面白い。今夏、ちょっとした縁で知り合った「婦木農場」の婦木克則さんは、丹波では有名なファーマーだ。無農薬野菜にいち早く取り組み、安心安全な野菜づくりを30年も前から取り組んでいる。10月にそんな婦木さんの育てた野菜を使った食事会が開催された。今回はそこで出された料理の写真とともに「婦木農場」の野菜について触れてみたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
「昔ながらの農家ですよ」。そんな言葉を
さらりと言えること自体が素晴らしい。

長年、無農薬野菜に取り組んできたファーマー

神戸産の野菜

先日、神戸酒心館蔵内にある「さかばやし」で野菜をテーマにした食事会を行った。これは同店がほぼ毎月ごとにテーマを決めて催している「旬を堪能する会」の一環である。この日は丹波市(兵庫県)にある「婦木農場」の野菜を直送してもらい、会席料理に盛り込んでいた。
「婦木農場」を営む婦木克則さんは、農業の世界では名の知れた人物で、旅行本や情報誌にまで「婦木農場」が紹介されている。丹波の地で代々農業を行っており、家系図で見ると10代目にあたるそうだ(それより前からやっているのだろうが、家系図にそれ以前のものが記録されていないので正式にはわからないとのこと)。婦木さんは、まだ大規模農業や生産の効率化が当り前のように叫ばれていた30年ぐらい前から無農薬の農法を取り入れており、農法だけではなく、それを知らしめる活動も熱心に行ってきた。婦木さん曰く、「口に入れるものだから安心安全でなければならない。顔の見えるような農作物を手がけねば…」との話で、自宅敷地内に農家と農村暮らしを体験できる施設まで設けているほどだ。私も神戸酒心館の久保田常務の紹介で、取材と称してお邪魔したが、そこへ出される野菜の美味しさは目を見張るものがあった。婦木さんは、TVのレポーターなどが発する「甘いですねぇ」という感想があまり好きではないらしく、もっと明確に表現してほしいと話している。丹波の農家カフェと呼んでいる「農家体感施設○」では、茄子の煮たものやかき揚げ天ぷら、フレッシュなトマト、黒豆の入ったおにぎりと、実にシンプルなものばかりだったが、都会の料理屋の手のこんだ一品にも劣らないほど美味しく感じた。

神戸産の野菜 婦木農場では、米づくりや野菜づくりを行い、乳牛を育てて鶏を飼っている。婦木さんは「昔ながらの農家ですよ」とさらりと言うが、それができる農家がなくなっていることぐらいは私でもわかる。婦木さんに取材をして、興味深かったのは、紙マルチと呼ばれる無農薬栽培法。除草剤を用いたくないとの考えから段ボールの古紙を使って田植えをしている。これには雑草の成長を抑える働きがあるらしく、紙マルチの上から苗を植えて、当初は苗以外に太陽をあてずに成長させていく。段ボールは40~50日かけて水や微生物などで安全に分解され、なくなるという。こうすることで雑草より稲を早く伸ばせる効果があるそうだが、手間もコストもかかるため「おっと、さぁ」ではできないようだ。一方、野菜づくりは約1.5haの土地で行っている。年間50種以上を作るというから、どちらかといえば少量多品種生産にあたるだろう。牛舎から出る牛糞を堆肥に利用し、土づくりから実施している。そうして作られる野菜は基本的には無農薬。自然の力をいかして、手間隙惜しまず、せっせと作っているのだ。

神戸産の野菜

野菜はファーマーが作るとはいえ、自然の産物だから条件次第ではできが変わってくる。例えば、きゅうりを育てた時には初めはいい形になっていても、光が当たらないと栄養が偏ってきて曲がってくるのだとか。そして下ぶくれのきゅうりができあがってしまう。環境などいい条件が整っていればまっすぐなものになると話してくれた。こうして考えていくと、農家の人は大変なのだと思ってしまう。ましてや一見便利とされる農薬などを使わず、自然に近い状態で育てていくのだからなおさらであろう。私は「魯山人」醤油のプロデュースに関わってから、人工のものへの考え方が少し変わって来た。北海道の折笠さんや太田さんが無農薬無肥料で育てた大豆、小麦、米を使って造ったから舌にまとわりつかない醤油ができあがっている。中華料理店では珍しく旨味調味料を使わない「紅宝石」の料理は、いくら食べても胃に重たさが感じられないし、同じく旨味調味料など添加物を嫌う「御所坊」の河上総料理長の作ったものも、すっと口に入り、舌に何かが残るということがない。やはり人工のものは、何か身体に違和感的なものを残すのかもしれない。「婦木農場」で味わった野菜しかり、先日「神戸酒心館」で催された「旬を堪能する会」の料理もしかりで、やはり自然な旨みが我々の舌には一番マッチするのだ。

苦手なはずの人参が旨かった

神戸産の野菜

このコラムに載せている写真は、前述した「神戸酒心館」の「旬を堪能する会・婦木農場の回」の料理である。この中で私が最も感心したのは、造りとして出された人参であった。一応、加賀爪料理長は、造りなので太刀魚を添えていたが、それがいらないと思うほど人参に主張があり、味も旨かったのだ。実をいうと、私は人参、ピーマン嫌いである。別に食べなくはないが、できたら口にしたくはない。そんな嗜好の私が「旨い!」と思ったのだから、その味は想像がつくだろう。「エグみもなく、なんでこんなに旨いんですか?」と同席した婦木克則さんに聞いてみたが、「これはエグみのないものなんですよ」とさらりと答えられてしまった。婦木さんは驚くほどのことではないと思っているようだが、こちらからすると感動ものなのだ。「神戸酒心館」では、何年か前に婦木農場で育てた米で日本酒を造っている。同社久保田常務の話では、この酒は熟成した方がいいそうで、2年ほど寝かせると美味しい味になった、とのことだった。一軒の農家の米だけで造ったので、そんなに量はないのだろうが、面白い試みだと思ってしまう。これだけ無農薬農法にこだわる人が育てた米だと、後の出来ばえも変わってくるのだろう。

神戸産の野菜 色々と料理を食べ、最後の締めは柿。勿論、婦木農場に生っているものである。「丹波の農家には、必ず栗と柿の木があるんですよ」と婦木さんは話していたが、これもスーパーなどで見かける熟れたものではなく、どちらかというと硬いしっかりした柿。その硬さが、柔らかいもの(熟したもの)全盛時代に珍しく、「この頃はこの手の柿をあまり口にしていなかったなぁ」としみじみ思った次第である。
ところで婦木農場では収穫期が終わり、冬支度に入っている。それと同時に「農家体験施設○」も11月からは休みに入ったようだ。春になり、えんどう豆やレタス、新玉ねぎなどの産物ができ始めたら一度、「名料理、かく語りき」の取材でお邪魔したいと考えている。一方的な私だけの思いで、婦木さんには伝えていないが、いつもの料理店とは視点が違って面白いレポートになるのでは…と考えているのだ。
最後に婦木さんが営んでいる丹波の農家カフェ「農家体験施設○」のデー.タを載せておく。住所は兵庫県丹波市春日町野村83 TEL0795-74-0820。前述したように冬期は休みに入っているので、春を待たねばならないが、婦木農場の敷地内に宿泊して24時間農家の生活を体験することができる。興味がある人は婦木農場のHP(www.fukifarm.com/)で検索してほしい。

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