2013年09月
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最近はフランスのシェフがこぞって醤油を使い始めていると聞く。一方、フランス料理の親戚ともいうべきイタリア料理はどうだろう。日本では和製パスタが当たり前のように存在するために、醤油=イタリアンの図式を頭に浮かべる人も少なくはないだろう。だが、イタリア料理をよく知る専門家に話を聞くと、あながちそうではないようだ。今回はある和製パスタが誕生した話を書きながら海外での醤油の可能性について触れてみる。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
イタリアに醤油の販売の活路を見つけた!?

故郷の素材が和製パスタを誕生させた

神戸産の野菜

元辻学園の西洋料理主任教授で、現在「Fujimotoキッチンスタジオ」を営む藤本喜寛先生に醤油を使った外国料理を披露してもらった。藤本先生が作ったのは、フランス料理、ポルトガル料理などの西欧料理と中国料理(当たり前の話かもしれないが、醤油の発祥の地・中国も外国料理にジャンル分けされる)。特に私が「醤油が各地で普及し始めた戦国期には、海外から宣教師が布教に来ていたために彼らが持ち帰っている可能性が強い」との言葉を発したから古典的なポルトガル料理に醤油を使うはめになったようだ。藤本先生が言うのには「昨今の本場・フレンチでも醤油を使いだしているためにそれを作るのは簡単だったが、一番難しいのはイタリア料理での使用である」とのこと。一見、醤油を使ったパスタがおなじみなので「?」と思うかもしれないが、よ~く考えてみればそれらは全て和製イタリアン。本場のものとなると、藤本先生が言う通りだと改めて思った次第である。

神戸産の野菜和製イタリアンですぐに思いつくのは、ナポリタンとタラコスパゲッティ。前者はホテルニューグランド(横浜)の総料理長の入江忠さんが考案したもので、今や喫茶店の定番になっているし、後者だって「壁の穴」の店主・成松孝安さんが考えた料理である。この2つは誰が考えても和製イタリアンなのだろうが、意外なのは渡り蟹のスパゲッティ。この料理も今やどの店にもある代物なのだが、もとはといえば、「マンドリーノ」(大阪)の店主・大久保裕康さんが作った和製パスタだ。

そもそも大久保さんは商社に勤めていたサラリーマンだった。それが一念発起して会社を辞し、イタリアへ渡った。今でこそ海外留学は当たり前だが、大久保さんの時代は円が弱い頃、よほどフランスで修行を積みたい料理人でなければ、海外渡航なんて頭にはあまりなかったろう。大久保さんはイタリアの飲食店の厨房でアルバイトをしながら留学している。そしていつのまにか料理の技を覚えて帰国した。帰って来てから北新地でイタリア料理店を構えるのだが、それがビルの地下にあり、当時は名も知れぬ店だったという。流行り出したきっかけは、音大の学生たちの口コミによる。当時大阪にはまだ本格的なイタリア料理の店がなかった。外国を知る学生達が「ココは本格的」と口々に伝え、やがて人気店へと格上げしていく。

神戸産の野菜

「マンドリーノ」を一躍有名にしたのは、渡り蟹のスパゲッティだった。この料理は大久保さんがベニスに行った時にヒントをもらっている。ベニスの某店で大久保さんは蟹のサラダを食した。ズワイ蟹の身をほぐして食べるそれはベニスの名物でもあった。このサラダを食べながら大久保さんは、カニの甲羅を載せたパスタを作れば、さぞ喜ばれるだろうと思ったそうだ。そして帰国後、早速試作に取りかかった。蟹というと、ズワイ蟹のイメージが強いために初めはそれを用いて作ったのだが、どうも素材が上品すぎて味がうまくまとまらない。そこで大久保さんは、昔から食べ慣れていた渡り蟹を用いることにした。大久保さんは愛媛の出身、子供の頃からそれがよく獲れたこともあっておやつのように食べていた。でも高級食材ではないので商品化には向かないだろうと思い、はなから渡り蟹を切り離して試作してきたのだ。それがあろうことか用いてみると、コクも出てソースに負けない。高級なズワイ蟹以上の力を発揮したのである。

神戸産の野菜ただ渡り蟹がパスタに向くとわかったものの、トマトソースだと酸味が強すぎて甘みがうまく出せない。そこで大久保さんは、アメリケーヌソースをヒントに、ペスカトーレのように白ワインを使って蟹を炒めることに。これだと、うまくフィットした。さらにアサリを入れて試したが、それが入るとどうしても品がなくなると思い、最終的には具材を渡り蟹だけにしたという。かくして1980年ごろに渡り蟹のスパゲッティが世に出た。メニュー化すると、「甲羅がド~ンと載って、蟹の旨みがうまく融合している」と評判に。この豪華なイメージの一皿が「マンドリーノ」を人気店に押し上げていった。人気を博したのはいいが、特許のない料理はいつしか一人歩きし、次第にあの店この店でメニュー化するようになる。今やそれが和製イタリアンであることすらわからないまでになっている。唯一「マンドリーノ」が“渡り蟹のスパゲッティ”という名称を商標登録していることだけがその名残りを伝えている。

イタリア=醤油の図式は考えられない

神戸産の野菜

私のいたずら心は、果てもない。藤本先生が「イタリアンでは醤油を使用するのは難しい」と言っていたので、その疑問を大久保さんにも投げかけてみた。大久保さんは「うちに醤油を持ち込んでも使えるメニューがない」と私のいたずら心を拒否してはいたが、「唯一『タコの熱い風呂』(850円)ぐらいは、それを使っているかな」と門戸を開いてくれた。当日、「マンドリーノ」(今は堺筋本町のビル地下にある)の上階(1階)の「デリマンド」に行くと、「魯山人」醤油で作った「タコの熱い風呂」と「お野菜たっぷりペペロンチーノ」の醤油バージョンの2品を作ってくれた。

神戸産の野菜前者は醤油とオイルのバランスがいい一皿で、タコ、レタス、白ネギが具材として使われている。一方、普段ならメニューにはないはずの後者は、シンプルな一品だが、醤油味がうまく施されている。本来ならもっと濃い色になるのに、そう見えないのは「魯山人」醤油の特性だろう。大久保さんは「普段から醤油を使わないので、比べようがない」と話しているが、味わった当方は、やはりいい醤油だと、かくもイタリアンの雰囲気を損なわないものかと思ってしまった。

神戸産の野菜

「フランスでは最近、醤油が注文されつつあり、使う料理人も増えてきたようですが、私の知る限りイタリアで醤油を使っているという話は聞いたことがありません」と大久保さんも言う。フランス料理とイタリア料理は、いわば親戚のようなもの。そう考えればいつかはこの流れが本場イタリアにもやって来るかもしれない。和製パスタがこれほど幅をきかしている日本の料理界で、まだまだイタリアに醤油の活路があると書いても大半の人はピンとこないのだろうか。(文/曽我和弘)

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい