2023年04月
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 水茄子、泉州玉葱、松波キャベツと来れば、泉佐野市を代表する野菜。大阪の農産王国・泉佐野からは、軟弱野菜を皮切りに、これらの名素材が出荷されて行く。殊に水茄子は有名で、その存在はすでに全国区だ。水茄子というと、その特性から生で食べることが知られており、サラダなどに多用される。また、浅漬けは有名で、ふるさと納税の品としても人気が高いようだ。生か、浅漬けと相場が決まっていた水茄子の汎用度を高めるために調理素材に用いてみては…と泉佐野市に提案した。しかも似ても似つかぬスイーツにしようというのである。私の無謀な試みに手を貸してくれたのが「西洋料理店ふじもと」の藤本直久シェフだ。2月末にマスコミ陣をも驚かしたという泉佐野市の新しいチャレンジについて今回はお話ししたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
エッ?!水茄子をスイーツ素材に!!泉佐野産(もん)を使って行った水茄子スイーツ・春菊スイーツとは…。

水茄子がスイーツ素材になるの?!

水茄子は、今や泉佐野を代表する産物で、非常に大阪色の強い野菜かもしれない。水茄子を調べると、「灰汁が少なく、一般の茄子とは異なり生でも食せる」と書かれている。その名の通り水分が多く、皮が薄いので口残りがなく、茄子といえども一般種とは違った味わいが生じる。泉佐野では、多くの農家でその栽培が行われており、そのおかげで農産国=泉佐野のイメージをより強くしている。水茄子の栽培については、どうやら明治期から行われていたみたいだ。古くから同地では作られ、その特徴から夏の農産期に農家の人がこれをかじって水分を補足したなんて話があちらこちらで聞かれる。私の記憶によると、この水茄子が全国区になったのはバブル期ごろ。「モルツ」のCMで水茄子が出て来て、それを生でかじる様は視聴者を驚かせた。以来、泉州の名産品として全国にその名が馳せたと思われる。このヒットを受け、今では徳島県や千葉県でも栽培されてはいるが、やはり味は泉州産を凌げない。そして泉州の中でも泉佐野産がいいと思っている。
水茄子の栽培には、豊富な水が必要。泉州の土や気候も栽培に適してはいるが、泉佐野にはため池が多く、その水を使って栽培できるから市を挙げての名産品になっているのだろう。ただこの瑞々しさも扱いには難しく、瑞々しいあまりにはじけて割れてしまうらしい。割けると、浅漬けには適さない。浸けておくと、そこから液が入ってしまい、味が壊れてしまうからだ。水茄子の旬は、5月から8月、つまり夏場である。ハウスもので4月から、露地ものだと6〜9月までとなっている。基本はその頃だが、泉佐野ではハウス栽培が多く行われており、一年中作っている所も。多くの農家は5〜9月まで水茄子を作り、その裏作(冬場)として春菊を栽培する。前述したように皮が薄く、瑞々しい故に扱いが難しく、傷がつかぬようにと、流通にも気を配らないといけない。なので自ずとコストがかかるわけだ。
水茄子は、浅漬けか、生で食べるのが大半。でも何人かの料理人に聞くと、火を入れて調理すると、実に旨いのだという。そこで私は、泉佐野の水茄子の汎用性を高めることができないかと思い立った。神戸・元町の中華「紅宝石」の李順華さんの話では「水茄子で作った方が麻婆茄子は旨いのだ」とか。野菜に詳しい「農家厨房」の大仲一也さんも同様の話をしていた。和食の焼き茄子や中華の麻婆茄子でその事例を証明してもいいのだが、それでは面白味に欠けるとばかりに、水茄子でスイーツを作ることをプロに依頼した。その白羽の矢を射掛けたのは、北新地で「西洋料理店ふじもと」を営む藤本直久シェフである。
昨夏、藤本シェフの店を訪れた私は、「水茄子でスイーツを作ると面白い」と話しかけてみた。初めは藤本シェフも他人事で、「そんなんがあるんですか?」なんて言っていた。そこですかさず「藤本さん、作ってみませんか?」と切り出したのである。藤本シェフにとって私は「度々無茶ぶりをして来る人」との理解がある。「また言い出したか!」ぐらいの軽い気持ちで聞いていたと思われる。ところが一部には、水茄子のパイなんてのもある。そんな事例と、誰もがやらないであろうことを熱く語りかけると、職人気質に火がついたのか、「ああすれば面白い」「こうすれば現実性がある」とプランが出て来たのだ。そうなってくると、最早こちらのペース。「泉佐野の農家から試作向けの水茄子を送るので年内中にチャレンジして下さい」とスイーツづくりを依頼して帰った。その後も度々「西洋料理店ふじもと」を覗くが、行く度に「今まで数々の無茶ぶりをされたが、今回はハードルが高くて難易度が高い」と話していた。藤本シェフは、職人である。やるからには、水茄子の特徴が出たものを作らないとダメだと思っていたようだ。水茄子を果実に見立てるまではいいが、それを調味料たっぷり使い、甘ったるく煮たのでは水茄子を使っている意味がない。そこが難しい点で、彼の職人魂とこだわりがより門戸を狭めていた。

 

水茄子のタルトタタン風と、ブリュレ風が完成

11月の某日に試作品ができたとの一報を聞き、女子大生を連れて食べに行った。なぜ女子大生かというと、彼女らは無類のスイーツ好き。その厳しい目で良し悪しを判断してもらおうとの狙いがあった。そして彼女らのフレッシュなアイデアで、水茄子スイーツのネーミングを期待していたのもある。ちなみにこの時連れて行ったのは、大阪樟蔭女子大学で私の授業を受けている3〜4回生。2021年に受講した子もおれば、この時点で授業を取っている子もいた。

昨夏の時点で私が依頼したのは、水茄子の形がわかるようなスイーツと、春菊で作ったスイーツ。春菊は水茄子の裏作で栽培するので面白かろうと、これまた無茶ぶりをした。藤本シェフは、水茄子の調理利用に際してまず焼き茄子をイメージし、その味を出そうと思ったという。そしてタルトタタン風に水茄子スイーツを試作した。タルトタタンとは、キャラメリゼしたリンゴを敷きつめてからタルト生地をかぶせて焼いたスイーツを指す。きっかけはタタン姉妹の失敗作から。リンゴを炒めすぎたのを挽回しようと、リンゴの上にタルト生地を載せ、オーブンで焼いたことで新しいスイーツが生まれたとの逸話が残る。このタルトタタンのアイデアよろしく、リンゴを水茄子に替えて作ったのが本作品。水茄子を一旦焼き、茄子の香りを立たせ、生地の上に並べる。ベイクドの方にも水茄子を裏漉ししてカスタードプリンと混ぜて作った。「フルーツ風に表現するあまり、蜜煮にしたりして甘ったるくしたのでは、本プロジェクトの基本線(水茄子らしさ)が削がれてしまいます。ここでは焼き茄子の味を主張させるために皮をつけたままオーブンである程度焼き、それから直火でも焼いて茄子の香りを出しました。それをタルトタタン風に焼いて味を閉じ込めたのです」と藤本シェフは説明していた。甘さを控えめにしたのも水茄子の風味が伝わるように。見た目は豚玉のよう(笑)だが、実に焼き茄子感が出たスイーツに仕上がっていた。

一方、春菊のスイーツは、パウンドケーキ風に仕上げている。藤本シェフは、春菊というとお菓子素材にはなりにくいので、よもぎを想像してパウンドケーキを作ったのだとか。日本には古くからよもぎを食べる習慣があり、よもぎ餅に決まって豆が入っている。なのでここでも大豆、小豆、ひよこ豆を入れている。「春菊は少し絞っても香りが飛ばない特徴があり、ホウレン草のように濃い緑ではなく、きれいな緑色に仕上がります。卵と砂糖で白くなるまで泡立て、甘さ控えめに作りました」と言う。バターを用いると重くなるのでそれもせず、豆も味付けしないで入れてふんわり焼き上げている。

この時点ですでに課題はクリアしていたのだが、「もう一つ、水茄子の形がわからないものを作ってもらえませんか?」とさらに依頼して、次は1月の試食会を待つことにしたのである。女子大生にネーミングの宿題を渡し、水茄子のタルトタタン風と、春菊のパウンドケーキについて考えさせた。後日彼女らが出して来たのは、前者が「リボーンナスタン」で、後者が「和春菊の贈り物」である。「リボーンナスタン」と名づけた椿本理穂さんと畑田奈々さんは、「生まれ変わった水茄子のタルトタタンという意味から、リボーンと茄子とタルトタタンを組み合わせて作りました」と説明している。「和春菊の贈り物」にした辻真帆さん、並川莉奈さんは、「和の野菜を強調したかったので冒頭に〝和″の文字を入れ、二人とも泉州出身ということもあり、地元名産品を贈るとの意から、そう名づけました」と話していた。

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1月に泉佐野市農林水産課の人達と別の女子大生を連れて試食に行ってみると、11月の二作品も少しブラッシュアップされ(内容的には変わりがない)、追加で依頼した一作品もできていた。水茄子の形が見えないものをと依頼したスイーツは、ブリュレ風に作った。ブリュレは焦がすの意。水茄子の色が出たクリーム地に粉砂糖をかけ、バーナーで焦がした見ためになっている。前二作品に比べると、こちらはブリュレらしい甘みがある。ただ、驚いたことに一口入れると、口内に焼き茄子の風味が漂うのだ。今回6人が試食するのに水茄子4個を使って作ったそうだ。水茄子以外は卵、牛乳、生クリームとシンプルに構成されていた。今回試食に立ち合った大阪樟蔭女子大学の中山桃寧さん、土谷優理子さん、小西眞帆さんは、このスイーツに「輝(ひかる)のキボウ」と名づけた。上にキャラメリゼしてバーナーで炙った表面はキラキラ光ることからそれを擬人化させ、〝輝(ひかる)″と称し、茄子の花言葉が希望なのでその意味も合わせてネーミング。「いつかはスイーツになりたいとの希望が叶った」という意味で名づけたそうである。藤本シェフは、「これも焼き茄子の香りがし、その風味が感じられるよう味に工夫を施しました。生地を甘めにしながらも水茄子の特徴が出るように考えました」と言っていた。生地を甘めにしたのは、上にキャラメリゼしているので、それに負けぬようにしたかったからだとか。とにかくこれも即合格点。農林水産課の人達は、「水茄子の特徴がこんなに出たスイーツができるなんてびっくり」と驚きの表情を隠さない。三作品ともあまりの出来栄えの良さにお土産にして他の課員にも食べてもらいたいと持ち帰ったぐらいである。

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この水茄子と春菊のスイーツについては、2月末に「西洋料理店ふじもと」にてマスコミ関係者・食関係者を集めてお披露目会を行った。今回は試作から一連の流れを泉佐野の農家の集まり「きたなかマルシェ」が商品を送って来て協力してくれているのだが、発表会では何と皮が割けた水茄子が活躍。加工にするのだから見ためは関係ないとばかりにD級品で作っていた。D級といっても味が悪いわけではなく、皮が割けて商品になりにくい、浅漬けに使えないからとの理由でそうなっているだけ。むしろあまりの瑞々しさ故に薄い皮が割けているから、殊、味に関してはいいのだとの説明もあった。本来なら漬物に使えず廃棄するものをこうして利用できるのだからSDGsの観点からも納得のいくものとなっている。ところで「西洋料理店ふじもと」は、3月でこの場所を閉じ、北新地内の別の場所に移転をする。多分GW前後ぐらいに再オープンを果たすであろう。「新しい店舗では顔の見える素材で料理をしたい。だから泉佐野の野菜を使ったコースも作ろうと思っています。その時は、ぜひこれらのスイーツをデザートに出したいですね」と再オープンの構想を明かしてくれた。そうなれば、水茄子スイーツも春菊スイーツも一般消費者が味わえることになる。世にも珍しい水茄子スイーツは、まもなくお目見得予定だ。

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