2019年01月
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早いもので今年も酒粕プロジェクトの時季がやって来た。酒粕文化の危機を謳って始めたものが、意外にも影響が大きく、挙句の果てに酒粕ブームまで到来させてしまった。料理人の間では酒粕を用いてメニューを考えるなんて当たり前になりつつあるし、今までのような日本料理一辺倒な使い方から洋やスイーツの世界にまでその使用法は波及している。2018年は神戸市内で35店以上が参加し、大規模で行ったが、2019年は少し趣を変えて神戸酒心館と岡本商店街が主になって開催することが決まっている。今年度の酒粕プロジェクトのテーマは、"女子力"。酒粕は美肌効果があるといわれ、健康にもいいことから旗振り役の神戸酒心館では、女子目線で考えることにした。そこで活躍するのが大学での私の授業_、担当する「フードメディア研究」の中で学生達にプロジェクトに挑戦させてみたのだ。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
プロと互角に渡り合ってこそ、実践的授業の価値がある。
酒粕プロジェクトに大阪樟蔭女子大学の学生達を挑ませてみた!

いざ実践型、社会参画形式授業を

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私が授業を担当する大阪樟蔭女子大学「フードメディア研究」に湯浅醤油の新古敏朗さんに来てもらった。一時間半の授業の中で醤油の歴史からできる工程まで話をしてもらったのだ。今回は、この12月6日の授業を皮切りに彼女らに「ひしおもろみ」について語らせようと思っている。個々に「ひしおもろみ」を手渡してもらい、それを使ってどんな話を展開させようか考えてもらうのだ。構成や料理レシピは彼女らに託し、湯浅醤油HPの中に"大阪樟蔭女子大学の学生が考える「ひしおもろみ」"なるコーナーを作ろうかとの構想である。
私が教える「フードメディア研究」とは、食の世界とマスコミを結ぶもの。かといってマスコミ論をぶつわけではなく、物事を熟考し、それによって企画を行い、人に伝えていく力を身につける内容になっている。なので座学一辺倒にするつもりは毛頭なく、できれば実社会と結びつけ、実践型授業を展開したいと考えている。12月6日からは計5回に亘って湯浅醤油HP内に展開する「ひしおもろみ」のコーナーを実際に彼女らが作り上げ、春にはアップさせる予定だ。
授業で私は学生達に「あと一年もすれば(3回生の授業である)、君達は社会へ出る。どんな仕事に就こうが、企画することがつきまとうはずだ。この授業では考える力を身につけ、どうすれば人に響くか、どうすればプレゼンを勝ち抜けるかを学んでほしい」と話している。単に課題を与えて発表するだけでは面白くなく、力もつかないので、その都度、実社会で展開しているプロジェクトに巻き込んでいく。これが授業のミソなのだ。

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10月から学生達が取り組んでいたのは、酒粕の使い方。2月になると、神戸市内で展開する酒粕プロジェクトに参画させ、プロ(料理人)といっしょにその使用法を競わせる_、そんな内容のものを10月~11月は行って来た。酒粕プロジェクトは、このコーナーでも度々紹介しているように、日本酒造りの副産物である酒粕にスポットを当て、その価値を高めるとともに酒粕の食文化を絶やさぬために毎年敢行しているもの。清酒「福寿」の蔵元・神戸酒心館を旗振り役に、色んな飲食店とともに神戸の郷土料理化をも目論んでいる。東灘区の岡本商店街が参戦することで火がつき、その波は今や神戸全土に広がりつつある。5~6年、このプロジェクトをやっては、記者発表しているのでいつのまにか関西の冬の風物詩になってしまった。最近、色んな所で「今、酒粕が流行ってます」との言葉を耳にするのは、我々が行う酒粕プロジェクトの波及効果といえよう。つまり流行の仕掛け人というわけだ。
2019年2月に行う酒粕プロジェクトのテーマは"女子力"。今回は神戸中の店々ではなく、岡本商店街と神戸酒心館がこのテーマに取り組むことになる。岡本商店街では、2月3日(日)に酒心館ホールを借りて酒粕美容セミナーや占い、美容レシピなどのイベントを開く。それを受けて2月1日~末日まで商店街内の約20店舗で酒粕料理を提供することになっている。では、神戸酒心館の"女子力"とは何か?それが「フードメディア研究」の授業で考えられて来た彼女らの"売れる酒粕メニュー"なのだ。 授業では、蔵内の日本料理店「さかばやし」で提供するメニューを考えるようにと指導して来た。酒粕を個々に手渡し、日本酒ができる工程を説明し、酒粕の効能や使った時の風味を話した。ほとんどの学生が初めて手にするものだったそうで、「酒粕って何?」「一体どう使うの?」というのが素朴な疑問だったろう。「原価計算を出して、売価を決めろ」だの、「日本料理店で売れるにはどうすればいい」、あげくの果ては「プレゼンを勝ち抜くためのユニークな発想を身につけろ」と学生にはハッパをかけたが、少々酷な要求だったはずだ。当初、唐揚げにとかティラミスにとか、お気楽な発想だったが、回が進むにつれ、どこかの企画会社に出したのかと思うほどの出来映えに変化して行った。

 

甲乙つけ難い四料理。選ぶのが一苦労だった。

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11月29日に神戸酒心館から久保田博信副社長と幸徳伸也「さかばやし」店長に来てもらい、彼らの目の前で学生達の作品を披露した。5人ずつ1チームとし、それぞれが料理を作り、レシピと企画書を添えて二人にプレゼンテーションさせたのだ。昨年も酒粕プロジェクトに当時の三回生を参加させ、高評価を得たのだが、今年も同様にお褒めの言葉を頂戴した。つまり今年も高い評価だったのである。久保田副社長から「曽我さんは、どのくらいこの内容に絡んでいたのか」と質問されたのもあまりに彼女らの作品が出来映えがよかったからである。私はヒントを与えたのと、ダメ出しをしたにすぎないと答えたが、本当に彼女らの実力発揮である。料理内容のみならず、考え方がしっかりしているし、プロでは見つけにくい若い人ならではの新しい発想法(酒粕の使い方)が随所に見られたと久保田副社長は感想を述べている。

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ここで彼女らの作品について少しふれておこう。Aチームは「お刺身の天ぷら」。これはマグロ、サーモン、イカの刺身に酒粕を加えた生地をつけて揚げたものだ。魚の天ぷら?と思いきや、そうではなく、リンゴも酒粕風味の天ぷらにしているのがユニークな点。幸徳店長も「果物を酒粕風味の天ぷらにするという発想は今までなかった」と評していた。Bチームは「ぎゅっと詰め込みました!すき焼き風がんもどき」。季節感を考え、定番の鍋、おでん、すき焼きをイメージしたところ、どれもが一品として完結してしまう料理で、他のものを食べられないと考えたようだ。会席を出す「さかばやし」では、この一品だけで満足するよりも他の料理も味わえるようにと、がんもどきの中に酒粕を用いて調味したすき焼きの具材を詰め込んだ。まさにコンパクトに冬の定番。・すき焼きを表現したわけである。「プロが考えてもおかしくない代物で、現実にメニューが出来そう」という評価をもらっている。Cチームは握り寿司に酒粕を使用した。酢飯ならぬ、蛸飯を作り、生の鯛とイカをそれで握った。寿司は紫で食べるが、これは蛸飯に味がついている分、漬けダレはいらない。柚子胡椒を魚の上にちょんと載せ、そのままで味わうようになっている。勿論、蛸飯を炊く際に酒粕を入れているからその風味は当然する。久保田副社長も「蛸飯ベースに握り寿司を考えた点はユニーク。ローカルフード(地産地消)を意識しており、コンセプトもしっかりしていた」と話していた。最後にDチームだが、ここはコンセプトワークの勝利というとこだろう。過去・現在・未来と酒粕の使い方を時間差で表現。巾着の中に鯛の酒粕焼きレンコン合わせ(過去)、エビチリ(現在)、鯛飯(未来)と表現した。鯛飯がなぜ未来かというと、彼女らの言葉を借りれば、過去にある伝統的なもの(兵庫県産の郷土料理)が未来では少し変化を遂げて帰って来るのだそう。そのために料理名を「To the Future」としている。このメニューは調理場での作業が煩雑になることやエビチリが中華メニューで日本料理には出しにくいことなどがあって懸念されたが、久保田副社長の「一番語ることができる料理。プレゼンうけするし、想像力もかきたてられる。コンセプトのしっかりした点とユニークさ、企画書もしっかり書けていたことなどを考えると、どうしても記者発表させてやりたかった」の鶴の一声で「さかばやし」でメニュー化することを決めた。

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採点は発想のユニークさ、酒粕の使い方、味、商品の実現性の四つで行われており、総合点としてはBチームに軍配が挙がっている。つまり今回の酒粕プロジェクトでは、Bチームが選ばれたことになるのだが、欠点を含めてもDチームのユニークさが評されており、B・Dチームとも「さかばやし」の2月のメニューとして成立したのである。
ところで2019年2月に開催される酒粕プロジェクトだが、B・Dチームを神戸酒心館の"女子力"とし、酒粕メニューを披露することになる。彼女ら10名は、1月23日(水)に神戸酒心館「さかばやし」で行われるマスコミ発表に参加し、新聞記者らの前で酒粕の使い方と料理をプレゼンテーションすることが決まっている。同発表会には「さかばやし」の加賀爪正也料理長も酒粕料理を発表するし、岡本商店街の店々も酒粕料理を披露する。文字通りプロと互角に渡り合うわけだ。これこそ、実践的な授業ではなかろうか。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい