2019年06月
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近年、メディアでも船旅について報じることが多くなった。その多くは豪華客船の旅で世界を巡るもの。船内の施設が紹介され、憧れの旅が伝えられている。豪華客船は、行く場所にもよるが、やはりお金がかかる。我々のような庶民にとっては、まだまだ高嶺の花であろう。そんなことを思っていたら、フェリーがなかなか豪華になっており、単なる移動手段には捉われないカジュアルクルーズを提案しているのだ。私も仕事を兼ねて体験して来たが、乗る度にその良さが伝わり、認識を新たにしている。今回は九州の食の話もちょっぴり混ぜながら大阪~鹿児島(志布志)間を就航する「さんふらわあ」の新造船の充実ぶりを話すことにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
フェリーは、車を乗せる一つの移動手段なんて思っていた大間違い。
現代のフェリーはそんなイメージを一新させるクルージング感覚になっている。

今は個室から売れて行く時代に

 

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フェリーの船旅は、単に車を乗せて行く交通手段_、船室は雑魚寝状態…。そんな風に思っていると大間違い。昭和的な雰囲気は、微塵もなく、令和の船旅はもはやカジュアルクルージング。"動くホテル"なんて表現してもいいほど優雅なものに進化している。
大阪・南港から出航する「フェリーさんふらわあ」に久々に乗ったのは、一昨年。今から思うと旧船なのだが、それでも船旅の昭和感を彷彿するものではなかった。それが昨春、「新造船が就航しましたよ」と案内を受けて乗船したら驚いてしまった。まるでホテルに一泊しているうちに目的地に着いたかのように進化しているのだ。
現在、大阪・南港~鹿児島・志布志間を走っているのは、「フェリーさんふらわあ」の「新さつま」と「新きりしま」である。私が昨春乗船したのは、2018年5月にデビューしたてだった「新さつま」であるが(今年は新きりしまに乗ってきた)、全長192m、全幅27m、総トン数13659tという巨体で、トラックに121台、乗用車134台を乗せ、709名の旅客を収容しているという。17時55分に南港を出航すれば、翌朝の8時55分には志布志へ着くのが平日の基本ライン(土曜日は志布志着が9時40分、日曜日は17時南港発で、志布志に8時55分に着く)。太平洋を走り、約15時間の船旅を楽しむことになる。かつては単なる移動手段にすぎなかったが、10年くらい前から徐々に利用者の意識が変化して来たようだ。傾向として移動している間の船内を満喫することでクルージング的要素を盛り込みたいとの思いが強くなりつつある。フェリー側に話を聞いても「今は個室から先に売れて行く」そう。なので「新さつま」には、これまでになかったスイートルームを12室も設けている。エントランスは、吹き抜けの三階。アトリウムに解放感を持たせ、そこでフェリーでは初のプロジェクションマッピングを行っている。まさに利用客のニーズに応え、船側でもカジュアルクルージングを意識して打ち出しているといえよう。

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昨年5月に就航した新造船では、全個室にトイレ・洗面所・シャワールーム(スイートルームはバスルーム)を設け、部屋を出なくてもいいようになっている。私は男だからあまり考えなかったが、女性はメイクを落としてしまうと、その状態では人前に出たくない。旧来の船なら廊下を歩いて用を足しに行かねばならなかったが、これならメイク落ちを気にせずホテル同様に船内ライフを過ごせるのだ。
取材と称して新造船の船内を案内してもらったが、「新さつま」では、シングル仕様のスーペリアを32室、ツインルームを思わせるデラックスを50室、前述したようにスイートルームを12室設けたと話していた。スイートルームはクルーズ船並の充実ぶりで、そのうち2室はバリアフリー仕様になっているという。デラックスルームには2室だけ和室があり、ここは19.5平米の広さ。当然ながら畳の部屋で、テーブルが置かれている。寝る時はそれをよけて布団を敷く。まるで旅館の一室にいるかのような錯覚に陥りそうだ。近年はペットブームで、犬猫達と旅したいとの要望もあるらしく、「さんふらわあ」ではその対応も受けている。これまであったゲージだけではなく、一緒に部屋で過ごせるようなデラックスウイズペットルームなる部屋も10室設けた。7階船後方をそれにあて一般の乗船客と区域を分けている。これなら犬猫が苦手という向きにも迷惑がかからないと思われる。これまた私には無関係だろうが、トラック運転手が寝る部屋も専用個室に変えたと説明してくれた。旧来は二段ベッドの相部屋だったのが、個室型となるとゆっくり睡眠がとれる。身体の休養は、上陸後の安全運転に直結する。何から何まで新造船は、乗る人に優しいのだ。

九州は養殖天国。飲食店でもそれらの魚が出て来るのが度々

 

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色んな面も目を見晴るものがある。例えば、夕・朝食。ビュッフェ形式が採用されており、夕食は2000円で食べ放題。和洋中のメニューが並び、たぶん全種類を一度に味わうことは不可能ではないだろうか。それくらい種類が豊富で、ドリンクも酒以外なら料金に含まれている。「さんふらわあ」の広報担当は「旅先の郷土料理もメニュー化しています」と言っていたが、確かにこの日は鹿児島行きらしく、カンパチの刺身や大分のりゅうきゅうが見られた。内容の充実ぶりも勿論だろうが、ハード面も新造船はよくなっており、旧船に比べるとレストランは1.5倍の広さになったとの話であった。ところで瀬戸内が近い私達は、色んな魚種を食べることができ、天然の魚を口にすることが多い。新鮮な魚といえば釣りたての天然魚を指す。それに対して九州は、養殖大国である。天然魚は勿論あるが、宿に泊まっても料理屋に行っても新鮮な魚というと、養殖物が出て来ることが多い。例えば、鹿児島ではブリやカンパチはもはやブランド品で東京へかなり出荷されている。私が取材で訪れた鹿屋市漁協は「かのやカンパチ」なるブランド化を進めていた。沖に生簀が480台もあって、一つの生簀が3000~5000匹いるというのでかなり養殖が盛んなのが理解できる。カンパチとはスズキ目アジ科の魚で、出世魚といわれている。顔を見ると八の字にみえることから間八と名づけられたのだろう。漁協の人は「多くを首都圏に流しています。関西はそうでもないのは、ブリを好む傾向があるから。錦江湾で育てられたカンパチは美味しいので、ぜひ関西の人に食べてほしいですね」と語っていた。

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ちなみに私が「さんふらわあ」で食べたりゅうきゅうは、鹿児島のカンパチが使われていたそう。旅の途中ですでに目的地の食材に_、そんなこともこの新造船では味わえるのかもしれない。蛇足ながらふれておくと、九州の醤油は甘い。南国なので砂糖の甘さが贅沢なのと結びついていると聞く。個人的な意見で申し訳ないが、いくら鮮度のいい魚といえど、刺身にあの甘い醤油はいただけない。なので旅先には湯浅醤油を持参したい。でもカバンから醤油を出していると、九州の飲食店の人に訝しかられる。これが南九州への旅のネックでもあるのだ。
個室にはシャワーがあると書いたが、入浴場も船には併設されている。男女にわかれた展望浴場は旧船の1.7倍の広さ。海を眺めながら一風呂浴びるのがいいとばかりに出向するや浴場に行く人が多いと聞く。当たり前だが夜は外が暗い。ましてや太平洋航路となると尚更であろう。夕方ならまだまだ景色が楽しめる_、まるで走る浴室のような感覚なのだ。
「さんふらわあ」でも個室化やカジュアルクルージング傾向が進んで来たのは、2000年代に入ってかららしい。2008年の「ごーるど」や「ぱーる」就航(神戸~大分間)から著しくなり始め、昨春の「新さつま」就航によってさらに進化した。デザイン化が進み、昭和のフェリーのような騒がしさもない。客室へと続くアプローチもホテルのようなら、船内の充実度もそれに近い。一番値のするスイートでも価格を聞けば手の出せる範囲で、ホテルと違うのは宿泊代だけでなく、そこに運賃が含まれて表示されている点である。いっそのこと港でレンタカーを借りて観光に行ってしまえばいいし、自分の車を乗せて利用するのも便利だと思ってしまう。なので私は、九州へ行く人達にフェリーの船旅を薦めることにしているのだ。実をいうと、一昨年あたりからこのカジュアルクルージングが気に入って時折り「さんふらわあ」を利用している。鹿児島や宮崎は食材が豊富でいい素材に出合える。南国だけに文化が少し違って、それがよくに表れているのも面白い。時刻表を眺めてはそれに合わせて列車に乗り、移動していくよりも上陸後は気ままな車の方が断然面白いし、行動範囲も広がる_、ならば私にはフェリーが合っていると思われる。冒頭にも書いたが、昭和の船旅はすでに払拭して考えるべきである。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい