2021年05月
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 先日、神戸新聞に神戸芸工大の大学生が考えた木製の器が載っていた。コロナ禍で制作、表現の場が失われた大学生が、「ホテルセトレ神戸・舞子」とコラボして作ったと書いてあった。この事例が示すように昨今は、企業の企画の場に学生が入って創作するケースが増えた。よくホテルなどで「大学とコラボしました」と発表し、その取材を依頼されることもあるのだが、実は私も同じようなことを大学で行っている。おまけに単に企画に参加するだけでなく、優秀作はマスコミ発表会の場に駆り出しているのだ。「食の現場から」でも度々、酒粕プロジェクトの話は書いているので、すでにご存知の方も多かろう。当方のそれは、産学連携と叫びながら行う企画ではなく、一般の授業。私は単々とそれを進め、当たり前のように新聞やテレビ、ラジオを取り挙げてもらっている。マスコミ界に席を置くものだからと、周囲は自然の成り行きのように傍観しているが、そこには彼女達のやる気がみなぎっており、彼女らの可能性の高さが覗えるのだ。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
「私達は、すごいことをやったんですね」。そう思いながら自分の秘めた可能性に気づいてほしい_、それが産学連携の狙いでもある。

大学生を記者発表の場に立たせるのが狙い

あ 最近、産学連携の企画をよく目にする。大学も昔と違って座学一辺倒の授業ではなくなっており(理系は研究もあったので以前から座学ばかりではなかったが)、動きがあったり、形になるものを好む傾向にある。その一つが企業との連携企画で、あるプロジェクトに学生を巻き込んでマンネリがちだったものに新風を吹き込もうとしているのだ。当方も右へ倣えというわけではないが、産学連携めいたことを掲げて大阪樟蔭女子大学で授業を行っている。同大学がフードスタディのコースを新設したのは、6年程前。その頃、ライフプランニング学科の教授だった田中愛子さんから「米国ではフードスタディが盛んになっている。日本でもそれを大学で行いたいから協力してほしい」と誘われた。

い 当時、私はかなり多忙だったので週に一度の授業なんてできないだろうと思っていた。田中愛子先生が熱心にその必要性を説くために、ついつい重い腰を上げて相談に乗ったわけである。田中愛子先生は、「曽我さんが普段、企業などと行っている企画を授業内で展開してほしい」と話していた。どんな内容にするかは一任されたが、フードの企画とメディアでの話が連携できれば面白いと言っていた。座学一辺倒の授業ではなく、できれば授業の中から生み出されたものが、世に出れば面白いと思い、「フードメディア研究」なる授業の骨子を作ったのだ。私は、7年前ぐらいから神戸酒心館と一緒に企画している酒粕プロジェクトに彼女たちを参加させようと考えた。酒粕を手渡し、彼女らに新たな酒粕料理を考案させる。できれば、それを蔵の料亭(神戸酒心館敷地内にある日本料理店)「さかばやし」で期間限定でいいからメニュー化してほしいと、久保田博信社長に頼んだ。神戸酒心館は、宝暦元年(1751年)に創業した老舗酒蔵のわりには乗りがよく、「面白いからやりましょう」と即諾してくれた。

う ここまでは、どこの産学連携もやることで、以前、武庫川女子大学も「新阪急ホテル」とコラボしてメニューづくりをしたり、最近では神戸芸工大が「ホテルセトレ神戸・舞子」と一緒になってレストランで提供する器を作ったりしている。私と神戸酒心館は、酒粕文化の継承を掲げ、酒粕プロジェクトをマスコミ向けに発表会を実施していた。できたらそこに女子大学生達を参加させ、プロのシェフに混じって記者諸氏の前で考案した酒粕料理を披露しようと考えたわけだ。名も知れず、実績もない単なる大学生が記者発表の席に就くのだから、他の産学連携ではなかなか見られない事例となるだろう。案の定その目論見は見事に当たった。プレゼン大会(授業の中で実施)を突破した「ちらっとちらし寿司」は酒粕プロジェクトのマスコミ発表会で商品となって披露され、その代表として立った川中恵利さんは、臆することなく、堂々と記者達の前で自分達のチームが考案した酒粕料理のコンセプトを喋ったのである。試食した味の良さと、寿司飯に酒粕を使うという調理法の面白さが受け、彼女らはkissFM神戸の番組に出演した。今でこそ、毎年毎年優秀者を酒粕プロジェクトのマスコミ発表会に連れて行っており、当たり前のようになって来たが、当初はプロの一線級と交じってマスメディアを前にして堂々と料理を披露するなんて考えられないこと。そしてその至難の技に大阪樟蔭女子大学の学生達はよく応えている。

 

 

授業が終わっても先生のプロジェクトに参加したい

え

 私の授業は、酒粕プロジェクト参加を本線とし、メーカーのHPに載るべくレシピ開発と撮影を行うものをサブとして添えている。湯浅醤油絡みでいうと、HP内にある「今どきの女子大生が薦めるひしおもろみ」がそれにあたる。この時は、新古敏朗さんに「売りにくく、考えにくいものを出して」と頼んだ。それが「ひしおもろみ」だった。「ひしおもろみ」とは、醤油を造る段階でできる醤油の素みたいなもの。プロの料理人でさえ、その存在を知らないわけだから、大学生にその使い方を書けというのも無茶なもの。できなくて当然なのだ。最近の子たちは、酒粕も知らない。そんな知らないものの連続で、レシピ制作をさせようというのだから「先生は、見たことも使ったこともないものでプロレベルの創作を求める」と言われても仕方がない。でも彼女らは、「居酒屋料理風春巻きスティック」「ほんのり醤油味のライスバーガー」「ひしおもろみで作った醤油のパン」「ひしおもろみ風味のロコモコ」なるユニークな料理を考えた。おまけにきちんとしたレポート(コラム)を書いて来たので三作品だけHP内に載せることにした。

お

 この年の井上芽依さんや岡野絢子さん、本間美里さん、中谷愛美さんは、私とミツカン大阪支店、有馬温泉観光協会による柿(こけら)寿司の復活劇にも参加してくれた。私の授業が終わり、就職も決まって少し余裕が生まれたのか、井上芽依さんは私の仕事を手伝いたいと言って来た。受講中から彼女ら(前記4人に奥村美帆さんが加わった5名)は優秀で、2019年の酒粕プロジェクトでは、「ぎゅっと詰め込みました!すきやき風がんもどき」が優秀作に選ばれ、新聞やラジオでも紹介されていた。井上さんが中心となってそこに梅花女子大の子も加わって有馬温泉の秋をデフォルメした巨大こけら寿司を作り、有馬温泉「御所坊」でのこけら寿司復活記者発表会に華を添えた。

か

 この授業外での生徒のプロジェクト参加は、今も引き続いて行われている。2020年春は、コロナ禍で、緊急事態宣言が発令された。この苦難の時期に学生は思うような活動ができなかったと思われる。三回生の時に授業を取っていた中尾星さんと樽谷優花さんは、私のプロジェクトに参加したいと言ってくれた。当時、ミツカン大阪支店とオルタナティブアルコールなる新しい酢の使い方を模索しており、プロのバーテンダーや料理学校の先生とノンアルコールドリンクを創作していた。一流のプロがやるのだからいい作品ができて当たり前。そう思われて敷居を高くするよりは、一般人が創作活動に入ることで、オルタナティブアルコールづくりを身近に感じてもらえるはずと考えた。

き  そこで四回生になっていた中尾星さんや樽谷優花さんにこのプロジェクトへ参加を促したのである。彼女らはプロに交ってこの事例のないノンアルを見事に創作した。色んなものを組み合わせながら酒と見紛うようなオルタナティブアルコールを考えた。彼女らが考案したものは、カクテルコンテストで世界一を獲った「サヴォイオマージュ」のオーナーバーテンダー・森崎和哉さん監修で世に出たのである。「レッド・アラーム」「承和(そが)色ヴィネード」「フェアリー・パール」と名づけられたノンアルカクテルがそれで、あまりの出来映えに有名料理店でも彼女らの作品をメニュー化する所が出てきた。

く この話には後日談がある。男性バーテンダーしかいない「サヴォイオマージュ」では、よく冗談で「この店は女っ気がない」と冷やかされていたらしい。そこで森崎さんは、中尾・樽谷の両嬢を呼んでイベント化したいと考えた。202011月に行われたオルタナティブデーがその催し。当日は二人がカウンター内に入って彼女ら考案のオルタナディブアルコールを作る。そしてシェイカーを振りながらバーティンダーの如く接客するのだ。この催しはコロナ禍にも関わらず当たった。当日は一般客が彼女らの作るオルタナティブアルコールを楽しんだわけである。なぜかバーなのにノンアルが売れたのだ。

け

 私は企画を眉間にしわを寄せ、難しくやるものではないと考えている。コレも面白いとか、あんなことを加えようとか、楽しそうにやらなければいいものができないと思っている。それは本の編集も同じなのだ。20211月末の「フードメディア研究」なる授業を取り終えた女の子達は、四回生となり就活に直面している。そんな多忙で、しかもコロナ禍にある中でも連絡を入れてくれる子は少なくない。

彼女らは「先生の授業が四回生にもあったほうがいい」と言いながら私が企画しているプロジェクトの話を興味深く聞いて来る。お世辞にも「再度授業を取りたい」と言ってくれる学生達へ、今年もまた課外授業をしようと考えているのだ。彼女達は、酒粕プロジェクトでメディアに載り、「凄い!」と喜んでいるが、実は本当に凄いことをやってのけているんだと認識させたい。21歳の女子には、経験値が少ないだけで、あり余る可能性を秘めている_、そう思って接している。「楽しみながら苦しみながら考えろ」と私は教えている。きっとそこから素晴らしい答えが導き出されるのだから

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい