2022年02月
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 毎年この時季には、酒粕プロジェクトが立ち上がる。酒粕文化の復活と、食材・調味料としての可能性を訴求すべく企画したものだが、8年たってみると、冬の風物詩的存在に。参加店もやる気になって新作を発表してくれるし、発表会に来てくれるマスコミ陣も楽しみにしてくれている。シェフ達の熱気は、常に報じられて来ており、いつしか酒粕プロジェクトが食のムーブメントを作ってしまった。旧来なら関西の一食文化で、灘や伏見を背景に持つ地方の食材だった酒粕が、今や全国区になろうとしているのだから驚かされる。コロナ禍にあって大変な状況の中でも、和洋中・スイーツ・バーと色んなジャンルの人達が盛り上げるために尽力してくれるのは、頭が下がる思いだ。1月にニュースリリース配信とマスコミに発表を行い、2月1日から3月末まで関西の店舗で繰り広げる「酒粕プロジェクト2022」_、今回はその全貌をちょっぴり紹介する。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
一つの食材をテーマに、各ジャンルの名人が集う「酒粕プロジェクト」。プロに交じって女子大生も奮闘したぞ!

競うのではなく、一つのテーマで繋がるのがいい

 

 寒の時季になると、恒例のように始まるのが酒粕プロジェクト。大手酒造メーカーの技術革新(高温糖化法の導入)などによって、市場に出回る酒粕が少なくなってしまい、一時は家庭での酒粕料理離れも加味して文化的危機を迎えていた。8年ぐらい前は、それが顕著に現れていたので、文化継承を目的に酒粕プロジェクトが立ち上げた。私が企画し、旗振り役を神戸酒心館にお願いし、毎冬行うようになっている。色んなジャンルの飲食店が「福寿」の酒粕を使って新作メニューを発表。その使い方の妙を競うのだが、毎年毎年マスコミが報じてくれるおかげで、静かなブームが到来。いつのまにか、酒粕文化が復活し、和食以外でも酒粕が使われるようになってしまった。酒粕を調理に用いるのは、関西を始め、全国でも一部地域に限られていたが、何と東国にもその文化が波及し、東京のスーパーでも当たり前のように売られている光景を目にする。これも大なり小なり酒粕プロジェクトの影響もあってのことだろう。そう考えると企画者として誇らしい限りである。

 ところで今回もコロナ禍がかなり影響した。企画を始動した時は、まだデルタ株の強威がさめやらぬ頃で、苦戦を強いられた飲食店に、来年(2022年)の話などできそうもない状況だった。店も閉まっている所も多く、店主とも話せない。そんな中で個人の携帯番号を頼りに掛けてみて、動向を探ったのである。何店かの人達が「やりましょうよ」と言ってくれたおかげで、2022年の開催にこぎつけたわけだ。感染者数も減ってようやく先が見えて来てリリースを書き上げたとたんにオミクロン株が流行。まん延防止措置が今にも出そうになり、またもや開催の危機。発表会を開くべきか思案したが、色んな人からの「やりましょう」の声に押される形でスタートを切った次第だ。

 今回参加してくれたのは①サヴォイオマージュ②吉乃屋松原③黒十本店④黒十スタンド⑤黒十トゥースマート店⑥TOOTH TOOTH FISH IN THE FOREST⑦ニューラフレア旧留地⑧TOOTH TOOTH ON THE CORNERBARBARA marketplace GRAND ROYAL 2429中崎本店⑩フェスティバール&ビアホール⑪ホテル日航関西空港⑫紅宝石⑬日本料理湯木⑭キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ⑮Restaurant Koo⑯西洋料理店ふじもと⑰福助グループ・ごはんやTasuke⑱神戸酒心館・さかばやし有馬せんべい本舗⑳六甲味噌製造所㉑ミツカン大阪支店㉒オリンピア岩屋㉓泉佐野市役所農林水産課㉔大阪樟蔭女子大学学芸学部ライフプランニング学科「フードメディア演習」の24の店舗・企業・団体である。

本来なら全ての店の料理を紹介したいが、試食に限界がある発表会では、それもままならず、挙手によって数店を選出し、会場で新作酒粕料理を披露してもらった。「酒粕プロジェクト2022」の目玉は、「吉乃屋松原」の中原信治さんの初参戦ではなかろうか。NHK朝ドラ「カムカムエブリバディ」で美味しそうなおはぎが出て来るが、それは彼の指導・監修によるもの。私とは一年ぐらい前に知り合ったのだが、昨年の2月からすでに1年間の予定のドラマ収録が入っており、かなり多忙なスケジュールだったはずだ。そんな中でも「酒粕に興味があるんです」と言ってくれ、当プロジェクトに参加してくれた。発表会一週間前まで出品作品をおはぎにしようか、大福にしようかと悩んでいたが、「二つとも新商品化してしまえ!」とばかりに酒粕を用いた二種の和菓子を提供することにしたという。

 中西さんの参加に触発されたのか、昨年バーテンダー日本一に輝いた「サヴォイオマージュ」の森崎和哉さんは、「ノムノムエブリバディ」なる酒粕のホットカクテルを考案。マスコミ陣のためのウェルカムドリンクとして披露している。その他でも「紅宝石」は、梅肉と酒粕の相性をアピールすべく、「スペアリブと梅肉の酒粕蒸し」をメニュー化しているし、福助グループは自社農場で採れた大根と坂越のカキ、北海道・浦河町の鮭「銀聖」で作った「大根の酒粕煮」を、「西洋料理店ふじもと」は、しっとり系の「酒粕パウンドケーキ」を、泉佐野市とタッグを組んだ「ホテル日航関西空港」は、泉佐野産松波キャベツの訴求も兼ねて「松波キャベツと酒粕とエビのオードブルカヌレ」を披露している。

このように和洋中、スイーツ、バー(カクテル)と様々なジャンルの人が酒粕の食材としての可能性を追求しており、それが23月の二ヶ月間に各店舗で商品化されるのだからますます広がりが期待できそうだ。「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長は、酒粕プロジェクトに面白がって参加してくれている。

「発表会では、色んな料理人と知己を得るし、しかも一つのテーマで競演できることは早々ありません。使い方の妙を見るだけでもかなりの刺激になります」と話していた。単に競うのではなく、名シェフ達が一つのテーマで繋がり、創意工夫を披露するのが酒粕プロジェクトの面白味でもある。

女子大生が江戸時代に絡めて二つの料理を考案

 

 関西の名シェフに交じって女子大生も頑張って商品化を実現させている。大阪樟蔭女子大学学芸学部ライフプランニング学科の中に私の授業「フードスタディ演習」があるのだが、そこでは実社会と交わって企画を行うことを本論とし、そのやり方を教えている。

毎秋、受講する生徒に「福寿」酒粕を渡し、これで「さかばやし」のメニューとして成立する酒粕料理を考案しなさいと言っているのだ。彼女らは酒粕のことを学び、失われつつあったその文化に触れ、コンセプトを立てながら「さかばやし」での商品化を立案して行く。約2ヶ月間、ブレストを重ねた後に試作を行い、プレゼン大会へと駒を進めるのだ。

今回、メニュー化を勝ち獲ったのは、椿本理穂さん、畑田奈々さん、多田芽生さん、駒井佳奈さん、濱谷三咲さんのチームが考えた「竹虎・雪虎・紅虎」であった。「竹虎・雪虎」は、実際に江戸の町で出されていた酒のアテ。江戸時代には、灘の酒を下り酒と称し、その良質な日本酒が江戸に届いた日には、「竹虎・雪虎」で一杯飲ったとの記述が残っている。厚揚げに縞のような焦げめをつけ、それを虎に見立ててネーミングしているのが、いかにも江戸っ子の粋。葱を載せたものが「竹虎」で、大根おろしを載せたものが「雪虎」と呼ばれた。我が教え子は、歴史の中からこのつまみを見つけ、酒粕を用いながら現代版として令和の世に蘇らせた。

厚揚げを焼く際に酒粕を加えたソースを塗っているのと、雪虎には大根おろしならぬ酒粕大根おろしを、そしてなめこを載せて作っているのだ。「竹虎・雪虎」の二種に加えて彼女らオリジナルの「紅虎」(梅肉を使っている)をプラスし、新たな酒のつまみ「竹虎・雪虎・紅虎」として発表した。ちなみにこの料理は、要予約にて2月~3月末まで「さかばやし」でメニュー化する。

 今回は、異例だがもう一作品発表会で披露した。ミツカン大阪支店との共同発表として作ったのが「酒粕入り稲荷寿司」だ。この企画を行ったのは、これまた私の教え子達。竹下優衣さん、榎堀羽花さん、篠原千乃さん、近藤公乃さんの5名は、「フードメディア演習」の中で、明石焼と稲荷寿司に着目してこの新メニューを考案した。授業では、ミツカンからお酢博士・赤野裕文さんに来てもらい、お酢についてのセミナーを行う。彼女らは、そこでミツカン「三ツ判山吹」に出合って、粕酢の良さを体感した。この酢は、江戸時代にミツカンの創業者・中野又左衛門が造り、江戸向け専売品とすることで、江戸の握り寿司ブームに影響を及ぼしたといわれている。そんな歴史的背景の面白さと、13年間熟成させた酒粕だけで仕込む手法が酒粕プロジェクトにぴったりと考えたようだ。

甘く炊いた油揚げの中に、酒粕をまぶしたご飯を炊いて「三ツ判山吹」で酢飯にしたものを詰める。その具材には、兵庫県らしさをイメージさせるべくタコと牛肉のしぐれ煮を混ぜ込んでいる。当初は、明石焼風にだしに漬けて食べるスタイルにしようと思ったそうだが、甘く炊いた揚げの油がだしに溶け込んでしまい、にごらせた。ならば、明石焼は断念しようと、酒粕風味醸す稲荷寿司として発表することにした。揚げや具材の甘みと、酒粕が相まってなかなか面白い仕上がりに。高級粕酢「三ツ判山吹」で酢飯にしている点がよかったと思われる。

 女子大生の作品も含め、発表会で披露した一品一品は、全て秀逸。どれもが酒粕の使い方の妙を謳ったものばかりだった。マスコミ陣からも「今回のラインナップもユニークですね」との声が発せられ、その充実ぶりが窺えた。さて、その波及効果はどうなるのか_、楽しみしかない。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい