2021年04月
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 観光地に行くと、色んな土産物が売られているが、「売れるだろうから」の視点で造られているものが多く、本来の土産物の意味合いから遠く離れてしまっている。やはり土産物は、その土地の食文化を表したもの出なければならないし、作っているメーカーも地元の会社であって欲しい。スイーツが主流で、華やいだ土産物が当たり前となっている世の中で、地味な土産物が有馬温泉で産声をあげようとしている。名称を「有馬の五月煮」といい、大豆と山椒を煮込んだだけのもの。だが、有馬温泉は現在、有馬山椒の復活を行っており、「有馬の五月煮」もそれに因したもの。しかも有馬の住民が培って来た地の食文化がそこには表現されているのだ。地元の人達が春になったらそれを作り、家庭で食したという惣菜_、それを土産物としてスポットを当てようとしているのだから利に適っている。土産物とはかくあるべきなのだ。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
地元民が愛した山椒を土産物化。「有馬の五月煮」には、本来の土産の意義が詰まっている

有馬では、山椒の木の皮まで調理する(?!)

 有馬温泉では、数年前から有馬山椒プロジェクトが進行している。これは有馬の名物である有馬山椒を育て、旅館での料理や土産物に活用しようというもので、有馬山椒を復活させて地域のPRに活用したいと考えたプロジェクトだ。そもそも和食の世界では、有馬煮とか有馬焼きといえば、山椒を用いた料理を指す。これは有馬周辺にその昔、山椒の佃煮が売り出されたことに因している。有馬温泉では、地の山椒を使った料理が旅館などで提供されていたり、土産物屋には山椒の佃煮が売られていたりした。明治初期には、土産物として出されている山椒の佃煮を湯治場通いの人達が買って帰り、それが全国的に伝播したのである。以来、有馬温泉は山椒料理のメッカとして名を馳すに至った。なので今でも日本料理の献立に○○の有馬煮だとか、△△の有馬焼きだとか書かれていると、山椒風味の料理を示すのだ。

 現在、有馬温泉は全国でもトップクラスの観光地で、神戸市北区も住宅地に変化したので、昔のようにこの町に山椒は見られない。昭和の開発とともに群生していた山椒は消えてしまった。平成の世となって有馬温泉の有志が、有馬山椒の復活を考えた。「御所坊」の金井啓修さん、有馬自治会の家形さん、「モルゲンロード」の磯部さん、兵庫農林事務所の岡本さんの4名が、有馬の鼓ヶ滝から六甲山中に分け入り、有馬山椒の原木と思しきものを見つけてその一部を持ち帰った。それを和田山にある兵庫北部農業技術センターに預け、接ぎ木して育ててもらったのである。5年ほどで人の背丈ぐらいに育った有馬山椒からさらにまた接ぎ木をして、神戸市北区大沢地区の農家に移して栽培し、今に至っている。これらの木々から土産物を作るのは、まだまだ時間を要するようで、気の遠くなる程遠大なプロジェクトが進行しているのだ。

 有馬温泉と山椒は、深い関係にあると書いたが、料理や土産物での活用だけではない。実は有馬の人達は、山椒の葉・実・花、そして皮までも食す食文化を昔から根づかせている。一般的に山椒といえば、木の芽を使ったり、実を粉山椒にして風味づけとして使うのが常である。ところが有馬の人達は「山椒は葉・実・花・木の皮と捨てる所がない」と言い切り、色んな料理に活用して来た。葉・実はわかるものの、木の皮なんて食べられるのだろうかと思うだろう。ところが有馬の「川上商店」を覗くと、「辛皮(からか)」なる山椒の木の皮で作った佃煮が売られている。「辛皮」とは、細切り昆布と山椒の木の皮を煮た佃煮で、物凄く辛い味がする。あまりの辛さ故、これをアテにすると、ちびちび何杯も飲めるために口の悪い人は「貧乏人の酒のアテ」と揶揄するのだとか。沙羅双樹の寺として知られる「念仏寺」の奥さん・永岡順子さんに聞くと、その作り方は難しいらしい。皮を茹でて周りを柔らかくし、こそぐ。このように木の皮を薄い紙のようにしてから調理するのだという。それを醤油で煮ていき、しびれるような辛さが特徴の佃煮にするそうだ。「辛皮を食べると、しばらく舌がしびれて味が感じられなくなる」と話していた。

山椒の花で作った「有馬の五月煮」

 では、花はどうするのか?前出の永岡順子さんによると、大豆と一緒に炊くのだという。この地には「有馬の五月煮」なる料理がある。山椒の木はGW前後に可憐は花を咲かせる。葉の脇に直径5mmぐらいの黄緑色の花が咲くのだ。その花が咲く頃になると、有馬の住民は山中に入って花を摘んで来る。観賞用としてではなく、あくまで食べる目的で採りに出かける。「山椒の花を摘むのは1~2日ぐらい。期間が短かく稀少価値あるのです」と有馬温泉観光協会の会長で「御所坊」の社長・金井啓修さんも話している。この摘んだ花を大豆と一緒に煮たのが永岡順子さんの言っていた「有馬の五月煮」なのだそう。

 有馬温泉観光協会では、町のPRの一環としてこの「有馬の五月煮」を売り出そうと目論んでいる。永岡順子さんのレシピを借りて来て旅館の厨房で惣菜(佃煮)に仕上げ、できれば土産物として売り出したいらしい。「念仏寺」で作っている「有馬の五月煮」は、大豆を硬めにしているのが特徴。かつて永岡眼心さん(念仏寺の前住職・故人)に聞いた話では、有馬の寺田町や上之町では、それを炊くのが盛んだったので、その昔は山椒の花の時期になると、佃煮を作る香りが町のあちこちで漂っていたそう。紙谷さんという下駄屋さんがあってそこの「有馬の五月煮」はピカいちだったと話していた。「念仏寺」ではその炊き方に倣ったのか、豆の硬さにこだわって作っている。紙谷さんは、調理方法を他人に教えていなかったので、永岡順子さんが前住職(永岡眼心さん)と一緒に研究しながらその硬さに辿り着いたようだ。

 有馬では、山椒の花と大豆を一緒に煮てご飯の友として、また酒のアテとして食した。年配者や年寄りがいる家庭では柔らかめに大豆を煮る。ところが、永岡眼心さんは、その柔らかさでは物足りなかったのだろう、紙谷さんのように食感がしっかり残るタイプにしたかったようだ。私も永岡順子さんに、有馬の五月煮をいただいたが、初めは少し硬さを覚えるものの、食べていくとその食感がクセになり、故・永岡眼心さんの物足りなさが何となく納得できた次第である。

 永岡順子さんによると、水は一切使わず、調味料だけで煮るらしい。大豆を水に一時間ぐらい浸したものと花山椒を合わせて作る。解凍した花山椒と大豆を酒、みりん、醤油で煮ていくのだ。「山椒の花は、柔らかいのですぐに引き上げないと色が変わってしまいます。一方、大豆は煮る時の火加減が難しく、煮汁がなくなるまでコトコト煮るんですよ」と永岡順子さんが教えてくれた。少し硬めの豆と花山椒で程よい辛さの佃煮が出来上がる。

DSC01492 「有馬の五月煮ができあがったらどうするんですか?」と聞いてみた。すると永岡順子さんは、「念仏寺でカフェ利用する人におすそわけ程度に出すことはあっても主目的は家庭用。家のおかずにしますね」と言っていた。有馬温泉観光協会では、この春からそれを土産物として売り出そうとしているものの、まだ私がこの文章を書いている時点では商品化されたものはない。何とか食べる術はないものかと、有馬の町を彷徨った。すると、花山椒ではないものの、実山椒と大豆を煮た佃煮を出す店を見つけたのだ。

DSC01490 それがあったのは、有馬温泉のバス停前の立ち呑み処「酒市場」。ここで酒のアテとして「大豆の有馬山椒煮」(310円)が売られている。この店は、地元の酒屋さんのアンテナショップで、ちょっと一杯飲める場所。大阪や京都行きのバスを待つ間に一杯飲もうと寄る人が多い。「酒市場」を開いたのは、2005年だそうで、その頃からずっと「大豆の有馬山椒煮」を出しているという。この料理を作るのは片山登茂子さんで御歳、なんと88才。だが、ぱっと見れば60代といわれてもおかしくないほど若々しい。片山登茂子さんは、九州の出身で有馬に嫁いで来るまでは、山椒自体を食べるなんて知らなかったそうだ。「有馬に来てから年寄りその作り方を聞きながら、いつしか自分流の佃煮ができてきていました」。

 片山登茂子さんは、当初、山椒の葉を用いていた。ところが葉で作ると保ちが悪く、「酒市場」のメニューにはしにくい。そこで実で作ることにした。山椒の実は5月末から6月初めに山へ採りに行く。彼女も若い頃はそうしていたが、一度六甲山中で迷い、恐い思いをしてからは、業者から買っている。「一年分を冷凍してストックしておくんです。使う分だけを解凍し、『大豆の有馬山椒煮』を作っては、店で出しています」。片山登茂子さんも永岡順子さんと同じく水は使わず、調味料だけで煮ていくそう。酒・みりん・醤油で煮てアルコールを飛ばし、そこに少しだけ砂糖を加える。煮る時は山椒の実を半分量だけ加え、コトコト炊き、一昼夜冷ましてから、翌日残り半分量の山椒の実を混ぜ込む。「煮てしまうと、実の色が変わってしまう。かといって山椒風味をうまく移したいので、半々を異なる使い方にしているんですよ」と話してくれた。

 「酒市場」では、単品売りもあるが、地酒「有馬山」(この店のオリジナル)とセットにして500円で販売している。「有馬山」は辛口で、すっきりした味。この日本酒と「大豆の有馬煮」がよく合う。セットメニューは「酒市場」の人気メニューだという。

 片山登茂子さんの作った「大豆の有馬山椒煮」は醤油などで炊いているにも関わらずきれいな緑色をしている。この色を出したいがために、全部を一度に炊かず、実の半分量を後から加えているらしい。砂糖がほんの少し入っているからだろう、食べると甘みがある。それも甘ったるいのではなく、ちょっぴり甘さを覚える程度に。まさに日本酒のいいアテになっている。

 別に肉や魚を売るわけではないので、そんなに大仰しい名物にはならないが、土地に根ざしたものなのでいい。最近、土産物が本来の意味合いを失って売られていることが多い。本当は地に根ざした文化や歴史の継承であったりすべきなのだが、何となくその点が薄れて来ている。その意味でも有馬温泉が売り出そうとしている「有馬の五月煮」は、土産物の定義をふまえて考えられているのだ。

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