2015年11月
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湯浅醤油もコラボして商品づくりを行っている「だし蔵」がやたらとマスコミの取材を受けている。同店が注目されるのは、関西だしにスポットを当てた点と、その専門店であるショップづくりをしていること。特に豊中せんちゅうパル店にあるマイだし調合コーナーでは、世界でたったひとつしかない、自分の嗜好に合っただしができると注目を集めている。「だし蔵」は、昨今のだしブームに乗ってさらに脚光を浴び、隠れたヒット店舗になるのではと業界も騒いでいるのだ。今回は関西だしとは何たるかを論じるとともに、昨秋オープンした「だし蔵」について書くことにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
エッ!自分の嗜好に合っただしができる⁈
家庭での関西だし復権を謳った
「だし蔵」って何?

和風だしの基礎は、関西から

 最近、だしがブームなのか、書店でもその類の本が山積みされている。世界文化遺産に日本料理が登録されてから、国内でも和食が見直されて来ており、その一環としてだしにスポットが当たったのではないだろうか。日本料理で基本の「き」と呼ばれるだしは、関西人の手によるところが大きい。最大の要因は、江戸期に西廻り航路ができ、蝦夷地(北海道)の昆布が大量に大坂にやって来たこと。ここで上方の人達は、昆布でだしを摂ることを思いつく。一方、鰹節をだしに使い始めたのも紀州から。江戸初期に印南浦(和歌山)の角屋甚太郎が鰹を燻して水分を抜く方法をみつけて鰹節が誕生する。紀州で考案されたこの燻乾法は、やがて土佐へ。漁師の二代目甚太郎が遭難して土佐へ漂着。そこで熊野灘の燻乾法を伝えたのだ。今でもそうだが、紀州と土佐が鰹節の産地といわれるのは、この歴史的経緯によるところが大きい。
日本料理では、関西風のだしを使うのがポピュラーなのだが、昆布と鰹の両方の良さをいかしているといえば、やはり合わせだしだろう。これも前者と同じく、上方で生まれている。いつ頃、合わせだしができたかは、はっきりとわかっていないが、多分、永代濱ができた頃(江戸時代)ではなかったろうか。永代濱(今の靭公園辺り)のあった地域には、干鰯や塩魚、干魚を扱う店が多く、そこで昆布と鰹が出合い、いっしょになったと思われる。

 このように上方の地が、日本料理に寄与したことは多く、故に和食だしの主流が関西だしと呼ばれるのである。和食店では今でも関西だしが主流で、料亭や割烹の職人は、関西風の味でいかに料理の味がうまく表現できるかを日夜考え続けている。ところが家庭料理では、どうだろうか。家庭の味なので商業料理と違って地域ごとの特性が出ただしを用いるのはおかしくはない。ただ、だしメーカーが関東や中国、九州に偏っている(一部播州の醤油メーカーの造るものを除いて)ため、いつかしら知らず知らずのうちに関西風のだしを使わなくなってしまっている。  そんな風潮に一石を投じるのが、うどんレストランチェーンでおなじみの「太鼓亭」。同社は北摂の地で「太鼓亭」「金比羅製麺」「そば太鼓亭」などを展開しているために長年に亘ってだしを研究している。そこで家庭での関西だしの復権を掲げ、千里中央や川西に関西だしの専門店をオープンしたのである。

開店と同時にだし茶漬けを注文する人が_

 北大阪急行・千里中央駅改札口近くにオープンした関西だし専門店「だし蔵」は、「太鼓亭」が開発しただしパック「関西おだし」を販売する他に、併設のイートインコーナーでは、それを使っただし茶漬けが味わえるようになっている。だしのことを知りつくした煮出し師(だしマイスターのような仕事)のもと、「太鼓亭」のスタッフがだし茶漬けを研究。元辻学園教授で、京都光華女子短大の客員教授の藤本喜寛先生の監修により、8種のだし茶漬けをこの店で提供している。ちなみにだし茶漬けは「愛媛県産真鯛のおだし茶漬けセット」(980円)や「小海老・小柱・磯部のおだし茶漬けセット」(780円)など。どれも関西だしが利いた食べやすいものばかり。
ーを提供しているからか、11時のオープンを待ってそれを注文する人がいっぱい。昼食時には行列ができるほど賑わっている。「さっと食せて、すぐに次の行動に移せることや、昼食を食べ忘れ、夕飯までに小腹を埋めておきたい人などの需要があって思わぬ反響です」と「太鼓亭」の商品本部長・稲田敦士さんが言うように「だし蔵」では嬉しい悲鳴の連続らしい。
 嬉しい悲鳴は、他にも考えられる。それはテレビ、ラジオなど各メディアがこぞってこの「だし蔵」を取りあげていることだ。メディアは、単なるショップでは取材はしない。オンエアしてまで伝えたいと考えるのは、「だし蔵豊中せんちゅうパル店」(千里中央)には、日本初と目されるマイだしコーナーがあるからだ。同店の最大の特徴は、煮出し場と呼ばれるだし調合コーナーで、顧客が自分の嗜好に合っただしを調合することができること。煮出し場には、関西風、関東風、九州風の調合だしが配され、そのベースを選び、単体の節粉を加えながら「これぞ」と思う自分の味に仕上げていく。例えば、なじみのある関西だしをベースに、甘みやまったり感を増したければ昆布を加え、クセのあるコクが欲しければ宗田節をプラスするといった具合にである。だしの調合はきわめて難しく、こういった施設がなかったのは、それが原因なのだが、ここでは前述の煮出し師がアドバイスしてくれることで失敗なく、マイだしを調合することができる。「昆布、さば節、あご節、鰹節、いわし節、宗田節と、自分の好みに合わせて選び、ベースを合わせながら試飲してもらいます。納得できない場合は、違うものをまた選んで試飲する。これを繰り返しているうちに自分の嗜好に合った味が見つかるんです」とは煮出し師の福本康利さん。店舗で見ていると、マイだしの調合を気に入ったのか、20分ぐらいかけて選ぶ人もいるようだ。
この煮出し場でのマイだしづくりは、目安としてベース(関西風・関東風・九州風)を200g選び、次に単体の節粉を二種20gずつチョイスして調合する。気に入ったものは、240g(1890円)をだし粉の状態でその場で袋詰めに。店ではそれを「おだし調合カルテ」に記しているので、ナンバーリングされたカード(マイだしの調合時に客に手渡している)を持って行けば、また同じものを調合してくれるシステムになっている。
家庭の味は個々によって異なる。市販のだしパックだけでは、それを表現するのは無理というもの。そんな人は「だし蔵」で自分の舌にフィットしたマイだしを作るのがいいだろう。「だし蔵」では、この他にだしポン酢や柚子胡椒だしドレッシングなど関西だしを用いた関連商品も販売している。湯浅醤油も「だし蔵」とコラボし、別ブランドとして柚子梅だし、白搾り、樽仕込み醤油を造っている。少なからず湯浅醤油と縁のある「だし蔵」の発展に私達もエールを贈りたいものだ。<取材データ>
関西おだし専門店 だし蔵 豊中せんちゅうパル店
住所/大阪府豊中市千里東町1-3-5
TEL/06-6831-0190
営業時間/11:00~21:30(おだし茶漬けは21:00LO)
休み/無休

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい